第7話 ハーレムキング


「地の底より湧き上がるもの、白日の炎熱よ天を焦がせ! ドラゴンテイル・エクスプロージョン!」

 

 月光に照らされたバニーガールが踊る。ロップの魔法によって、クレインは花火のように打ち上がった。


「見えた、頂上!」


 城壁を飛び越え、城の全貌を舐めるように見下ろし、頂上の塔の部分が目の前にあった。そこに王が寝ている。クレインは宙を回転しながら、兜を吹っ飛ばした。自分の液体生物の身体が詰まっている首の中。自身の肉体を水に変え、水鉄砲のように発射した。

 ベクトルを真横に、クレインは塔の窓に直撃した。


 窓ガラスを粉々にして突入し、クレインは寝室に着地した。鎧はボロボロで焦げていたが、大きな損傷は無かった。


「王よ、命をもらい受けにきた。この首なし騎士が、貴様を断頭する」


 豪奢な寝室だ、月明かりに照らされて明るい。あまりにも広すぎるベッド、十人は横に並んで寝られるぐらいデカい。

 布団には大きなふくらみがあった。ゴソゴソと這い出てくるのは女だった。


「こんばんは、首なし騎士。いつか来ると思っていましたが、花火として飛んでくるとは思いませんでした」


 メイド騎士、カトラリーだ。彼女に続いて、続々とメイド達がベットから這い出てきた。王国親衛隊は計十人。布団の膨らみは一人分残された。それが王なのだろう。


「王と同じベッドの中で護衛とはな。なるほど、親衛隊とはそういうことか、ハーレムだな」

「おはようからおやすみまで、全ての身のお世話をするのがメイド騎士であり、親衛隊の仕事ですから。我々は誇りを持って王に奉仕する。ただ、それだけです」


 カトラリーは布団の膨らみを優しく叩いた。まるで母親が子を寝かしつけるように、早く寝ていなさいと言うように。ぽんぽんと。


「王を見る限り、君の理念には賛同できない。今も女に守らせて、自分は寝ている王などに。だが君と戦うのはとても心が躍る」

「申し訳ありませんが、今宵はレフェルガベル親衛隊全員とのお相手を願います」


 十人のメイド騎士。彼女たちは一斉にスカートの裾をつまんだ。片足を斜め後ろに引き、お辞儀をした。流麗で完璧に揃った、カーテシー。


「メイド式・罰刀術、“幾星霜”。包括十罪、徒党重ね剣技、“那由他”」


 しゃらり、と音が鳴りスカートの中から光る物が顔を出す。

 十人全員が操り人形のように、規則正しく揃って武器を吐き出した。スカートの中から現れる無数の剣。刃物の残響は瞬く間に大音量となり、その金属音は長く響く狼の遠吠えのように聞こえた。彼女たちはそれぞれに、様々な武器を手に襲い掛かってきた。


「『血のダリア』!」


 クレインは小難しいことは考えられない。十人が別々の剣捌きで来るのなら、一人一人に対抗する剣術を披露することは出来ない。刃こぼれした剣に、自分の血をへばりつけて、赤い刀身を構えるしかない。


「伝承の首なし騎士、今宵で不死伝説もおしまいです」

「レフェルガベルという名は銀食器。王でさえも身近に置き口に入れる。最も親しく神聖で、卑しい道具」

「銀色とは最も不純を祓うもの。それが私達という刃。王国にとっての病原を掬い取る!」


 彼女達は火のように回りが早く、風のように纏わりつく足さばき。メイド騎士たちは十方向、全周囲にいる。水のように響く、刃物が鎧をつんざく音。

 それは一筋の斬撃に見えて、抉るような群れの牙だった。


「素晴らしいぞ、メイド騎士!」

 研鑽された刃が、鎧を砕いていく感覚を感じる。王国最強の騎士が十人。誰しもが見目麗しく、花のような女の香りがする。しかし加減一切なしの殺気で切りかかってくるのだ。

 クレインは穴だらけになりがらも、一人のメイド騎士を掴んだ。


「んあっ!」


 ヘッドドレスをつけた頭を握り、床に叩きつける。衝撃で彼女の得物を落とし、放り投げる。空中で無防備な胴体を大剣で薙ぐ。

 メイド服を破き、内側の仕込み鎧を破壊する。彼女は白いお腹を見せ、部屋の隅で転がった。

 美しき戦士の苦悶の顔、無防備な白い肌。多量の冴えた剣技と、部屋に充満する花の匂いと汗の香りにあてられて、湧き上がる情動がクレインを震わせた。


「うっ……!」


 鎧の中から溢れる白く濁った液体が、首なしの穴から噴き上がった。倒したメイド騎士のお腹に降り注いだ。彼女は気を失ったまま、白い液体まみれになって転がった。

 

「シルバーをよくも!」

「このヘンタイモンスター! あなたの鎧も破壊します!」


 サーベルと刀、二人のメイドの攻撃を巨大な剣で受け止める。力任せに跳ね除け、吹き飛ばす。ジャンプし、倒れた二人の身体を踏みつけた。


「ぎゃん!」

「ぐあっ!」


 二人のメイド騎士は身体を弧の字にして、仰け反っては動かなくなった。


「前より、動くようになりましたね首なし騎士」

「ぐっ! 私に力勝負か! カトラリー!」


 発火した蛇腹剣がクレインの身体に巻き付いた。カトラリーだ。引きずられた。まるで綱引きだ。あの細身の身体でありながら、どこにそんな力があるというのだ。

 クレインは地面に倒れたはずみで、大剣を落とした。待ち構えたように他のメイド騎士が襲い掛かってくる。

 クレインは体中に巻かれたチェーンのような蛇腹剣を引きちぎった。反動でカトラリーの身体が飛んでいく。

 クレインは上体を素早く起こすと、既に別のメイド騎士が近くにいた。

 

「私はカトラリー隊長ほど甘くはないですよ!」


 クレインの腹に向けて、ブロードソードが振り下ろされた。

 クレインは腕でその幅広の剣を受け止めた。握力で刃を握りつぶし、力づくで奪い取る。クレインは素早くメイド騎士に襲いかかり、彼女の首を絞めた。


「ひぐっ! あがっ……」


 ジタバタと彼女は足掻いて、くぐもった声を上げる。宝石のように赤い瞳がこっちを睨みつけていたが、すぐに白目を剥いて気絶した。手を離し、地面に倒れた彼女に白濁液をぶっかける。


「てああっ!」

 

 横からバスタードソードと共にメイド騎士が飛んできた。刃の細い片手半剣、破壊者の名の通り、クレインの横腹を粉砕した。切り下がるメイド騎士の方向にクレインは突撃する。返しの刃が、肩に刺さるがお構いなしに進む。剣を抜こうとするメイド騎士の無防備なお腹を殴りつける。


「がっあっ!」


 クレインが地面に落ちた大剣を拾い上げた時、

 三日月のような斬撃、曲剣が首の穴に食い込んだ。鎧通しのエストックが横腹を抉り、足がクレイモアによって切り飛ばされた。三人のメイド騎士によってクレインは膝をつく。後ろ向きに倒れながらも、クレインは大剣を振るった。三人の騎士の胴体をいっぺんに薙いで、吹き飛ばした。


「きゃああ!」


 三人は壁に叩きつけられ、身体を弧の字にして呻いている。破れたメイド服の隙間から、砕けた鉄板が零れ落ちていく。仕込んだ鎧は破砕し、破れた服の間から素肌が覗いている。


 クレインは足を即座に再生し、立ち上がる。


「うぅ……まだ……きゃん!」


 エストックの使い手が立ち上がろうとしたので、腹を蹴り飛ばした。衝撃で白濁液がこぼれ、動かなくなった横顔にかかった。


 もう二人はそのまま動かなかった。

安堵する暇もなく、後ろから切り付けられた。クレインは即座に振り向いて防御、長剣とかちあった。柄に鍔迫り合いのための金具が付いたツヴァイヘンダ―だ。


「力づくだけで押し勝てる? そんなのは間違いよ」


 鍔迫りあった剣はがっちりと噛み合った。クレインが力づくで押し込んだ時、彼女は手首をひねって剣を滑らした。ぬるりとした触手が刀身を這うようにして、クレインの剣を滑った。 

 鍔迫り合いを外し、剣先がクレインまで届いたのだ。


「クトーニアン流、両手剣技バインド!」

「ぐっ! なるほど、そうすればいいんだな!」


 再び剣と剣が撃ちあった時、大剣をひねった。見よう見まねの動きだが螺旋のように回転した大剣は、相手のツヴァイヘンダ―をへし折った。そのまま回転を伴った突きを放ち、メイド騎士の胸を貫いた。


「うあっ!」


 胸の衣服が破れ、仕込んだ鎧が砕けていた。青色のブラが見えた。彼女が別の剣を手に取ろうと走り出したので、クレインは彼女を捕らえた。自らの大剣を離し、両腕で抱きしめる。ベアハッグ。力強い抱擁で、戦意を削ぐ。


