第1話 奴隷少女


「近くに村があるみたいだよ、クレイン様」


 人語を話す馬バンシーに揺られていると、すぐに人の住む場所に着いた。夜遅いせいか、人通りはない。首なし騎士クレインは馬から降りた。


「バンシー、誰かに話を聞きたい。私はこの世界を知らないからな」

「僕も五百年ぶりの目覚めだからさっぱりだね、流行りの美味しいニンジンでも聞いてきてよ、クレイン様」

「分かった、貰えたら貰ってくるよ」


 家の戸を叩くと住人がすぐに出てきた。クレインはお辞儀をすると、兜が落っこちた。首の断面図と、知らない他人がこんにちはした。


「ごめんください、この辺りのことを聞きたいのですが」

「いやああああっ! 首なし騎士よおおお!」


 ピシャリと戸を閉められた。振り返ると、バンシーがあきれた顔をしていた。

 いや、馬の表情など分からないが、きっとそんな顔をしているように見えた。


「クレイン様、流石にドッキリが過ぎると思うよ」

「わざとでは無いんだ……」

「あの叫び、村中に聞こえていた。きっと、もう誰も扉を開けてくれないと思うよ」


 クレインは再び、黒馬に騎乗して小さな村を離れた。


「分かっている、今度誰かに会ったらバンシーが挨拶してくれ」

「喋る馬も怖がられちゃうよ――おや、僕じゃない馬の足跡がある。出来て新しい……夜中に出歩く悪い子に、イタズラしに行こっかな」

「語らいに行くのだよ、バンシー。馬友達も出来るかもしれないな」

「僕、人語を話せないウマとは付き合えないな」

「お高く止まるな。誰にでもフレンドリーに行くのが処世術だぞ」


 馬用のムチを振るうと、バンシーが麗しくいななく。疾風のように駆けだして、すぐに馬に追いついた。二頭に引っ張られる馬車だった。




「こんばんは、旅でもしているのですか。少しお話しませんか」


 馬車に並走し、クレインは御者に話しかけた。小汚いチビの男で、何日も変えていなさそうなボロの衣服から鑑みると旅人に見えた。


「お、おう。騎士様、俺らは真っ当に商売をしているだけでさあ。やましいことは何もしてないって、見るなら見てくれよ」

「商売か、その馬車には商品を載せているのだな。少し興味がある」


 馬車が止まったので、クレインもバンシーを止めて降りる。幌に包まれた荷台の中から、更にノッポとデブの男が二人出てきた。


「急に止めるから、なんだと思ったら……コイツはぐれ騎士だぞ」

「ええっ! ああ、確かに王国の紋章を付けていない、無職かよ。ビビッて損した」

「でもお客様だよ、ほらお前ら笑顔で応対しろ」


 チビとノッポとデブの男たちはヒソヒソと話した後、こっちを見てニンマリと笑った。

 なんだか嫌な予感をクレインは感じた。前世で年一回の面談する時、上司はいつもこんな笑顔をしていた気がする。


「お客様、うちの商品を見てくださいよ。ちょうどそこの村でピチピチのを入荷したんですよ」

「新鮮なのか、それは良い。あ、でもお金は……」

「お勉強させてもらいますよ、物々交換でも構いませんね。そこの毛並みの良い馬とか」


 クレインがノッポの商人と共に振り返る、バンシーは首をブンブンと横に振っていた。


「我が愛馬は売らんよ、鞍についた金細工でどうかな」

「いいでしょう、この奴隷はそこについた宝石ほど価値がありますよ、ほら」


 ノッポの男は荷台の幌を全部取った。そこには鉄格子があった中に、裸の少女がひとり鎖に繋がれていた。長い銀髪、虚ろな目だが、瞳はエメラルドのような輝きを秘めていた。


「まだ十六歳の、新鮮な奴隷です。魔法の心得があるようで、身の回りの世話には不自由しないでしょう」


 チビの男が鉄格子のなかに入っていった。少女を後ろからまさぐるように触れ、丸見えの胸をもんだ。かつては裕福な暮らしをしていたのだろうか、とても乳房が大きい。それがグニグニと無遠慮に形を変えられている。


「あんっ! いや……そんなとこ触らないで! やだぁ!」


 彼らは奴隷商人だったのだ。チビの男は品物をほぐすような手つきで、少女の胸を鷲掴みにしながら下卑た笑顔を浮かべている。

 

「嘘じゃねえよ、ほらこのハリ若い証拠や。こっちに来て触ってみろよ、お客様。お試しプレイってやつだよ、本番は無しだけどな。ああ、大丈夫、魔法使いも杖が無ければ魔法は使えないので安心しろ」


