第7話 試験
「ハル、やっぱり試験前も生徒会室に来い」
エルヴィン殿下は数日経つと急に先日言っていたことを覆してきた。
「先日は試験前は来なくてもいいと言っていましたよね?」
試験前は僕だって勉強に専念したいのだけど、生徒会で急遽やらなければならない仕事があるのなら、勉強時間と生徒会の時間を上手くやりくりして試験勉強の時間配分を考えなければならない。
「ハルの勉強時間を削って俺が頂点に立つつもりだ」
「そうですか」
それなら生徒会室に来る必要はない。エルヴィン殿下が何かにつけて僕に絡んでくる理由がやっと分かった。入学前の試験で僕が主席になったことを根に持っていたんだ。
困ったな。わざと手を抜いて成績を落としたくはないし、全力で取り組みたい気持ちはある。しかし成績が貼り出されると、僕の方が試験結果が上だった場合、困ったことになりそうだ。
「ハル、わざと手を抜いて負けるんじゃねえぞ」
「さっきと言っていることが矛盾しています」
僕の勉強時間を削ると言ったり、手を抜くなと言ったり、結局どうしてほしいのか分からない。
「ーーってことがあった。これっておかしなことか?」
ローゼに今日あったことを話した。これはおかしなことかもしれないと思ったからだ。
「ちょっと意味が分からない」
「そうだろう? 僕もエルヴィン殿下が何をしたいのか、何を考えているのか全然分からない。僕は試験を全力で受けてもいいんだろうか?」
「いいんじゃない? エルヴィンが一位を取れなかったとしてもお兄様のせいじゃないわ」
確かにそうだ。一位になりたいなら、全力を出した僕よりも上の成績を取ればいいだけの話だ。そう思ったら気が楽になった。
そんな話をしていた数日後、試験は行われた。一応試験前に生徒会室へ行ってみたんだけど、エルヴィン殿下もコンラート先輩もいなかった。
なんだ、来いと言っておいて自分は来ないのか。それ以降は試験が終わるまで生徒会室には行かなかった。
「さすがハルだな。負けた」
「いいえ、エルヴィン殿下こそさすがです」
「ふんっ、一位の余裕か」
そう言うと、エルヴィン殿下は僕の髪をぐちゃぐちゃにした。意趣返しが地味に酷い……
結果は総合得点では僕の勝利となったけど、科目別の成績では勝っているものと負けているものが半々くらいだった。
勝ったとはいっても、僕の完全勝利ではない。総合得点では僅かに上回ったものの、勝ったとも思えなかったし余裕でもなかった。
廊下ではギリギリ補修を免れた者の歓声と、補習になってしまった者の落胆した声が聞こえている。僕は髪を後ろで結んでいたリボンを取って、ぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で梳かしながらその場を離れた。この髪どうしてくれるんだ……
夏季休暇に入る数日前、ローゼの悪い夢がとうとう現実になってしまった。
父上に僕とローゼは呼び出され、二人で部屋に向かうと難しい顔をした父上が執務机に両肘をついて深く考え込んでいた。
「お父様、私たちに用事って何かしら?」
「ああ、ローゼマリーお前に第二王子エルヴィン様から婚約の打診があった」
「そうですか……それにしてもいきなりですね。私は今まで婚約者候補にも上がったことがなかったと思うのですが」
悪い夢だと思っていたものがどんどん現実なっていくことが恐ろしかった。
まさか本当にローゼがエルヴィン殿下の婚約者になるなど、現実には起こるはずがないと思っていたからだ。
王家からの直接の打診ということは、もうほぼ決定事項なんだろう。
ローゼが婚約者になることは分かった。それでこの場所にローゼが呼び出されたのも分かる。しかしなぜここに自分までもが呼び出されたのか僕には分からなかった。
「それでだ、早速だけど明日から王城に通い王妃教育を受けてもらうことになった」
「いきなりですね。お断りすることはできないのですか?」
「無理だ」
本当にいきなりだと思った。準備期間もなく明日から王城に通えなど、なかなか傍若無人な振る舞いだと思う。ローゼも一縷の望みをかけて聞いてみたんだろうが、その望みも絶たれた。可哀想に……
「その王妃教育に、ハルトムートも参加するようにと通達がきている」
「はい?」
僕は呆気に取られて何も返す言葉が浮かばなかった。というより、しばらく父上が言った言葉が理解できなかったんだ。
妹が王子の婚約者になる、そして王妃教育を受ける、それは分かる。エルヴィン殿下は第二王子だけど、陛下はまだ次期王となる王太子を定めていないからだ。そこまでは理解できるんだ。
問題はそこから先。僕が王子の婚約者となった妹に付き添って王妃教育を受けるというのは一体どういうことだろうか。
「お父様、ハルトお兄様が一緒なら安心ですわ」
ローゼは嬉しそうにそう言った。この意味の分からない王家からの提案をなんの疑問もなく受け入れる理由は、やはり悪い夢で予測できたからだろうか?
提案? いや、これはもう決定事項だ。しかし本当に意味が分からない。
「父上、それはーー」
「断ることはできんぞ」
僕の言いたいことを父上は分かっていたようで、被せるように先に言われてしまった。
やはり断ることはできないのか。どうしてこうなったのか分からないまま、「分かりました」と小さく呟いて部屋を出た。
「ローゼ、ちょっといい?」
「ええ、構いませんよ」
どうにも納得しかねる状況の僕に比べ、ローゼは晴れやかな表情で廊下を歩いていく。なぜだ、ローゼはこうなることを望んでいなかったのではないのか?
「ローゼ、これも想定内のことだったの?」
「いいえ、全くの想定外ですわ」
てっきりローゼには想定内のことなのだと思っていたから、想定外と聞いてますます分からなくなった。
「そうか。ならなぜそんなに平気なんだ?」
「ハルトお兄様と一緒だからです。一人ではとても不安でした。でもお兄様が一緒ならもしかしたら違うルートに進めるのではないかと思ったんです」
ルート……
分からない。ローゼが話す悪役令嬢になるという悪い夢が現実味を帯びてきたのか?
概ねローゼが言った通りになっている。ローゼがエルヴィン殿下の婚約者になどなり得ないと思っていたのになってしまったし、悪い夢ではなく予知なのだとしたら……
ローゼがこの先、なんらかの呪いによって悪役令嬢とやらになって、ヒロインという人物を虐めてしまうのなら……
死んでほしくない。全力で守らなければならないと思った。
そのために僕がローゼと一緒に王妃教育を受けるのは、妹の不幸な運命を変えるチャンスだと考え、この意味の分からない王家からの提案を受け入れることにした。
この時になってやっと僕は、ローゼが十歳の頃から話している悪い夢が現実に起こり得ることなのだと認識を改めた。
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