第28話 マルセルイベント


 合宿二日目は色んな騎士に話を聞くことができて、僕の中で本当に充実した時間になった。

 だから満足して、僕は昨日あまり眠れなかったこともあって、ベッドに入るとすぐに眠ってしまった。


 翌朝になると僕は少し緊張していた。周りにも緊張している生徒が多い。なぜなら今日は森へ魔法訓練に行くからだ。魔物が出るとされる場所まで行くんだけど、必ずしも魔物に出会うとは限らない。

 出会っても簡単に倒せる魔物だと聞いているし、騎士が同行してくれるんだから死んだりする心配はない。でもやっぱりちょっとだけ怖い。


「ハルトさん、一緒の班ですね。大丈夫だ。俺がハルトさんのことを守る」

「それはありがたいけど、僕だって魔法で戦ってみたい」

 マルセルくんが同じ班なのは心強いと思う反面、魔物が出ても全部マルセルくんが倒してしまうような気がしている。それでは魔法訓練の実践にならないから、マルセルくんにはぜひ自重してもらいたいものだ。


「シャウマン団長の子息で実力があるのは分かるが、魔法訓練は未経験の者たちが経験を積むためにある。既に魔物討伐の経験があるキミは後方待機だ」

 騎士のリーダーが言うと、マルセルくんはちょっと不貞腐れたように後ろに下がった。僕としてはこのリーダーに拍手を送りたい。


 森の訓練に出る班は生徒四人と騎士四人の八人が一つの班として組まれていた。

 まだ王都へ送り返された生徒はいないけど、森の訓練に参加できなくなった生徒は何人かいる。ローゼは森の訓練には参加しないようだ。朝見た時はアメリー嬢ではなく別の令嬢たちと一緒に行動していた。アメリー嬢も森の訓練には参加しないようだ。女生徒は訓練に参加する人の方が少ない。

 貴族の令嬢が森で討伐など今後もする機会はないのだから、辺境の魔物が多い場所へ嫁ぐ人以外は必要ないんだろう。


「つまんねえ。もっと奥まで行こうぜ」

「待て!」

 騎士のリーダーに後方待機と言われて後ろに下がっていたはずのマルセルくんが、いつの間にか先頭に出ていて、騎士の制止も聞かずに先へと足早に向かってしまった。

 未来の団長候補としてそれでいいんだろうか? 勝手な行動をとったと、後で父親の団長へ報告がいくんだろう。僕は知らないからね。


 仕方なくみんなでマルセルくんを追って先へ進んでいく。僕はこの森には初めて入ったから、どの辺りにどんな魔物がいるのか知らない。どこまでなら進んでもよくて、どこから先には初心者が進んではいけないのかも分からない。

 それを知っているのは騎士のみんなと、もしかしたらマルセルくんも知っているかもしれない。だとしたら、初心者の僕たち生徒がいるんだから無茶はしないでほしいんだけど……


 どんどん進んでいくマルセルくんを追うだけでも学生の僕たちには精一杯だ。途中で血の跡があったから、マルセルくんは勝手に魔物を倒しながら進んでいるんだと思う。


「マルセル! 止まれ! 初心者の生徒を連れているんだぞ!」

 騎士の先頭にいた人が声を何度もあげているのに、マルセルくんは止まらない。


 騎士のみんなも、これ以上先に生徒を連れていくのは危険だから生徒三人と騎士二人は引き返してもらい、マルセルくんを残りの騎士二人で追うかと相談していた。

 危険なんだ……本当にマルセルくんは何を考えてるの? そんなに森の奥で強い魔物と戦いたいなら、合宿じゃない時に個人的にやればいいじゃないか。


 しかし急にマルセルくんが止まったんだ。

 目の前にはオーク、顔が怖い豚で人間のように二足歩行の……身長は僕の倍かそれ以上だ。とにかく横にも縦にも大きい。そしてそのオークが三体、立ち止まったマルセルくんの前に立ちはだかった。


 ブオモォォォォオ!