 チビが杖と言った、金属製の棒はあまりにも長すぎた。本当に杖なのだろうか。まるで鉄工場にあるような金属のポールだ。地面に立てれば大の男二人分ぐらいの長さになりそうだ。


「ふむ、では試しに奴隷を自由にさせて貰おうかな」


 クレインは荷台の鉄格子の中に入っていく。

背中のベルトの拘束を外し、背負った大剣を手に取った。初めての剣は、チビ男の首を狙って振った。大剣を軽々と、ただし切り口は重い。


「がっ! あがっ!」


 チビ男の顔が潰れたカエルのように歪む。大剣は五百年放置されていたんだった。錆びて刃こぼれしていて、まるでノコギリのような刃。チビの顔面に刀身が食い込んだだけ、さっぱりと切れない。

 だからクレインは力任せに、引きちぎるようにして動かした。男の顔を、丸太ででも切るように荒く削った。


「いやあああっ!」

「怖がらせてすまない、私は君の味方だよ」


 チビ男をなんとか二つに分けて、檻の中に血だまりが広がる。

 奴隷少女が叫ぶ。クレインは剣を隠すように地面に置いた。少女の手錠を、素手で引きちぎるように壊してあげた。自由になった指で、彼女は背後を指さした。


「違う! 後ろ!」


 振り返る間もなく、クレインの首が飛んだ。ノッポの商人が剣を振るっていて、兜がなくなっては断面図が露出した。


「はっはー! 俺らに歯向かうからこうなるんだ」

「ダメだな、それじゃ殺せない」


 クレインは首なしのまま振り返る。断面図を見せると、ノッポの男は剣を抱えたまま後ずさりした。


「うわああ! 空っぽだ! 首なし騎士だ! バカな……おとぎ話だろ! 本当にいたのか!」

「後ろに飛んで距離を取れ! その化け物は、剣の素人だ! 振り方で分かるぜ」

「ひぃい! さすがボス! 元王国騎士なだけあるぜ!」


 クレインの反撃の刃は宙を切った。ノッポの商人は鉄格子の荷台から降りて、逃げだした。指示を出したデブの男と合流する。


「困ったな、なんで分かる」

「そんな棍棒でも振るうような動き、剣を学んだ騎士がするか! 人のフリをした化け物め! 素人の剣には当たらないぜ」


 クレインは荷台から降り、剣を手に取りデブの方に向かう。


「退治されるべきは私か……だが、彼女に対する仕打ちは許せん。私は義によって貴様を切り捨てる」


 剣を振り下ろす。彼の小さな剣に払われて、地面を抉った。ギザギザの刃に剣先をひっかけられた。大剣の重さを活かせず、軌道をずらされた。たったそれだけで簡単に当たらなくなった。クレインの剣先が弾かれ、地面に突き刺さる。

 これが剣術の差だというのか。


「俺が悪者? 違うな、化け物は分かんねえようだから教えてやんよ。金で仕入れたんだよ、それを俺らが売るんだ。人間様の真っ当な経済活動に、化け物が外野からナマ言ってんじゃねえよ!」

「そんなに金が偉いか!」

「偉いさ! 金がないからその女は売られたんだよ!」


 デブの背後からノッポの商人が飛び出してきた。クレインの剣が弾かれた、無防備なタイミングを狙ってきたのだ。

 その時、クレインの背後から火の玉が飛んできた。それは爆弾のように破裂して、ノッポの商人が吹き飛んだ。


「ぎゃああ! た、助けてボス! 助け……ぐあああ!」


 ノッポはのたうち回った。魔法が服を消し炭にして、生身の肌を火が丸のみにした。あっという間に、炭になって動かなくなった。


「はぁ……はぁ……お金の話はこりごりなんだから」


 振り返ると、奴隷少女が裸のまま外に出てきた。荷台にあっただろう長い杖を地面に突き刺し、鉄の棒に大きな乳房が挟み込むようにして、柔らかそうな肉体はもたれかかっている。

 乱れた息も絶え絶え、立っているのも辛そうだ。

 けれども彼女の魔法は人を焼き尽くした。


「勇ましいものだ、戦えるのか」

「私だって一級術師なんだから! 自分の人生……助けられてばかりじゃ……はぁ、はぁ……うぐっ!」

「無理をするな、足止めだけでいい」

「わ、わかった」


 健気なものだ。この気に乗じて逃げればいいものを、加勢に来てくれるとは。クレインは自分の内側から、何か熱いものがこみ上げるのを感じた。

 彼女は長すぎる杖にもたれかかり、苦しそうにフラフラと揺れている。丸見えの乳房も同じく揺れている。


「奴隷の分際で!」


 デブの男が向かってくるのを、クレインは立ちはだかって止めた。剣はクレインの鎧で弾かれて、傷一つ付かない。


「昏き底から湧き上がるもの。絡みあがる土蛇の縛呪! ドロップ・マドバインド!」


 少女が詠唱を始めると、夜の空気が震えた。魔力というものなのか、ぞわりとした感覚。それは殺気に近い。彼女は少しジャンプをするように杖によじ登り、体重をかけて棒を更に地面の奥深くに押し込んだ。

