第14話 イベント回避


 殿下はなかなか帰らず、王宮から迎えが来るまでずっと僕の側で手を握り続けていた。たまに手の甲を撫でたり髪を撫でたりされ、僕はされるがままになっていたけど、心の内では困り果てていた。

「ハル、寂しいか?」

「はい?」

「なんでもない。また明日な」

 そう言うとやっとエルヴィン殿下は王宮へ帰っていった。


 その後間も無く、僕は父上に呼び出された。

「ハルト、聖魔法が発現したというのは本当か?」

「分かりません。学園で倒れたのは事実ですが自覚はありません」

「そうか、教会から近々きてほしいと連絡があった」

「分かりました」

 父上の話はそれだけだった。僕に治癒や聖魔法を使った自覚はない。医務室で目覚めた時の体の怠さは魔力切れの怠さだったけど、一属性しか使えないとはいえ僕はクリスラー侯爵家の血筋のため魔力は多い。魔力切れになるまで魔法を使うことなどそうあることではなかった。


 父上の部屋を退室すると、ローゼの部屋へ向かった。

 コンコン

「ローゼ、話したい」

「どうぞ」

 ローゼはすぐに扉を開けて中に招き入れてくれた。妹の部屋には珍しいものが色々と置いてある。その中でもリバーシという白と黒の石を並べるゲームはなかなか面白い。これは前世の知識なのだとか。


「今日のことなんだけどさ、僕は本当に聖魔法の治癒を使ったの?」

「間違いないです。お兄様がエルヴィンの前で祈りのポーズをとった直後から強い光に包まれて、みるみるうちに傷が治っていくのを見ました。途中からエルヴィンも気が付いてたけど、そのままお兄様は倒れてしまったから……」

 光に包まれた……それで神とか聖人とか言われたわけか。

 目を開けていれば、異常に気付いて途中で止めることができたかもしれないのに、目を閉じていたことで魔力切れになるまで治癒をかけてしまったんだろう。

 殿下が救われたことはよかったけど、その代わりに厄介ごとが舞い込んできたのは頭が痛くなることだった。


「そっか。これはやっぱり想定外なんだよね? ヒロインは現れなかったの?」

「想定外よ。だってお兄様が二属性使えるようになるなんて、ゲームの中では裏ルートでも無かったわ。

 それとヒロインはなぜか現れていないわ。それどころかまだ私も見つけられていないの」

 妹が見つけられないということはAクラスではないんだろう。他のクラスであれば合同訓練で一緒になった時か、廊下や放課後に会うくらいしか思いつかない。


「これでエルヴィンルートの出会いイベントは回避されたと思ってもいいんだよね?」

「そうですわね。何度もあんな事故が起こるとは思えませんし、次はマルセルかコンラートかお兄様ですわ」

「え? 僕もまだ可能性があるの?」

「想定外のことが起きている以上、注意するに越したことはありませんわ」

 まだ気を抜けない学園生活が続くようだ。


「それよりも今はお兄様の聖魔法の方が問題になりそうですわ」

「そんなに?」

 深刻そうな顔でローゼが言うから、本当に嫌な予感がした。

「王族を治癒したことで王家はお兄様を聖女として担ぎ上げるかもしれません」

「僕は男だから聖女なんて嫌だよ。せめて聖人。しかしどうしたらいいんだ……」

 僕は精悍な騎士を目指しているのに聖女なんて呼ばれるのは勘弁してほしいと思った。


「もしくは教会に囲い込まれるか……」

「嘘だろ? 僕は騎士になれず聖職者になるの? 望んでいなくても?」

「それは分かりませんわ」


 本当にそれは想定外だ。僕は学園を卒業したらカミル兄さんと同じように騎士学校へ進もうと思っている。試験に合格できればの話だけど。

 騎士学校は十六歳でないと入学できないということはない。門戸は広く開かれており、平民でも貴族でも十六歳以上であれば試験を受けられる。あまり年齢がいってから受ける者はいないと思うけど、試験に落ちたとしても鍛錬を続けて二十歳くらいまでは挑戦したいと考えている。


「とりあえず明日の学校だよね」

「そうですわ。ローブを着てフードを目深に被るのはどうですか? 騒がれるのは最初のうちだけでしょうし、暑くなる頃には落ち着いていると思うのです」

「そうするか……どこまで広まっているか分からないのが不安だ」


 翌朝、僕は妹と共に屋敷を出ると玄関でエルヴィン殿下とマルセルくんが待っていた。

「ハル、気分はどうだ?」

「殿下、おはようございます」

 ローゼは大して気にする様子もなく殿下に挨拶をしているが、どう考えても王子が迎えにくるなどおかしい。


「おはようございます、殿下たちはなぜここに?」

「ハルを迎えに来た。こいつは護衛みたいなものだ」

「そうです。俺はハルトさんの護衛として朝早くからエルヴィンに叩き起こされました」

 婚約者であるローゼの護衛なら分かる。だがその場合は近衛騎士が来るはずだ。近衛騎士が所属する第一騎士団長の子息とはいえ、マルセルくんが護衛に来る理由が分からないし、なぜ僕の護衛なのかが分からない。


「お兄様、遅れてしまいますわ。行きましょう」

「うん……」

 馬車に向かいながらローゼにこっそり聞いてみる。

「ローゼこれは想定内なの?」

「そうね、昨日の殿下の様子からこうなる予想はしていたわ。ストーリーとは関係なく」

「そうか……」

 ストーリーとは関係ないのに予想できたと言った意味がよく分からなかった。色々と理解できないことが重なり、考えることが億劫になる。


 殿下が用意した馬車に揺られ学園に着くと、フードを目深に被り殿下とマルセルくんに左右を固められて教室に向かった。

「ローゼマリー嬢はこのまま俺がクラスに送っていきます」

 僕を教室まで送ると、マルセルくんとローゼは一年の教室へ向かった。


「ハルト、大丈夫か?」

「大変だっただろ」

 席につくとクルトとエルマーが寄ってきた。

「そうだね」

 僕が昨日倒れたことは思ったより多くの生徒に伝わっているのだと知った。教室の外に人だかりができており、それを殿下が恐ろしい顔で追い返しているのが見えたんだ。


「聖女だっけ? 朝から追いかけられたんじゃない?」

 クルトに言われて、追いかけられてはいないと思った。それは殿下とマルセルくんがいたからだ。彼らが左右を固めて、他のものが近づかないようにしてくれた。

 馬車を降りた時にも、周りにいつもより人が多かったのは殿下とローゼがいるからだと思っていたけど、それだけではなかったようだ。


「聖女はない。僕は男だ。せめて聖人と言ってくれ。聖人でもないんだが」

 聖女なんて呼ばれるのは嫌だ。僕は騎士を目指す男だ。軟弱な聖職者ではない。

「どっちでもいいが教室移動する時も注意した方がいいね。俺らも盾くらいにはなるけど、全部を防ぎきれる訳じゃない」

 エルマーが言った。エルマーも伯爵家の子息だが、殿下に比べたら発言力は落ちてしまう。

 それなら、早めに教会に行って聖女や聖人ではないことを証明してもらった方がいいと思った。

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