「ぐああああっ!」


 背中を仰け反らせ、彼女は絶叫する。



「カトラリー! もう貴様ひとりだぞ」


 手を離し、地面に倒れたメイド騎士の青いブラに白濁液が垂れる。


「追い詰めたつもりですか? 騎士の群れは最後の一匹になっても、国の全てを背負っています……処刑場の戦いとは違い、ここには十倍の刃がある。倒れた戦友たちの得物が――あの時よりも私は十倍も強いと考えてください」


 クレインの右足と右腕が吹き飛んだ。

 レイピアと短剣の二刀流。コマのように回転し、スカートの中が見え着地した。


「枯渇しないのは同じだ。私は君たちと対峙し、常に満たされている」


 切られた四肢からにじみ出る液体、それがそのまま固まった。なくなった鎧の手足となった。


「あの時よりも成長しているようですね。成長するということは老いるということです」

「君はポジティブだな、未亡人みたいな暗い顔をしているくせに」


 大剣を振るった。その斬撃に合わせるように、レイピアで切り結んできた。レイピアの刺突は大剣に弾かれて折れた。次の刺突が飛んでくる。一の斬撃に対して、十の刺突だ。

 床に刺さった、十人のメイド騎士の得物をカトラリーが次々と引き抜き、目にも止まらぬスピードで使用している。


「メイド式・罰刀術、“幾星霜”。孤狼決闘罪、十把一絡げ、“刹那”」

「やはり君が一番強いな!」

「ひとりはみんなの為に。みんなはひとりの為に。よく言うでしょう。メイド騎士とは全にて一であり、一であり全。ひとりが全てに勝らなければいけません。それがレフェルガベル親衛隊長としての務めです」


 数多のレイピアによる斬撃でクレインの大剣が砕けた。首の中に手を突っ込み、血をつかみ取って剣にへばりつけた。

 

「背水の陣というわけか、楽しませてくれる。私の剣も無限なのだ! 『血のダリア』!」


 復活した赤大剣を振るう。カトラリーは後方に跳んで回避。地面に刺さった剣を後ろ足で蹴飛ばす。バスタードソードが空中に舞う。瞬時にメイド騎士の姿が消えた。

 両腕の武器が、クレインの剣を叩く。バスタードソードが砕けた。いつの間にか、宙に八本の剣が舞っている。まるでジャグリングのように、カトラリーは次々と剣を空中でキャッチ。万全な刀身を振るってくる。

 合計十連のバスタードソードによる、連なる強撃。嵐のような波状攻撃にクレインの大剣が砕け散る。


「素晴らしい、素晴らしいぞ! それが王に捧げる剣技か!」

「王はみんなのために、みんなは王のために……聡明な王さえいれば国は上手くいく、そう信じて誰しもが生きています! 良い、悪いに関わらず! 王国の紋章を持たない、化け物の騎士には理解できないでしょう! メイド騎士たる捧闘の戦いは!」


 目で追えないスピードだ。カトラリーの姿はコマ送りのように、飛ばされた映像でしか捉えられない。武器を取る時や武器を振るう時、早さが落ちる一瞬の場所だけだ。その時はしっかりと見ることが出来た。彼女の豊満な胸が、動きと速さで躍動しているのを。素晴らしい乳揺れを。


「うっ!」


 凄まじい量の白濁液が噴出した。カトラリーは大部分を避けていたが、床や刺さった武器に大量にかかる。


「くっ! しまった、ヌルヌルが………」


 彼女の手が滑り、剣を抜くのを失敗した。床のべとべとに足を取られて、転んだ。

 その隙にクレインは突撃し、覆いかぶさった。


「ご自慢のスピードもこうなってはどうもならんだろう」


 首の穴から新しい白濁液をぶちまけた。


「んく……んぐっ……ぶふぅ……んっ!」


 大量の白濁液が滝のように降り注ぎ、カトラリーの鼻や口に容赦なく入り込んでいくの見えた。彼女は溺れたようにもがき苦しみ、咽た。


「くあっ! や、やめなさい……んああああっ!」


 身体が痙攣したようにビクビクと震えているのに、カトラリーは未だに戦士の目をしてこっちを見上げている。

 ああ、素晴らしい眼光だ。クレインもまた悶えるように鎧を震わせた。


「まだやる気か」

「最後の一本の剣が折れるまで、私は諦めません。いくら辱められようとメイド騎士に、命乞いはない」


「そうか……なら」


 白濁液を固めた。カトラリーの手足を手錠のように固定させ、クレインは立ち上がった。寝室の方へ振り返る。



「そこでゆっくりしていろ、お前の王が殺されるのを」

「やめなさい、何をするつもりですか! それだけは……私の身体を好きにして構いません! だからお願いです……!」

「そうはいかない……王も騎士も国の命を賭けるものだ。賭けの負けは全てを失うのだ。君がいくら諦めが悪くても、大将首が取られれば国の敗北なのだ」

「いやああっ! いやいやいや、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 許してください許してください! なんでもしますから! 殺して! 殺して! 私を! 私だけを! 私だけを殺してよ!」


