第11話 石化の王

「困った騎士様だな」

 

 深夜、洞窟内の布団が跳ね飛ばされた。カトラリーだ。彼女は寝相が悪く、何故か全裸だった。

 鞘付きのレイピアを抱き枕のようにして寝ている。

 カトラリーの丸見えの胸を見ると、身体の内側が毒でもないのに痺れてくる。なんとか布団をかけてやると、ロップがこっちを見ていた。


「えっち」

「ね、寝てたんじゃないのかロップ!」

「地面硬くて寝付けなくて……クレインは何してたの」

「誤解だ、めくったのではなく布団をかけてやったのだ」

「ふぅん。ねえ、夜の散歩でもしない。眠れないから、ちょっと付き合ってよ」

「いいだろう、外は冷えるから毛布を持ってこい」

「うん」


 ロップはバニー服の上から毛布をくるまって、ぴょこぴょこついてきた。ほっかむりのようで愛らしく見えた。


「魔物が襲ってきたら、すぐ声をあげろよ」

「うん」


 とは言ったものの、魔物の気配はほど遠い。このアンデッドの肉体を恐れてか、こっちに近づいてくる気配はない。


「なんかありがとうね、クレイン。こんな所まで付き合って貰っちゃって」

「夜の散歩ぐらい気にするな」

「そうじゃなくて、私のししょーを探しにこんなところまで付き合ってくれてるとこだよ」

「構わんよ、私は君の妖精だからな」


「不安なの、もしししょーに会えたら何て言えばいいんだろうって……よくも奴隷商人に売ってくれたねーって言えばいいのかな」

「ああ、魔法のひとつでもぶち込んでやれ」

「そうだね、発狂して言葉が通じるかも分からないし……衝撃で治るかもしれないしね」

「前向きなのは大事だ」

「うん、困ったら逆立ちをして空を見上げろってししょーが言ってた」

「逆立ちをしてだと、手間がかかるな」

「エストオレの魔術は大地からマナを吸い上げる。だから下を見がちだけど、世界の起源は空にある。時には上を見ろって、キレイな空があるぞって教えね。クレインも空を見てごらん、逆立ちは無理そうだからしなくていいけど」


 くるまった毛布を脱いで、ロップは逆立ちをした。網タイツに包まれたすらりとした脚が天を向く。重力で髪と胸が、垂れ幕のように下がった。

 クレインも猫背を伸ばして、空を見上げた。街の明かりに邪魔されない、満天の星空が映っていた。


「殺風景な荒野だと思っていたが、空はこんなに星で輝いていたのだな」

「キレイな星の海……まるでクレインの肉体みたい」

「私の鎧の中身をそう言ってくれるのは君だけだ」


 ロップはニッコリと笑って、逆立ちをやめた。「ふぁあ」と彼女はあくびをした。


「眠くなったようだな、帰ろうか」





「流石の駿馬ですねバンシー。このペースなら今日中に着きそうです」


 翌日、昼下がり、さらなる暴走馬車の荷台、カトラリーは背筋をピンと張った正座をしていた。騎士としてやはり体幹がしっかりしている。けど馬車の暴れが酷く、カトラリーの胸が上下に揺れていた。


「あの建物か、ちょこんと見えているぞ」


 クレインは幌の隙間から、遥か遠くにある建物を見つけた。荒野には塞ぐものがなく、雪を被った雄大な霊峰が遠くに映る。そのお膝元に、目標だろう黒い建造物が連なっている。


「ぬおおお! 不肖バンシー! 目の前にニンジンをぶら下げられると猛進する性分です! いやあゴールが見えると、なんかやる気が出てくるね」

「バンシーちょっと待って、横道に何かある。石像がいっぱいだよ」


 ロップが右側の幌から顔を出していた。ウサギの尻尾がフリフリと揺れている。


「石像だと、人の住みつかない荒野に誰が芸術を置くというのだ」


 クレインも脇道にある人の彫像を確認した。だだっ広い岩場の一本道に、ずらりと作品が立ち並んでいる。等身大の石像。剣を持った女や、杖を持った男。冒険者を象った作品が、なん十体も教会へ続く道に立ち並んでいる。


