後編

 さんざん知らない文字を見て、目がとても疲れた。日が暮れ、そんなに美味しくない食事に甘んじたあと、私は魔王に案内されて寝室に向かった。


「ここ」


 おお、でっかい部屋。今まで見てきたどの部屋よりも広い。


 中は全体的に紫色が基調で、すごく広い。あと、装飾とかがなんとなく、魔王の部屋っぽい。うん、まさにそうだ。……うん。


「ゆーしゃ、これ、かいた」


 後ろから入ってきた魔王が、私にとても大きな絵を見せた。おっ、これは素晴らしい猫の絵!


「きにいった?」

「きにいった!」

「よかった。はる」


 我が物顔で、魔王が壁に貼り付ける。……我が物顔っていうか、まあ、多分ここ魔王の部屋だけど。


「ベッドは広い。安心」


 ああそうですね、広いですね。この部屋には一つしかないけど。枕も2つありますね。


 いやあ、気が早い。まあそういうことにはなると思ってたけど。……っていうか、エルは部屋の交渉してたよね。もしかして自分用?自分っていうか、自分達用か。


「あの、魔王。私別に……」

「うん。おやすみ」


 そういうと、平然と魔王は枕を一つ取り、どこからか敷布団を取り出して、床で寝た。


 魔王はすぐに寝た。すーすー寝息を立てている。……Oh。魔王を追い出してしまった。申し訳ないことこの上なし。


「お、おやすみなさい……」


 でも私は眠かったし、だからといって床で寝るわけにもいかない。広いベットでむしろ肩身の狭い思いをしながら、ともかく私は眠りについた。あとやっぱりほっとした。



 翌日から、私と魔王の図書館で探そう大作戦が本格的に始まった。とはいえずっと文字とにらめっこというのは体力的にきついので、厨房でおしるこを作ってみたり、魔王領内を見回って猫を探したり、ということもした。


 まあそんな感じで、私達は過ごしていたのだが、一方確実に仲を深めつつある例の二人は、情報を探ったりと忙しく過ごしていた。


 ビー曰く、魔王が私にっていうか、まあ猫とおしるこにかまけているおかげで、魔王軍の侵攻はかなり抑えられているのだと言う。


 うんうん、いいことじゃないか。でも君たち、露骨。私やっぱり孤立しかけてる。


 ちなみに私は絵は下手くそだが料理はできる。何を隠そうおしるこを作りまくってきたからだが、それは魔王城にかなりの衝撃を与えたらしい。


 まあ、前述の通り魔王城の料理はかなり酷い出来だった。それがかなり改善されたのだ。……残念、おしるこは出来なかったが。


 と、まあそんな日々だったが、ある日図書館でいつものようにおしること猫を求めてうめいていると、遠くで本を読んでいたはずの魔王が慌ててやってきた。


 見つかったか!?と私が身構えていると、魔王は全く別のことを言った。


「ある。こう。ない。こう」


 どうやら、存在の有無を表す言葉を教え忘れていたことに気づいたらしい。そういえばそうだった。まあ、わからなくても魔王に聞けばよいのだけれど。


 ただ、魔王としては一大事なようだった。まあ、覚えていたほうが便利なことに違いはなかろう。


 というわけで、発音も合わせて教えてもらった。ただ、発音は、「ある」がフワオンッみたいなかんじで、「ない」がフワオnッみたいな感じ。要約すると、違いがわからない。


 ので、まあ聞き込みなどは魔王に任せた。


 平和な感じで過ごしていたが、一悶着起こったりもした。主にそれは私に対する不満が現れたもので、まあさすがの魔族もそうなるだろうな、と私自身納得した。


 というか、ご尤もな理由でのお怒りなので、あっさり鎮圧されたら可哀想だと思い、むしろそっち側を応援した。ただビビったのは、その戦いで魔王がまあえげつない強さを見せつけていたことだ。


