第5話 デッドパレード
「クトーニアン国王バンザーイ!」
祭りの日。王都の中央通りを練り歩く、王国騎士たちのパレード。その中心にある、黄金色の馬車に国王が乗っている。日よけの屋根に隠されて国王の顔は見えないが、国民たちは王を歓迎するような声があがっている。
それが偽りの支持率だというのは、パレード後方にいるクレインには分かっていた。国王の馬車にくくりつけられた鎖に引っ張られる罪人たち、その群れの一人がクレインだ。王は気に入らない者は排除する。この祭り自体を圧力にするため、罪人を晒しているのだろう。
「そんな立派な鎧を付けていて、あんたは何をやらかしたんだ」
クレインの横にいる、鎖を手と首に巻かれた男に聞かれた。
「無実の罪だ」
「はは! 違いない! 俺も無実の罪さ。この国じゃみんなそうだ、やってもない罪で処刑台に送られるのさ。いちおう、騎士どもがなんて言って俺を連れてきたかの屁理屈を聞くか」
「ああ、周りがうるさくて話をするぐらいなら誰も怒らないだろう。話してくれ」
「俺はな農家なんだよ。ある日、リンゴを騎士さまに売ったのさ。それにたまたま虫が入っていたみたいでな、突然騎士が押し掛けてきてコレさ」
男は自分の首の鎖を指さした。声は笑っていたが、焦げ茶色の目には光が無かった。やがて彼は、通りにある祭りの屋台を羨ましそうに眺め始めた。
「……運が悪かったんだな」
「いや、神への祈りが足りなかったんだよ」
やがてパレードは広場に着いた。
「終点に到着ですよ、お客様」
メイド騎士たちが馬車から鎖を切り離し、罪人を犬の散歩のように誘導始めた。パレードの列は処刑場というだだっ広い敷地についていた。
処刑台を取り囲むように観客席が建てられていた。沢山の王国民が、クレイン達の処刑を待っているようだ。王は一段と高い席にいた。日よけの屋根でやはり、顔は下からでは見えない。
クレインたち罪人は二十人ばかりもいた。
「やめろ! やめてくれ! 悪かったって! 俺が悪かったんだ! もう二度とリンゴは作らないから家に帰してくれ!」
罪をクレインに語ってくれた男が真っ先に、処刑台に連れてかれた。お立ち台のように高い場所には斧を持った処刑人と二人きりだった。彼は跪かされ、刃物を見ることは出来ない。
騒ぎ続いている間に、斧が段々と上がる。
「やめろ、処刑は私からにしろ」
クレインは声を荒げると、カトラリーがこっちを睨みつけた。
「いいでしょう、私も退屈だと思っていた頃です。あなたはこの程度では死にませんよね」
クレインの鎖をカトラリーは手に取った。流麗な所作、死線をくぐり抜けた顔をするメイド騎士。この子の欠点はあんな王に仕えていることだな、とクレインは思った。
「ああ、私は元から首がないからな」
「あなたがどうすれば死ぬか、私が確かめてあげます。いいえ、騎士として確かめたいのですよ。あなたの実力を買っていますから」
「ふむ、私が死ぬかどうかは私も気になるな」
カトラリーは処刑人を押しのけ、自ら処刑台に乗ってきた。
クレインの兜がポーンと飛ばされる。カトラリーのスカートがふわりと膨らんだ。中からレイピアと短剣を抜き、彼女は切りかかってきた。
中身のない鎧の中身に、メイド騎士だけでなく観客も覗き込もうと身を乗り出しているのが見えた。
チクりとした。レイピアと短剣が奥までねじ込まれた。
「ぐっ……こんなものか」
「顔は見えなくても、余裕という表情が伺えます。面白くありませんね」
「面白くするのは貴様だろ、騎士さま。武器の貯蔵は十分か?」
「期待して頂けるのはメイド冥利に尽きます。メイド式罰刀術“幾星霜”」
スカートをつまみ上げ、慇懃なお辞儀をする。流麗なカーテシーの動作でスカートの中から、武骨な武器群が大量に落ちてくる。
カトラリーはバスタードソードを掴み、クレインの横っ腹を切り付けた。破壊者の名前の通り幅広な刀身の一撃に、鎧が砕けた。クレインの中身が零れる。
「ぐおっ! やるな!」
