第27話 合宿2日目


 翌日、当たり前だが僕は寝不足だった。

 この日は騎士に前後左右を囲まれたまま、少し森を散策することになった。

 魔法の実践訓練ではなく、ただの森の散策だ。

 森では、教科書に書かれた絵でしか見たことのなかった毒草や薬草を実際に見たり、森で迷ってしまった時の方向の確認の仕方などを学んだ。


 草や枝を払いながら道を作っていく方法も騎士が教えてくれた。

 昨日の僕はナイフを適当に振り回して草や枝を払っていたけど、ちゃんとやり方があるなんて知らなかった。


 散策だけだから魔物が出るほど奥までは進まず、騎士団の施設から近い位置をぐるっと回って帰ってきた。そして訓練場に全員が集められ、昨日さっそく規則違反をした者がいること、どんな内容が規則違反になるのかを説明された。一応、合宿の資料には注意事項として載っているんだけど、そんなのは読まない生徒も多い。


 規則違反を繰り返した者は王都に強制送還の上、両親に内容を報告すると脅されると、生徒のみんなは静かになった。

 しかしいるんだろう。見つからなければいいと繰り返してしまい強制送還される生徒が……

 自分には当てはまらないと、きっとみんながそう思っている。僕も……


 ん?

 僕は見た。訓練場から出ていく時にローゼとアメリー嬢が並んで歩いているのを。

 なぜだ? 接触しても大丈夫なのか? それよりもエルヴィン殿下やコンラート先輩、マルセルくんの動向が気になった。ヒロインと接触したらまずい。

 そう思ったのに、同じ空間にヒロインがいるのにも関わらず、攻略対象とされる彼らはヒロインの存在に気づいていない様子だった。

 それは彼女が地味だからだろうか? それとも出会いイベントが訪れなかったせいで興味を惹かれる対象ではなくなったのか?


 なんとなく出会った瞬間に、呪いのように何か運命的なものを感じて惹き合うのだと思っていた。僕がアメリー嬢を見た時には何もなかったけど、他のみんなが同じとは限らないと思ったんだ。

 この様子なら彼らはヒロインに惹かれることはなく、合宿のイベントというものも回避できそうだ。


「ハルト、ローゼマリー嬢が見知らぬ令嬢と歩いていることが気になりますか?」

 突然コンラート先輩に声をかけられてビクッと驚いてしまった。まさかコンラート先輩はヒロインに興味を持ってしまったのか?

「いえ……」

「でもまあ珍しいですよね。彼女はクラッセン準男爵の娘でアメリー。侯爵家のローゼマリー嬢とは身分も違いますしクラスも違うので接点がないように見えますが、最近仲良くしているようですよ」

「え?」

 コンラート先輩がアメリー嬢の存在を知っていたことに僕は驚いた。宰相の息子なんだから、準男爵として爵位を授けられるほどの功績を上げた家を知らないなんてことはないのかもしれないけど、それでもアメリー嬢のことは知らないと思っていたんだ。


「年末に噂になっていたでしょう? 新入生に聖魔法の使い手がいると。それが彼女です」

 コンラート先輩がそこまで知っていたなんて、もしかしてもう先輩はヒロインに心奪われていたりするんだろうか?


「そう、なんですね。コンラート先輩は彼女のこと気になりますか?」

「聖魔法を使いたがらないと聞いたので、そこは気になるところですが、それだけですね。一年生の一人というだけで特別興味をそそられる部分はありません」

 そっか、よかった。僕が知らないうちにコンラート先輩とヒロインの出会いイベントが発生していたのかと思った。

「私が女性の話などしたから気分を害しましたか? 私が好きなのはハルトだけですよ」

「あ、はい……」

 コンラート先輩、生徒が大勢いる前でそんなことを言っておかしな誤解をされたらどうするんですか。僕と先輩は地層好きの仲間というだけで、先輩の『好き』は同志としての好きだ。


「僕も地層好きの同志として好きですよ」

「ふぅ、まあいいでしょう」

 興味津々という感じで集まっていたみんなからの視線も、僕の言葉を聞いて「なんだ」「そういうことか」などという言葉を残して他のことに移っていった。


 午後になると、魔道具や魔法を使用した火の付け方を学んだ。うちはカミル兄さんが火の魔法適性があるけど、他の家族は火の適性がないから、火を付けるとすれば使用人の誰かが火の魔法を使うか魔道具を使うことになる。

 貴族として領地で過ごすなら必要ない知識とも言えるが、騎士になりたい僕にとっては必要な知識だ。遠征があるかもしれないし、災害救援に行った時にも使うかもしれない。

 着火の魔道具はポケットに入るほど小さいので、王都に戻ったら一つ買っておこうと思った。


 火と同じように水を出す方法も学んだ。僕は水の魔法適性があるから必要ないけど、水は遠征の際には死活問題に繋がる。筒型の魔道具を使うんだけど、それは着火の魔道具に比べて大きい。ポケットには入らず鞄に入れておくしかない。


 その後は騎士の人たちの普段の仕事の話を聞いた。

 騎士を目指す身としては、絶対に聞き逃せない話だ。

 今は無いけど戦争に行ったり、魔物討伐や自然災害の救援などに行くことがある。そんな時には活躍したとみんなが讃えてくれるけど、普段は街の巡回をしたり訓練を繰り返す日々だから結構地味な仕事なんだと教えてくれた。


 近衛騎士の場合は王族の護衛という仕事があるけど、それ以外の騎士は護衛をすることはあまり無いそうだ。僕も誰かの護衛をするよりは魔物を討伐したり救援活動の方がいいな。救援活動には聖魔法が使えるんじゃないかと思った。


「ハルトさん、俺はハルトさんの護衛になりたい。好きです」

 マルセルくんに言われたけど、僕としては誰かに守られる存在になどなりたくはない。僕は騎士になって国民の命と生活を守りたい。語尾にまた要らないものがついていた気がするけど、それは聞かなかったことにする。

「僕は護衛なんて必要ないくらい強くなりたい」

「そっか。また振られちゃったな」

 振る振らないって問題じゃないよね? もうそんな風に揶揄うのはやめてほしいと思っているのが本音だ。

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