 駄々をこねる子供のようなカトラリーを無視して、クレインは歩く。

 未だにベットの布団にくるまったまま出てこない、臆病な王。圧政を強いていた王が、自分だけが泣き寝入りして許されると思うならばそれは間違いだ。

 クレインは迷うことなく、布団の膨らみの上から大剣を振り下ろした。首と胴体の間を寸断した。手応えあった。布団をめくると、首と胴体が分かたれた死体があった。しかし、返り血が全く無かった。

 それは人形だった。

 

 だけどしかし、それは精巧すぎる。クレインは確かに死の匂いを感じていた。不死の身体になってからこそ、他人の死に敏感なのだ。これは死者の皮で作られた人形だ。はっきりと分かった。

 クレインは剣の切っ先で、豪奢な寝間着を切り裂いた。右の鎖骨にあるホクロ。レジスタンスのリリスから聞いた、王本人である証だ。


「どういうことだ、王は既に死んでいる。この人形で、生きていると見せかけていた……決してここ最近ではない。いったいいつから……王の圧政とは」


 背後で引きちぎられる音がした。振り向くとカトラリーが拘束の手錠を無理矢理引きちぎった。気絶させたはずのメイド騎士たちも、続々と立ち上がってきた。カトラリーの甲高い奇声に叩き起こされたか、執念深い親衛隊だ。

 メイド騎士たちは、カトラリーを筆頭に、メイド服を脱いだ。畳んで床に置いた。服の下の仕込み鎧も下着もパンツも、全部を脱いで全裸になった。十人が全員だ。


「申し訳ありません」


 彼女たちは襲い来るでもなく、一斉に土下座をした。白濁液がたまる床に額をこすりつけ、一心に叫んでいた。


「んぐっ……ひっく、ど、どうか王がしんでることを内緒にはしてくれないでしょうか……」


 すすり泣きながら謝るカトラリーに、親衛隊長の威厳は感じられなかった。十歳は若返ったように見え、丸見えの背中は戦士ではなく少女に見える。


「国が荒れると? 市民が暴動を起こすと? だが王なら後継者がいるだろう」

「いないの……この国は三年前から……からっぽなのです」


メイド騎士の一人がむせた。土下座したままだったが、顔を少しあげた。口に入ったであろう白い液体を吐いていた。

 裸の彼女たちは所作の美しい土下座をしながらも、何人かは細かく痙攣していた。ケガが痛むのか、それとも屈辱なのだろうか。


「話せ……お前らには責任があるだろう」


 カトラリーは土下座したまま顔をあげた。顔には白い液体が垂れている。子供のようにたどたどしい口調だが、しっかりと事実だけを述べようとしているようだ。


「三年前のあの日、わたしたちのご主人さまはいつもと違いました。食事もとらずおしごともせず、きゅうに頭をかきむしり、星空を怖がり始めました。星の光は獣の瞳、頭を食われると一日中叫び、狂い始めました」


 リリスの父親と同じ狂い方だ。この国には、黒い何かが蠢いている。


「治療は出来なかったのか、王都は最先端の医療技術が集まるものだろう」

「魔法も、医療も教会でのお祈りも何も……効果はありませんでした。それどころか、王はご乱心されてから……一週間後に自らの首を掻きむしって、しんじゃいました……いえ、ご崩御されました」

「王が自殺したとなると、公にはできない。国民と隣国に弱みを見せるわけにもいかない。隠すのは当然だ。だが、王位は継承させるべきだろう」


 王は獅子である。強き王のイメージが国民をなだめ、犯罪を抑圧する。他国を牽制し、平和と繁栄をもたらすもの。そんな王が自殺などという弱みを見せれば、国という威信が地に落ちる。国民は不安で荒れ、犯罪が増加し誰も国を信じなくなる。そして、隣国がその隙に、どんな理不尽な要求を突き付けてくるか分かったものではない。


「王家は全て国のそとに逃げちゃいました。おうさまの妹、隣国バハルビクトリアのアメジスト王妃にそそのかされて……この王国は神に捨てられた地、王の血を引くものは全て発狂死すると」


「その王妃は、王の妹だった奴か。なるほど、親族の方に付くのは当然であるな」

「それからこの国の実権は、隣国の王家から遠隔的に握られました。いわゆる傀儡政権です。外部からこの国を掠め取りました」

 

 裸土下座の彼女たちは震えていた。メイド騎士にとっては屈辱だろう。人生を捧げて仕えた王は自殺し、王家は全ての責任を押し付けて逃げたのだ。己の身の可愛さに……それは命を守る親衛隊が信用されていない証でもあるのだろう。

 

「バハルビクトリアが得をする不平等条約も支援金も、全てはそのせいか。この国そのものが注文した品を届けてくれるだけの、便利な傀儡となり下がったのだな。確かにそれではお金がなくなり、国民に圧政を敷くしかなるまいよ」

「はい、その通りです」

「この国の実権は外部にあった。だが運営をしていたのはお前たちだろう。カトラリー、君が決めて君が下したんだ決断を。その隠した刃を敵では無く、国民に向けたのだ」


 クレインは膝を折り、間近でカトラリーの顔を覗き込んだ。泣きじゃくり、すっかり赤くなり、頬にはまだ白い液体がこびりついている。カトラリーは鼻をすすり、涙声のまま絞り出すように言った。


「はい、その通りです……言い訳の次第もございません。王が築いた栄光を、私達が三年で台無しにしました。私達は名誉あるメイド騎士などではありません! 卑しい奴隷騎士です。これからは……もっとがんばります。だからこの国の秘密だけはぜったいに……」


 カトラリーは泣きじゃくりながら、頭を地面にこすりつけた。他のメイド騎士たちからも、すすり泣く声が聞こえた。


「よい、分かった……全部理解した。私が隣国と話をする」

「なっ! ど、どういう話をするのですか! 口先だけでこの国を正常な道に戻すことなどできません。王権は外の国にあるのですよ」

「そうだな私はこの通り、顔が無いから口下手だ。けれど剣で語ることはできる、君と語り合ったように。場所を教えろ、私が殴り込みに行く。この国を逃げた王族ではなく、国民のために」

「それって……」

「私が一日だけ、王になってやるということだ」


 クレインは転がった兜を拾い、首の穴を埋めるように被った。




「とんだお人よしだね、クレイン様……そうゆうところが好きなんだけど、そうゆうところが心配だよ僕は」


 バンシーに事情を話すと、ただでさえ面長な馬面を伸ばしてあきれられた。王都城壁の外、細長く浅い川がある。この川はやがて巨大にうねり、運河の国バハルビクトリアまで続くと聞いた。その国こそが王家の逃亡先であり、この国にとっての宿敵だ。


「すまないな、バンシー。勝手に決めて」

「別にいいけどさ……なんで国に殴り込みに行ったのに、もう一国落としにいくの? 酒場感覚なの? もう一軒いっとく? みたいなノリでやることじゃないんだよ。分かってる?」

「それでも私は困っている人を見捨ててはおけないのだ」


 夜は更けて、琥珀色の夜明けが近づいていた。


「はぁ、まったく……はいはい、バンシー急行しゅっぱつするよー」

「クレイン! 私もどこまでもお供するよ」


「ロップはお留守番を頼む。バハルビクトリアに入り込むために、この川を行くのが一番なのだと聞いた。運河の国らしいからな。生身の君では息が続かないだろうから」

「そっか……」

「え!? クレイン様、もしかして僕に泳げって?」

「いいや、海底を歩こうってことさ。私に空気は必要ないからな、君ほどの馬ならば大丈夫だろう」

「そうだね、僕には息苦しいという感情は希薄だ。痛みの否定者だからね……はいはい潜入しますよ」


 バンシーはクレインを乗せながら、川に入っていく。


「ロップ、メイド騎士とレジスタンスが今話し合いの最中だ。君が間を取り持ってくれ」

「うわー、大役ね」

「一流魔術師の君ならやれるだろう」

「どういう理屈よ……まあ、頑張っちゃってみよっかな」

「信じている。それでは行ってくる」

「気を付けてね」


 バンシーの蹄が川底を蹴る。どんどん水位は深く、バンシーの首まで浸かっていく。鎧の中に詰まった体液との浸透圧の差か、中に水が入り込むことは無かった。黒い馬は軽やかに水中を歩いていく。


「あ、そうそう。僕の力、五百年ぶりの目覚めでなまっているって言ったじゃないですか。クレイン様がメイド騎士とくんずほぐれつしている間、暇だから試してみたんだけど、もうちょっとで解放できそうなんだよね」

「期待していいのか」

「うん、僕のスキルは国責めで使えるかもしれないよ」

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