第3話 邂逅


「馬車で乗り付けることはできないからな、ここからは歩いていくぞ」

 兄さんの言葉で僕とローゼは馬車を降りた。騎士団の敷地までここから歩いて二分程度だろうか。僕たちはワクワクした気持ちを抑えきれず早く早くと兄さんを急かし小走りに進んでいった。

 ローゼは敵状視察などと言っていたが、緊張した様子どころか楽しみで仕方ないという感じが見て取れてホッとした。

 年明けから騎士学校に入学するカミル兄さんとその家族ということで、騎士団の中へはすぐに通してもらえた。


 騎士学校は、学校と名がついているが騎士団に入る見習い期間のようなもので、騎士団の宿舎に入り騎士たちの補佐を行ったり騎士になるための基礎訓練を一年間行う。王国を守る未来の騎士ということで衣食住は国から出るが、給金は出ないため学校と呼ばれている。

 僕も学園を卒業したら騎士学校の試験を受けて入学するつもりだ。


 初めて見る騎士団の施設は、私兵の宿舎や訓練場とは規模が全然違っていた。対魔法結界が張られた魔法専用の訓練場はとても大きく、地面の土が硬く固められた訓練場もいくつか見えたし、騎士団本部の建物やずらりと並んだ宿舎も遠くに見えている。


 キョロキョロと辺りを見渡しながら歩いていると、兄さんに呼ばれた。

「ハルトこっちだ」

 僕は兄さんやローゼと一緒に来ていることをすっかり忘れて、一人で逸れそうになっていた。

 いけない。兄さんの声にハッと我にかえり、振り向いた瞬間に人にぶつかってしまった。


 ドンッ

 相手はその場に立っており、僕だけがよろめいて地面に尻餅をついた。まだ僕は子どもで相手が騎士なら仕方ないことだけど、なんだか少し男として悔しかった。

「すみません」

 僕はすぐに謝った。どう考えても余所見していた僕が悪い。

「ああ、お前こそ大丈夫か?」

 そう言って手を差し伸べてくれたのは、真っ赤な髪をくしゃっと左手で掴んで真っ青な目の同年代と思われる青年だった。

 騎士じゃない?


 青い目……この国ハンデンベルク王国で青い目といえば王家の人間だ。僕は差し出された手を掴みそうになったけど、慌ててその手を引っ込めた。

 王族に触れるなど……


 赤い髪の青年の横に立つ金髪の青年がその様子をハハハと大きな口を開けて笑っている。

「エルヴィン、嫌われたみたいだな」

「うるさい!」

 金髪の青年がエルヴィンと呼ばれた赤い髪の青年を揶揄うと、彼は怒りをあらわにした。

 エルヴィン……第二王子の名前だったような気がする。僕は王族にぶつかってしまったのか?

 王族に会ったの自体が初めてだった。

 王子の手を取るなど不敬だと思ったが、差し出された手を取らないのはもっと不敬かもしれないと、背筋が凍る思いをしながら二人のやりとりを眺めていた。


「大丈夫? 立てる?」

 そう言って次に手を差し伸べてくれたのは金髪の青年だった。僕は迷った挙句、「大丈夫です」と言ってその手を取らずに一人で立ち上がった。

 王族の差し伸べた手を断ったのに、他の者の手を取るなど……

 一般的なマナーは学んできたが、実践はまだ経験がない。それなのにいきなり王族を目の前にして、戸惑うことしかできなかった。


「ふんっ、お前も嫌われてんじゃねえか」

 エルヴィン殿下は鼻で笑って、仕返しのように金髪の青年を睨みつけていた。

「そうみたいだ」

 残念だとでもいうように肩をすくめた金髪の青年。揶揄われただけかもしれないが、とても居心地が悪い。

「も、申し訳ありませんでした。失礼します」

 王族を目の前にこれ以上どう対応していいのか分からず、僕はペコリと深く頭を下げると、慌てて兄さんとローゼのところへ走った。


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