第4話 合計放置時間は2時間です

翌日、目が覚め朝食を食べ終えるとすぐに訓練が始まった。

まずは肉体強化と最低限の体力をつけるための走り込みから。

荷運びの影響か体力には自身があった。

実際に見習いとはいえ兵士のマリアについていけている。

しかし、見習い班のなかでハンナは誰よりも早く速度を維持し、ダリウスについて行けていた。


「すごいわね。あの子」


「喋る元気があるだけマリアも相当だ」


絶え絶えの呼吸を飲み込んで走り続け、最後に膝から崩れ落ちた。

マリアもハンナも立てる元気が残ってるのに俺はこのザマか。


「寝ている暇はないぞ。腕立て開始だ」


「はい」


歯を食いしばって腕立て伏せの体制をとる。

ダリウスが数を数え始め、冗談じゃないと思うほどゆっくりと上げてゆっくり降ろす地獄の腕立て伏せ。

10回4セット目で俺の腕は完全に上がらなくなる。


「上がらなくなったら膝をついた状態でいいから着いてこい」


「はい!」


ハンナとマリアも7セット目にて上がらなくなり、膝立ち状態で更に3セット。

合計で10セットの腕立て伏せ。


それを終えると次に上体起こし。

これも先ほど同様にゆっくりと起こし、ゆっくりと下げる。

回数も10回10セット。


それからスクワットと続き、懸垂。

懸垂は上がらなくなったらそこで終わりだったが肩甲骨周りの筋肉が痙攣を起こしている。

訓練で手を抜けば死ぬのは俺だ。

また、いつ出撃命令が出るかわからない。

出撃拒否もできるが神のような魔法を扱えら奴の命令を拒否し続けたらどうなるかなんて想像にも容易い。

“死にたくない”。

その一心で身体をいじめ抜いた。


「初めてにしてはよくついてきた」


「まだ、全然だ」


「そのうち着いて来れるようになる。午後からは剣術訓練だ。それまで休憩だ」


「……わかった」


ギリッと歯がなる。


……くそっ!

こんなにも他の奴らより遅れをとってるなんて思いもしなかった。

追いつかないと。

せめて体力だけでも。


震える足で誰もいない訓練場で走り込みを再開した。


「はっ! はっ!」


呼吸音と高鳴る心臓音がうるさい。

体力がつけばこれらも押し黙る。

まだ走れる。

こんなところで死にたくはないだろ!



クタクタの足で倉庫からパンと井戸から水を汲み上げ、一息つく。

滝のように流れ出る汗。

この空間が真夏のような暑さだったならくたばっているころだ。

一息ついたらすぐにトレーニングを再開させようと急いで空かせた腹に水とパンを流し込む。


パンッ!


そんな弾けるような音が響いた。

音のする方にいくとハンナとマリアがそこにいた。

ハンナは弓矢で的を射る訓練。

マリアは木に向かって剣を払っていた。

俺に休んでいる暇なんてないと思い知らされる。


「休めといっただろ」


「この世界の疲労はすぐに回復しますのでこれくらいなら大丈夫ですよ」


「それは肉体的な意味でだ。訓練は精神もすり減る。精神が疲れれば繊細性に欠け、訓練効率も落ちるぞ」


「そうも言ってられないのが現実です」


ダリウスはポリポリと頭を掻くとデカデカとため息を吐いた。


「これから無理な訓練は禁止。ただし、より厳しくやるが後悔するなよ」


そうは言ったがダリウスの訓練は一つ一つ丁寧だった。

剣を振るう際に踏み込む足、腰の動かし方を一から俺の身体に叩き込んでいく。


コンッ! コンッ!


