銀河最強のOLみのりさんのおともだち
MHR900
一話完結
銀河最強のOL みのりさんのおともだち
1
みのりさんは28歳。
町外れにある家電メーカーで事務の仕事をしています。
スタイルもまあまあ、安っぽい黒縁の度の強い眼鏡を取れば、これもまあそこそこの美人です。
仕事もきっちりこなします。そこらの男性社員にもひけをとりません。
でもこの会社はあまり女性を重要視してないんですよ。
どんなにがんばっても、どんなに才能があっても要職につくことができないのです。
だから、彼女達の大半が数年で結婚退職していきます。
で、いつのまにかこの総務課では、みのりさんが最年長の女性社員になってしまいました。
今日もまた係長はすりむいた肘にばんそうこうを貼りながら言います。
「きみはまだ結婚しないのかい。相手はいるんだろ。なんなら紹介しようか。専業主婦は楽だよー。なんせ三食昼寝つきで・・・・」
係長は知っているんですよ。みのりさんが結婚しないわけ、いや、できないわけを。
この課の全員が知ってます。
だってけさもこんな事がありましたもの。
みのりさんの乗ったバスが渋滞に巻き込まれ、会社の前のバス停に着いたのが始業10分前。
息せき切って走ってタイムカードを打ったのが5分前。
そこへ同じ課の後輩OLがとんできました。
「せんぱあい!大変!なんとかしてくださあい!」
後輩に手をとられ総務課の部屋へ駆け付けると
「よおし、いい子だ。そこを動くなよ。」
係長が、ほうきをかまえて部屋のすみっこにむかって話し掛けてます。
女子社員達はそれを遠巻きにして係長を応援してるみたいです。
「係長、がんばって」
みのりさんが係長の視線を追うと、いました、いました。
この総務課は1階にあり、外にちょっとした庭が作られているせいか時々部屋へ入ってくるんです。
青大将が。
そうです。今みんなを騒がせているのは、へびなんです。
係長は、ほうきとちりとりで青大将を捕まえようとして、じわじわと・・・。
「だめえっ!!!」
みのりさんにつきとばされて係長は窓際の自分のデスクを飛び越してしまいました。
ひじ掛け付きの回転椅子に頭から突っ込み、書類をまき散らします。
そんな係長なんかまったく眼中にないかのように、みのりさんはへびへまっしぐら。
すこし距離をおいて話しかけてるではありませんか。
「ごめんねー、びっくりしたねー。もう、怖くないからねー。」
10分後、青大将はみのりさんの手の中へ。
「もう、入ってきちゃだめよ。」
そう、いとおしそうに話しかけながら、みのりさんは青大将を近くの林の中へ放したのでした。
そうなんです。
みのりさんは爬虫類が大好きなんです。
最近の男ときたら、とかげさえ触れないのが多いんですもの。
だからみのりさんはいまだに独身なのです。
2
「せんぱあい。今日飲みにいきませんかあ?」
終業のチャイムが鳴り終わると同時に、けさ、みのりさんを呼びに来た彼女、麻美ちゃんが声をかけてきました。
終業時間から1分たっていないのにもう事務服から私服に着替えてます。
まったく最近の若い子は・・・いけない、いけない、まるでおばさんのセリフだわ、などと思いつつ今朝の係長のいやみを思い出し、おつきあいすることにしました。
よっぱらってやるっ!
