第4話 目標


「ハルト、大丈夫か?」

「カミル兄さん、あの人たち誰か分かりますか? 赤い髪の人はたぶんエルヴィン殿下だと思うんですが……」

 兄さんが腕を組んで考え込んでいると、横から答えを教えてくれたのはローゼだった。

「赤い髪の方は第二王子のエルヴィンで間違いないわ、金髪は第一騎士団長の息子のマルセルよ」

「おお、そうだそうだ、マルセルだ。見たことある気はしたんだけど名前を思い出せなかったんだよな。ローゼよく知っているな」

 なぜローゼがそんなことを知っているのか、カミル兄さんも驚いている。僕もローゼも彼らには一度も会ったことないはずなのに……


 ゾクリと嫌な感じがした。まさか、ローゼが乙女ゲームと言っていたのは、本当のことなのか? 最初の頃はしっかり聞いていたが、近頃は少し煩わしくもあり話を半分聞いていなかったのだ。

 いや、でもそんなはずはない。乙女ゲームがどのようなものなのかしっかりと理解できていないということもあるが、他の世界で生きていた記憶があるなどとても信じられることではない。


 ーー敵状視察

 そうローゼが言った言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。


「カミルお兄様、私は第三騎士団の訓練が見てみたいわ」

「第三騎士団? 完全実力主義のところか、面白そうだな。よし、行くぞ!」

 ローゼの言葉に兄さんもノリノリで歩き始めた。

 第三騎士団? 確かローゼの悪い夢に出てくる、『推し』のファビアンという人がいるところだったか?

 あまり覚えていないが、若くして団長になった人だと聞いた気がする。 


 それより完全実力主義の団の頂点に立つ人など見てみたいに決まっている。どれほど強いんだろう、どんな技を使うんだろう?

 僕の頭の中はまだ見ぬ騎士団長のことでいっぱいになり、さっきの嫌な感じは気のせいだと結論付け、スッと頭から消えていった。


「すごい……」

 口からはそんな簡単な言葉しか出なかった。

「やっぱりファビアン様はとっても格好いいわ!」

「だな! 俺も憧れるぜ!」

 凄いと思ったのは僕だけでなく、ローゼも兄さんもファビアン様の動きに注目しているようだ。

 ファビアン様は周りの騎士とは動きが一人だけ違っていて、その人が頂点に立つ人なのだとすぐに分かった。

 背中の真ん中あたりまで伸ばした薄い水色の髪をふわっと靡かせ、緑色の風の魔石を嵌め込んだ銀色の槍を振るっているんだけど、まるで華麗な舞を披露しているようだった。それなのに滑らかな動きには一切隙がない。

 どうやったらあんな動きができるのか全然分からなかった。ただただその動きに目を奪われて、大勢騎士がいるのに僕はたった一人から目を離せなくなってしまったんだ。


 だから全然気が付かなかった。他の見学者が近くにいることを。

「ファビアン殿はさすがだ」

「そうか? 俺だって練習すればあれくらいできると思うぞ。なんならもっと豪快に炎を纏った槍とかな」

「エルヴィン、危ないのでやめてください」

「ふんっ、マルセルは風が使えないからあれほど速くは動けないだろう。残念だったな」


 そんな声が聞こえてきて、ゆっくりと左を向くと、そこには先ほど会ったエルヴィン殿下とマルセルがいた。

「お、また会ったな、俺のものになるか?」

 俺のもの? それは僕に言ったの?


「げっ!」

 僕が何も答えられず唖然としていると、そう声を発したのはローゼだった。そのせいでエルヴィン殿下とマルセルの視線がローゼに向かう。

 注目されたローゼは兄さんの背中に隠れたがもう遅い。

 ああ、そう言えばこの二人は乙女ゲームの中では攻略対象で、後にローゼを断罪して処刑に追い込むんだったか?


 今はそんな感じは全くないけど、近いうちにエルヴィン殿下とローゼが婚約するとか。いや、それはないだろう。それともローゼは密かに王家に嫁ぎたいと思っていたのか?


「ふぅん、面白いな。俺様の顔を見て『げっ』などと言った女はお前くらいだ。お前はどこの誰だ?」

 エルヴィン殿下がローゼに詰め寄った。ローゼというか、その前にいる兄さんにだけど。

「殿下、申し訳ありません。私はカミル・クリスラー、クリスラー侯爵家の次男です。で、こちらが弟のハルトムート、こちらは妹のローゼマリーです。まだ学園にも入学していない子どもの発言ですので、どうかご容赦を」

 兄さんは王族を目の前にしても冷静だった。間も無く学園を卒業し成人を迎える兄さんが大人に見えてとても頼もしく思った。


「クリスラーか。覚えておこう」

 エルヴィン殿下は僕の頭にそっと手を乗せると、マルセルを伴ってその場を去っていった。目をつけられたんじゃないよな? 僕はエルヴィン殿下と同学年になる。少しだけ学園に入学するのが不安になった。


 その後ローゼは兄さんに叱られたのだけど、ローゼが迂闊な発言をして怒られている間も僕はファビアン様に釘付けだった。

 やっぱりすごい。ファビアン様の槍を持って駆け回る姿が頭から離れず、あの方を目標としようと決めた。


「え!? ファビアン様は団長ではないのですか?」

 兄さんからファビアン様が団長ではないと聞いて思わず大声を出してしまった。

「そりゃあそうだろ。まだ十七だぞ? もうすぐ十八だが、いくら強くて実力があっても実績がないからな。次期団長と言われているから、数年後には団長になっているかもな」

 話が違うではないか。ローゼの悪い夢の中ではファビアン様は第三騎士団の団長だと言っていた。やはりローゼの話は悪い夢であって現実ではないのだと思った。


 兄さんは間も無く学園を卒業し、騎士団の宿舎に入った。

 そして僕も十三になり、学園の入学式が近づいていた。


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