極東救世主伝説/仏ょも

  <設立記念パーティーでの一幕>



「この会社を設立してから早いもんで九年。去年は色々あったが、こうしてみんなと一緒に年を越せたことを嬉しく思う。これからも社員一同、一丸となって……なんて肩っ苦しい挨拶はしねぇ!」


「「「おぉー」」」


「俺たちは生き残った! それだけで十分だ!」


「「「おぉぉ!」」」


「今年も生き延びるぞ! つーか、去年よりももっといいモノ造るぞ!」


「「「おぉぉぉ!!」」」


「今日は好きなだけ飲め! 食え! んでもって造れ!」


「「「おぉぉぉぉ!!!」」」


「四菱? 水戸立? 知らねぇなぁ! 俺が、俺たちが造るモノが最強だ!」


「「「おぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」


「これからも気張っていくぞー! 乾杯っ!」


「「「かんぱーいっっ!!!」」」


「……なんだ、この怪しげな団体が主催している自己啓発セミナーみたいなノリは」


 帰還した俺こと川上啓太を待っていたのは、国を挙げての式典……などではなく、変態共の変態共による変態共のために行われる怪しげな集会であった。

 ちなみに、冒頭の挨拶で最上さんが“会社の設立から九年経った”と言ったが、正確には“最上工業という会社から、最上重工業に名乗りを変えてから九年経過した”ということらしい。


 両社の違いは、前者が主に大企業や軍の工廠から依頼を受けて部品を造る下請け企業だったのに対し、後者は、自分たちがメインとなって機体や強化外骨格の製造を行う企業である、ということらしい。


 また一つ、使えないトリビアを得てしまった。


 それはそれとして、彼ら彼女らと違って理知的な俺が、なんでこんな頭のネジが何本も外れた連中が集う集会に参加することになったのかというと……それは今日の昼頃、壇上にて騒いでいる変態のトップと新型機の構想について語った後に唐突に告げられた一言が原因であった。


       ◆ ◆ ◆


「お、そうだ。今日は記念パーティーやるからな。お前もこい」

「はい?」


       ◆ ◆ ◆


 これである。


 もちろんパーティーが開催されるのは、彼らの仕事が終わった後。つまり俺にとっては放課後で、厳密にいえば就労時間外なわけだが、こういう場合、どれだけ急な誘いであっても「嫌です」だの「残業代は出ますか?」だのとは言ってはいけない。


 なぜなら、今の最上重工業は、コツコツと武装やら部品を造っていた去年までとは違い、他者では真似できない発想から生まれた奇想天外な新型の機体や強化外骨格の供給元として、最早欠かすことができない企業となっているからだ。


 そんな重要企業の代表者から直接お誘いを受けて断れる一兵士がいるだろうか? 

 いや、いない(反語)。


 実際、上司であるボスに「さっき最上社長から会社の設立記念パーティーに誘われたんですけど、こういうのに出席したら企業との癒着を疑われませんか?」と確認しにいったら、ボスからは諫めるどころか「問題ない。いや、むしろ参加しろ」と参加を勧められたくらいだ。

 まぁ、去年は本当に色々あったからな。

 結果的にそれを乗り越えて躍進することができたとはいえ、それらは全て最上さんたちの努力によるものであって、軍や国のおかげではない。


 むしろ、軍や国は余計な横槍を入れて最上さんたちの邪魔をしていた側だ。


 当然最上さんたちは、彼らを信用していない。

 それどころか、蛇蝎の如く嫌っている。


 だがしかし、先述したように、今や最上重工業が生産している機体や強化外骨格は国家の防衛に欠かせないモノとなってしまっている。

 特に、強化外骨格に至っては、極東ロシアを筆頭とする諸外国に対する輸出品の目玉になりつつあるそうな。

 当然、そういった目玉商品を抱える企業と仲が悪いことを諸外国に知られるのはよろしくない。


 引き抜きとか、技術の漏洩とか、そういうのを警戒しないといけなくなるからな。


 そういった理由もあり、軍や国としてはなんとか最上さんたちと関係改善を図りたいと考えているものの、今のところその取っ掛かりは見えていないとのこと。


 うん、まぁ、最上さんたちからすれば、陰に日向に嫌がらせしてきた連中が、成功した途端に手のひらを返して擦り寄ってきているわけだからな。信用も信頼もできるわけがない。


 そんな中、最上重工業の方からパーティーに誘った人間がいるとなれば、軍としては『参加しろ』と言うことはあっても『参加を見合わせろ』とは言わんだろうよ。


 たとえそれが、変態技術者でもなければ酒も飲めない子供であっても、な。


「けどなぁ。繋がりを強めるって言われてもなぁ」


 上は、変態技術者の集まりに放り込まれた幼気な子供になにを求めているのやら。


 ご機嫌取り?


