第15話 教会へ


「ーーということで、僕は早めに教会に行こうと思うんだ」

「お兄様、いいんですか?」

 聖女や聖人などではないと証明してもらうためにも早めに教会へ行くと話したら、ローゼからはこの返答だった。

 いいに決まっている。僕は聖職者にどならないとここでしっかりと周りに示したいのだ。


 毎朝殿下とマルセルくんが迎えに来るのも申し訳ないし、馬車を待ち伏せされたり教室を覗きに来られたり、屋敷の周りも変な奴らが彷徨いているのが気持ち悪かった。


 少し不安に思いながら、父上と妹に付き添ってもらい、指定された大聖堂の前までやってきた。そこには教会に行くことを知らせていないのに、エルヴィン殿下と第一騎士団の近衛騎士がずらっと整列していた。

 おかげと言っていいのか、そんな状況のため一般人は排除され、街の人には何をやっているのか見えないようになっている。


 僕はローブのフードを深く被り、馬車を降りる。

 なぜこうなった? すぐにエルヴィン殿下が近づいてきて、殿下も共に教会の入り口から入った。

 神殿の中を一言で言うと青。ステンドグラスから射しこむ光は青く、この大聖堂はハンデンベルク王家から多額の寄付があり作られたと言われているが、それを表すように王家の青い目の色に合わせて青いステンドグラスが使われている。

 青色の光はどこか冷たく、季節のせいもあるが大聖堂の中の空気は冷えていた。

 進んでいくと、真正面に巨大な女神像があり、その前には聖職者がずらりと整列していた。


 僕は大聖堂には初めて入ったんだけど、神聖な場所というよりは厳格な場所という印象を強く持った。

 女神像に向かって僕たちが進んでいくと、真ん中に立っていた一番豪華な衣装を身に纏った老齢の男が一人、気持ち悪いほどの笑みを浮かべて近づいてきた。

 女神像の前にいる全員が白と水色の布を重ねた体型が分からない衣装を着ているんだけど、襟元の刺繍と首からかけている銀色のペンダントが階位を表しているのか、端にいくに従って簡素な作りになっている。この前に出てきた男だけは頭に銀色の帽子をかぶっており、他の人とは明らかに大きさの違うペンダントを首からかけている。とても重そうだ。

「ハルトムート様、ようこそお越し下さいました」

「ハルトムート・クリスラーと申します」


「どうぞこちらの祭壇へ。難しいことはありませんよ。祭壇の前で祈りを捧げていただくだけでいいのです。ハルトムート様は聖魔法が発現したのは最近と聞いております。うちの者がお教えできることもありましょう」

「はい」

 聖魔法は唯一攻撃に使うことのできない魔法で、学園でも使える者はヒロインただ一人だけのはずだった。そのため学園には聖魔法を教えられる教師はおらず、もし本当に聖魔法が使えるようになったのだとしたら、どうやって学ぼうかと思っていたところだ。提案はありがたいが、純粋に教えてあげようという善意だけではないことは分かる。

 もし僕がそれなりの腕ならば、そのまま囲い込むつもりかもしれない。

 僕の後ろに立つ家族や殿下の表情は分からない。祭壇の周囲に立つ聖職者からは、期待に満ちた目が向けられ、とても居心地が悪かった。


 老齢の男に促されるまま祭壇に向かい、言われるまま女神像の前で膝をついて祈りを捧げる。

 目を閉じ、指を組んで学園の平穏な生活と妹の断罪回避が上手くいくようにと願いを込めた。

 すると周りから「おお」と感嘆の声が上がり、慌てて目を開けると、女神像が淡い白色の光で包まれていた。


「ハルトムート様、あなたをこの国で初めての聖人と認定いたします」

「はい?」

 ハルトムートの頭の中で老齢の男の言葉が何度も繰り返された。


 ーー聖人と認定いたします


 ハルトムートは「嘘だ!」と叫び出したいのをグッと堪えて、今すぐここから逃げ出したいのもグッと堪え、ゆっくり立ち上がると、老齢の男を見据えた。相変わらず気持ち悪いほどの笑みを浮かべている。いや、これは相手の機嫌を取るためや自分の本心を隠すための笑みではなく、僕が聖人と認定されるに至ったことが嬉しくて仕方がないという笑みだ。そしてこの男、涙を流しているんだ。それが実に恐ろしく、背筋がゾクリと震えた。


「では僕は帰らせていただきます」

「そう言わず、教典について深く語り合いませんか?」

 この言葉に、囲い込みがすでに始まっているのだと思った。


「僕は学生ですし、勉学に励む時間が必要です。お困りの時には協力するつもりですが、聖職者になるつもりはありません。ご期待に添えず申し訳ありません。失礼します」

「いえいえ、ハルトムート様のお気持ちが一番大事ですから。私こそお気持ちも考えず申し訳ありません。いつでも気軽にお越し下さい。いつでも歓迎いたします」

 老齢の男はあっさりと引いてくれた。もっとしつこく引き止められたり、無理にどこかへ連れて行かれるのかと思ったが、そうではなかった。


 僕は振り返り、祭壇を後にすると無言で大聖堂を入り口まで歩き、そのまま馬車に乗って屋敷に帰った。

「……それで、エルヴィン殿下はなぜ僕の家の馬車に乗っておられるのですか?」

「ハルのことで話し合いが必要だろ。俺も聞く。俺は第二王子だからな」

 僕が尋ねると、理由にもならないただの我儘のような返事が返ってきた。


「いいではないか。どうせ陛下には報告をあげねばならん。殿下が報告してくれるのなら手間が省けるからな」

 父上はあっさりと了承した。そのような意図が殿下にあったのかは分からないが、こう話すことで、面倒な報告を殿下に押し付けようとする思惑が父上にあることは分かった。

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