猫とおしるこ

鷹司

勇者

前編

 猫。おしるこ。私の好きなもの。


 猫。おしるこ。この世界にないもの。


 私は憤慨していた。


 勇者召喚?勝手なことをしやがって。猫もおしるこもない世界で、やる気を出して魔王討伐なんてできるわけないだろ!第一それは私の空気であり水であり太陽光であり……睡眠だ。


 しかしこの世界にいる以上、魔王を倒さないと魔族がやってきて私含む人類全員程なく死ぬ。私はまだおしること猫を堪能しきっていない。というか、その2つのない世界で死にたくない。


「魔王を倒したら、元の世界に返してくれるの?」

「ええ、もちろん。そういう契約になっております」


 私を呼び出したという、性別がわからない奴が言った。女なら絶対聖女だなっていう格好なんだけど、男ならまあ、魔術師って感じの格好だ。まあそんなことは非常にどうでもよろしい。


 やはり猫だ。おしるこだ。


 やる気を出すにはもうこれしかない。魔王を倒せば、帰れる。なんて単純な方程式。さあて、私の能力は……。


 勇者

 能力:ダメージにもならないようなへなちょこパンチでも、攻撃の意思があり当たれば魔王を倒せる。


 ……以上。


「……これ、ほぼ無理ゲーじゃないの? そもそも魔王って強いんでしょ? 普通に近づいたらこれ死んじゃうよ? ちなみに私のステータスは?」

「ステータス?いえ、そんなものはありません。勇者が持っているのはこういう能力です」

「こういうったって……こんなんでどうしろと?」

「ご安心ください。勇者候補を2人、お供につけさせていただきます」

「勇者候補?」

「はい。勇者とは本来こうして召喚するものですが、我々からも勇者と崇められる存在が出ればいいのではという考えのもと作られたんです」

「ごめん、端的に言って」

「この世界で最強の戦士たちです」

「へえ。でも、この世界でってことは私より弱いの?」

「はい。例えばですが……私は勇者W《ダブリュー》と言います。勇者候補の中で最も、召喚魔法に長けた人間です」


 なるほど、特化型なのか。たしかにそれじゃあ私よりも弱いかもしれない。私だって魔王を脅しつければ世界で一番強い戦力を持ってるって言うことになるし。


 まあ、猫とおしるこがなければそんなものに全く意味はないが。いや、あってもないかもしれない。


「どちらから紹介しますか?」

「別にどっちでも」

「じゃあ同時に。来なさい、B《ビー》、L《エル》。」


 ビーとエルって……ビールとエール?お酒かな?……いや、あっちだよな。この組み合わせは完全に。


「はじめまして、ビーです。足や動きがとても速いです」


 ふむふむ。スラッとした感じの……もしかして、勇者候補って顔で選んでる?ダブリューもそうだったし……そういうこと?


「はじめまして、エルです。話術に長けています」


 ふむふむ、かわいい系で背が低めだな。でも顔はかなり整ってる。なるほど、なるほど。やっぱりそうか。


 というか、なあ。


「では、いってらっしゃいませ」


 ダブリューに送り出されて、私達三人は召喚が行われた城を出る。まっすぐ魔王の城を目指すそうだ。


「俺の背中に乗ってください。そうすればすぐに着きます」


 私はありがたくビーの背中に乗った。エルと一緒に。エルが照れてる……ああ、うん。そうだよね。そうなるんだよね、きっと運命がそういうふうに仕組んだんだよね。


「で……どうする?このメンバー、せっかくの勇者を生きて返す気がないとしか思えないし」

「んー、そうですね。そもそも僕ら、戦場でまるで役に立たなかったから回されたわけですし」

「そうなの?ビーは足が速いって聞いたし、エルも戦後の交渉とか良さそうなのに」

「荒れた戦場なので、速さ以外に取り柄がない俺は流れ弾にあたって死にかねないんです」

「それに、相手は魔族ですから。魔族とはそもそも言語が……というか、発声の仕方そのものが違いますし、戦場にいる下級魔族は言語の概念すらありません。指揮をとっている奴らにしても、理性なんかないも同然で、そもそも交渉すらありえなくて」


 なるほど、戦場に居場所を見つけられなかった者同士というわけだ。やっぱり運命か。……でもさ、3人いてカップルが一つ生まれたら、私はどうなるのよ?


「それで、どうするの?速さと話術とへなちょこパンチ……アタッカーがゼロよね?防御もままならないし、魔法もないし」

「そうですね……。じゃあ、こういうのはどうでしょう。勇者様美人ですし、魔王の愛人になって、どさくさ紛れにぶん殴るっていうのは?」

「いや、でも私、人間だし。いいの?」

「さあ。まあどうにかします」


 不安だ。3人のパーティーで1人だけ仲間はずれになる不安と、そもそも魔王倒せるのかという不安。ダブルパーンチ。


 あー、おしるこ食べたい猫吸いたい。


 と、いうわけで。


 ひゅー、どろどろ。魔王城おどろおどろしいっ!魔族なんか強そう!でも好きじゃない!なんだよ猫じゃないじゃん牛みたいだけど君絶対美味しくないよね!?だっておしるこじゃないもんね!?


