第2話 バニーガールメイジ

「私はエストオレ魔術協会の一級魔術師、ロップ・シュドメルよ。よろしく」


 奴隷だった彼女は、奴隷商人達が着ていたマントを、全裸だった体に纏わせている。クレインの前に座り、黒馬に二人乗りしている。ロップの鉄製の杖は、バンシーの身体の側面にくくりつけられている。あまりにも長すぎて、まるで馬上槍のようだ。


「裸に剥かれる前に着ていた服は無いのか」

「あったけど、こいつらに汚されたから着たくない」

「魔術師の魔法衣はマナを織り込んだ特別製、損傷が酷いと本来の性能を発揮できないし専門のお店じゃないと買えない。そういうことだね」

「さすがバンシーは物知りウマだね」


 ロップはバンシーの首を撫でた。


「ふふん。じゃあロップ、王都までの道案内をお願い。五百年ぶりの目覚めだから道が分からなくてね」

「りょーかい!」


 ムチを入れて、ロップが指さす方向へバンシーはゆっくりと歩いていく。






「その長すぎる杖に記された紋章、エストオレ魔術流派の方ですか。ようこそ王都へ」


 ロップの持つ鉄製の長すぎる杖に記された、ウサギを象った紋章。それを見ると、衛兵の騎士は事もも無げに通してくれた。


「ありがたい、鎧の中をまさぐられなくて良かったよ」


 王都の街中は人通りが多かった。商人の馬車や買い物客がたくさん通りを行きかっている。活気があって、街並みも綺麗だ。繁栄している国らしい。


「クレインって変な身体だよね、伝承通りの不死の騎士なんだ」

「そうみたいだな、最近復活したみたいでよく分からないが」

「復活の理由は分からないの」

「自分の意思ではないな」

「頭が無いから忘れっぽいんだよ~」

「余計なことを言うな、バンシー」

「ふうん、でも復活した理由が私を助けるためだったら嬉しいな」

「ならば間に合ったようだな」

「ん!? ああ!? 今のなし! そうだったらいいなって、だけだから!」


 前に座るロップの表情は見えないけれど、動揺しているように小刻みに動いていた。ボロマントを纏っているが、彼女の美しい身体のラインがよく分かった。


「あ、そこのお店。良い魔法衣が売っているの!」


 中央通りの中で、一番大きな店を指さした。一般向けらしい防具屋の隣にある、キラキラと装飾された看板に〈マジックショップ・トリッシュチェリー〉と書いてある。

 バンシーは馬止め用の、棒があったので手綱をくくり付けておいた。


「バンシーは外で待っていろ」

「えぇ、そんなー。僕もお買い物したーい」

「あとで干し草ショップがあれば寄ってやろう」

「ええー、草なんて全部一緒じゃん!」


 バンシーを置いて店に入ると、カウンター奥の店員がお辞儀をした。


「いらっしゃいませ、トリッシュチェリーにようこそ。お客様、魔術の流派はどこでしょうか。お客様の魔術回路に適した魔法衣を提供させていただきます」

「エストオレ魔術流派です」

「それは凄いですね、お嬢さん。ギルド所属の魔術協会の中では最大勢力ではありませんか。ではこちらへ、採寸と試着をします」

「の、覗かないでよね」

「もう裸見ているんだけど」

「そういうことじゃないの! えっち!」


 ロップは、ベーと舌を出してカウンター奥に店員と消えていった。

 クレインはその間、展示されていた商品を眺めた。ヒラヒラのローブ、宝石がはまっている高そうな杖とか色々なものがあった。

 そして商品タグには商品名だけでなく、流派の欄があった。真っ黒なロングスカート、ツバの広すぎるいかにもな魔女帽子。杖はホウキ。お得な魔法セット、プロテウス流派と書かれていた。ロップの流派とは違うらしい。


「お待たせ、ど、どうかな」


 ロップは見違えるような形で戻ってきた。それはイメージしたヒラヒラな魔女っ子とは正反対だった。むしろ身体の線に沿うピッチリとした衣装。ハイヒールに網タイツ。大胆に開いた胸元が、彼女の胸を包んでいるが上からペロっとめくれそうだった。短いネクタイが谷間に挟まれていた。帽子は被らず、ウサミミのカチューシャを付けている。

 バニーガールの恰好で、ロップはピョンと飛び跳ねるように見せつけてきた。


「お、おい、冗談じゃないよな」

「え? これがエストオレの正統な魔法衣だよ」

「それは素晴らしいな……うっ」


 ただでさえ前かがみなクレインが、さらに屈んだ。また白い情熱が身体の内から湧き上がってきそうだ。


「こらっ! お店で出しちゃダメだよ! 我慢してね」

「あ、ああ、分かっている」

「もう……そんなに見つめられたら恥ずかしいよ。クレインたら――店員さん、これください!」

「ロップ、払うあてはあるのか。私は金を持っていないぞ」

「大丈夫、後払いにしてもらうから」

「後払い? 信用してもらえるのか」

「はい、しっかりとした魔術流派の方ですから、後払いできますよ。一級魔術師の方でしたら、ギルドでクエストをお受けするのもよいと思いますが」


店員は笑顔を崩さずに言った。どうやらロップの所属するエストオレ流派は、魔術界隈でも地位が高いらしい。


「仲介は出来ますか」

「もちろんです、手数料を頂ければ当店で直接ギルドのクエストを斡旋させていただきます」


 店員はカウンター奥から、羊皮紙に記されたリストを取り出した。そこにはモンスターの討伐依頼と報奨金が書かれている。ロップはすぐに一つを指さした。


「じゃあ、これで」





「ドラゴン討伐に報奨五千万ゴールド? 大した額だね、城が買えるよ」


 バンシーが走りながら時折、騎乗したこっちに首を向けてくる。クレイン達は王都から離れた、荒野に来ている。


「それ、五百年前の物価でしょ。そこまでは無理だけど、小さい家なら買えるかも」

「一級魔術さんはお召し物も高級だね」

「エストオレ流派は大地のマナを杖で吸い上げ、自分の身体の魔術回路を通して魔法を発するの。魔力伝導を上げるために、特別な魔法衣が必要なの」

「魔法衣ってそんなに高級なものなのか、クエストも危険だろう。私がやろう」

「大丈夫、剣より魔法の方が効率が良いから。クレインは見ていて」


 ロップは身長の三倍はある杖を持って、馬から降りた。

 砂と骨が混ざり合うように放置されている、荒れた場所。中には頭蓋骨らしきものも見えた。その荒野の中心に、巨大な竜が尻尾を抱くようにして眠っていた。ウサギが近くに寄った気配に気づいたのか、ドラゴンは目を覚ました。

 城壁を足蹴に出来そうな四足歩行の巨体。もたげた鎌首が睨みつけてくる。


「よいしょっと!」


 ロップはまるでポールのように長い鉄製の杖を、地面に突き刺した。その杖を艶めかしく、よじ登っていく。まるでポールダンスだ。

 彼女は上下反対向きになった。右手で棒を掴み、左手は肘で棒を固定する。自由になった脚を棒から離して、大開脚する。


「昏き底より湧き上がるもの、灯台に火付けする蛇。空回る球面体の咆哮。アイーシャ・フレイム!」


 バニーの艶やかな身体の前方に、魔法陣が形成される。中心部から火球が飛び出し、ドラゴンの鼻先にぶち当たる。爆発して火の粉が散り、ドラゴンの堅牢な皮膚が吹き飛んだ。煙はドラゴンの首元、上部分は全て吹き飛んだ。首なしの巨体は、よろめいて倒れた。地響きが、馬上のクレインにまで届く。


「す、凄まじい! 一撃でドラゴンが首なしに!」


 この前、奴隷商人を焼き尽くした時とは比べ物にならない火力だ。完全な魔法衣を着るとこんなにも違うのか。


「ちょっと、見られるのは恥ずかしいかな」


 ロップは開脚した足をぴっちりと閉じて、蛇のようにするりと杖から降りた。


「驚いたよ、魔法だけでなく君の身体の柔らかさにも」

「あ、ああやって大地から取り込んだマナを、身体に巡らして魔法を構築するのがエストオレ流派なの。えっちじゃないから!」

「わ、分かっているよ。素晴らしい魔法だ、一撃だなんてな。本当に素晴らしい恰好……うっ! 熱いものがこみ上げてくる」

「きゃああ! ま、またなの!」


 クレインの鎧から噴出した液体が、バニーガールを濡らした。白くネバついた液体を全身に被って、ロップはへたり込んだ。重みでウサミミが垂れさがり、ネクタイがしっとりとした重みで胸の隙間に吸い込まれていく。

 ポールのような杖までもが糸を引いていた。


「す、すまない。自分でも抑えられないのだ。キレイな布を持っていこう」

「だ、大丈夫。自分でキレイにできるから」


 ロップはヌルヌルになった杖を再び、地面に刺してよじ登る。


「昏き底より湧き上がるもの、両手をあげる魚、透明の十字槍。レイバック・アクア」


 ロップはポールに右足を絡みつけ、そのまま後ろに倒れるようにして逆さまになった。自由な両手と銀髪が垂れさがる。レイバック、そういうダンスの技なのだろう。

 魔法で生み出された水が、柔らかくロップに降り注ぐ。白い液体を流していく。濡れたバニー 衣装は黒さが際立ち、テカテカと輝いていてエロティックだ。

 クレインは再びこみ上げるものをなんとか抑えた。


「ひとつ疑問なのだが、そんな簡単に金を稼げるのなら、何故奴隷などになっていたんだ」

「私、お師匠様に売られたんだ」

「そんな! 魔術師は弟子を売り飛ばすものなのか」

「違う違う。普通はそんなことないよ。小さい頃からずっとお師匠様と一緒に暮らしていて、仲も良かったんだけど。なんか急にお金が必要だって言ってね。あの村じゃギルドの依頼もないし、仕方なかったんだと思う」


 ロップは逆さまの身体を元に戻し、杖から降りる。バニーの濡れたネクタイが谷間にへばりついている。上乳に水滴が流れていく。


「それが師匠のやることか」

「そんな人じゃなかったよ、でも気が触れて別人みたいになっちゃってね。私を売り飛ばして、そのお金でどっかに行っちゃった」

「クレイン様、僕達が前に復活した時もそういうことが多々あったよ。理性が無くなって、気が触れちゃった奴ら」


 バンシーがウマ耳を、前方に動かしている。


「私の墓石に伝承が書いてあったな『首なし騎士が目覚めるのは人の神格性が失われた日である』ある日突然、人が狂気に呑まれることがあるなら、そこにはきっと、私達が解決しなければならない問題なのだろう。君の発狂した師匠を探しにいこう」


 転生し墓穴から蘇った意味が本当にあるのなら、それを果たさなければならない。それが自分の使命だとクレインはそう考えた。


「私も連れていって。お師匠様が病気か何かみたいな感じだったなら治してあげたい。一緒にいればまたお師匠様に会えるかもしれないから」

「いいだろう、君の魔法は心強い。私はな、ロップを見て思った。戦う女の子は美しい」

「そ、そんな、褒めてもなにも出ないよ」

「だからこそ、私は世界を回って戦う女の子と出会いたい。私の内なる情熱を湧き上がらせるような、者たちに出会いたいのだ」

「うっわ、この下半身で物事考えている騎士さん言い切っちゃったよ、ぶっかけたいだけじゃん。使命より欲望に忠実じゃん」

「バンシー、使命も果たすし欲望も満たす。一挙両得ではないか」

「使命がついでじゃん! ロップ、クレイン様はやめときなよ。頭が付いている男にしといた方がいいって」


 ロップは濡れたウサギのように首を振って、髪を濡らした水滴を跳ね飛ばした。


「いいえ、バンシーがそれでもクレインの愛馬であるように。私もクレインを慕う心は変わらないよ。騎士様一行の魔法使い……バニーガールメイジのロップ・シュドメルが務めさせてください」

「はいはい、仕方ない子だな。というわけだってよ、クレイン様」

「いいだろう、共に行こうロップ。まずは王都に戻って討伐報酬を貰いに行くのだ」

「はい!」

 

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