第6話 生徒会2


「コンラート、それいつ読み終わるんだ?」

「もうすぐです」

 やはりこの人がコンラートだ。この人が宰相の子息で一歳年上の先輩か、去年の新入生代表挨拶は彼だろうと思った。宰相の子息と聞いているし、勤勉そうな雰囲気が出ているから間違いない。


「それで、彼は誰なんです?」

 コンラート先輩は読み終わった書類にサラサラとペンを走らせると、そっと机に置いてこちらに歩いてきた。そして僕たちの向かいのソファに腰掛けて足を組んだ。

「可愛いだろ? クリスラー侯爵の子息でハル。今年の首席はこいつだ」

「え?」

 主席はエルヴィン殿下のはずだろ? その発言に驚いてエルヴィン殿下の顔をジッと見た。

 冗談、というわけでもない?

 表情からは真意を確かめることはできなかった。


「俺が新入生代表挨拶したのにって顔をしているな。教師が余計な手を回しただけだ。試験の成績はハルが一番だった」

「そうなんだ……」

 嬉しかった。領地では結構勉強を頑張っていた。前に置いてあるローテブルの端を見つめながら、僕は嬉しさを噛み締めていた。


「なるほど。確かに可愛らしいですね」

 落ち着いた口調はコンラート先輩のものだった。

「あ、お初にお目にかかります。僕はハルトムート・クリスラーです」

 自己紹介もせず、失礼だったかもしれない。そっとコンラート先輩の顔を見ると、特に怒った様子はなく、貴族らしい微笑を浮かべてた。

「ふふ、私はコンラート・ラングハイムです。以後お見知り置きを」

 作った微笑かと思ったら、作り笑いではなく本当に笑われてしまった。


「ハルを生徒会に入れる。成績優秀で家柄も申し分ない。いいだろ?」

「ええ、構いませんよ」

 こうして僕には何の確認もされず、断る隙も与えられず生徒会に入ることが決まった。


 ローゼの予言通りになってしまった。

 しかしローゼの言葉も全て正しいわけではない。「後でちょっと付き合え」は虐めの合図ということだけは間違っていた。

 いつ虐められるのかと緊張していたのに、そのようなことは全くなく、ただひたすらエルヴィン殿下に髪を撫で回され、僕とローゼのことを聞かれただけだった。


 髪はわざわざ巻いているのかとか、騎士になりたいのかとか、魔法の属性の話もすることになった。

 この国の貴族は大抵の人が二属性の魔法適正がある。僕は水しか適性がないんだけど、それを言うのは恥ずかしかった。両親も兄二人も妹もみんな二属性の魔法適性があるのに、僕だけ水魔法しか適性がない。

 平民には適性が一つしかない者も多いと聞くけど、学園ではそのせいで虐められることもあるから気をつけろとローゼに言われていた。

 だから僕がわざわざ自分から話したわけではない。エルヴィン殿下に聞かれて答えないわけにもいかず、答えることになったというわけだ。聞き方も僕が言い淀んでいると「言え」と少し圧をかけられたから、言わないわけにはいかなかった。

 エルヴィン殿下は火と風、コンラート先輩は風と水だった。

 バカにされるのかと思ったけど、そんなことはされなかった。王族や公爵家の子息が人の体質をバカにするのは外聞が悪いからかもしれない。


 帰宅して今日あったことをローゼに伝える。

「生徒会に入ったよ」

「分かってたわ」

 そうだな。元々ローゼは僕が生徒会に入ると確信を持って話していた。


「そう、エルヴィン殿下とコンラート先輩と生徒会室で話したよ」

「どうだったの?」

 自分の生死がかかっていると今でも本気で思っているローゼは、真剣な顔で聞いてきた。

「どうだったと言われても、エルヴィン殿下はプライドが高く尊大という噂とはちょっと違う気がした。プライドはそんなに高くなくて気さくだった。尊大ってのはそうかもしれない」

「でしょ?」

「コンラート先輩は……真面目で冷静な方に見えた」

「それだけ?」

「そうだよ。口数も少なく……というかほぼエルヴィン殿下が話していたから」

「ん〜それは意外かも。エルヴィンはそんな饒舌なイメージはなくて、オラオラ系だったし」

 オラオラ? それはなんだ? たまにローゼはよく分からない言葉を使う。最近読んでいる小説に出てきた言葉だろうか?


「引き続き調査お願いね。本番は来年だから、今年は何もないかもしれないけど、何かおかしなことがあったら教えてほしいの」

「分かった」

 おかしなことか……

 僕にとっては生徒会に入ってしまったことは十分におかしなことなのだけど、それはローゼの中では想定内でおかしなことではないらしい。

 髪を撫で回されたことは僕の男としてのプライドが邪魔をして話すことができなかった。嫌がらせかバカにされているかのどちらかだかと思うからだ。


 その後の学園生活は、僕にとってはおかしいと思うようなことはエルヴィン殿下の距離が近い気がする以外は特になかった。

 同じクラスで伯爵家の子息であるクルトとエルマーという友達ができたことが変化といえば変化だけど、それだけだった。

 そのこともローゼに報告したのだけど、「友だちができてよかったね」と言われ、その二人には全く興味を示さなかった。クルトとエルマーはローゼの悪い夢には出てこないらしい。


 生徒会はなかなか面白いこともあった。生徒から寄せられる陳情が面白い。

 なるほどと思うようなものもあれば、ふざけているのか真面目なのか分からないようなものもある。



「ハル、試験前は来なくていい」

「分かりました」

 エルヴィン殿下に言われて、もうすぐ試験があることを思い出した。

 試験は夏前に行われ、成績は廊下に貼り出される。点数が低い者は夏季休暇中に学園で補習に参加しなければならないんだ。

 僕には関係ないことだけど、一応生徒会としてその辺りは把握しておかなければならない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る