第5話 生徒会1


「ハルトお兄様、学園では第二王子のエルヴィン、ラングハイム公爵家のコンラート、この二人のことを調べてください。エルヴィンはお兄様と同じクラスになると思います。コンラートは一つ年上で生徒会に入っているので生徒会で会うと思います」

「生徒会で会う?」

 ローゼの生徒会で会うという言葉に違和感を覚えた。なぜ僕が生徒会に参加することを前提で話をしているのか。生徒会になど入りたいと言ったことはないし、思ってもいなかった。侯爵家という立場上、そのような話はあるかもしれないが、断るつもりでいたのだ。

「お兄様は生徒会に入りますわ。来年は騎士団で会ったシャウマン侯爵家のマルセルも入りますわ。なので来年はマルセルのことも調べてください」

 未来が分かっているように話すローゼに疑いの気持ちを向けながらも、一応は了承の返事をした。


 調べるといっても何を調べるのかはよく分からないが、まだローゼにエルヴィン殿下との婚約話はきていないし、本当に調べる必要があるんだろうか?

 とりあえず日常生活を観察してみるか。王族の態度などは今後の参考になるだろう。


『新入生代表挨拶、エルヴィン・ハンデンベルク様、お願いします』

 やはり主席はエルヴィン殿下だった。王立学園には金を出せば誰でも入れる。だから貴族だけでなく裕福な商家からも入学する人はいるし、遠方から来る学生のために寮もある。

 年末には新入生を対象とした試験があり、その結果でクラス分けを行うんだ。

 僕はAクラスだった。Aクラスは成績優秀者が集まっているんだけど、その中でも主席となった者が新入生代表挨拶を行うことになっている。

 試験では手応えを感じていたのに、それでも上には上がいるのだと思い少し感動し、少し悔しい気持ちにもなった。


「ハル」

 入学式が終わり講堂からクラス分けされた教室に戻る途中で、後ろから誰かに呼ばれた。

 ハルなんて呼ばれたのは初めてだ。本当に僕なんだろうかと疑問に思いながらゆっくりと振り向くと、そこには赤い髪に青い瞳の男、エルヴィン殿下がいた。

 何かしてしまっただろうか? 王族の前を歩くのが失礼だったか? 内心は焦っていたが、そんな感情を表には出さずにエルヴィン殿下に軽く会釈を返した。


「後でちょっと付き合え」

「分かりました」

 ーー後でちょっと付き合え

 その言葉に、手に汗がじんわり滲んだのを感じた。ローゼが言っていたのだ。「後でちょっと付き合え」「後で校舎裏に来い」これは虐めの合図なのだと。

 ローゼはエルヴィン殿下とコンラートという二人の調査を依頼する時に、学園で上手く立ち回るための方法や注意した方がいいことなどを教えてくれていた。


 王族には逆らえない。学園は皆が平等と言われているが、やはり度が過ぎれば不敬にもなるし、学園内ではよくても家同士の関係や卒業後のことを考えると、敵対などしないに越したことはないんだ。

 教室では自己紹介をし、教師から今後の学園生活の注意点などを聞かされ、教科書と年中行事の表を渡された。

 今日は入学式ということもあり、それだけで解散となった。


「ハル、行くぞ」

「はい」

 エルヴィン殿下は気安い感じで肩を組んできたが、彼は僕より頭半分ほど背が高いから少し体を屈めていた。

 どこへ連れて行かれるのだろう。

 行き先を聞かされないまま連れて行かれた先は、生徒会室だった。ここで虐められるのか?

 生徒会室は基本、生徒しか入らない。教師が関知しない場所のため、もし暴行などを加えられても助けを呼ぶことはできない。やはり騎士団で会った時に目をつけられたのかもしれないと血の気が引いていく。


 扉を開けて部屋の中に入ると、そこには生徒が一人テーブルの端にもたれるようにして書類を読んでいた。サラサラな黒髪をセンターで分け、メガネをかけている。もしやこの人がローゼが言っていたラングハイム公爵家のコンラートという人物だろうか?

 目の色は緑と聞いているが、彼は書類に目を落としており、横顔からは目の色までは確認できなかった。しかし髪とメガネ、生徒会にいるということから間違いはないだろう。

 生徒会室を見渡すと部屋の真ん中には楕円の大きなテーブルがあり、テーブルを囲むように椅子が十脚ほど置いてある。そのテーブルと椅子も、床に敷かれた絨毯も、壁際に並べられた本棚や書類を並べた作業用の机も、奥に置いてある革張りのソファとローテーブルも、貴族の家の応接室にあるような高級感溢れるもので、ここは客人を招くサロンなのかと思うくらい優美な空間だった。


 それでいつ虐めが始まるんだろう……

 僕たちが部屋に入ってきたのに、コンラートと思われる男はこちらをチラリとも見ない。ひたすらに書類を読み進めている。


「ハル、そこに座れ」

「はい」

 エルヴィン殿下に部屋の奥まで連れていかれ、ソファに座るよう促されると、浅くソファに座った。膝は閉じて、膝の上に乗せた手は少し震えている。

 その隣にエルヴィン殿下がドカッと座って背もたれに背を預けて斜め上に向かって伸びをした。

「ああ〜、退屈だな」

 エルヴィン殿下がそう言うと、体が一瞬跳ねてしまった。思いの外大きい声で、少し驚いてしまっただけだ。


「ハルは可愛いな。震えてるのか?」

「い、いえ……」

 自分でも分かっていた。小刻みに震える手をどうにか止めようと力を入れてみたが止まる気配はない。

 騎士になれば痛いことも恐ろしいことも、命が危険に晒されることもある。それなのにこんなことで震えているなど情けないと心に喝を入れたが、それでも震えは止まってくれなかった。


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