少女達よ大志を抱け

「それでは今から部活を始めます!」


桐ヶ峰女子学園北館の一室に部長の声がこだまする。眼前には真剣な面持ちをした後輩達、横には同級生達が横並びに座り後輩らを見据えている。

今月桐ヶ峰女子学園演劇部は新年度と共にトップの代替わりを迎えた。


また、昨年度は桐ヶ峰が大会にて強豪校を打ち破った快挙二年目の年でもある。そのせいか今年は昨年度以上に入部希望者が殺到しており、昨年までは程々に広かった部室は今この時点でぎゅうぎゅう詰めだ。それはまるで詰め放題セールで袋に詰め込まれた餅菓子のようで。


新入部員の今後に思いを馳せつつ間那由多は過去の記憶を手繰り寄せる。桐ヶ峰が強豪校である宝永女子学院に下剋上をしたのが先々代。その翌年には部員の数は増えていた気はしなくもない。


「昨年はあの強豪校の宝永に勝つことができました!今年も宝永に勝って三連勝目を挙げたいと思うのでよろしくお願いします!」


そういえば今代のトップは自分たちだったか。星螺のやる気に満ち溢れた新入部員に対する挨拶を聞き流しながら那由多は自身の挨拶を考えるべく一息をつく。こういう時はそれっぽい言葉をいかに自然に言えるかが肝心なのだが_


「間、挨拶始めていいよ?」


部長の城ヶ崎詩乃に背中を押され、那由多は立ち上がり後輩の前に一歩踏み出す。


「えー…間那由多です。今年も優勝を目指して_」


その瞬間胸中に疑念が過ぎる。本当に優勝出来るのだろうか?いや、できるのか?本当に?

(とにかく今はそれっぽいことを言ってその場を納めないと)


「目指して…えー…目指して欲しいのですが、無理をせずに頑張っていきましょう…よろしくお願いします」

「それじゃあ皆一年間よろしくお願いします!今日は皆でゲームをしようと思います」

那由多のぎこちない挨拶を押し流すように詩乃の朗らかな声が部室内を明るく包み込んだ。


 桐ヶ峰演劇部の歴史。深くは語られてはいないが、その前身は十五年ほど前の桐ヶ崎女子学園演劇同好会に遡る。今でも部が所有する倉庫を漁れば某有名劇団のビデオなどが出てくることもザラだ。つまり元々はただの演劇ファンクラブだったものが紆余曲折を経て強豪校と刃を交える程にまで成長したと言える。

 しかしながら桐ヶ峰がなぜ宝永に土をつけることが出来たのか。それを知るすべを間那由多は持ち合わせないし、知ろうとも思わない。



 部室を抜け出して一階のテラスに出れば桜の花が咲き誇っているのがよく見える。


さっきは優勝出来るかなどと自分の発言の正確さを確かめようとしたが、そんなことをするよりも桜を見ていた方がどんなに幸せか知らない。空白の調査書がそれっぽい単語で埋まればそれで良い。


あとはまあ、なんか、上川 城ヶ崎 護が勝手に動いてくれるだろう。昨年もトップに可愛がられていたメンバーだ。上手くやって欲しいところではある。


(後は野となれ山となれ ってね。 起きたらタピオカでも飲みに行こうか)


風に揺れる桜を見ながら間那由多は微睡み、そして意識を手放したのだった。

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