 こんなの……

 とても初心者向けじゃない。生徒二人はガクガクと震えて腰を抜かした。

 マルセルくんは戦闘に入ろうと左の腰の辺りに手をやったんだけど、後ろを振り返った。


「剣がない!」

 それはそうだと思う。合宿の目的は魔法訓練と生徒の交流だ。武器は小型のナイフ以外、所持を認められていない。


「マルセル! 下がれ!」

 騎士が叫ぶ。あんな大きな魔物に接近されて武器が小さなナイフしかないなんて、いくらマルセルくんでも戦えるわけない。

「ヨハン、動けない生徒二人を担いで後方へ。マット、ギースはマルセルからオークを引き剥がして倒せ、ハルトムート、キミも後方へ下がれ」

 リーダーがすぐに指示を出して、騎士たちが動き始める。

 腰を抜かした二人の生徒を担いで、ヨハンと呼ばれた騎士が後方へ走っていく。僕も下がろうとしたんだけど、足が固まったみたいにそこから動けなかった。


 マットとギースと呼ばれた騎士とリーダーは剣を抜いてオークを挑発し、マルセルくんから注意を逸らそうとしている。でもマルセルくんは下がらなかったんだ。剣がないことで唖然としたまま立ち尽くしている。

 オーク三体に騎士三人、僕たち生徒がいなければ大丈夫だったとしても、マルセルくんはオークの攻撃範囲内にいるし、僕も標的にされたら逃げられない位置にいる。


 オークのうち二体はどうにかマットとギースと呼ばれた騎士が引きつけて戦闘を開始した。

 立ち尽くしていたマルセルくんはやっと危険な状況にいることに気づいて、オークに向かって火の玉を飛ばしたんだけど、それはものすごく弱かった。かえってマルセルくんに注意を引きつけるような動きで、オークが振り上げた直径十センチくらいある太い木の棒がマルセルくんに向かった。危ないって思ったらさっきまで一歩も動かなかった僕の足が勝手に動いてた。


「マルセルくん!」

「あっ! キミ、ダメだ!」

 騎士のリーダーの声が最後に聞こえた気がした。僕は構わずマルセルくんを押し倒して庇うように覆い被さった。僕は覚悟を決めたんだ。

 ……それなのに、木の棒を振り下ろされたはずなのに衝撃も痛みもこない。でも何かに押し潰されるような重さがある。


 ドサッと何かが落ちるような音がして、そっと目を開けてみると、血だらけのオークがすごい形相でこっちを向いて倒れていた。

「ヒィッ!」


 結果、僕もマルセルくんも無事だった。押し潰されるような重さは、騎士のリーダーが僕の上に覆い被さって庇ってくれたからだ。衝撃がこなかったのは他の騎士がギリギリ間に合って、オークを後ろから剣で貫いて風の魔法で吹っ飛ばしたからだ。


「この班の森での訓練は中止する」

 起き上がった騎士のリーダーがそう告げると、誰もそれに反対はしなかった。

 腰が抜けて動けなかった二人の生徒は騎士が一人ずつ背負っている。僕も騎士のリーダーに背負われてる。思った以上に僕は怖かったらしい。足がガクガク震えて歩けなかったんだ。

 マルセルくんは泣きながらみんなに謝って、「俺は歩いて帰ります」と震える足を何度も叩いて騎士に支えられながら歩いて帰った。


「リーダー、僕は強くなりたいです。あなたみたいな騎士になりたい」

「キミは強い。咄嗟に人を庇えるんだからな。だが自分の命は大事にしろ」

「はい」


 何もできなかった。魔法訓練場で的に向かって水の矢とか氷の矢を撃つことはできたのに、魔物を目の前にしたら全く動けなかった。マルセルくんのことだって、あんな風に庇うんじゃなくて引き摺って後方に下がらせたらよかったんだ。それで騎士のみんなに討伐を任せたらリーダーを危険な目に遭わせることはなかった。

 反省することばかりの一日だった。

 僕はそのまま夕方までずっとベッドの中にいた。

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