第9話 クラウンクレイン

「おかえりなさいませ、ご主人様」


 クトーニアン王国、王城正門。運河の国からバンシーに乗って戻ると、そこにはずらりとメイド騎士が並んでいた。それだけではない、全ての兵士や従者。そしてレジスタンスまでもがいた。和解も済んだのだろう。彼らもクレインの帰還を出迎えてくれた。


「ご主人になった覚えはないのだが」

「いいえ、貴方は王になると言ってくれました。この国を救ってくれた貴方様こそ、我々の王に相応しいのです。どうぞ王亡き国の王となってください」


 メイド騎士筆頭のカトラリーが、うやうやしく王冠を掲げていた。

 困ったな、あれは勢いだったのだが。クレインは言葉をかみ殺して、おどけた。


「頭が無いのでは、王冠などつけようがないだろう」

「王とは装飾の有無ではありません。貴方が王でなかろうと、私達は貴方を慕い、尽力します。ご主人様――出立の前に言った通りです、私達をお好きなように使ってください。もしご不要なら切り捨てても構いません」


「あーあ、罪な男だねクレイン様は。国を落としちゃったんだね」

「よせよバンシー……――迷いがなくなったようだなカトラリー。剣を交えた時の君は抜け殻のようだったが、今は剣より輝いている」

「ご主人様のおかげです」

「いいだろう、この国の力にはなろう。だが少しの間だけだ、化け物がいつまで経っても人の王にはなってはいけない。万物は不変では無いと言ったのは君だ、カトラリー」

「ご随意に。ただ私は短い生涯に仕えるべき主を見つけました。クレイン様、貴方です。王をお受けいただかなくても、私だけは常に側に仕えさせていただきます」





「新しい王が首なし騎士なんて、面白いですね。きっとこの国も変わります。お父さんも浮かばれるでしょう」

 

 城内の円卓、そこには巨乳巨尻の酒場店員リリスがいた。彼女とレジスタンスが、王国騎士達にもてなしを受けている。既に和解を済ませているのだろう。


「レジスタンスを受け入れたのか、カトラリー」

「話し合いをしました。これから国の在り方を変えていきます――どうぞ、こちらへ」


 カトラリーに椅子を引かれ、クレインは腰かけた。隣にはバニーのロップがいて、朝食からステーキをナイフで切り分けていた。


「もう大変だったよ。王国騎士団とレジスタンスの話し合いの仲裁役~。こっちもまるで戦争、ああいってはこう言って、こう言ったらこう言うんだもん……なんとかまとまったけどさ」

「よくやったロップ、流石だぞ」

「えへへ」


 クレインはロップの頭を撫でてやる。ウサミミのカチューシャが嬉しそうに揺れていた。


 リリスはメイド騎士のついだ酒を飲んでいる。


「それで革命の報酬は」

「とりあえずは貴族・騎士階級に議席を用意してもらいました、王が自殺したこと、その次の王は名前も明かせない首なしモンスター。そんなことまで分かっているのですから、ふっかけないといけませんよね」

「これからは俺らも政治参加だ!」

「大っぴらに爆弾開発できるぜー!」

「国家に反逆する奴らを片っ端から牢屋に入れてやろうぜ!」


 レジスタンス達が沸き立っている。こいつらを入れて大丈夫なのか、クレインは少し心配になる。


「そりゃいいね、王宮に僕専用のウマ小屋とか作ってくれないかな」

 

 広い円卓に、バンシーも手綱を引かれてやってきた。金色のたてがみを震わせながら、前脚を机に置く。


「僕には最高級のビールをお願いするよ、メイド」

「かしこまりました」


 手綱を引っ張ってきたメイドはすぐにお辞儀をし、扉の向こうへ行く。


「クレイン様は、お食事どうされますか」

「私には必要ない。構わなくていいぞ、カトラリー」

「ではマッサージを致します」

「マッサージと言ったって、このように鎧姿だぞ」


 カトラリーは座っているクレインにもたれかかり、腕をさわさわと揉んできた。彼女の柔らかい肉体、というか胸部が腕全体を包み込んできた。


「貴方と切り結んでよく理解しました。この鎧はご主人様の肉体、鉄板の先まで神経が通っていますね」

「よく分かるな、確かに皮膚のように鎧に触覚を感じられる。だからその……柔らかいというか、その当たっているのだが」

「ええ、傷がつかないようメイド服に仕込んだ鉄板を外しております。ご心配なさらず」

「そうではなくて」


 周りからはただの鎧の手入れにしか見えないのだろう。ロップもバンシーも何も言わないので、クレインはやきもきした感情を内に秘めたままだ。


「ご主人様は首なし騎士でありますから、その出自は国民には明かせません。ですが王である事実は確かであり、政治のこともよく知ってもらう必要があります」

 