 で、やっぱりと言うべきか、あっさりその反乱分子が鎮圧されそうになったので、あわてて私が、そうなぜか私が、止めに入る羽目になった。


「魔王、ストップ!その人たちが言ってるのは結構真っ当なことだと思う。魔王の説明不足もあるだろうし、まあ仕方ないよ。だからさ、私に説得任せてくれない?」

「きけん。だめ」

「いいから。何かあったら守ってくれるんでしょ?あなた魔王なんだから。あと、普通に通訳よろしく」

「むむ……わかった。きをつける、ぜったい!」

「オッケーオッケー。さて、ハローエブリワン!」


 魔王が怪訝そうにこちらを見てくる。……すんません、反省してます。


「皆さん、はじめまして。私は勇者です。把握してらっしゃる方もいるかも知れませんが、私はおしること猫を求めてこの魔王城までやってきました。私が魔王様に危害を加えるのではないかと思っていらっしゃる方もいるかと思いますが、ご安心ください。見ればわかると思いますが、私戦うのはすごく弱いです!そして、魔王様はとても強いです!というわけで、どうか魔王様の趣味に協力して差し上げることはできませんか!?」


 うん、こんなもんだろう。怒られたら怒られたで、それはもう仕方ない。っていうか、魔族は基本魔王様命みたいな感じのようなので、大丈夫だろう。


 魔王が通訳してくれて、結局その場は収まったようだ。


 で、まあ私が作る料理が美味しかったらしいことも あって、今のところ結構受け入れられている。


 うんうん、いいこといいこと。


「どうもこんにちは。今日もよろしくお願いします。魔王来てますか?」


 伝わってないけど、どうやら魔王という言葉は共通なようで、大体わかってくれたようだった。もう来ていると言われた。多分。


 そういえば、なんでか私は魔王には敬語を使わないくせに、魔族には結構敬語を使う。まあ、話が通じない分、魔族のほうが怖いからかな。


「魔王、おはよう」

「ゆーしゃ。おはよう」


 魔王の人間語は、文法的にはよくなったけれど、発音に関しては相変わらず上達しない。どうやら限界があるようだ。まあそれは私も同じである。


 今日見るのはここの本棚だ。どういう本を集めたのかは分からないけど、まあ私はおしること猫を探せばいいのだから、問題ない。


 たぶん、その本棚で90冊目ぐらいだと思う。私は重厚感のある古い本のなかに、見つけてしまった。


「おしるこ……と、猫」


 その2つがセットで、そこに記されていた。これはどういう意味なのか。あるのか、ないのかかだけでも突き止めなくては。


「魔王!来て!」


 いざ見つけてみると。嬉しさより緊張感のほうがある。だって、あるかないか、という話なのだから。


 魔王はかなり遠くにいるようで、すぐには来ない。この図書館は本当にバカみたいに広いのだ。いや、バカじゃなくてどちらかと頭が良いほうなんだけど。


 ある。その言葉はざっと見てなかった。

 ない。その言葉は、あった。おしること猫、そう書いてあるところのすぐ上に――。


「ゆーしゃ!どうした」


 あわててやってきた魔王の前に、私はその本をそのページを開いて差し出した。


「……っ!」


 魔王が目を見開く。彼には読めるんだろう。でもその顔を見て、私は確信した。やはりこの世界には、猫とおしるこが存在しない。


 そのあと私達は、そのまま意気消沈して部屋に戻った。すぐ隣にある図書館から戻る間、私はある覚悟を固めた。


「……魔王」


ベッドの上に座り込んで意気消沈している魔王に、私は話しかけた。


「?」

「私に攻撃されるとしたら、ビンタと拳と頭突きとデコピン、どれがいい?」

「ゆーしゃがこうげき?せんぶいやだけど……びんたはきずつくし、こぶしはいたそうだし、ずつきもいやだから、でこぴんがいい」


 デコピンがいい。この(がっかりするのは当然だが)憂いを帯びたイケメンフェイスから繰り出されると、結構な威力だ。……そうか。デコピンか。うん、じゃあ、まあ、それで。


「ごめんね、魔王」


 私は日本語で呟いた。えっ、と、魔王が不思議そうな顔をする。まあそうだろう。だって何言ってるかわからないだろうし。


 もう私は魔王を引き留めておけない。そうなれば、確実に魔王軍は進軍し、人間の国は蹂躙される。


 エルとビーの幸せのためにも、私は魔王を殺さなきゃいけない。


 ああそうだ、魔王を倒せば猫とおしるこにありつける。魔王だって、この世界にいても猫とおしるこにはありつけないし。


「ねえ魔王。猫ってすごくかわいいよ」

「うん」

「おしるこって、すごくおいしいよ」

「うん」

「食べられるといいね」

「うん。……ゆーしゃ?」


 ごめんね、魔王。さようなら。


 ――私は、私の世界に戻ってきた。猫とおしるこのある世界に。

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