第8話 王女の野望

「はぁ……」


 エリーゼはため息を一つ吐く。

 あの日以来、どうしてもグレイスのことが頭に浮かんでしょうがなかった。


「お美しいエリーゼ様を守る為に私が尽力できるのであれば、本望です!」

「エリーゼ様は特別です!」

「この命に変えても王国の宝玉と言われるエリーゼ様は私がお守りいたします!」


 カイマン公爵家の三男であるグレイスに言われた言葉の数々が脳内でリフレインして頬が熱くなる。

 どれも邪魔者扱いされてきた自分には生まれてこの方、かけられたことのない言葉の数々だった。


 ぎゅっと拳を握って唇を噛む。


 いけない。彼は非常に評判が悪い男。

 その悪評はこの王宮の除け者の私の耳にまで届いてくるぐらいのもの。

 どうせ会う女、会う女にあのような甘言をろうして翻弄しているのでしょう。

 きっとそう、そうに違いないわ。

 でないと……。

 

 彼とは護衛と雇い主ドライな関係のはず。

 それがどうしてこんなにも彼のことで心乱されるの……。


 外が一望できる窓際に移る。

 そこからの景色は壮観で、城下町が一望できた。


 エリーゼには野望があった。

 一つは魑魅魍魎ちみもうりょううごめく王室で生き残るということ。

 彼女は幼い頃から何度も暗殺の憂き目にあってきたのだ。

 

 そして、もう一つは――

 

「やはり平民の卑しい女から生まれた子。普段の振る舞いから卑しいのね!」


 これは5歳になった時に意を決して、父である王に誕生日プレゼントをねだった時に、傍らにいた正室であるイザベラ妃に言われた言葉だ。


「やはり平民の血を引いていると、何をしても下品になるのね」

「その娘の存在自体がこの王室の汚点よ。早く追い出してほしいわ!」

「何を着ても、身分には似合わないわね。まるで乞食が王宮に迷い込んだようだわ。あーはっはっは!」


 第2王女である私は、側室だった亡き母の面影をその姿に残しているらしいが、それがさらに妃の憎悪を煽っているのだろう。

 彼女からは事あるごとに憎悪に満ちた言葉をぶつけられてきた。

 

 そんな妃の憎悪を避けようと、王宮内で私は子どもの頃より腫れ物に触るような扱いを受けてきた。

 専属の警備もつかず、教育も他国に恥ずかしくない様にと必要最低限のものしか受けさせてもらえなかった。

 生前まで母に仕えていた執事の爺やだけが、側にいてくれただけだ。


 エリーゼには野望があった。

 それは母を暗殺したと思われる、正室のイザベラ妃に復讐を果たすことである。


「お母様、かたきは必ずとるわ」


 その為に、秘密裏に母が残してくれた資産を有望そうな商人へと投資して、未来への布石を着々と打っていた。

 まずは外堀から。王室といってもお金は重要で、これまでの歴史でお金で滅びた国は枚挙にいとまがないのだ。


 使えるものはなんでも使うつもりであった。

 例えそれが変態令息と呼ばれるような悪評の塊のような男であっても。


「でも本当に彼、グレイスがそんなことを?」


 この前にあった彼からは悪評のうちの1ミリであっても感じることはできなかった。

 女は男からの欲望に満ちた視線というのは、敏感に感じ取るものだ。

 性欲の塊と聞いたあの男からは、そういった視線や欲望は微塵も感じるとることはできなかった。

 それはそれで自分だけが意識しているようで、少し腹立たしいことでもあるが……。


「もし彼の悪評が彼を貶めるための謀略であったなら……」


 グレイスは公爵家の三男でしかも庶子の子であると聞く。

 それならば悪評の1つや2つ、流されてもおかしくはなかった。


 そうであって欲しい。

 エリーゼは自身が否定しながらも、グレイスに惹かれる思いを止めることはできなった。


 こうして、王女の野望がまた一つ増えることになるのであった。

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