マリアとは違う軽い音がなる。

同じ剣を使っているのに全然違う力の差。


「焦るな。力の入れすぎだ。剣を降る時、腕に力を込めるのは一瞬でいい。

それと感覚的な話だが降るんじゃなく打ち込むかんじだ。貸してみろ」


ダリウスに剣を手渡すと瞬きの間に剣を構え、一呼吸で剣を流れるように振るった。

この美しい形容できるほどの一連の動作にどれだけの時間と鍛錬が必要なのか。


「ふっ!!!」


爆発にも似たような音が耳の中で児玉する。

だが、それ以上に振るわれた一撃を瞳の中に焼き付け、頭の中で何度もその映像を繰り返す。

足、腰、肩、腕、指先、顔の向きから何から何まで脳に何度も焼き付ける。


「やってみます」


頭の中で描いただけで簡単にできる技術ではない。

だが、細部は違えど大枠は近づけさせられるはずだ。


瞬きの一瞬で構え、一呼吸で……!


「ふっ!!!」


打つ!


込めた力が剣に伝わるような感覚。

剣と腕が一体になったようなそんな不思議な感覚とともに剣と木から弾けるような音が鳴り響いた。


【アレックスが“エルフの剣術”を習得しました】


【アレックスの“観察眼”がレベルアップしました】


「いい感じだ」


ダリウスは俺の頭を雑に撫でる。


「まずはそれの反復練習だ。いつでもその一撃を打てるように」


「はい!」


自分でも驚くような声が出た。

声が大きいじゃなく気が入ったような声。


「じゃあ俺はマリアとハンナの面倒を見てくる」


「わかりました」


ヒラヒラと手を振るってマリアとハンナのところに歩いていく背を見守り、一息吐き視線を木に向ける。


まだ速さは求めるなくていい。

さっきの一撃を一つ一つ丁寧に反復し、身体に刻み込もう。

確実に皆んなに追いつくために。


訓練は容赦なく続けた。

さっきの一撃の感覚がまだ腕に残っている。

これを繰り返し、身体に叩き込めば、少しずつでも確実に前に進めるはずだ。


俺は深く息を吸い込み、剣を構える。

さっきのように一瞬で力を集中させて、打ち込む感覚を再現しようとする。

頭の中でイメージは完璧に描けているが、体がそれに追いつくのは簡単ではない。

だが焦らず、丁寧に動作を繰り返すことで少しずつ進歩していることが感じられる。


「ふっ!」


再び剣を振ると、先ほどよりもやや重く、力強い音が木に響いた。

確かに何かが変わってきている体に馴染んでくる感じを実感していた。


「よし!」


自分の進歩が目に見える形で現れるのは大きな励みになる。

これなら少しずつでも追いつけるかもしれない。

そんな希望が湧いてきた。


「アレックス!」


突然、マリアの声が響いた。

振り向くと、彼女が軽く手を振りながらこちらに向かってくる。


「何だ?」


「ちょっと休憩しない? もうだいぶ頑張ってるし、少しは体を休めないと」


俺はその提案に少し戸惑った。確かに体は疲れているが、まだ動ける。

しかし、マリアの言葉には一理ある。

無理をして体を壊しては元も子もない。


「……そうだな。少し休むか」


剣を納め、木陰に腰を下ろす。

マリアも隣に座り二人で少しの間、静かな時間が流れる。


「ハンナはすごいわね。あの年齢であの体力と技術って、ちょっと信じられない」


マリアが遠くで弓の訓練をしているハンナを見つめながら言った。

俺も同じことを思っていた。

あの子は確かに特別だ。

だが、特別な存在に追いつくためには特別な努力が必要だ。


「俺も、もっと強くならないといけない」


「アレックスは十分頑張ってる。焦って無理すると、逆に成長が遅れることもあるんだから」


マリアは優しく微笑んで俺を励ます。

確かに焦りは禁物だが、だからといって手を抜くつもりはない。


「わかってる。でも、時間がない。もっと早く強くならない死んでしまう」


「……そうね」


まだまだやるべきことは山ほどある。

だが、少しずつでも確実に前に進んでいるのが感じられる今、自分の選べる道を進むしかない。

そして、俺は再び剣を手に取った。

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