第40話 ダンスタイム


「ハル、手を出せ」

「はい?」

 エルヴィン殿下に強引に手を掴まれると、引っ張られてダンスの輪の中に連れて行かれた。

「まさか殿下は僕とダンスを踊るつもりですか?」

「そうだ。そんなこと聞かなくても分かるだろ」

 ダンスの輪の中に入って踊らないなど、邪魔でしかないんだから踊るのは分かっているけど、そうじゃない。僕が聞きたかったのは、なぜそんなことをするのかということだ。

 殿下の手は温かくて僕の手より少し大きい。細く長い指がとても綺麗だ。合法的に殿下に触れることを許される空間に喜びを感じる僕は、本当にどうかしている。

「ハル、今日は特別に綺麗だな」

 僕もどうかしているけど、僕の耳元でそんなことを囁く殿下もどうかしてる。

 他の人に赤い顔なんて見せられないと俯きながら踊るのが大変だった。いつも強引なくせに、こんな時に限って寄り添うように僕に合わせてくれた。狡い。そんなことしないでほしい。決して隣に立つことはできないのに……


 婚約者でもないのに何曲も続けて同じ人と踊ることはできない。名残惜しい思いは断ち切って離れると、コンラート先輩にそっと手を掴まれた。

「ハルト、久しぶりだね。私と踊ろう」

「え?」

 スルスルとエスコートされると、いつの間にかダンスの輪の中だった。コンラート先輩、すごいテクですね。どれだけ経験を積んできたんですか?

「会いたかった。私に気持ちが向いていないと分かっているけど、友人として大切に思っている」

 コンラート先輩まで、そんなことを僕の耳元で囁いてきた。こんな密着した時じゃなくても、普通に言ってくれればいいのに。

 なんかコンラート先輩はダンスに誘うのも上手かったけど、ダンスのリードも上手かった。社交界デビューしてる人は違うんだな。先輩さすがです。


 コンラート先輩とのダンスが終わると、次に待っていたのはマルセルくんだった。

「ハルトさん、踊ってください」

「うん、僕は女の子じゃないんだけどいいの?」

「はい!」

 卒業したら会えなくなるもんね。最後の思い出ってことで僕は了承した。

「ハルトさん、ずっと好きでした。ハルトさんは冗談だと思っていたけど、俺は本気でした。叶わないことは分かっています。どうか幸せになってください」

 本気だったの? なんかごめん。でもごめんって言うのは違う気がした。

「マルセルくん、ありがとう」

 離れるときに、マルセルくんの目の端にキラッと涙が光った気がした。


 その後は主に下級生の生徒たちに誘われて何人かと踊った。生徒会にいたから僕のことを知っている生徒は多い。エルヴィン殿下の婚約者であるローゼの兄だし、『聖人』だと知っている人もいるから、そのせいかもしれない。


 その後、僕とコンラート先輩、エルヴィン殿下、マルセルくんの四人で少し話をした。

 恥ずかしいんだけど、僕が騎士学校に落ちた話が話題に上がった。

「父上に抗議したけど、決定は覆せないと言われた。でも俺は納得してない。まだ諦めない」

「マルセルくん、気持ちは嬉しいけどもういいから。来年頑張ることにするよ」

 コンラート先輩もエルヴィン殿下も難しい顔をしていた。もういいんです。何者にも文句の付けようのない成績でなかったのは、僕が未熟だからだ。次こそはと僕は前に進むことを決めたんだから、みんなももう次に進んでほしい。



 次の日、僕はクルトとエルマーと共に冒険者ギルドを訪れていた。もちろん冒険者登録をするためだ。

 三人で説明を受けて、自分のカードを手にしたときはちょっと感動した。

 登録名はフルネームでなくてもいいと言われたから、ハルトムートという名前からとって『ムート』にした。

 ハルトという愛称はあまりにもみんなに知られている。いい意味でも悪い意味でも。僕は冒険者である時は、『聖人』という肩書きを脱いで、ただの一人の男として活動したいと思ったんだ。

 何にも邪魔されず、自分を鍛えたい。緊急時でない限りは聖魔法も使わないつもりだ。


 エルマーは成人の社交界デビューを待たずに家を出ることを決めていると言った。誰の力も借りず一人で生きる力をつけたいそうだ。

 一緒に教室で学んでいた友人が急に大人になって、遠くなってしまった気がした。しかし同時に思い知った。僕もあと数日で成人を迎える。この先は大人として生きて行かなければならない。

 誰かに甘えて生きていくことはできないのだと。


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