 うわあ、悪魔っぽい像がいっぱい。っていうかなぜ私ら入れてるんだろう。


「あ、あー。ま、まおう、だ」


 たどたどしい発音。耳の生えたイケメン。


 誰だこいつ。あ、魔王か。


 魔王城につき、すぐにビーとは別行動になった。いや、その後すぐエルが交渉に行き、私はなんかドレスを選んでいたから、ひとりになったというべきか。


 結局おしるこ色のドレスにした。いや、これも正確には違うんだ。だってこれは紫だもん。あの、日本の、あんこの色。あれとは全くの別物!


 きいい、なんでこの世界はこんな頑なにあの2つがないのか!! 猫色ぐらい用意しろよなんでこんなにカラフルなんだよセンスないなあ魔王城!


「……あんた、犬?」


 どうやら魔王は私を愛人にする気になった……らしい。よくわからないが、エルがなんとかしたみたいだ。まあそこらへん、勇者候補は伊達じゃないのだろう。


「ぼく、まおう」


 ふむ。どうやら敬語とか、そこら辺の違いはわからないようだ。まあ、私はイライラしているし、問題が起きたら全部エルに解決してもらおう。そうだ、そうしようじゃないか。


 そういえばビーは何してるんだろう。情報収集とかかな?


「魔王なのはわかってる。その頭の上に乗っかってるのは犬の耳?」

「これ?たぶん、いぬ」

「猫は?いないの?」

「ねこ?ねこ……どんな?」

「こんなの」


 私は絵を描いた。そう、世の中言葉なんて通じなくても絵が上手ければ大丈夫。あと、猫とおしるこ。


 んー、まあ私には画力がないが。


 思った通り魔王も首をひねっている。それから色んな動物を出してきたが……猫はいなかった。


「かくにん。ねこ。みみ。こう」


 魔王が絵を描いた。……うっまっ。


「ねこ。くち。こう」


 うまっ。


「ねこ。からだ。こう」


 すごい。


「ねこ。しっぽ。こう」


 うんうん。全体像はまさしく猫だ。


「あってる!でも、猫は動くのが一番かわいいの。写真でもすごくいいけど、絵は猫じゃないから。動いて生きてこそ猫。で、いないの?」

「いきてこそねこ。どうい。ねこ、いない……」

「……くっそおおおおおおおお!じゃあおしるこ!」

「おしるこ?おいしい?」

「美味しい」

「あまい?」

「甘い!」

「もちもち?」

「モチモチ!」


 と、同様のやりとりが繰り広げられた。


「やっぱり……ない」


 おしるこの試作品を食べまくった私達は、膨れたお腹を抱えて呻いた。


「……私は諦めない」

「ぼくも」


 私達は見つめ合った。なんでこんなに魔王が一生懸命になっているのかは分からないけど、まあ、良しとしよう。


「でも、今日はちょっと無理……うぷ」

「うん……」

「どうしよう?」

「としょかん、ちしきおおい。あってる」


 そ、そうか!魔族は寿命が長いし、その図書館にならいい情報もあるかも。


「ぼく、さがす。きみ、ねてる」

「そうだね、じゃあよろしくね、おやすみ……っていやいやいや。私も探すよ。なんで私はそんなVIP対応なの?あんた魔王なんでしょ?」

「ぼく、まおう。きみ、だれ?」


 え?……あー、なるほど、そこら辺の話は通ってないわけですか。なるほどなるほど。いや、私誰よ?こんな戦争やりまくってる状態で魔族のところにやってくる人間って。むしろ勇者が自然だわ。


 うん、そうだね。


「私は勇者だよ」

「ゆーしゃ?いいなまえ」


 あ、どうも。なるほど勇者→ユーシャね。

 ……それでいいのか魔王。大丈夫なのか魔族。危機管理能力とか、その他諸々大丈夫か?私は安全か!?


「それで、魔王。さすがに私のエゴなわけだし、一人だけ寝てるっていうのも嫌だし、第一効率悪いから、私も探すよ。で、その図書館はどこにあるのかな?」

「すぐちかく。でもゆーしゃ……」

「いいからいいから。さ、案内してよ」


 魔王の言う通り、本当にすぐ近くだった。外からみた魔王城の規模の大きさからすると、すごく近くだ。まあ歩いた感じ、駅で向かい側のホームに行く時ぐらいの距離だったけど。


「おお、おおおお、おおおおおお。学校の図書室とかとは比べ物にならないくらいの広さ。……心折れそう」

「ゆーしゃ、あそこ、ずかんある」

「いいね!見に行こう」


 ――数分後。


「そ、そういうことかあああ!」


 図鑑を手にした私の心はへし折られた。


「字が、読めない……」


 崩れ落ちる私を見て、魔王がだから言ったのに、みたいな顔をしている。悪かったな!


「ゆーしゃ、だいじょうぶ。おしるこ、まぞくご、こう」


 なるほど、その手があった。魔王が字を書いた紙を見せてきた。んー、くねくねしている。でも、覚えられないことはなさそうだ。


「ねこ、こう」


 また別の紙を持ってきた。あ、ちょっと短い。というか、そもそも存在しないのに書けるってことは、魔族語は表音文字なんだろう。まあ、助かった。


「よし。じゃあ私はとりあえずこの字を探していくね。で、魔王は申し訳ないけど細かく見ていってほしいな」

「わかった。がんばる」

「うん」


 私たちの心は一つだった!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る