普通の血のように、中身が飛ぶ。ところどころラメをまぶしたように白く光っていて、ロップが言ったように星空のようにも見えた。けれどその肉体が離れたら、星のような光が消えて行った。あれが全てで自分を構成しているのだろうか。痛みはあっても自分の喪失を、クレインは感じられなかった。
ひしゃげたバスタードソードを投げ捨て、別の剣を取ったカトラリー。クレインの飛び散った液体上の中身を刺したが、何も感じない。
「飛んだ分の身体は痛くないのですね。つまり、そこにはあなたの意思がないということ。やはりその鎧に詰まったスライムみたいな肉体を全て削り取れば死ぬのかもしれませんね」
「やってみせてくれ王国最強の騎士、私はその程度じゃ忘失しはしないよ」
カトラリーは剣を振るうと、剣がバラバラと細かく分離しムチのようにしなった。蛇腹剣だ。クレインの鎧をガリガリと擦り付けると火花が散る。油でも塗られていたのか、剣は発火した。炎の刃鎧の穴から、クレインの肉体に刺さる。火は燃え映ることなく鎮火した。
「火では私は焼き殺せないな!」
「そうみたいですね、けれど永遠ということはありません。どれだけの王であろうと死が訪れ、どれだけ栄光を築いた国もいずれ滅びるように、不変なものなど存在しません」
「不敬じゃないのか、王が見ているぞ親衛隊」
「もう聞こえませんよ」
カトラリーは更に刀を抜いた。クレインの右腕が弾けとんだ。鎧と共に刃が折れた。
シミターが左腕を、ツヴァイヘンダ―が右足を、左足がサーベルに潰された。
「ふふっ! 不変なんて存在はしない! 貴方だって、こんなに小さくなっていくではありませんか!」
「ぐおお!」
四肢を取られ、クレインは地面に転がった。流石に手足が無ければ動けない。天を仰ぐ。
触覚はあるが痛みは薄い。でも大したことはないとクレインは感じていた。身体が減ってもまだまだ己が無尽蔵なのだ。何を恐れることがある。
「一番、情けのない声が出ましたね」
「いいや、まだ私は殺せはしないな。それよりも武器が足りないんじゃないのか」
これは処刑なのだ。死なない限りは処刑が終わらない。クレインが死ななければ、他の誰かの処刑が来ることはない。剣もなくただ待てばいい。
いくら大量の武器を抱えていても、硬い鎧の前に剣は折れ、彼女の武器も尽きていく。
「まだ私の武器は残っていますよ」
カトラリーはカトラスを手に取った。
その時、馬の嘶きが聞こえた。
「クレイン様! いーきてーますかー! あ、既に死んでたか」
「バンシー! 前見て! 兵士いっぱいいるよ! どうすんのよ!」
「そりゃジャンプして突破するしかない、ちゃんと手綱握っててね」
「いやー! 落ちるー!」
処刑場を取り囲む兵士達を飛び越えて、金髪の黒馬が突撃してきた。土埃をあげて、急ブレーキをかける。長い鉄製の杖を持ったバニーガールが勢いよく降りてきた。
「ああ、もうっ! 落馬するかと思った」
「お前たち、信じていたぞ」
「当然よ! 奴隷商人に売り飛ばされそうだった時、助けてくれたのはクレインでしょ。今度は私が助ける番!」
ロップは鉄棒を地面に差し込んだ。ポールを登り、官能的な踊りをする。魔法の詠唱、
「侵入者を捕まえなさい! エストオレの魔術を撃たせてはいけません」
カトラリーの命令で、すぐさま騎士たちが侵入者を取り囲む。
「地の底より湧き上がるもの、白日の炎熱よ天を焦がせ! ドラゴンテイル・エクスプロージョン!」
ポールに向けて逆さまになる。左手と左足のふとももで身体を固定する。自由な右足を尻尾のようにしならせ、股間を天に突き付ける。
「私見られている! 王様に……大事なとこ見られちゃってるよおお!」
巨大な火球が地面から生み出された。雄々しき飛竜のごとく天へと昇り、空で大爆発を起こした。竜の尻尾が薙ぎ払うような衝撃破。観客席を薙ぎ倒して崩落させる。屈強な兵士たちをも、枯れ葉みたいに吹き飛ばした。
「クトーニアン王! ご無事ですか!」
爆風の嵐の中、カトラリーは崩れた観客席の方へ飛んでいった。その隙に囚人たちは、てんでバラバラに逃げ始めた。
王国騎士たちは互いを助け起こしている。崩れた観客席から、民たちが這い出てくる。王はメイド騎士たちに助け起こされ、力なく項垂れたまま遠くへ運ばれていった。
四肢をもぎ取られたクレインは地面に転がったままだ。
「火力強すぎたんじゃないの、クレイン様こんなになっちゃっているじゃん」
「うそっ! 私の魔法強すぎっ! じゃなくて! 大丈夫なの、クレイン」
「問題は無い、さっきから私の手足は無い。むしろ無茶をし過ぎたお前たちの方が心配だ」
ロップとバンシーが覗き込んでくる。クレインは顔もないのに、少し横を向いた。人間だった頃の癖で、恥ずかしさを気取られないようだ。
仲間というものを嬉しく感じたのだ。
「そんな心配なら早く僕に乗ってくれないかな。早く逃げるよ」
「乗れといったって、この身体じゃ……いや、この身体なら出来るよな」
クレインは零れた粘性の液体である身体に力を込めた。水の置換、己の血で使えるのは分かっている。
「『血のダリア』」
液体の身体を鎧の四肢から赤い血として噴出させ、即座に鎧の鉄に変換する。空いた穴を塞ぎ、千切れた鎧の四肢を復活させた。
「うわー! 流石クレイン! 鎧まで元通りなんて不死身だね」
「さあ、行こうかロップ。共に乗ろう」
ロップと共にバンシーを駆った。魔法の硝煙が蔓延する処刑場を脱出した。
「さてお客さん、どこまで乗っていきますか」
「バンシー、王城だ」
「ええっ! なんで敵地に行くの!」
「処刑されかけて分かった。この王は生かせてはおけない。今、王は襲撃を受けて急いで安全な王城を目指しているだろう。そこを叩く」
「やる気がすさまじいね。でもさ、追手はどうするの」
バンシーは耳を後ろに向け、ぴくんと動いた。
「逃がすな! 首なし騎士を捉えろ!」
王国騎士たちが馬を駆って追いかけてきたのだ。
「なんとか巻いてくれ! このまま騎士を引き連れて王城に突入するわけにはいかない」
「任せて! 速さで普通の馬に負けるわけにはいかないからね」
バンシーは広く長い通りを走る。直線のスピードは速く、追手の二頭の馬との距離は全く縮まってないように見えた。
「あの鎧野郎は不死身だ、馬を撃て!」
追手の騎士は足で馬を強く挟み込み、手綱を離した。両手で弓を引き絞り、放ってきた。
弓はバンシーの尻を掠めて、地面に刺さった。
「うわわ! それは反則だよ! ロップ、魔法使いでしょなんか飛ばして反撃して!」
「私の魔術流派は地面からマナを吸い上げないといけないの! 馬上でなんて器用なこと無理だよ!」
「じゃあ降りて、役立たず!」
「ちょっとバンシー! こんな時に冗談言っている場合!?」
「はっはー! ごめんね! 僕は口を開けないと呼吸できないの」
「もうちょっと落ち着いて!」
クレインは手綱を右部分に引いた。
「バンシー曲がるぞ、路地裏を行く!」
家と家の隙間の路地裏に馬を走らせる。クレインの肩が壁に当たって火花が散る。追手の騎士もそのまま付いてきた。肩のぶつかるほど狭い道では弓は撃ってこない。
狭い路地を何度も曲がる。馬にとっては急で身体の邪魔になるような細い路地を急直下で曲がった。
「ほらほら、普通のウマじゃ来られないだろ! 一回死んでから出直しな、僕とクレイン様みたいに!」
バンシーは大通りに出た。足取り軽く走り始めた途端、横っ腹に何かが突撃してきた。
「わわっ!」
交通事故でも起きたような衝撃。馬が跳ね、ずり落ちそうなロップをクレインは支えた。
「大丈夫か」
「ありがとうクレイン……いったい何が」
「ごきげんよう、お客様。まだおもてなしが全て済んでおりません。お帰りになるには、まだ早いかと存じます」
慇懃すぎる口ぶり、いついかなる時も背筋を伸ばし、凛と張り詰めた声色。メイド騎士が白馬と共に突撃してきた。
「カトラリー、しつこいな君も」
「ここはまだ私の国ですからね」
