向日葵は修羅場で咲けない
桐ヶ峰の朝は結構早い。特にグラウンドは生徒の声は絶えることを知らず、それは今日とて同じことである。生徒の活気に溢れた声は校舎中に届く。
__例えそこが目を覆いたくなる程の修羅場でも。
「なんで間のお守りも出来ないわけ?」
「ずっと一緒にいるんだよね?ちゃんと言ってる?連れてこいって言ったよね?」
冷たい声音に気圧され、護陽葵はなす術もなく俯く。
彼女が俯けば太陽の光をそのまま閉じ込めたような黄金色の髪がさらさらと揺れる。
護陽葵は今年度の桐ヶ峰女子演劇部の演技全般の指導を担当している。今日は朝早くから今後の方針についての会議をする予定だった。席は全部で四つあり、彼女の向かいには副部長である上川星螺が陽葵を睨むように座っている。星螺の身長は女子の平均身長よりもかなり高い。高身長の彼女からの威圧的な冷たい視線と語気の強い責めで陽葵の目には涙が溢れそうになる。
「星螺、一旦落ち着こう?陽葵に色々さっきから言ってるけど…それに間が来ないのはいつものことでしょ?」
陽葵を庇うようにして左隣の城ヶ崎詩乃が間に入り星螺を諭す。
「詩乃…でも、」
「陽葵も自分を責めすぎないでね、うちらだけでも出来ることをやっていこう?」
にっこりと笑うその屈託のない笑顔に陽葵の心はじんわりと温まった。
「ひま〜?めっちゃ鬼電寄越すじゃん。心配したから用事ほっぽって来ちゃった」
不意に背後の開き戸が開くといつも通りの雰囲気で間那由多が入ってくる。その表情には特に悪びれる様子はない。
「間さあ、連絡したよね?なんでLINE読んでないの?」
「んー、昨日親に携帯取られちゃって」
「まず言うことない?」
「仕方ないよなあ…」
星螺の責めに臆することなく、那由多は飄々と言葉を返す。
「…っ、」
エスカレートしていく二人のやり取りに陽葵の胸はキリキリと痛む。
陽葵は喧嘩を見るのが苦手だ。ましてや喧嘩を自身がするなどもってのほかである。思い当たる節としては、彼女の両親の夫婦喧嘩が見るに絶えないほど壮絶だった…ということが挙げられるのだが、陽葵は非常に穏やかな性格の持ち主だ。争いごとは極力避けるし、自身が犠牲になることで争いが無くなるのであれば喜んでその身を差し出す。
「星螺、那由多…ごめん、私がもっと早く連絡すれば」
「ていうかさ、毎回自分悪くないみたいな言い回しやめなよ」
「うわあ、話が通じないよォ〜状況説明が通じない…」
陽葵の謝罪もそっちのけで星螺と那由多は発言の攻防戦を繰り広げる。常に相手を攻める星螺に対して那由多は緩やかにその攻撃を交わす。
「どうしよう、」
最早そこに自身が割って入れる隙はない。
「ねえ、一回落ち着いて、」
「ストップ!!」
教室に凛とした声が響く。
「間、まずは星螺に謝ろ?携帯は見れなかったかもしれないけど…星螺今日凄く張り切ってたんだ、だからその気持ちは汲んであげて欲しい」
詩乃は那由多の目をじっと見つめる。
「あー、あの…うん、携帯見れなくてごめん、確認頻度は増やしてみるから…」
詩乃の目線に何か思うところがあったのか、那由多は少し申し訳なさそうに俯いてみせた。
「星螺も。間の説明とかそういうのはちゃんと聞いてあげること。じゃないと今回みたいに場の雰囲気が悪くなっちゃうからさ」
「うん、わかってる、」
「よし!今日はそしたら一旦ここまでにしよっか。残りはお昼に話し合おうよ」
「わかったー」
「そうしよ」
「よしっ、大会優勝目指して頑張ろー!打倒宝永!」
「うぇーい」
「当たり前じゃん」
(すごいなあ、)
わらわらと星螺らが教室を出て行った後も陽葵はその場に立ち尽くしていた。
自身が対処できなかった問題をいともすんなり解決していく詩乃を思い返して陽葵は ほうっ、と心の中でため息をつく。星螺のように詰めるでもなく、かといって那由多のように有耶無耶にすることもない。それでいて真正面から全てを解決してしまう。
(やっぱり詩乃が部長でよかったな)
きっと自分では喧嘩の仲裁なんてできるわけがないから。
護陽葵は喧嘩が苦手である。理由は幼少期にあるというのもあるが、陽葵は力が強いのだ。昔はよく女子をいじめていた男子を殴ったりしては教師に怒られたことも数え切らないくらいある。それ以降人を傷つけないように対処はして来たのだが__
ふと脳裏に屈託のない笑顔で笑う詩乃が思い浮かぶ。
「でも、詩乃が笑顔でいられるためなら、私は__」
その後の言葉はHR前を知らせるチャイムの音にかき消されていった。
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