狂言マニア
桐ヶ峰女子学園西館にて。
昼休みになると教室の外は一気に騒がしくなる。しかし、その声は西館には届かない。
「それじゃあ始めよっか」
詩乃の声に星螺、陽葵、那由多はそれぞれ反応し、耳を傾ける。
「演目の話、だよね。それならもう決まってるよ」
陽葵はパソコンを開き、画面を皆に見せる。そこには文化祭で演じる劇の台本が載せられている。
「脚本もう書けたんだ?」
陽葵の仕事の速さに星螺は口には出さないものの感心する。
「間がオリバー・ツイスト好きって言ってたから…前の年にいなかった間も好きなものと一緒なら部活に取り組みやすいかなって思って」
「これで文化祭で一回スキルアップしてから年度末の演劇祭で優勝するんだから」
正直星螺にはなぜ詩乃が那由多にそこまで目をかけるかは全くわからない。先々代に甘やかされては部室の隅で菓子を貪っていただけかと思えば先代からの強い当たりで部活に顔を出さなくなったような奴だ。そんな奴がどうして__
しかしそれはあくまで建前の感情だ。
「そっか、そこまで…よしっ、文化祭頑張るぞ…」
いそいそと陽葵からパソコンを奪い取り那由多は画面に齧り付く。
「目悪くなるよ」
「だってあの映画に出てくる子達みんな可愛くて…」
那由多の表情を窺えば凄く嬉しそうに見える。ここは女子校であり、男子との出会いは限られている。よく見る少女漫画の展開もこの男子禁制の桐ヶ峰では到底望めない。だからこそ彼女が美少年にハマるのも無理はない、と星螺は思う。しかし、そこに向ける熱には少し違和感を憶える。というか正直気持ち悪い。
「映画版はいいぞ、まあ…」
「あっそう」
ぐへへ、という効果音がつきそうな声音で作品を語ろうとする那由多の話を強制終了させる。
「ひま〜上川が冷たい〜」
「知らないし…」
「それじゃあ、来週の部活では文化祭の演目の発表をしよっか。その後でオーディションとか作品を皆で見て理解を深めるってことで」
陽葵にダル絡みする那由多をよそに詩乃は今後の部活の方針を淡々と話していく。
「そういえば、誰をどの役につけたいとか皆はあるんです?」
不意に那由多が手を挙げる。
「目ぼしをつけておいた方がオーディションもやりやすくなるかなって思うんだけども…昨年はほとんど部活来れなかったから知りたくて」
「それはまだ決めてないかなあ…みんながどれくらいできるとかよくわからないんだよね」
「そっかあ…」
「それにここ二年で部員も一気に増えたからさ。そこはオーディションで動画を撮影して後で見比べるつもり!」
「なるほどな、いっぱい見比べるのも楽しいよね。ありがと」
詩乃の返事に那由多は深々と頷いた。ふと星螺はそこに違和感を憶える。正直星螺は那由多のことを嫌悪している。それは間那由多という存在が上川星螺という人物にとって特殊な存在かつ価値観が合わないからである。しかし、嫌いであるからこそ星螺は那由多の違和感に気付く。
間那由多は俗にいうオタク気質である。特に彼女が歴史やアニメなどの分野に対して異常に反応するということは星螺も経験上理解している。一方で部活への興味は在籍しているにも関わらずからっきしだ。口にこそしないが、「調査書の空欄を埋めたい」という目的で在籍しているのも薄々気がついている。それでもなぜ急に部の方針に関わるようなことを言い出したのか。それが星螺の感じた違和感だった。
「今日はやけに積極的だよね」
気になったのでさりげなく聞いてみる。
「そりゃあまあ…気になちゃったから…最近何でも気になっちゃうんだよね、例えばほら、」
「あーはいはい、やっぱりいいわ」
「あ〜れ〜ご無体な〜ひま〜うちマンボウだから上川の言葉で傷ついちゃってしんじゃうよォ」
「那由多やめて」
マシンガントークの予感を察知して話を途中で切り上げると那由多は深く傷がついた振りをして狂言じみた反応を見せる。そして隣の陽葵にまた泣きつくような素振りで縋り付く。
(なんだ、いつもの間じゃん)
そんな見飽きた光景を見て星螺の中の違和感は霧散したのだった。
「あっ、ねえそろそろ次の授業始まっちゃうから行ってもいい??次世界史なんだよね…今日あれだけ楽しみにして来た」
「はいはい、それじゃあ解散ね。明後日部活あるから忘れないで!」
「やった〜世界史だ〜!じゃあね!!」
詩乃が解散を告げると那由多は腕に世界史の図説とノートを抱きしめるように抱えると慌ただしく教室を出て行った。
「元気だよね」
「正直部活にもそれくらいの熱量で取り組んで欲しいけど…」
「でもまずは来てくれたから大きな一歩じゃない?」
教室の窓からは本館に通じる渡り廊下を見下ろすことができる。陽葵の困ったような声を聞きながらそこに目を落とすと世界史の担当教師と那由多が合流する姿が見えた。何を話しているかは聞き取れないが、多分楽しい話をしている気がする。
「あんなにはしゃいでるの見るとさ、なんか可愛いっていうかさ…怒れなくなっちゃうんだよね」
「__、」
何故か詩乃の声が一瞬うっとりとした声になったのが気になって詩乃に目線を戻す。
「詩乃?」
「私も世界史選択にすればよかったかなあ、何でもいけるけど」
その青みがかった瞳は細められ、口元は緩く綻んでいた。
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