第41話 成人と祝賀パーティー
年明けと同時に僕は十六歳になり、成人を迎えた。
そして午前中は王城で成人の儀に参加し、夜には社交界デビューを果たす。
「ハルトムート、成人おめでとう。大人となったがこれからも私たちは家族だ。困ったときは頼りなさい」
「父上、ありがとうございます」
父上としては僕が聖職者になるか、どこかの有力貴族に婿入りしてほしいんだろう。それでも何も言わず僕が騎士になりたいという夢を応援してくれる。本当にありがたい存在だ。これからは迷惑をかけないよう、負担もかけないよう頑張って生きていきます。
成人の儀は陛下や宰相や偉い人の話が続き、みんなが飽きてきた頃に終わった。
一旦家に帰る人もいるし、このまま王城の控え室で夜のパーティーの準備をする人もいる。
僕はクリスラー家に用意された控え室に向かった。
扉を開けると、中には両親とヘルマン兄さんがいた。社交シーズンにもあまり王都に長期滞在しないからヘルマン兄さんと顔を合わせるのも久しぶりだった。
「ヘルマン兄さん、お久しぶりです」
「ハルト、成人おめでとう」
「コリンナ様は一緒じゃないの?」
コリンナ様はヘルマン兄さんの奥さんで、ヘルマン兄さんと昨年結婚したんだ。
「妊婦を長距離移動させるわけにはいかないから、今年は領地で留守を任せている」
「そうだったんですね。おめでとうございます」
ヘルマン兄さんは少しだけ俯いて、頬を染めていた。そんな兄さんは初めて見た。いつも冷静沈着で無表情を貫いていたから、兄さんにそんな顔をさせることができるコリンナ様はすごいと思った。
カミル兄さんは今日は近衛騎士として王族の警護に当たっている。ローゼは未成年のため家で留守番だ。アメリー嬢でも呼んで『女子会』とやらを開いているんだろう。
着替えたり髪を整えたり、お茶を飲みながら話をしていると、時間の経つのはあっという間だった。
家族とこんなに話をしたのはいつ以来だろう?
学校に入ってからは、ローゼの断罪のシナリオ回避に付き合って、なぜか王妃教育を受け、『聖人』になり、忙しくて家族との時間は取れなかった。これからの一年はもちろん騎士になるための鍛錬も続けていくけど、家族との時間も大切にしようと思った。
「そろそろだな」
「あ、僕、お手洗いに行ってきます」
やっぱり社交界デビューは緊張する。お手洗いに行って、少しだけ外の風に当たろうと廊下の突き当たりにあるバルコニーに出た。扉を開くと冷たい風が吹き込んだ。
思った以上に寒いな。見上げた空は雪でも降りそうな分厚い雲に覆われた灰色の空だった。
「ハル」
名前を呼ばれて振り向くと、そこにはエルヴィン殿下がいた。
エルヴィン殿下は王子だから成人前から何度も夜会に出席しているし、緊張なんてしていないんだろう。
「こんなところでどうしたんですか?」
「ハルを探していた」
「僕を? なんでしょう?」
「これを渡したかっただけだ」
殿下は僕の胸ポケットに入れていた白いチーフを抜き取って、代わりに水色のチーフを僕の胸ポケットに差し込んだ。
「殿下、これはいけません。僕は王族の婚約者ではないので青色のモチーフの小物をつけるなどダメです」
「タイやタイピンでもないから問題ない」
「それでも……」
「いいからそれで出席しろ。これは命令だ!」
命令……また殿下はそうやって強引に、権力まで使って。
殿下の目の色の小物をつけるなど許されるわけないのに、それでも嬉しいと思ってしまった。命令されたのだから仕方ないと言い訳をして、僕はそれを受け入れた。
僕はパートナーがいないから家族と共に会場に入場した。両親は知り合いとの話に夢中だし、兄さんも知り合いに連れられて離れていってしまった。
知り合いの先輩や同級生を会場で見つけて、何人かと話をしているとコンラート先輩がやってきた。
「ハルト、今日も綺麗だね。そのチーフ……」
コンラート先輩は僕の胸元のチーフを見て難しい顔をした。やっぱりまずかったのかもしれない。普通に考えれば分かることなのに、嬉しいという気持ちを優先してしまった僕は嫌な予感がした。
