綺羅星の憂鬱


朝五時。アラームの音と共に星螺の一日は始まる。


「行ってきます」


お気に入りのトレーニングウェアに着替え、まだ寝ている両親を起こさないように家を出る。ドアを開けると外は小雨が降っていた。そのせいか外はまだ暗い。

ドアを静かに閉め、庭に出て犬小屋に行く。


「ハリー、散歩行くよ」

そう声を掛ければコリー犬が元気良く小屋の中から飛び出してくる。


「今日も元気だね」

首元を撫でてやればじゃれついてくるのがまた可愛い。


「今日は雨だよ」

事前に持って来ていた犬用のレインコートを愛犬に着せてやり、リードを取り付けたら準備完了だ。


上川星螺の朝は早い。朝はこうして犬の散歩兼ウォーキングに行くのが日課だ。幼少期から一度もこの日課は欠かしたことがない。


朝の空気は気持ちがいい。朝の澄み切った空気を吸うことで体の中が綺麗になっていくのを実感する。

世田谷区の新築二階建ての一軒家。そこが星螺の家だ。この時代における一軒家は金持ちの象徴とされることが多いが、上川星螺及び上川家の場合それは紛れもない事実である。

彼女の父親は某有名メーカーの取締役であり、母は専業主婦であるものの、良くオーガニック食材などを使った料理をSNSや動画投稿サイトなどに投稿して収益を稼いでいる。父に比べれば雀の涙とも言える額ではあるが、それでも並の配信者に比べれば十分稼いでいる。


星螺にとって家族は誇りだ。努力家の父に、常に明るい母。そして愛犬のハリー。ハリーはとても賢い。ハリーとは生まれた頃からずっと一緒なのだ。


三十分ほど歩くと空が白んできた。いつの間にか雨も止み、遠くには朝日が昇っている様が見て伺える。


「やっぱりアメリカの朝日より日本の朝日の方が好きだな」

誰に言うでもなく呟きながら時間を確認する。スマートフォンの時計は五時四十分を指していた。

「そろそろ朝食だから今日はもう帰らないとだね」

ハリーのリードを握り直して星螺は元来た道を引き返す。


ふと空を見上げれば太陽を遮るように大きな雲が浮かんでいる。


「ハリー、あれ目玉焼きみたいじゃない?ママが作るのにそっくり」



___


家に足早に帰り、シャワーを浴びて髪をセットして制服に着替える。後ろに着ける髪留めは水平に、制服はきちんとシワがつかないように意識する。そして部屋にある姿見で自身の姿を今一度確認し、一階のダイニングに降りる。


「星螺ちゃん、おはよう。今日は早いのねえ」

「おはよう、星螺」

「パパママおはよう、今日はちょっと部活の打ち合わせがあって」

「そうなのね…!?そうね、星螺ちゃんは副部長だものね」

「星螺は副部長なのか、頑張るんだぞ」

「わかってるって」


目の前にはいつもの光景がある。


経済新聞を片手にコーヒーを飲む父と朝食の皿を運ぶ母。机の中心には自家栽培の色鮮やかなサラダが置かれている。


「いただきます」


やっぱり野菜は自家栽培だ。自分たちで世話をした分、美味しく感じられる。


スムージーを片手に携帯を開き、LINEにアクセスして部活用のグループを開く。

最新のメッセージには自身のメッセージとそれに対する返答が表示されているが、既読の数が一つ足りない。恐らくまだ既読を付けていない人物は今日の打ち合わせには来ないどころか存在自体知らないのは予想に難くない。誰の提案だったか、三月頃に同学年同士の連絡用のLINEグループを作ったのが始まりなのだが_


「はあ、」


連絡用とは言いながらもそれが連絡用として作用していないという事実に星螺の心にノイズが走る。スタートを切って初回の打ち合わせなのに。これで優勝を目指すことはできるのか。もっと皆んなには頑張ってもらわないと。

詩乃を始め仲間には申し訳ないがこれも優勝のためなのだ。メッセージを見ていない人には会ったらしっかり言っておかないといけない。


食器を下げ、通学鞄を持って家を出る。


「気をつけてね!」

「行ってきます」


母の見送りに手を振り返し、電動自転車に跨って星螺は家を出た。

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