第9話 婚約披露

 

 翌日は学園の授業が終わったらエルヴィン殿下と共に王城に行くことになった。

「私も一緒に王城へ行きます。ちょうど父上に用事もありますし」

 そしてなぜかコンラート先輩まで一緒に王城へ行くことになった。


「……あの、狭くないですか?」

 僕は今、エルヴィン殿下とコンラート先輩に左右から挟まれて馬車に乗っている。

 向かいには従者が一人乗っていて、三人と一人でとてもバランスが悪いし狭い。

「狭いか。なら俺の膝の上に乗るか?」

「はい?」

 エルヴィン殿下はニヤリと口元に笑みを浮かべてそう言った。いや、王子の膝の上に乗るなど意味が分からない。不敬だろうし、揶揄っているだけだと思うが、それにしても反応に困るような揶揄い方をするものだ。


「エルヴィンの膝など筋肉質で硬くて痛いだろ。私の膝の上に乗ればいい」

「コンラート先輩まで、僕のことを揶揄わないでください」

 普段は冗談など言わないコンラート先輩がそんな風に揶揄ってくるから、僕は本当に困ってしまい居心地が悪かった。


「俺は本気だ」

「私も本気ですよ」

 真面目な顔をして揶揄ってくるからタチが悪い。二人がいくら僕より高位の存在だとしても、揶揄われてヘラヘラしていられるような神経は持ち合わせていないのだ。

「二人して僕を揶揄うなら、僕は従者の隣に座ります」

 毅然とした態度で接したはずなのに、エルヴィン殿下もコーンラート様も左右から僕の腕を絡めてしまい、その場に大人しく座っているしかなくなった。


「……ハルトお兄様、どうなさったの?」

 左右からエルヴィン殿下とコンラート先輩に腕を絡まれ勉強するための部屋に入ってきた僕を見て、ローゼは驚きを隠せない様子で目をぱちぱち瞬いている。

「僕にも分からない。ローゼ、助けてほしい……」

 二人は何がしたいんだろう? まさか二人ともずっといるわけじゃないよね?


『それでは昨日の続きから始めますよ』

 そう先生が言うと、やっと二人は僕を解放してくれた。そのまま部屋を出ていくのかと思ったら、少し離れた位置に置いてあるソファに二人で座った。


 僕たちが先生に勉強を教えてもらっていると、部屋の奥から言い争う声が聞こえてくる。

「コンラートは宰相に用があるんだろ? もう行ったらどうだ?」

「エルヴィンこそ、王子ともあろう方がこんなところで油を売っていてはいけないのでは?」

「俺はいいんだ」

「私もまだ時間に余裕がありますので」

「勉強の邪魔だぞ」

「あなたもですけどね」


『お二人とも、勉強の邪魔ですから出ていってください。今すぐに』


 二人は先生に部屋から冷たく追い出されていた。邪魔とまでは言わないけど、二人にジッと見られていると気になって集中できなかったから、先生に心の中で感謝した。

 もしかして、コンラート先輩もローゼのことが好きだったりするのだろうか? だから張り合っていたり……

 ローゼは可愛いからな。あり得ない話ではない。


 そんな日が三日ほど続き、学園は夏季休暇に入った。


 そして婚約披露パーティー当日を迎えたんだけど、僕はエルヴィン殿下が用意した衣装を見て絶句した。エルヴィン殿下が用意した僕の衣装は淡い水色の衣装で、その隣にニヤリと笑みを浮かべて立つエルヴィン殿下の衣装と全く同じ衣装だったからだ。


「……こんな衣装を着てパーティーに出ることはできません」

 僕は付いてきていた私兵に急いで屋敷に代わりとなる衣装を取りにいってもらった。何を考えているのか。王族と同じ衣装など着れるわけがない。ましてや今日の主役の衣装と被っているなど、周りの貴族から何を言われるか分かったものじゃない。悪戯にも程がある。


 ローゼのために用意されたドレスも淡い水色で、それはエルヴィン殿下と揃いの衣装になっているのは婚約者であるのだから問題ない。

 僕の衣装を取りにいった私兵がメイドと共に戻ってくると、急いで着替えてなんとか間に合わせることができた。僕は男でよかったと胸を撫で下ろした。

 女性であればもっと時間がかかっただろう。コルセットを締めるのも大変だと聞くし、ドレスに合わせた髪型に髪飾りに化粧もしなければならないから、こんなに短時間で仕上げることはできない。

 これも僕に首席を奪われた意趣返しだろうと思うと苦々しい気持ちになった。


「やはり俺が用意した衣装は着なかったか。つまらん」

 チラッと部屋を覗きにきたエルヴィン殿下はムッとした様子で、すぐに部屋を出ていってしまった。


「ローゼ、あれはどういう意味だ? 僕が間違っていたのか?」

 エルヴィン殿下が怒っている理由が全く分からず、ローゼに訪ねてみた。

「私にも分かりません。たぶんエルヴィンはお兄様と同じ衣装を着たかったんだと思います」

「余計意味が分からないんだけど……それと、クリスラーの家ではいいけど王城で王子の名を呼び捨てはまずい。誰が聞いているか分からないよ」

 ローゼはしまったという顔をしている。

 まだ十二歳、学園にも通っていないんだから大目に見てもらえるかもしれないが、逆に未来の王妃として厳しい目を向けられるという可能性もある。足元を掬われないよう気をつけなければいけない。ローゼは大変だな


 婚約披露パーティーは意外にもつつがなく終わった。

 婚約者候補と名前が挙がっていた令嬢の親たちから嫌味の一つでも言われるのではないかと、ずっとローゼに付き添っていたのだけど、そのようなことを言う者はいなかった。

 エルヴィン殿下がローゼの側をずっと離れなかったからかもしれない。

 そしてなぜかコンラート先輩までもが僕たちの側にずっと付いていた。


 僕はエルヴィン殿下に言われて強制参加となったけど、通常は十六歳のデビュタントを迎えた者でないとパーティーへの参加は認めれられていない。コンラート先輩はまだ未成年のはずだけど、宰相の権力を使ったんだろうか? やはりローゼのことが好きなのではないか? いつの間に出会っていたんだろう。

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