ざわざわしている会場の会話を拾ってみると、「彼が聖人?」「あれが聖人か」などと、僕が聖人であることを噂している人もいたんだけど、それより多かったのは水色のチーフからの憶測だった。
「ねえ、あのチーフって」「エルヴィン殿下と同じものじゃないか?」「本命は兄の方か」「いや、兄妹で嫁ぐんじゃないか?」「王家が聖人ハルトムート様を囲い込んだというのは本当のようだ」「聖人を迎えてローラント殿下を退けエルヴィン殿下が王太子になるつもりか?」
とんでもないことをしてしまったかもしれない。命令と言われても断るべきだった。今更後悔しても遅いけど、思った以上の早さで噂が広まっていくことが怖かった。
「ハルトは『聖人』ですから、社交界デビューは皆が注目していたんですよ」
水色のチーフを着けているだけでこんなにも噂は広まるものなんだろうかと疑問に思っていたら、コンラート先輩がため息混じりに説明してくれた。
「ハル、逃げるぞ」
そこに今一番近くに来てほしくないエルヴィン殿下が現れた。きっと殿下もこんなことになるなんて思っていなかったんだろう。
「ダメですよ。そんなことをしたら余計に怪しまれます。僕は一旦壁まで引きます。付いてこないでくださいね」
逃げると言ったエルヴィン殿下を止めて、不自然にならないように後退していく。どうしたらいいのかを考える。
コンラート先輩が僕にエルヴィン殿下を近寄らせないために、半ば強引に僕とは逆の壁際まで連れていった。
そこにいつの間にか来ていたマルセルくんも向かっていくのが見えた。警備の格好をしているから、父親に言って無理やり警備に混ぜてもらったんだろう。でないとまだ成人を迎えていないマルセルくんがこの場にいるのはおかしい。
どうすればいいか必死に考えた。数年後には義兄弟になるのだし、チーフを忘れたとか無くしたことにして、殿下に借りたのだと言うか。それなら同じものである必要はない。余計に怪しまれるのでは? そう思うとこの場で言い訳を並べることは得策ではないように思えた。
殿下にも、ここにいないローゼにも迷惑をかけてしまうことが申し訳なかった。
視線を落としどうしたものかと考えていると、フワッと爽やかな風を感じ隣に立った人に腰を引き寄せられた。
「彼のチーフは私の髪色のもの。エルヴィン殿下のチーフには似ているだけだ。そのような噂はエルヴィン殿下にもその婚約者にも、そして私の恋人であるハルトムートにも失礼だ!」
よく通る声でこの窮地を救ってくれたのはファビアン様だった。
その言い分には驚いたけど、この場を収めようとしてくれていることは分かった。僕は否定も肯定もできず、黙っていることしかできなかった。ありがたいと思う反面、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ハルト、私の配慮が至らず申し訳なかった。せっかくの社交界デビューなのに根も葉もない噂ばかり流す貴族に囲まれて怖かったね。さあもう帰ろう」
ファビアン様はさっと肩を抱いて華麗に僕を攫って会場から退場させてくれた。
「ファビアン様、ありがとうございます」
「あんな嘘ついて悪かった」
「いえ。僕のせいでファビアン様にも迷惑がかかってしまい、申し訳ない思いでいっぱいです」
「いいんだ。ハルトくんには妹や孤児院のみんなにもよくしてもらった。私と本当の恋人になるか?」
「ご冗談を」
「わりと本気なんだがな」
ファビアン様は僕を抱き寄せ腕の中に閉じ込めた。そんな恋人のフリの演技までしなくていいんですよ。
「本気だ。ハルトくんの気持ちが私に向いていないことは知っている。だから身を引くが、私はいつでもハルトくんの味方だ。困った時は頼ってほしい。騎士学校の合否の件についても今抗議しているところだからもう少しだけ待ってほしい」
「いいんです。来年もっと頑張りますから」
僕は馬車駐車場まで送ってもらうと、そのまま屋敷に帰った。
色んな人に迷惑をかけてしまった。僕のせいだ。成人してもこんなにみんなに迷惑をかけてしまうことが情けなかった。
だから僕はこれ以上誰の側にもいられないと荷物をまとめ、その日のうちに屋敷を出た。
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