「違うよ、これ人じゃなくてモンスターが作った。石化された冒険者たちだよ」

「クランベリーコカトリスは大した石化毒を持ってなかったはずだろうが」

「そんな雑魚じゃないよ、これは討伐依頼ならAランクのキングサイズ……」


 外に出していた顔を引っ込め、ロップは荷台に置いていた杖を手に取った。


「ふん、僕には毒なんて効かないからね、このまま走り抜けてしまえば……あぎゃあああ!」


 馬車が急停止した。クレインの身体が横倒しになって、兜が吹っ飛んだ。ロップの華奢な肉体が飛んで逆立ち状態になった。

 カトラリーが縦に吹っ飛んで激しい上下運動をする、スカートの内側から刃物がボロボロ落ちてきた。


「うわああ!」

「にゃああ!」

「あわわわ!」


 クレインは這いずるようにして荷台から落ちた。

「急に止まってどうしたバンシー」

「クレイン様、もう石化毒とか関係ないと思うんだよね。生物としての頂点はスキルだとかモテるとかじゃなくて、単純なデカさなんだよ。ほらよくウマ並みとか言うじゃん? つまり生まれ持った大きさこそがヒエラルキーの頂点なんだよ。今度からは大きさを表す単位をコカトリスにします」


「なんの話をしているんだ……ぁああデカい!」


 目の前にいたコカトリスは城壁のように巨大で、星を眺めるように見上げなければトカゲのような顔つきが見えなかった。


「キングコカトリス! バンシー、逃げて!」

「ちょ、ちょっと無理矢理止まったら車輪が軋んだのか動けなくて! うはああ! ロップ、魔法でなんとかして!」


 キングコカトリスは鉤爪の右脚を振り下ろしてきた。巨大なそれは攻城兵器と言っていいような一撃だ。

 クレインはバンシーの前に立ち塞がる。背中の大剣を抜いて、幅広い刀身を盾のように構える。


「ぬぐっ! バンシー、大丈夫か!」

「クレイン様!」

「単純なサイズ比べがどうした、力比べに私は負けんよ」


 コカトリスの重量がのしかかってくる。手のひらだけで、クレインの肉体が包み込まされそうだ。鉤爪が、フトモモの鎧を貫通した。痛みと痺れ、昨晩と同じだ。同じだが強い。急に感覚がなくなっていく。左足が石になって動かない。片膝をついた、押しつぶされそうになる。


「くっ! バカな、毒の回りもキングクラスか! ロップ! 私が引き付けている間に詠唱を!」

「はい!」


 ロップは荷台から飛び出し、荒野に長い杖を刺す。大地からマナを吸い上げるのに時間がかかる。それまで、私の身体が保つだろうか。クレインは自問した。毒がどんどんと回り、下半身全体が石になってきた。


「魔法を待っていては、ご主人様が石になってしまいます!」


 クレイモアを抱えて、カトラリーが跳躍した。


「よせ! 迂闊に飛び込むな!」

「メイド式罰刀術、“幾星霜”」


 カトラリーはコカトリスの膝を足かけにして跳んで、一気に首元まで肉薄した。大剣を振り被った時、トカゲの切れ長の目が、彼女を捉えていた。

巨大なクチバシがついばむようにして、カトラリーの腹を貫いた。内側の鎧までもが貫通しているのが見えた。


「きゃああ!」


「地の底より湧き上がるもの、荒れ狂う風見鶏は嵐の御旗なり。虹色の声で鳴き、逆巻く刃を鎌の螺旋となせ! スパッチコック・テンペスト!」


 バニーの身体がポールのような杖に向かって横向きに、腕の力だけで支える。風になびく旗のように固定した。両足のかかとをポールにかけ、フトモモの裏肉と股間が丸見えだ。その無様でありながら高度なダンスは、開かれた鶏肉のようだった。スパッチコック

 そしてキングコカトリスはそんな鶏肉のように両断された。


「よくやったロップ、さすがの威力だ」


 クレインを踏みつぶそうとする前脚の威力が揺らいだ。クレインは前脚を跳ねのけ、固まった下半身を自分の剣で斬り離す。無くなった鎧の部分を、中の液体を吹き出して再生成する。石化毒への抵抗力はなくても、不死の肉体は無尽蔵であり問題はない。


「良かった、ご主人様にとって石化は問題ないのですね」

「そうだ、私は問題ない。カトラリー、なぜあんな無茶をした」


 崩れ落ちたコカトリスの死体が散乱するなか、カトラリーは倒れている。貫かれた腹から血ごと石化が始まっていて、手足までも飲み込んでいた。顔から胸までだけがまだ固まってなかった。


「たとえ生死に影響がなくても、ご主人様の身体が少しでも傷つくのであれば、盾となるのがメイド騎士の務めです。しくじった私のことなど捨て置いてください、王国にはまだメイドが九人も残っております」

「そんなことを言うな。ロップ、石化毒を治す方法はないのか」

「魔法も解毒薬もないよ……だからこの道の冒険者はこんなにも揃って並んでいる……」

「どうにかならないのか!」


 馬の嘶きが聞こえた。バンシーは馬車の留め具がまだ外れずにもがいていた。


「感動のお別れの最中申し訳ないんだけど、その大役を僕が担ってあげるよ! 十災禍の五、『疾病のフィンネル』!」


 バンシーの馬の身体が小刻みに霞んだ。黒い靄のように皮膚が剥がれ、大量の蚊やハエとなって飛んでいった。その蟲玉の中から小さな少女が出てきた。人形のようなゴシック調のフリフリなドレス。健康的に日焼けした褐色肌だが、もちもちとしている幼い顔つき。獅子のように美しい黄金色の髪の毛に、ピコピコとした馬耳が乗っている。


「バンシーお前……」

「言っておいたでしょ、クレイン様。忘れちゃった? 僕のスキルは病原菌を操り、蟲と家畜を媒介にして疫病をばら蒔く。つまり自分だけでなく他人の毒素すら操り、無毒化することだってできるんだよ」

「いや、そうじゃなくてその恰好は」

「バハルビクトリアを攻めた時に見せたでしょ。あれ、見せてなかったっけ? まあいいや、僕はスキルを使うと本当の姿に戻るんだ。だって僕たちは妖精、人の姿をした精霊だから」


 大口を開けて愉快にしゃべる姿は、馬の時の面影があった。ずいぶんとサイズは小さくなってしまったが確かにバンシーだった。


「うっわ可愛―い! 普段は暴れ馬なのにこんなにきゃわいいんだね! よしよーし」

「ロップ! 抱き着くなー! そんなに近いと上手く毒を操れないんだけど!」

「ああ、ごめん!」


 バンシーは小さな手でカトラリーの頭を撫でた。その指には蹄鉄を象った指輪がはめられている。


「ウマ並みと言っていた割には、一皮剥けばずいぶんと小さくて可愛らしいのですね」

「冗談を言う余裕があるなら、大丈夫みたいだね。石頭のメイド騎士……ちょっとチクっとしますよ」


 一匹の蚊が蹄鉄型の指輪に止まっていた。羽音を出して離陸する。その一匹を司令塔にして、周囲の蟲達が集まってくる。蚊やハエ達は集合体になるとそれは魔法のように一個の生物になった。人間よりもデカい虫だ。腹だけでカトラリーよりも巨大な、インセクトモンスターだ。その腹の先から、赤黒い産卵管が粘液を撒き散らしながら露出した。


