第4話 メイド騎士
「おお、リリス帰ったか。酒場の仕事はどうだった」
「ただいま、お父さん。今日はね、変な拾い物しちゃった」
酒場の巨乳巨尻の店員について、彼女の家に匿わらせてもらうことになった。名前はリリスというらしい。クレインは彼女の寝たきりの父親に挨拶した。
「どうも、変な拾い物です」
「変な拾い物2だよー」
ロップも隣でお辞儀をする。バンシーは酔っていたので、厳重に玄関に繋いでおいた。リリスの父親は病床から起き上がった。
「おほー、騎士と魔法使いとは、冒険をしていた頃を思い出すな。ワシも若い頃は定住もせずにモンスターを殺して金を……モンスター! ひぃい! 化け物! 化け物が近寄るな!」
彼は急に発狂して、枕を投げつけた。冒険者の感というのだろうか、人外だと分かったのだろうか。
枕はクレインの頭に当たって、兜が地面に落ちた。首なしの見た目を見て、鎧の中を覗き込んで、彼はどんどん暴れ始めた。
「おっと」
「はいはい、お父さん。大丈夫だよ、あの人は誰も食べないから」
「嘘だ! 瞳が追いかけてくる! 星空を見てみろ、あんなにも瞳がいっぱいある! あれは星じゃないんだ! 誰かの瞳なんだ! そいつの体液は星空と同じ色をしている! ずっと見つめている! 見つめている! 頭を食う! 頭を食うんだ! 食うために見つめている! ひいい……うっ」
彼は悲鳴をあげ、よだれをまき散らし、地上の魚のように口をパクパクさせたあと……こと切れたたように気絶した。
「ふう……ごめんなさいね、お父さんよくこうなっちゃうんです。三年前にね、禁術の開発の容疑で王国騎士に連れてかれまして……もちろん無実だったんだけど、帰ってきてから、ずっとこんな感じで……」
リリスは父親の額の汗をタオルでぬぐい、ため息を吐いた。
「拷問でもされたのか」
「分からないです、でも私が王国に不信感を持つのはそういう理由。だから首なしの幽霊さん、この国を正してください。私もできる限りの支援はします」
「人を狂気に陥らせる王国、許してはおけないな」
クレインはロップを見た。彼女は瞳を潤ませ、ぼそりと吐いた。
「私を奴隷商人に売り渡す前の師匠も……こんな感じだったよ」
リリスはベッド横の椅子に腰かけた。
「三年前は、住みやすい国だったのです。王の妹君が、隣国に嫁いでから私達の主君はおかしくなりました。隣国からの関税は撤廃した不平等条約を結んだり、向こうの王城の修繕費をこっちが出したりして……足りなくなったお金を、税金の値上げで賄っている始末です」
「えー、この国の王ってシスコンなんだ! 嫁いだ妹に執着しているなんて、気持ち悪いね」
ロップは腰かけた椅子から、わざとらしく仰け反っていた。
「そうなのです……明日は妹君の誕生日だから祭りをするみたい。本人は隣国の姫だから出てこないのにですよ」
「国とは私物化するものではないな」
クレインは窓の外を見た。城下町の灯は明るく、活気はあるように見えた。祭りの前夜だからだろうか。
「うわあああ!」
静かな夜に、家の外から悲鳴が入ってきた。その声は少し驚いたようなレベルではなく、断末魔に近く真に迫った声だった。
「なんだ」
「気にしないで騎士様。スラムの方ですよ、四六時中ラリっている奴らがいるのだから、よく聞こえてくるのです。気にするだけ無駄よ」
「しかし、血の匂いがする」
自分の血を能力として使うことが出来るせいか、クレインは血に敏感になった気がしていた。その匂いがしたら、いてもたってもいられない。
「どこに行くのですか」
「人助けに行ってくる」
「せっかく匿った意味がなくなるじゃないですか!」
「すまないな、迷惑をかけた」
「責めているんじゃなくて、とどまってくださいと言っているんです」
「それは出来ない、私は妖精だ。人の味方なのだ。こういう生き方なのだ。いくぞロップ」
「はい! どこまでも付いてくよ!」
制止してくるリリスを置いて、クレインは家の外に出た。ロップと共に黒馬に跨る。バンシーは少しは酔いが冷めているようだ。
「なになに!? いきなり騎乗してきて! 僕に乱暴する気!? スラムのごろつきみたいに!」
「バンシー、君ではない被害者がいるかもしれないのだ」
「うっわ、これだよクレイン様は。匿ってもらっているんじゃなかったの?」
「ゆくのだ、助けを呼ぶ者がいるなら行くしかない」
「行くしかなーい!」
クレインの後ろに座るロップは、右手を強く掲げた。
「バニーちゃんまで乗り気だよ……レイプ現場を見ても卒倒しないでよ」
「え!? 日常茶飯事なの」
「魔法の修行しすぎで世間知らずでしょ、田舎のウサギちゃん……あそこは掃きだめなの。そんなとこに首を突っ込むってのは、殺されても犯されても文句言えないってこと」
「ひぇっ!」
クレインがムチを入れると、バンシーが麗しくいなないた。
夜風より早く走り抜けていく。料理と酒の匂いが充満する繁華街を抜けた。人の垢と腐った生ごみが沈殿したような、スラムの街に入る。
「助けてくれえええ!」
廃墟にボロ布をひっかけたような街並み。ゴミが散乱する通りをゴロツキが六人ほど駆け出してきた。
彼らが逃げてきた方向には女が、ゆっくりと歩いていた。背筋をピンと伸ばし、凛とした立ち振る舞いは場違いに見える。
なにより、男が女から逃げている。
「逆じゃないのか」
「バンシー! 日常茶飯事って、そっちのこと!?」
「逆が普通なわけないよ! イレギュラーだよ!」
屈強なゴロツキ達は息も絶え絶え、必死に訴えるように逃げてきた。
「あんたら王国の騎士じゃないな! 助けてくれ! ヤクでも買いに来たんだろ、サービスするから助けてくれ」
「逃げる理由が分からないな、あの女はメイドではないのか」
白と黒を基調としたメイド服、胸に王国の赤黄色した紋章。ヘッドドレスにはフォークとスプーンが交差したアクセサリーを付けている。彼女の長い黒髪はつややか。整った顔立ちに、豊満な体つき。清楚で煽情的な女が、スラム街の中央通りを歩いているのだ。
「この無職騎士! ヤクのやり過ぎで頭やられちゃったんじゃねえのか! 銀食器の髪飾りを付けたあいつは、メイド騎士だ! 王の親衛隊! つまりはこの国で一番ツエー騎士なんだよ!」
「なるほど、王の身の回りの世話をするメイドが親衛隊か。確かに王に近い人間が、武力も備えているのは理に適っているな」
「呑気に言っている場合かよ! 俺たちは逃げるぜ、あんたらが囮になれよ!」
男達は唾をまき散らしながら騒ぎ立て、逃げていった。その時、一陣の風が舞った。馬のように早いメイド騎士が、クレイン達を通り抜け、風よりも早く駆けていった。スカートがふわりと舞い、その中から二本の剣が飛び出した。彼女は刃物を手にし、旋風のように回転しながら切り込んでいた。
「ぎゃああ!」
ゴロツキの一番先頭の男が刈られた。錐もみ回転しながら地面に倒れた。驚き戸惑った残りの五人、その一瞬の隙に全てが切り刻まれた。男たちは順番に、積み木が崩れるようにしてバラバラと倒れていった。
「清掃完了いたしました」
メイド騎士が持つ得物はレイピアと短剣の二刀流。観音扉を開くように血を払いながら、彼女は路地裏を見た。
そこには虚ろな瞳をした青年がいた。「あー、うー」とか言いながら、ゾンビのようにふらついていた。彼は薬物か何かの中毒患者なのだろう。メイド騎士はゆっくりと近づき、彼の心臓をレイピアで突き刺した。
「ここにもまだ、ゴミが残っていますね」
ボロきれをまとい、道端に寝転がっているホームレスを足蹴にする。この騒動でも寝ていたのだろう、彼は今しがた驚いて起きた。それをためらいもなく、メイド騎士はその首を短剣で薙いだ。
「そいつは悪いことをしたのか」
「騎士……かと思い無視しましたが、所属を表す紋章が無いので違いますね。貴方もこの国のゴミでしょうか」
「私はクレインだ。君はなぜ殺しをしているのか聞いているのだ」
「無職の貴方は国の運営というものを分かっていないようですね。税金を払わないような無法者は排除する、富める者からは奪う。キレイに、平等にするのが、美しい国の運営方法です」
「住人ではない私には分からないな」
「明日が祭りだから、今の内に不穏分子を排除したいってことでしょ。私のいた村でも、祭りの前日は警備が厳しくなったもの」
ロップが杖を抱え、馬から降りた。杖を地面に刺し、腕を組んで、メイド騎士を睨みつけた。
「さすがエストオレ流派の魔術師さんですね、その通りですよ」
「王は君とは正反対に臆病みたいだな。殺しが正義とは思いたくはないな」
クレインは馬を降りた。背中の大剣を握りしめ、兜を外した。己の中に手を突っ込み、血を掴んでは剣に塗り込んだ。
「血を塗り込んだ大剣。昼間報告にあった首なし騎士ですね。必要のないところに首を突っ込むのが趣味のようですね。いいでしょう、貴方も清掃対象です」
「『血のダリア』!」
自らの血を大剣に塗り、鉄へと変換して硬化させる。赤黒い刃、クレインの液体置換能力が発動した。
「王国親衛隊レフェルガベル、メイド騎士隊長カトラリー・マリオネットの名において、王国に仇為す敵を払って捨てましょう」
身体を斜めにし、レイピアを突き付けるように前へ、短剣を引くようにして後ろに構える。慣れているのだろう柔らかな動き、目つきは鋭い。黒い長髪がぶわりと舞った。まるで翼を開く悪魔のようだとクレインが思った時、既にメイド騎士は眼前に距離を詰めていた。
「速いな! ぬう!」
レイピアがクレインの脇下に刺さった。可動部の隙間を塗らわれた。グサリとした痛みが来た、自分の身体が泡立つのを感じる。反射的に横薙ぎにする大剣。宙を切っていて、カトラリーは後方に跳んで回避していた。
「昏き底から湧き上がるもの。絡みあがる土蛇の縛呪! ドロップ・マドバインド!」
ロップの魔法だ。身長の二倍以上ある杖を地面に差し込み、縋りつくように上の方まで登った。網タイツごしのふとももが棒に艶めかしく絡みつく。乳房が杖を挟み込み、ぬるりと上から落下する。ポールダンスの魔力を活性化させる動き、地面に魔法陣が描かれた。舗装されていない地面が液状化し、蠢く触手のようにカトラリーの足元から飛び出した。
「くっ! 流石はエストオレの魔術ですね」
「いくら騎士でも力で対抗できるものじゃないよ、魔法は!」
メイド騎士の四肢を絡めとる。長いスカートを触手がよじ登り、華奢な身体を締め付けていく。
カトラリーは腕を振るおうとするが、腕力ではビクともしないことを察したようだ。長い片足を蹴り上げた。触手がピンと張って抵抗した。触手との綱引き。貼っていることから触手はそこまでの長さがないようだ。彼女がもう一度蹴り上げると、足首にまかれた触手が彼女の顔面より高くなり、綱引きに負けた触手は千切れた。
見事なI字バランスが見えた。長いスカートで下着は見えないが、ガーターベルトに包まれた鍛えられたふとももが見えた。騎士として鍛えられたであろう、ハリのあるふとももだ。
自由になった脚で蹴り飛ばすと、残りの触手も根元から千切れた。
「うっそ! なにあいつ! 馬レベルの馬鹿脚力じゃない!」
「誰が馬鹿だって!」
「そういう意味じゃないから!」
バンシーが気性荒い動物のように首を震わせている。
「エストオレ流派の魔法は確かに強力ですが、性質上の棒立ち。常に無防備ですよ」
「ロップ! 下がっていろ! バンシーに乗って離れるんだ、危険だ!」
「わ、分かった!」
ロップはポール状の杖から降り、馬に跨る。接近するメイド騎士の前に、クレインは立ちはだかる。カトラリーの斬撃を真っ向から受け止める。大剣を薙ぎ払い、メイド騎士の二つの剣と鍔ぜりあったのは一瞬だった。赤黒い刀身は、レイピアと短剣を粉々に砕いて、そのまま彼女の胴を切り付けた。
「くっ……うあああっ!」
吹っ飛んだ華奢なカトラリーが、地面を転がる。クレインの手ごたえは硬かった。
破れた彼女のメイド服から、鉄板が露出していた。服の下に仕込んだ鎧だ。それは砕けて、服の隙間から零れ落ちた。彼女の柔肌が露出して、内出血が見えた。
クレインは真っ二つにしたつもりだった。何もなければ殺しきれただろう。
「なるほど、下に鎧を着ているのか。メイド騎士とはよく言ったものだ。そのヒラヒラも長い髪も、細い身体の急所を狙わせないためだということか」
「剣術も何も知らない力任せの戦いをするくせに、よく分かりますね」
「顔は無くても目がいいのでな、そう思っただけだ。降伏しろ、武器はもうないだろう」
カトラリーは腹を抑えつつ、よろめきながら立ち上がった。口端に血が滲んでいる。メイド服が破れ、胸から腹にかけて大きく露出していた。豊満な胸を支える、黒い下着が見えた。動きの鈍い彼女に、クレインは近づく。
「武器がないですか? 私の剣を二本も壊せば、それでおしまいだと思っているのですか。そこが浅はかだというのです、首なし騎士さま」
メイド騎士は泥にまみれたスカートの裾をつまんで、お辞儀をした。ケガをしているはずなのに流麗で気品のある動き。カーテシーと呼ばれる、慇懃な挨拶だ。
そこから更に彼女はスカートがたくしあげた。ガーターベルトが垣間見え、そして黒レースの下着までもが露わになった。挨拶というには、スカートを上げすぎだ。
鈍い音が地面に落ちて聞こえた。彼女のスカートの中から、様々な剣が落ちてきた。ロングソード、ブロードソード、サーベル、ツヴァイヘンダ―、ツーハンド―ド、カトラス、ファルシオン。数えきれないほどの、多種多様な剣だ。
「メイド式・罰刀術“幾星霜”――まだ私のおもてなしは終わっていませんよ」
「ああ、素晴らしい……うっ」
湧き上がる情動をクレインは感じた。ボロボロになっても戦う意思の失わない彼女に。破れたメイド服の妖艶さに。大量の武器を吐き出し、素早い彼女が更に磨きがかかるだろう期待に、クレインは興奮した。それは白い液体となって噴出した。
「きゃあっ!」
ねばつく液体がヘッドドレスからスカートの裾までへばりつけた。破れた服の間から肌に付き、露出したブラにかかる。
カトラリーは身をよじった。お腹と胸に当ていてた手を離し、べたつく何かを払いのけるようにして粘液がむしろ広がった。白濁液が谷間に落ち、負傷した腹を舐めるように滑っていく。
「くぅう! こんなにもネバついて……絡みついて! 化け物が! ありえません……そんな汚らわしい!」
「ふぅ……どうした戦えないか」
「ご冗談を……! 私は誇り高きメイド騎士。いくら穢れようとも、無様な戦いはできません」
カトラリーはヌル付く手で、槍と剣を掴んだ。その時、遠方から足音が聞こえた。鎧や剣が擦りあうような金属音、夜の街に白いメイド服が光って見えた。
「カトラリー隊長! ご無事ですか! な、なんですかその恰好は!」
彼女の部下だろうか、それは一人や二人じゃない。メイド騎士たちが続々と集まってくる。
「シルバー、貴方ですか……問題はありません、この首なし騎士を討伐します」
「いえ、隊長。私達が来たからには死闘を尽くす必要はありません」
彼女たちの一人が、縄で縛った誰かを引きずっていた。罪人のような女を引き寄せ、首筋に短剣を当てる。
「首なし騎士、よく聞け! この酒場の店員と親しい関係だとは分かっている、彼女を傷物にされたくなければ剣と杖を捨てろ!」
「むぅう!」
口に猿轡を噛まされ、苦しそうに彼女は呻いている。巨乳と巨尻を食い込ませるように、縄で拘束されている。
「リリスか! この卑怯者が!」
「なんとでもいえ化け物、心が残っているのなら武器を捨てろ」
「いいだろう、頭は無くても心はあるのだ。ただし条件がある、私を好きにする代わりに、そこの店員と、私の馬と魔術師には手を出さないで貰おう。彼女たちは私の反乱に関係ない」
「ふふん、知性のある化け物は御しやすい。隊長、いいですよね。最終的なご判断はお任せしますよ」
「余計なことをしましたね、シルバー。栄光あるレフェルガベル親衛隊が、人質を取らねばならないほど落ちぶれましたか」
カトラリーは武器から手を離し、仲間を睨みつけているようにも見えた。
「全てはクトーニアン王のためです、隊長」
カトラリーは部下に目配せをした。リリスの猿轡が取られた。
「いいですよ、その怪物を確保することが最重要任務です。彼は取引に応じました、他は見逃しなさい」
その言葉を聞いてから、クレインは大剣を地面に放った。両手をあげた。
路上の血だまりを踏みしめて近づいてくるメイド騎士たちに、クレインは身を預けた。
「クレイン! 捕まるなんてダメだよ!」
「ロップ安心しろ、私は不死身だ、リリスを送り届けてやれ」
解放されたリリスと共にロップは馬に乗った。地面に落ちたクレインの大剣をバンシーにくくりつけ、走り去っていった。
「ごめんなさい、首なし騎士様」
涙声のリリスと共にバンシーは走り去っていく。馬の蹄が聞こえなくなってから、クレインは手を縛られた。
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