首なし騎士のぶっかけ異世界転生

宮野アニス

第0話 プロローグ

「君はスイッチを切っておいてくれ、私が機械の詰まりを取ってくる」


 それが月城健太郎にとって、最後の言葉になった。

 ひっきりなしに動く工場で、金属を噛みこんで軋みをあげるプレス機。同僚にスイッチを切るように頼んで、健太郎は機械に潜り込んだ。


 慣れたものだった。この中に入るのは五回目で、どれも簡単な詰まりだ。最初は怖かったけど、今は感じない。スイッチを切っていれば、機械は動かないからだ。


 挟まった鉄屑を引っ張った時、プレス機が元気になる音が聞こえた。同僚がスイッチを切ってなかったのだと気づいた時、健太郎の頭上には鉄を両断するギロチンプレスの刃が落ちてきた。





「……はっ! あ、頭がっ!」


 目が覚めた時、そこは夜の墓地だった。無意識に土の中から這い上がって、墓石に寄り掛かった。そこにはこう書かれていた。


『首なし騎士、クレイン・ロー。〈死の否定者〉眠りより妨げられしは、人の神格性が失われた日である』


 墓石に刻まれていた文字は、今まで使っていた言語とは違った。なのに、なぜか読むことが出来た。


「お目覚めかな我が主、クレイン様」


 背後から声をかけられた。身体が重く、立ち上がるのに苦労した。工場で付けなれた作業着ではなく、鎧のようなものを着ているのに気付いた。顔を手で覆うと、そこには兜を付けていた。兜を外して顔に触れると、何もない。首元まで手を伸ばして、やっと己の肉体に触れた。クチュリと音が鳴って、半生な肉を触るような感触があったので手を引っ込めた。それ以上踏み込むのは怖い。

 どうやら自分は断面図のような箇所から外を見ているようで、立ち上がると自然と前かがみになっていた。


「クレイン……私の名前か」

「そうだよ。五百年ぶりの目覚めだね。頭が無いから、やっぱり忘れっぽいんだね」


 声をかけてくれたのは馬だった。月よりも輝く金色のたてがみに、闇夜を切り取ったような漆黒の体躯。草を咀嚼するように口を動かしながら、流暢に人の言葉を話している。

 ここは異世界なのだ、と一瞬で理解した。

 転生というのだろうか。人に生まれ変われないとは、よほど前世で徳が足りなかったと思える。仕方ないな、確かに意味のない人生だった。

 クレインは昔の名前を捨てる覚悟をした。


「ああ、忘れてしまったようだ。すまないが、君の名前から聞かせてくれないか」

「僕の名前はバンシー。クレイン様の愛馬だよ。自分のことも分からないなら、まず墓石を見てみてよ。そこは首なし騎士デュラハンとは何なのか、お伽話が書いてあるよ」


 バンシーの鼻先が差す先。クレインの名前が書いてある墓石の続きには、こう書かれていた。


『首なし騎士、幽玄の馬と共に闇を駆ける。月夜の日は戸締りせよ、不吉を告げに来る。首なしの胴体から溢れた血をかけられるぞ。十災禍の一、血を司る骸。汝は悪しき妖精である』


 墓石には人の背丈ほどある大剣が、剥き身のまま供えられている。おそらく首なし騎士のものだろう。クレインは地面から引き抜いた。己の鎧の背中にはベルトついていて、剣を繋ぎ留めるのに丁度良かった。やはり自分のものだとクレインは納得し、大剣を背負った。


「妖精?」

「そう、人の姿をした精霊を妖精って言うんだよ」

「なるほどね」


 クレインは軽々と馬に跨った。重い身体は今の自分を受け入れた途端にすぐ、羽のように軽く感じた。まるで昔から鎧だったように、手足を満足に動かせるようになった。


「どこに行くの、我が主」

「とりあえずは人のいるところだ。人の姿をしているならば、きっと妖精とは人の味方なのだろう」

「へえ、やっぱりそういう結論になるんだね、我が主は」

「おかしいかな、不吉を告げる首なし騎士が言うのは」

「いいや、主のことは何があっても否定しないよ。僕も同じ妖精で、痛みの否定者だから」


 バンシーは麗しく、いなないた。クレインは鞍についたムチを引き抜いて、黒い尻を叩く。

 墓地の黒い土を跳ね上げ、闇夜のような馬は走り出した。

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