「ひっ!」

「ウマ並みだろ? 上の口ちゃんと開けといてね、歯を立てちゃダメだよ」


 インセクトモンスターの産卵管が、カトラリーの口に挿入される。ビクビクと脈打つたび、カトラリーの柔らかい首も痙攣するように動いた。液体を流し込まれている。


「んぶっ! おごっ……んぶぅう!」

「だ、大丈夫なのコレ!? バンシー、可愛い顔してやってることエグイよ!」

「問題ないよ、この蟲は繁殖をまだしてないから僕の一部。流し込んだ無数の卵から孵化した寄生虫を媒介にして、石化の原因となったコカトリスの病原菌を僕の支配下にして無毒化させる。ちょっと息苦しいかもしれないけど、寄生虫も後で生理作用で排出されるから大丈夫」


「んぐっ! むぐっ! んごぉ!」


 お腹から中心にメイドの身体が柔らかくなっていった。産卵管がカトラリーの口から抜けた時には、既に四肢は動いて完全に石化が抜けていた。


「んえっ……味は酷いモノですが、助かりましたバンシー」

「いいってこと。少しは見直したよ、クレイン様のことしっかり考えてくれたんだね。君の勇気が僕は好きだよ」

「同じくご主人様の従者として、改めてよろしくお願いします」

「さて、その辺の冒険者の石化も解いてあげますか。妖精は人の味方だからね」



「完全に石化したものをどうやって……ぐっ!」


 カトラリーはお腹を押さえてよろめいた。下腹部が膨れ上がっていた。


「はぐっ……なんですかこれは! お腹が熱い……何か動いて……出てきます……出ちゃいます! あああ!」


 長いスカートの中から、刃ではなく虫たちが這い出てきた。と、同時にカトラリーの膨らんだお腹がしぼんでいく。


「君の中で培養した寄生虫が、石化毒への抗体を持って産まれてくれた。この虫達が石化を解除してくれうるよ」


 カトラリーから飛び立った虫たちは、周りに石像に一体につき一匹ずつ着陸する。その小さな針が石に触れた瞬間、肌の色が戻ってきた。


 大量の冒険者たちがどんどんと、復活した。屈強な剣士や魔法使いはフラフラしながらも、各々の目の前にあった蟲に導かれるようにして、バンシーの元へ集まっていく。



「あれ? 俺達はキングコカトリスと戦って……」

「だ、誰が助けてくれたの!?」

「そこの小さい馬耳をつけた子さ」

「うわー、ありがとう! こんなまだ子供なのに凄いね」

「いや、僕は大したことしてないよ、そこのメイドさんが見悶えながらも頑張ってくれたおかげだよ」

「そうなのか、ありがとう!」

「ありがとうございます! なんとお礼を言っていいか」


 冒険者たちが群がるより早く、カトラリーは立ち上がって距離をとっていた。彼女がいたはずの場所には、粘液の小さな水たまりが出来ている。彼女本人は荷台の陰に隠れていた。まだ顔は赤く、息も荒い。


「なんで隠れているのですか、貴方のおかげで助かったのですよ」

「い、いいです! 近づかないでください! 恥ずかしいです!」


 冒険者たちが追いかけてくると、雷の早さでカトラリーは荒野の向こうに駆けていった。


「あはは!」

「バンシー様! 許しませんからね!」

「命の恩人に手厳しいね」




「じゃーねー、変わった冒険者さんたちー!」

「次会う時は、この借りを返させてもらうぞ!」

 冒険者達がそれぞれのパーティと共に、それぞれの旅に出発した頃。バンシーも馬に戻った。


「さて、教会は目と鼻の先だよ! しゅっぱーつ!」


 繋ぎ直した荷台に揺られながら、クレインは黒馬に問う。


「なぜ馬の姿でいようと決めたのだ」

「うん、疫病を媒介する蟲か家畜なら何でも僕は化けられるよ。もちろん人間の姿の方が溶け込みやすいかも。でもね、騎士にはウマが付きものでしょ。クレイン様にずっと付き添うと思ったから、僕はウマになろうって決めたんだよ」


 走るバンシーの尻は、とても躍動していた。

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