3
遠くで踏切りのカンカンカンという警音器が鳴り、それを追いかけるように2両編成の電車が走っていく音が聞こえます。
中天にかかる満月が犬の遠吠えを誘い、それに負けないぐらい大声をあげてるよっぱらいたちが目立つ頃。
みのりさんたちもそのお仲間になってました。
こんなに飲んだのははじめてです。
電信柱に悪態をつき、ポリバケツをけっとばし、ポストに抱き着いてわめきちらしました。
2、3人下心剥き出しの男どもが声を掛けてきましたが、数秒後にはみんな地面に這つくばっていました。
なにしろみのりさんは合気道2段、剣道3段なんです。
しかも酔っているから手加減出来ません。不幸な男達。
「せんぱあい。らいじょうぶれすかあ。あんらにうごくからあ。」
みのりさんよりも遊んでるぶん、お酒に強い麻美ちゃんに肩を借り、通った後にポリバケツやら男達やら散らかしてマンションの近くまでやってきたみのりさんは、ふと足もとがよろけるのを感じました。
「やら、酔ってるのかしら・・・」
・・・だれがみても酔ってますよ。・・
体制を立て直そうと一歩前へ踏み出したみのりさんは、そこにあるべき地面が数メーター下にあるのを確かに見ました。
いや、そう見えただけかもしれません。
何しろ2人とも、ぐでんぐでんに酔っていましたから。
4
みのりさんのマンションの真上。
ずっとずーっと上。
静止衛星軌道上に浮かぶ巨大な花咲がに。
もっとも直径400メートルもある花咲がになんぞいるわけがない。
かにのような形状をした人工物がさまざまな色に輝く星雲や恒星達を背景に浮かんでいるんです。
人工物といってもいまの地球にこれだけのものを作る技術などありません。だとしたらいったい・・・・。
「・・・・ほんとに酔ったみたいだわ・・・・」
確か、もうマンションが目の前に見えてたはずです。
でもいま目の前に見えているのはアートの世界。
みのりさんが酔っているのを差し引いても、異常な空間です。
深いみどり色に輝くゆがんだ壁。
波打つ床。
鍾乳洞のように垂れ下がった天井。
横を見ると麻美ちゃんは頭を振ってます。酔いを覚まそうとするように。
と、その表情が凍り付きました。
ちらっと見えた物が彼女の想像を絶するものだったからです。
「せ・せんぱい。あ・あ・あれ・・・」
いつものような甘ったれた「せんぱあい」じゃありません。
震える指で正面を指さします。
その先にいるものは・・・
「なんだ、このにおいはっ!これが、こいつらの体臭なのかっ?」
目の前の転送機のハッチから流れ出てくる、じつにいやなにおいに、銀河系一の狂暴さを誇るミッコラ星、銀河辺境制圧隊偵察隊長ムグールは顔をしかめました。
転送機のガラスケースの中から、怯えたようにこちらを見る麻美さん。
それを見て、征服する側にのみ許されたゆがんだ喜びをかみしめ、ケースに近づいたとたん流れてきたいやなにおい。
「胸が悪くなる。まるで、バギ星にいたスヌーサのようなにおいじゃないか。」
この時密閉されているケースからどうしてアルコールのにおいがするのか気付いていれば、あんなことは起こらずにすんだかもしれません。
すぐに送り帰すべきだったのです。
いや、よしましょう。
そのときまで銀河系最強の人種だった彼らに、そんなことを想像できるわけなかったのですから。
5
「おい、おまえだ、おまえ。あの原住民にこいつをつけてこい。」
ムグールに指名された通信士に渡されたのは、学習型の翻訳器。
ヘルメット型で、相手の言語を分析し、辞書を自動的に構築し、音声出力するやつ。
「アイ、サー」
翻訳器を手に、みのりさんの入っているケースをあけたんです。
両目をいっぱい見開いたみのりさんの口が大きく開き、ムグールたちにとって耳障りな絶叫が響きました。
「きゃあああああ。か・かわいいいいー。」
みのりさん、飲み過ぎで理性の制御が効きません。
おもわず、通信士に抱きつきキスしまくりました。
通信士はこの生まれて始めての体験に大パニック。
ヘルメットを放り出し後ろにひっくり返ります。
いままで、いろんな星を征服してきました。
その星の高等生物達は彼らを一目見るなり、恐怖におののいたものです。
まさか、状況もわからないうちに、いきなり飛びかかってくるなんて。
「わ・わたしを食おうとしましたあ。」
「く・なんて生物だ。本当にこの星で最高位の生物なのか。」
しかしかれらは、軍人です。これぐらいで怯んでいてはいけません。