 魔力の殺気は地中を通って、デブの男の足元から噴き出した。土がムチのようにしなり、デブの四肢を絡めとる。


「なんだこれは! 俺は商人だぞ! 奴隷が商人を縛るな! お前は商品なんだ! 買われるだけの売女が!」

「こうなっては剣術も何も必要ないな」


 クレインはノコギリ状の大剣を振り上げた。無防備な奴隷商人の頭から、力任せに切り込む。


「待て! そんな切れ味の悪い剣で斬るのはよせ! 時間が、時間がかかりすぎ……ぐぎゃああああ!」

「素人の切り方で悪いな」 


 刃が肉に引っかかる感覚。悲鳴、手にかかる抵抗感。鈍く前後に動かして、不器用にも縦から順に切り開いていく。時間をかけて、商人はまったく動かなくなった。


「はぁ……はぁ……勝った」


 奴隷少女は杖を支えに、へたり込んでいた。一糸まとわずの姿、汗ばんで潤んだ柔肌。クレインはまた内側の熱さにうなされて、膝をついた。


「大丈夫か……うっ、中が熱い」

「どうしたの、首なし騎士様。どこかケガでも……」

「苦しいのだ、私の中はどうなっている。見てくれ、どうだグロテスクか」

「いいえ、肉体は見えないよ。中は空っぽで、でも液体が常にこんこんと湧き上がってきている。ところどころ輝いていて、まるで星空みたい。キレイだよ、ぜんぜん怖くない」

「そうか、こんな化け物をキレイだと言ってくれるか」


 肉体は詰まっていないか。空虚な自分に相応しいとクレインは思った。でも空の器に、苦しいほどの感情が彼女を見ると湧き上がってきた。始めての青春だった時のように、屹立する興奮と切なさまで感じる。涙を流すときのように、止められない。抑えられない、感情の噴出。男ならば定期的にある、生理的な欲求。

 抑えるべき股間は、もう自分の身体には無いのだ。


「待って、中の水が一瞬で白く濁った!」

「それはきっと、君の美しさと蛮勇にほだされた、私の欲望だ……うっ!」


 鎧の中から液体が溢れた。覗き込んでいた奴隷少女の頭から、ぶっかけた。


「まさか伝承通りに、血を!? うわああ! 熱っ……違う、なんか白くてネバついている」


 少女の銀髪をベタつかせ、小さな鼻の頭に垂れ下がる。ピンク色の先っぽを覆い、胸の先に這いよるように液体がうねり落ちて、へその穴にたまる。白い流れが正中線を引くようにして、隠し所へ落ちていく。

 彼女は頬の液体をぬぐい、指の先で広げると糸を引いていた。


「すまない、自分でも止められないようだ」

「い、いいよ。ぜんぜん平気。だって、私を助けてくれた騎士様だから」


 彼女は紅潮した頬で言った。落ちた兜を、クレインの首にハメてくれた。


「あーあ、まったくクレイン様は相変わらずヘンタイだね。五百年も貯めているからだよ」

「ば、バンシー、私はいったいどうした? あの液体は……でもなんか、すっきりしている」

「ウマの僕にナニを言わせようとしてるの!?」

「す、すまん」

「うわああ! 馬が喋ったー!」


 白濁の魔法少女は、仰け反りながら叫んだ。


「魔術師のお嬢さん、初めまして僕はバンシー。クレイン様の愛馬だよ。こんなヘンタイ騎士だけど、クレイン様をよろしくね」

「あ、はい助けていただいてありがとうございます」


 彼女は奴隷商人の馬車から引っ張り出してきたボロ布で、汚れた身体を拭いている。


「とにかく最後まで責任は取ろう。君の村まで、送り届けようか」

「いえ、売られちゃったし、もう村には戻りたくないかな。もし、お願いをかなえてくれるなら、私を一緒に連れてって、騎士様」


 行き場のない奴隷少女。彼女を助けてしまったのなら、最後まで責任を取ろう。クレインは己の考える理想の騎士を描くように、黒馬に飛び乗った。


「いいだろう。バンシーに騎乗したまえ、共に行こう」


 

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