「調子に乗るなよ気取ったナルシストが! メスメイド乗せて満足か! さぞ騎乗スキルが高いご婦人だろうね!」
バンシーは相手の馬と首同士をぶつけた。メイドの白馬がヒンヒン唸っていて、まるで会話をしているようだ。
「こらバンシー、相手の馬と喧嘩するな」
「うるさい、僕のご主人を馬鹿にしてきたんだぞ! ウマ語だからといって、黙っていられるか!」
バンシーは己の身体を、横の白馬にぶつけた。
「ヒヒン」
「スカシてんじゃねえぞ、この白馬! ロイヤルな草食っているのがそんなに偉いか! 草なんてどこでも一緒じゃんか!」
衝撃で白馬が大きくグラついた。カトラリーは手綱を引いて馬をなだめながら、突撃してきた。
「珍しい喋るお馬さん、貴方を以前見逃したのは失敗でした。下品なケダモノみたいな口はこの国に必要ありません」
「言うね、お嬢さん。僕は国民になったつもりはないよ、僕にとっての王はもう決まっているからさ」
「バンシー、キメ顔で言っているとこ申し訳ないんだけど……前見て! ぶつかる!」
ロップが騒ぎ立てる先、そこには屋台があった。バンシーは飛び越えた。いつの間にか中央通り、祭りの中心部に来てしまっていた。
「あっぶな! なんでこんなに人も店も多いんだ!」
「まだ、もう一軒あるぞ」
「うわおう!」
クレインが手綱を引っ張るが、バンシーはたまらず屋台にぶち当たった。
「きゃああ!」
カトラリーも同じ店にぶち当たっていた。
「ぬがっ! なんか口に入った! なにこれ美味しい!」
「ハルメン焼きだよ! 私の村でもお祭りじゃ食べていたよ。甘辛くておいしいんだー」
残骸をはねのけて走り続ける馬上。ロップの両手には串焼きが握られていて、彼女は頬張った。
「貴方たち! それは無銭飲食ですふぉむはむう」
同じく残骸を跳ねのけて並走するカトラリー。彼女も両手に串焼き、器用に足だけで馬上で身体を固定しながらほおばっていた。
「メイドさんも食べているじゃん! もぐもぐ」
「犯罪者は許しません、はむはむはむ」
ロップとカトラリーは互いに見つめあい、目で会話していた。
「こいつ何、目つきだけ真面目にやってます感出してのさ! あんたも食べてんだよ!」
串焼きを頬張る二人にバンシーが吠える。必死に咀嚼するのを見て、クレインも気になった。
「私も食べたいな」
「あげません!」
「あげない」
「あげたくない」
三人はハモって言った。
「なんでっ!」
「だってクレイン様、口がないし食べても無駄になるじゃん」
「そんな! 私も雰囲気でいいから味わってみたいのだ!」
「罪人に我が国の食べ物を食べさせるわけにはいきません。遊びは終わりですよ」
カトラリーは食べ終えた串を投げつけてきた。クレインの鎧に弾かれてどこかへ行った。
道はいつの間にか人通りが少なくなっていた。
「そうだね、遊びは終わりだよ」
バンシーが急に加速した。クレインは身体が引っ張られる感覚がした。冗談抜きに三倍は早い。通行人や障害物で本気を出せていなかったのだろう。
「なっ! 馬のスピードじゃありません!」
「そうだよ、僕はただの馬じゃないからね!」
「でも、頭は馬ですね」
前方から大量の騎士が馬に乗って待ち構えていた。誘い込まれたようだ。
「待ち伏せされちゃった!」
「バンシー、お前の足を信じている」
「そうでしょうとも!」
横一列に並ぶ馬の囲い。それを跳躍で越えた。家よりも高く、そして屋根の上に着地する。
「なっ! た、ただの馬には出来ないことをやりますですね」
「じゃーねー、白馬さーん。メイスメイドによろしくー」
バンシーは屋根上を駆け抜け、日光が金のたてがみに乱反射して馬体が眩んだ時、屋根瓦を飛ばした。バンシーは再び跳躍して、薄暗い街の方へ降りていった。
「クレイン様、隠れ家を用意しておいたんだ。一旦、そこに向かおうね」
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