 耳元で喋られる、骨伝導のようにメイドの甘い声が鎧の中まで響きなんだかこぞばゆい。


「あ、ああ」

「この国は三つの主権力によって均衡を保っています。一つ目は私達、騎士や貴族で構成された特権階級。二つ目は労働者、冒険者で構成されたギルドです。三つ目は教会の修道士を束ねる宗教団体です」


 カトラリーは机の下に潜り込み、クレインの足をふとももからマッサージを始めた。

 股間近くにいられるとクレインのないはずの器官が、屹立しようとしてしまう。彼女の吐息までも感じる距離なのだ。


「三権分立……という感じなのかな」

「はい、特権階級が行政権を持っています。労働者と冒険者を守るべきギルドが立法権を、公正な教会が司法権を持っています」

「なるほどこの国では王の権力はそこまで大きくないのだな。だが代表者という者が確かに必要であるのは正しいようだな」

「はい、その通りです。まとめ役の王の不在により、私達騎士団の暴走がありました。その特権階級にレジスタンスというストッパーを入れることにより、三権のパワーバランスを整える形になります」


「ふむ、難しい政治の話はよく分からない。概ねは三権の議会に任せるよ」

「ではまず、ご主人様には三権の議会を円滑に進めるために、教会とギルドの代表者との会談をお願いしたいのです。バハルビクトリアと国交を断絶し、輸出入が滞ることが予想されます。そのためには国内をまず早急にまとめあげる必要があります」

「私には先約がある。ロップの師匠を探すことだ。私には国を背負っているのではなく、全ての人の味方であらねばならない」


 ロップの頭を撫でると彼女はニコリと笑った。


「嬉しいよ、クレイン」


 そのほっぺにニンジンの破片が飛んできて引っ付いた。ロップはにこやかに横を向いた。


「ちょっと、もう少し静かに食事できないのかな」

「うっひょおお! ビールうめえ! ニンジンうめええ!」


 人間のスペースにいるバンシー。床に置かれたバケツ入りのビールと、食事をガっついている。


「バンシー、ちょっとテンションが高すぎるぞ」

「こんな良いモノ飲んだり食べたりできているんだよ! これが騒がずにいられるか! 王様バンザーイ!」

「さっきまで私が王になること反対してなかったか」

「それはそれこれはこれ。僕はもう王家の由緒あるウマになったので」


 バンシーは再び食べることに集中した。馬がまき散らした食べかすを、周囲のメイド騎士達が清掃している。


「ふふっ」


 クレインは笑った。


「ではご主人様、教会に参りましょう。精神病を患っている民は、教会に送られます。ですが王の発狂も祈祷では治りませんでした。いる可能性はありますが、完治している状態ではないということも先に言っておきます」

「ああ、だが行かない理由もないさ」

「はい、では旅支度を始めます」

「旅だと? 教会は王都に無いのか」

「王都にある教会は支部でございます。重篤な患者は教会の本部に送られまして、その場所は王都から離れております。数日かかります」

 

「そんなにか。走ってくれるなバンシー?」

「もちろんだけど、もうちょっと酔わせてよ。このままじゃ飲酒運転になるけど」

「クレインが行くって言ったらすぐに行くの。それが名馬の条件でしょ」

「もうロップは手厳しいなー」


 ロップは自分の分のステーキをたいらげて、ごちそうさまをしていた。


「カトラリー、共に来てくれるだろう」

「かしこまりました、ご主人様が行くところには必ず私は参ります」

「ああ、食事は済ませたか。さっきから給仕ばかりで朝食をとっていないように見えたが」

「お気遣い感謝いたします。すぐに済ませますので、お待ちください」


 円卓の中央にある七面鳥を鷲掴みにすると、カトラリーはそのままかぶりついた。バクバクと一瞬で平らげた。


「終わりました、行きましょう」

「まるで戦士みたいな食いっぷりだな、食器を使わないのか」

「仲間たちの洗い物を増やすわけにはいきませんから」


 カトラリーはさも当然というように、汚れた指を舐めた。その仕草は野生の猫のようにも見えた。


「まるで動物みたいだよ。僕とウマが合いそうだね」

「恐悦至極。私も騎乗なら得意ですよ。騎士ですから」

「あいにく、僕の背中は貸さないけどね。教会の本部に行くには数日かかるんでしょ? クレイン様とロップを乗せるから、君は走って僕についてきてよ、王国最強の騎士ならそれぐらい出来るでしょ」

「バンシー、馬車で行こう。荷台を付けてくれ、そうすれば三人乗れるだろ」

「ですよね、クレイン様! 僕もそう思ってました!」



 メイド騎士達が旅支度の装備一式が入った荷台をバンシーにくくりつけた。





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