第39話 卒業
「ハルトは卒業したら王都で冒険者をやるのか?」
クルトが少し言いにくそうに聞いてきた。クルトは自分だけ合格したことを未だに気にしている。僕はもう来年を見ているから気にしなくていいのに。
「そうだね。領地に戻ることも考えたんだけど、王都には兄さんもいるし、他にも稽古をつけてくれる人がいるから、冒険者として鍛えながら来年の試験を目指すことにするよ」
友人にも団長であるファビアン様に教えてもらっていることは言えない。合否通知が届いてからファビアン様には会っていない。でもきっと僕の結果は知っているだろう。
もうすぐ学園も卒業ということで僕は忙しくて時間が取れず、ファビアン様も騎士学校の新期生の入学準備で忙しそうだと、カミル兄さんが言っていた。卒業してファビアン様も落ち着いてから会えたらなって思っている。
それに神殿には月に一度くらい祈りを捧げに行かなければならない。だから王都にいるつもりだ。
「エルマーもしばらくは王都で冒険者をするんだろ?」
「その予定。卒業したらみんなで冒険者登録しようぜ。しばらく王都で活動してから俺は国外に行く」
「国外か、冒険者って感じだな」
国外か。いつか僕も行けるのなら行ってみたい。
生徒会の引き継ぎも終わり、あとは卒業を待つだけだ。もう生徒会室に来るのも、これが最後かと名残惜しい思いで部屋を眺めていたら、エルヴィン殿下とマルセルくんが入ってきた。もうすぐ他の子も来るだろう。
「ハル、卒業パーティーは俺がエスコートする」
エルヴィン殿下がふざけたことを言い出した。
「はい? 冗談はやめてください。殿下はローゼ以外をエスコートしてはいけません」
「じゃあ俺がハルトさんをエスコートする!」
マルセルくんが名乗りをあげた。うん、却下だね。
「僕のお相手はもう決まっていますから、マルセルくんも素敵な女性をエスコートしてあげてください。何度かお見合いをしたと聞いていますよ」
「見合いは全て断った。俺が好きなのはハルトさんだけだ」
「いけませんよ。マルセルくんはいずれお父上の後を継ぐんですから女性と子を成さないと。いつまでも僕を揶揄って遊んでいてはお父上に怒られます」
「俺、頑張ったつもりだったけど届かなかった。エルヴィンあとは託す」
何を託したのかは知らないけど、マルセルくんなら立派な団長になれると思う。
卒業式が終わった後に開催される卒業パーティーは、卒業生は皆パートナーと共に会場入りする。在校生はどちらでもいい。僕は一年の時も二年の時も生徒会としてパーティーの裏方に回っていたから、会場がどんな感じかはチラッとしか見ていない。
だから今年は最初で最後の卒業パーティーの参加で楽しみなんだ。
ちなみに僕のお相手はローゼの勧めもあってアメリー嬢にお願いした。
アメリー嬢には主にローゼのことでとてもお世話になったから、エスコートさせてもらえるならありがたい。
卒業パーティーには先輩方も参加できるから、コンラート先輩にも久々に会えるかもしれない。会えなかったとしても、新年の祝賀パーティーでは会えるだろう。
ただ、新年のパーティーは国内のほとんどの貴族が集まるから、会場でコンラート先輩を見つけられるかという問題もある。
卒業生代表挨拶はエルヴィン殿下が行った。
三年生の最後はクラスを決める試験などない。だから試験結果で選ばれるわけではない。Aクラスの誰でもよかったんだけど、Aクラスに王子がいるとなれば必然的にその役目は王子になる。
「ハル、いいのか?」
「殿下の晴れ舞台ですね。僕はちゃんと目に焼き付けておきます」
卒業してしまえば、毎朝のお迎えで顔を合わせることはなくなる。王妃教育も終わってしまったから、僕が王宮に足を踏み入れることもない。学園に行くことも生徒会室に行くこともない。二度と会えないわけじゃないけど、毎日会うことはなくなる。最後だ、寂しいと思うことくらいは許してほしい。
壇上で挨拶を述べる殿下、僕はその他大勢の中で殿下を見つめる。これが本来の殿下との距離だ。
ローゼが殿下の元に嫁いでも、兄だからといって気軽に会ったりはできない。
薄暗い会場で少しだけ泣きたくなった。周りにも友人と離れてしまうのが寂しいと泣いている人がたくさんいたから、僕だけでなくてよかった。
卒業式が終わると、卒業パーティーのためにアメリー嬢はうちに来てドレスを着せてもらっていた。準男爵という立場ではメイドなどを複数人雇うことが難しいそうだ。ローゼはエルヴィン殿下の婚約者なので侍女と王宮に向かった。
「着飾ってメガネも外すと雰囲気が変わるね。綺麗ですよ」
「ハルト様に比べたら全然です!」
僕は綺麗ってわけじゃないし。男女を比べるってことが間違ってない? 緊張しているんだろうか?
「そろそろ行こう」
「はい」
「ローゼのことありがとう。これからも仲良くしてやって」
「はい」
会場にはもう既に在校生や先輩方が集まっており、卒業生も順に入場していく。裏方でなく自分が参加するとなると、なんだか感慨深い。それと同時に裏方として今も頑張っている生徒に感謝した。
パーティー開始の挨拶と乾杯が行われると次はダンスだ。
「アメリー嬢、一曲踊っていただけますか?」
「はい」
軽く頭を下げ手を差し出すと、そっと小さな手を乗せてくれた。
アメリー嬢は終始緊張した様子だったけど、途中で笑顔も見えたからよかった。そして一曲終わると、たぶんアメリー嬢だと気づいていない男子から続々とダンスの申し込みを受けていた。着飾ったアメリー嬢は可愛いから話題になりそうだ。
僕はそんなアメリー嬢を見ながら少し離れた。
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