第3話 スキル覚醒
「ドラゴン討伐報酬、魔法衣の代金を支払ってもちょっとお釣りが来たの。ご飯でも食べに行かない?」
ドラゴンを討伐し王都に戻ると、ロップはお腹をさすっていた。バニーガールメイジのポールダンスのような詠唱は、肉体的に負担が大きいのだろう。
クレイン達はバンシーに乗ったまま王都を歩く。
「旅支度の前に腹ごしらえが必要だな。いいだろう、飯屋に行こう。私は食べなくていい身体だからな、好きな店を選ぶといい」
「あ、ごめんなさい! 顔が無いんだもんね、私ったら……」
「気にするな。それよりバンシーにニンジンでもあげてくれ」
「え~そんなこと言ったら、僕も栄養なんていらないんだけどね。何でもいいなら、ビールが欲しい!」
バンシーは中央通りの地面に、軽やかな蹄の音をあげた。
「ビールだと!? 馬なのにか!」
「えー、だってビールって穀物から作るんだよ。ウマの大好物じゃん」
「毒ではないのか」
「普通のウマだって平気なんだから、ウマを超えた僕が簡単に酔うわけないじゃん。それに僕達は否定者だよ。僕とクレイン様は人の持つ十の恐怖を一つずつ否定している。クレイン様は死の否定者。僕は痛みを否定しているからね。だから僕は刺激が欲しいんだよ」
「じゃあ、バンシーが気に入りそうな酒場に行こうね」
「わーい、さんせーい」
クレインは手綱を引いて、裏路地に入った。
活気に溢れた酒場は大きく、旅人用に馬をつなぐ場所が備え付けられていた。
「マスター、私の愛馬にビールをバケツ一杯分くれないか」
「ひっ!」
ヒゲのマスターは鎧の騎士を見ると、とてもビクついていた。まるで騎士自体に怯えているようだ。
「この恰好では迷惑だったかな」
「い、いえ。鎧でも構いませんよ、王国騎士かと思いまして……馬にビールですね。かしこまりました。お客様はどうぞカウンターへ」
中は人でごった返していたが、注文はしっかり通ったようだ。マスターが外に出ていったのを見届けてから、クレインはロップと共にカウンターに座った。
さっそくロップは他の店員に注文をしていた。
「クトーニアンサンドと蜂蜜水をお願いします」
「美味しいのか、それは」
「分かんないけど、この国の名前が付いている料理にハズレはないって」
しばらくして、料理を女の給仕が運んできた。胸が大きく、歩くたびに揺れていた。料理を置いて帰る時は尻が揺れ、クレインは目で追った。
「どこ見てんの、えっち」
「すまない、ロップ」
「よそ見しないでよ、あなただけのバニーガールメイジがここにいるんだから」
傍らのバニーガールに視線を戻す。クトーニアンサンドというものは、パンに薄く切ったニンジンとソーセージが挟んであった。トマトソースの赤と、マスタードみたいな黄色いソースがかかっていて、これは国の二色の国旗を表しているんだと、ロップが解説してくれた。
ロップが小さな口を存分に開け、料理に噛みついた時、慌ただしく酒場の扉が開いた。
「商売繁盛しているじゃないかマスター」
「王国騎士様……」
クレインみたいな重装騎士が入ってきた。彼の肩にはクトーニアン王国の紋章、赤と黄色のマントを付けている。クトーニアンサンドと同じ彩色だ。
酒場の騒然が静まり、全員が闖入者に注目した。粗相をしたら目を付けられる、それを恐れているようだ。
彼はカウンターのマスターに、書面を突き付けた。
「クトーニアン王の名の元、栄憲章十七条第二節、酒税に関する達。マスター、売上金と納める額が合わない。この書面に書いてある通りの差額を収めてもらおうか」
「騎士様待ってください、それは昨日お支払いしました」
「昨日、税率が変わったんだよ。足りない分は払ってもらうぜ」
「一昨日も変わったではありませんか。それなのに更に二倍も上がるなんておかしくありませんか」
「明日からお祭りで繁盛するんだからいいだろう。それとも王の決めたことに刃向かう気か。反逆者として、処断してもいいんだぞ――おい、そこの店員、こっちに来い」
「は、はい」
騎士は巨乳で巨尻の店員を呼びつけ、腰を抱いて引き寄せた。たるんだ尻を服の上からまさぐっていた。
「い、いや! や、やめてください」
「マスターが払えないというのなら、この子を売ってもいいんだぜ。大丈夫、奴隷商人に売り渡しはしないよ。騎士団で可愛がってやるよ」
「勘弁してください騎士様! その子は働けない父親のために頑張っている子なんです」
「じゃあ、どうするんだマスター? この店を売るか?」
「それは……」
マスターは口ごもった。騎士は店員の乳をずっと揉んでいる。クレインは立ち上がった。
「ちょっとクレイン! 王国騎士に刃向かうのはマズイって。なんたら法で逮捕されちゃうよ」
「心配ない、私はこの国の人間ではない。通りすがりの妖精だから」
ロップの制止を無視する。クレインは王国騎士の手を掴んで、店員から引き離す。
「なんだてめえは! 無職の騎士風情が、栄えある王国騎士に逆らう気か!」
「うるさい、忠誠を誓った騎士にしては貴様の手は汚すぎるな」
「仕える国家のない奴に、我らの腕前を愚弄する気……ぐあっ!」
クレインは王国騎士の兜を掴んだ。みしりと音がして、兜に亀裂が入る。そのまま頭を掴んだまま、店の外へ強引に連れて行った。
「おい、マジかよあいつ。王国騎士に喧嘩を売ってったぞ」
「なんだか知らねえが、あいつの蛮勇に乾杯だ!」
外に出る直前、酒場から感嘆が上がったのが聞こえた。
「ぐはっ! てめえ、ただで済むと思うなよ」
地面に投げ捨てると、王国騎士はよろめきながらも剣を抜いた。
クレインも背中の大剣を手に持つ。前回剣術の心得のある奴隷商人と切りあった時は、大剣をいなされた。腕力勝負に持ち込む、それが勝機だとクレインは考えた。
「うっわ! クレイン様なにしてんの!? それ王国のポーンでしょ! なに喧嘩売っちゃってんの! 戦争っすよ! ヒック……あはは~、気分良くなっちゃいました? 僕みたいに~」
外に繋がれているバンシーは、バケツに頭を突っ込みながらビールをゴクゴクと飲んでいた。喋り方がいつもより早く、耳がピコピコとせわしない。黒い毛で隠されて分かりづらいが、赤くなっているのだろう。
「あれだけ言っておきながら、酔っているな」
「えへへ~五百年ぶりのビールだったんで、ちょっと調子乗りすぎました! 僕自身の能力もなまってて、まだ使えないんですよ。だからヤケ酒~。それよりクレイン様のが酔ってるよね、王国に喧嘩売っちゃうなんて」
「いやシラフだ」
「え~!? あ、そっか! クレイン様はアルコールを体内にぶち込まれたとしても、酔いませんよね。だって液体を自由にできますもん」
「なんだそれは」
「あれ? ご自分の能力も忘れちゃいました? クレイン様の能力の名は血のダリア。それは『液体の置換』、水を血に、血を鉄に。どんな水分であろうとも望む形にできる。十災禍の一、血を司る骸としての能力だよ。アルコール飲んでも普通の水にしちゃったら酔えないねー。思い出した?」
「ああ、思い出したよ。そうだったな、私は人間では無かったのだ」
クレインは兜を外した。首のない身体を見て、王国騎士は剣を握りしめた。
「お伽話の断頭騎士か! 喋る馬までいやがるとは、王国に仇なす化け物どもめ! 俺は覚悟を決めたぞ、退治してやる!」
「退治されるのは貴様の方だ、騎士とは民のために存在するものだろう」
クレインは自分の首に手を突っ込んだ。ひんやりとした鎧の中の感覚、充満した己を構成している液体。掴んで手を引き抜いた。透明だった体液は、即座にぬるぬるとしたドス黒い血に代わる。痛みはないし、身体の不調もクレインは感じない。ただ自らの体液は、どんな水分にだって変化するのだと理解した。
自らの大剣に塗り込む。錆びついてノコギリのように凸凹な刃を埋めるように、血がまとわりついた。
『血のダリア!』
血を硬化させ、鉄に変換させた。赤黒い刀身は傷一つなく、鍛冶屋が打ち立てたばかりのように輝いている。これが液体の置換能力の真価だ。
クレインは身軽に駆け、大剣を上から振り下ろす。
「気色の悪い化け物が!」
王国騎士は身を低く、下からすくいあげるように切り付けてくる。巨大な剣であろうと、弾き飛ばすようなカウンターの動き。クレインはその動きを知っている。だが恐れずに振り下ろす。
切れ味の戻った剣同士の鍔迫り合いなら、お互いの力が百パーセントずつ伝わる。刃こぼれた凹凸に引っかけられ、弾かれることがないのだ。
赤黒い刀身が絡みあった、王国騎士の剣との間に火花が散る。その瞬間、クレインの剣は敵の剣を叩き負った。そのまま王国騎士を叩き伏せる。銀色の鎧を亀裂が入り、砕け散った。
「がああっ!」
「勝負はついたな」
「ぐっ! 剣技もへったくれもないじゃないか! 素人の化け物め……!」
這いずるように王国騎士は離れていき、よろよろと立ち上がった。
「覚えておけ! 王国に仇なすものは必ず成敗されるのだ!」
王国騎士が震えながら口笛を吹いた。バンシーの隣に繋がれている馬が、自分で手綱を噛んで取り騎士の元へ駆け出した。
彼の馬なのだろう、よく訓練されている。王国騎士は縋りつくように馬に乗り、逃げて行った。
「うっわ! 僕の飲み仲間が! 気の良い奴だと思ってたのに!」
「逃げたか」
「逃げたか……じゃないよ、逃がしちゃって良かったの。指名手配されちゃうよ」
「これだけ客のいる酒場だ。いずれバレるだろう。それに私は人の味方だ、ここで人殺しと喧伝されるわけにはいかない」
「さっすがクレイン! かっこいい!」
酒場の扉から、外を覗いているロップが見えた。その子の後ろから、巨乳巨尻の店員が出てきた。さっきまで王国騎士に揉みしだかれていた子だ。
「ありがとうございます、お礼に私の家に来てください」
「なら、お言葉に甘えよう」
「えっ! 私という者がありながらクレイン……見ず知らずの女性の部屋に押し掛けるなんて……えっち!」
「ロップ、そういう意味じゃない。匿ってもらえるってことだよ」
バニーガールのまだ何かいいたそうな口元には、トマトソースが引っ付いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます