桐ヶ峰ブロードウェイ

@yukimatsubi0

一番星は揺るがない

幕開け

ドラムロールが鳴り続けている。会場内には緊迫した空気が漂い、その場にいる全員が固唾を飲んで成り行きを見守る。


「優勝は」


会場内に緊迫が走る。


「桐ヶ峰女子学園!」


2018年3月20日 演劇祭 於上坂文化センター。ここにまた新たな歴史が刻まれた。


演劇祭。それは特定の学校同士の連盟で作られた大会の名称。正式名称は不明。起源は演劇の技の切磋琢磨を目的としているらしい。最もそれの上位互換として日本における演劇部の全国大会があるのはまた別の話だ。また、本来この大会には強豪校が常にエントリーしているため裏で出来レースと囁かれているのもまた事実。

しかしながら、今日この瞬間。

「凄い、やったんだ…!」

上川星螺は舞台上でトロフィーを掲げる上級生を目を輝かせながら見守る。その茶褐色の瞳は喜びと舞台を照らすスポットライトの光でキラキラと輝いてる。

「これ何時に帰れるかなあ、お腹すいたぁ」

「那由多静かにして」

「今日早かったもんね」

横でヒソヒソと会話をする同級生の声も今の星螺の耳には入らない。


強豪校を2年連続で自身の桐ヶ峰が破ったという事実。更にそこに自分自身が当事者としている。それだけで星螺の心は高揚する。


「次は私達が…!」


そう決意を胸に横並びで座る同級生達を横目に見やる。


「いつまで続くのこれ」

菓子の包み紙を丸めながら不満を垂れる女子生徒の名は間那由多。部活には滅多に顔を出さないが、先代のトップに非常に可愛がられていたことは部内では周知の事実である。しかしながらその反動で今代のトップからの風当たりが強いのを気のせいとするには些か無理が過ぎる。

「こぼしてるよ」

那由多の膝上に身を乗り出して彼女のスカートの上にこぼれ落ちたクッキーの食べかすを甲斐甲斐しく拾ってはティッシュに包んでいるおっとりした容貌の少女。その顔立ちは演劇界の人間ならば知らないはずがない。彼女こそ演劇界の最高傑作と期待される少女こと護陽葵。困っている後輩には躊躇うことなく手を差し伸べる。その姿から彼女を慕う後輩も多い。


「あっ、集合だって!行こ!」


星螺の聴覚を不意に無邪気が声が刺激する。その声で星螺は我に返り周囲を見渡すと同級生や後輩達がトップを中心に整列していた。

「詩乃…?うん、行こ」

亜麻色の髪を三つ編みにし、屈託なく笑いながら自身に手を差し伸べるその姿はまるで童話に出てくる主人公を具現化したようなもの、否、具現化そのものである。彼女の名前は城ヶ崎詩乃。次期部長である。部内での実力はさることながら、性格の良さと朗らかさは誰もを虜にする。実際、星螺も詩乃の虜になっているのは言うまでもない。


____


「はぁ…」


数分前のことが脳裏を過ぎる。


会場まで迎えに来た母の車の中で星螺は溜息をつく。あの後は先輩からの感謝の言葉を聞き、優勝の喜びを分かち合いお開きとなった。


「眠いよォ…今日ここに泊まる…」

「間〜?ちゃんと歩こ?」

背後では間那由多の情けない声が聞こえる。眠いのはあんたが食べたクッキーの血糖値スパイクのせいだろうが。詩乃に迷惑かけるな。そう心の中で悪態を吐きながら星螺は会場を出た。


三月中旬の夜の風が星螺の頬を撫でる。


寒さに身を震わせながら前を見るとそこには見慣れた黒の車が停まっていた。

「星螺、お疲れ様」

「ママ」

そういえば今日はママが迎えにくるって言ってたな。そう思いつつ星螺は車に乗り込む。


「あ…」


ふとフロントガラス越しに外を見るとよたよたと歩く間那由多を挟むようにして歩く詩乃と陽葵が目に入った。

「間さんだっけ?大会来れてよかったわねえ」

「うん…」


ふと胸の奥が冷たくなったような気がした。

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