今度は気を失っている麻美ちゃんにおそるおそるちかづき、ヘルメットをつけました。
「あーあー、テステス。われわれは、ミッコラ星の辺境征圧隊である。きさまら、下等な辺境星人をわれわれの支配下に置くことをここに宣言する。」
麻美ちゃんの頭にのっかっている翻訳器が、麻美ちゃんの持っている語彙のなかから、もっとも適切な言葉を探します。
かなり苦労しているらしく、5分ほどたってやっと最初の言葉がでてきました。
「わたしたちぃ、ミッコラ星のXXXXなのお。あなたたちぃ、あたまわるいひとたちをぉ、わたしたちのぉ、ぱしりにぃ、するのぉ。」
どうやら麻美ちゃん、むずかしい言葉は知らないみたいですねえ。
「通じた・・・のか?って、なんだあ。あれは!」
「やだ、うううっ。えーーーっ。」
とうとうやっちゃいました。
決して、お酒が強くない上、回りの歪んだ空間に酔ってしまい、あげちゃったんです。みのりさん。
「か、艦長、床が!」
なんてことでしょう。
みのりさんの、げろが落ちたところが、ゆっくりと解けていきます。
「ブリッジ、応答願います。何があったんですか。天井が・・・あああっ。」
「機関室、どうしたっ。機関室」
機関室では、突然解け落ちた天井から降ってきた、強力な酸が、こんどは床を溶かし始めていました。
この下には、メインケーブルが通っています。
分厚い隔壁を、バターにお湯を落としたかのように貫通した、みのりさんの「げろ」は、またたくまにこの艦の動脈をたちきってしまいました。
「ごめんなさい。ごめんなさい。汚しちゃったみたい。」
ブリッジの全員がいっせいに振り返ります。恐怖に満ちた表情で。
「大気圏につかまります!」
希薄な空気抵抗によって減速され、花咲がには大気の底にゆっくりと、しかし確実に落ちてゆきました。
「隊長、指示を、指示をー。」
6
「いってきまーす。おとなにしてるのよー。」
みのりさんのマンションは、めずらしくペットOKなので、たいていの家庭でなにかしら飼っています。
みのりさんの部屋は当然、カメレオンをはじめとしては虫類のオンパレード。
みのりさんがでかけたあと、ちゃぶ台のうえに用意された鯵の開きとご飯と味噌汁ををかみしめながら、ムグールはテレビをながめています。
自分の回りを囲んだ水槽の中に閉じ込められた連中は、うつろな目でムグールをみつめるだけ。
あの日裏山に墜落した船から、代表としてこの部屋へ連れてこられたとき、ムグールはあらためてみのりさんのちからの大きさにおどろきました。
どうみても、みのりさんより高等そうな連中が、みのりさんに逆らうそぶりもない。
それどころか喉を鳴らしてすりよってゆくのを見たとき、とんでもない相手に宣戦布告をしてしまったことに気づいたのです。
今、このときにも、後続部隊が刻刻と地球に向かってきていますから、このことを知らせたいのですが、船が大破した今、連絡する方法がありません。
修理には取りかかっているのですが、材料の精錬から行わざるを得ないため、遅々として進まないのです。
味噌汁をすすりながら、ムグールはため息をつきました。
終章
それから、1カ月後。
衛星軌道上に浮かぶ巨大な花咲きがに。
「ムグールの艦が消息をたったのは、この真下だな。」
ムグールたちを救出するため、本隊に先立ち派遣された救助艦の中。無事ならば必ず発信されている救助要請信号をさがしたのですが、みあたりません。
最後の通信に含まれていた画像データをたよりに、おおよその場所を特定した後、艦長は部下に命令しました。
「とりあえず、原住民をひとり、捕獲しろ。言語のデータがほしい。」
数分後、転送機の中に現れた生物が発する強烈な刺激臭に、艦内が満たされた頃。
「な、なんだこの臭いは。」
この時密閉されているケースからどうしてアルコールのにおいがするのか気付いていれば、あんなことは起こらずにすんだかもしれません。
すぐに送り帰すべきだったのです。
いや、よしましょう。
そのときまで銀河系最強の人種だった彼らに、そんなことを想像できるわけなかったのですから。
彼らにとって耳障りな絶叫が響きます。
「きゃあ、かわいいっー。」
みのりさんのお友達 2010年11月25日 完
銀河最強のOLみのりさんのおともだち MHR900 @MHR900
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます