第13話 目覚め


「殿下、危ないですから入り口から離れましょう」

 単純な考えかもしれないが、殿下が怪我をしなければ治癒など必要ないのだし、回避するためにもこの場を離れようと提案した。


「いや、火の魔力暴走なんて見る機会はなかなかない。ハルも見てみろ、面白いぞ」

 殿下は気にすることなく入り口に近づいて訓練場の中の様子を観察していた。ここを離れる気はないらしい。

「俺は教師を呼んでくる」

 マルセルくんは殿下を止めることなく走っていってしまった。


 どうする? とローゼに視線を送ってみるが、不安そうに瞳を揺らすだけだった。

「殿下、妹に危険があってはいけませんので、僕は妹を連れて離れます」

 そうだ、婚約者を庇うと言っていた。ならローゼをここから遠ざければイベントは回避できるかもしれない。誰かを庇わなければ、何かあっても殿下は一人で逃げることができると思った。

 ローゼの腕を掴み、その場を立ち去ろうとしたその瞬間ーー


 ドーン!

「危ない!」

 爆発音の直後、エルヴィン殿下の叫び声が聞こえ、僕は咄嗟にローゼを庇い入り口を背にして覆い被さるようにしゃがみ込んだ。

 しかし衝撃も熱も襲いかかってくることはなかった。その代わり、何者かが後ろから僕を庇うように覆い被さっていることが分かった。


 カハッ

 後ろにいる者から吐き出された血液。その血溜まりにはまだポタポタと血が滴り落ちている。

 まさか!

 ローゼを抱えながら立たせると、僕に覆い被さっていた者がゆっくりと右を向いて倒れていくのが分かった。すぐに振り向くとそれはエルヴィン殿下だった。

 僕ごと婚約者ローゼを庇って倒れていた。目は閉じられているし、口からは血が流れた跡がある。背中は怖くてどうなっているのか見ることができないが、確実にこれはまずい状況だ。


「エルヴィン殿下!」

 どうしようどうしようと混乱で頭がいっぱいになる。ヒロインと殿下が恋に落ちてもいい、後で何とか回避できるようにすればいい。だからヒロイン、すぐに出てきてくれ。

 僕は神に祈った。どうか殿下をお助けください。僕がもっと強引に危険だからと撤退させればよかった。まさか殿下が僕を庇うなど思わなかったんだ。

 助けてください。どうか神様……

 そう祈りを捧げて目をギュッと閉じると、どんどん力が抜けていき、意識が薄れていくのを感じた。



「ハル、ハル……」

 僕は自分の名前を呼ぶ声で意識が浮上してきた。しかもその声の主は先ほどまで瀕死と思われる大怪我をしたエルヴィン殿下だ。

 僕は医務室のベッドに寝かされており、手を両手で包み込むように握りながら、心配そうに覗き込んでいる殿下の顔が見えた。

「殿下……お怪我は?」

「ハル、すまない。お前が危険だから離れろと忠告してくれたのに。ハルのおかげで俺は何ともない。全部治ってる」

「はい?」

 殿下が何を言っているのか分からなかった。「ハルのおかげ」その意味が全く分からなかった。お前を庇ったせいで怪我をしたと責められるのなら分かるが、治った?


「お兄様、どうやらお兄様は第二属性が発現したようですわ。聖魔法です」

「はあ?」

 ローゼまで意味の分からないことを言う。聖魔法が発現した?


「エルヴィン殿下を治癒したのはお兄様ですわ。そして大怪我を治癒したために魔力切れで倒れたのかと……」

「……」

 夢か? これは夢なのか?

 しかし制服の上にローブを纏ったエルヴィン殿下の襟元には血の跡が見えた。魔力暴走に巻き込まれたのは間違いないようだ。僕が治癒をしたというのは記憶も実感もないし正直分からない。


 コンコン

 扉がノックされ、そこに現れたのはコンラート先輩とマルセルくんだった。

「まずいですよ。現場を多くの者たちが見ていました。学園内は大騒ぎです」

 そりゃあそうだろう。王子が大怪我をしたんだから。

 そう思っていたが、次に告げられた言葉で、僕は現実から目を背けたくなった。


「そうですね。見ていた者たちは奇跡の光だったとか、神が降臨したとか言い始めています」

 コンラート先輩、それ本当のことですか? 盛っていませんか?

「聖女が現れたとも言われているが、ハルトさんは男だから聖人とも言われている。もうかなり広まっているから箝口令を敷くのは難しい。近いうちに教会から呼び出されることになると思う」

 これは想定内なのか? ローゼに視線を送るが、目を伏せて首を横に振られた。

 ここでは詳しく話せない。ヒロインが現れたのかも気になるし、とにかく早く帰りたいと思った。


「僕は帰ります。ローゼ、帰ろう」

「俺が送る」

 エルヴィン殿下が僕をフワッと持ち上げて横抱きにした。抱き上げられた体はまだ怠く重い。

「僕は歩けますから、下ろしてください」

「俺のせいだ。黙って送られろ」

 馬車までの道はコンラート先輩とマルセルくんが人目につかないようにと守りを固めてくれた。

 王子に抱えられて運ばれるなど恐れ多いことだが、僕には逆らう気力もなかった。


 馬車まで送るということなのかと思っていたが、殿下は馬車に乗り込んで、屋敷どころか僕の部屋のベッドまで抱えたまま連れていった。

「殿下、お手数をおかけしました」

「心配だからもう少しここにいる。お前は部屋に戻っていいいぞ」

「分かりました。私は部屋に戻ります」

 エルヴィン殿下はローゼを退室させ、殿下と二人きりの空間になった。


「体は辛いか? ずっと体調が悪かっただろ? 俺がハルに王妃教育などさせたから負担になったか?」

 殿下はベッドで横になっている僕の顔を覗き込むように話しかけた。顔が近い……

 いつも堂々と胸を張り俺様風を吹かせているのに、力無く青い瞳が揺れていた。

「いえ、学ぶ内容は面白かったです」

「そうか。ハル手を出せ。握らせろ」

「はい……」

 握らせろとは何なのか。疑問には思ったが、僕は横になったまま大人しく手を差し出した。殿下は僕の手を両手で包み込むように握ると、なぜかパッと目を逸らしてしまった。何がしたいのか分からない。


「寝てもいいぞ」

「殿下の前で寝るなどできません」

「そうか。でもまだ帰らないからな」

「分かりました」

 殿下に帰らない宣言をされ、僕は困っていた。治癒を使ったのが本当だったとして、感謝されるのは理解できるが、ベッドの横で手を握られているこの状況は理解ができない。

 それよりも早くローゼに聞きたかった。出会いイベントはどうなったのかを。

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