 俺には賄賂を贈るだけの金があるわけでもなければ、最上さんの得になるようなナニカを進呈できる権限があるわけでもないんだぞ。

 もちろん軍から手土産的なナニカを渡されたりもしていないし。


 個人的に最上さんに媚びを売るにしたって、なぁ。

 今更そんなことをされても最上さんだって困るだろうよ。


 無理に距離を詰めるのは不可能。

 とりあえず現状維持できれば良。

 あとは上層部の頑張りに期待しましょうって感じか。


「はぁ」


 溜息しか出んわ。

 結局この場で俺にできることは、誘ってくれた最上さんの顔を潰さぬようパーティーに参加して、大人しく壁の華となり、パーティーが終わるまでチビチビとソフトドリンクを飲むだけの機械になるしかないってわけだ。


 ……そう思っていた時期が俺にもありました。


「おうおう、しけた顔してんなぁ」


 パーティーの主催者である最上さんが声をかけてくるまでは。


「いや、なんで?」

「なんでって、なんだ?」

「主催者ですよね? 来賓とかいるでしょ? 俺に構っている暇なんかないでしょ?」


 社交にはあまり詳しくはないが、最上重工業クラスの規模がある会社が行う『記念パーティー』が、頑張った社員の慰安や今後に向けた意気高揚だけを目的として行われるわけではないことくらいは知っている。


 具体的に言えば、こういうパーティーは企業として付き合いのある人や、これから付き合いたいと思っている人たちを呼んで情報の交換をしたり、商談の取っ掛かりを作ったりするための場でもあるのだ。


 それを鑑みれば、会社の顔である最上さんは一人でも多くの人と顔を合わせるべきであり、間違っても俺みたいな子供と触れ合っている暇などないはず。

 それなのになんで?


「あぁ、それか。安心しろ。この会場には身内しかいねぇよ」

「は?」


 なんて?


「これでも一応社長だからな。そんな俺が連中の近くに居たら委縮しちまうだろ? せっかくのパーティーがつまんなくなっちゃ意味がねぇ。ってなわけで、こうして適度に距離をとってやったほうが連中も気兼ねなく騒げるってわけだ」


 うん。まぁ、それが社員の方々に対する最上さんなりの気遣いだというのは分かった。

 俺に対する気遣いはないが、まぁいいだろう。

 でも、そもそもの話、身内しかいないならパーティーをやる意味が半減するのでは?

 今の最上重工業にそんな無駄を許容できる余裕があるんです?


「あ~。まぁそう思うわな。でも安心しろ。来賓とかを集めたパーティーは他の会場でしている。で、そっちに参加している客は嫁が相手してるんだよ」

「はい?」


 なんて? 


「いや、最初は俺も挨拶を終えたらそっちに行く予定だったんだ。でもな、嫁から『こっちは私に任せて、貴方は社員の皆さんを労わってあげて』って言われてなぁ」


 まぁ、確かに、頑張ってくれた社員を労わるのも社長の務めではありますけど?

 絶対にそれだけじゃないですよねぇ。


「で、奥様の本音は?」

「『貴方みたいな技術馬鹿がいたところで役に立たない……というか、邪魔! 絶対に言葉尻を捕まえられて面倒な案件を掴まされるのがわかっているんだから、こっちにはこないでよ!』って釘を刺された」

「あぁ……」


 生き馬の目を抜く社交という戦場に向かうにあたって、変態技術者の同行は利にならない、というか邪魔になると判断されたわけね。


 わかる。わかるぞ奥さん。

 貴女の判断はきっと正しい。


 で、最上さんは最上さんで『社長が役に立たないままでいられても困るから、別の会場で身内を労わるパーティーを開け』って言われて今に至る、と。


「それにな。俺たちみたいな研究畑の人間ってのは、いきなりアイディアを閃いたりするもんだ。それには時も場所も場合も関係ねぇ。あえて言えば、こういう身内で盛り上がっているときに出てきやすかったりする」

「はぁ、そうなんですか」


 変態の思考回路なんて知らんわ。


「でだ、閃いたモンが消える前に、メモったり、誰かと話す必要があるわけだが、そんなの他社の人間がいるときにやるわけにはいかねぇだろ?」

「それは、まぁ、そうですね」


 企業秘密どころの話じゃないからな。


「あとは、そうだな。俺らにとっては当たり前のことでも、違う人間が聞けば別な閃きが生まれるかもしれねぇからな。余所の連中に余計な知恵を付けるわけにもいかねぇってわけだ。そんなわけで、嫁にとっても俺にとっても、もちろん会社にとっても、こういうパーティーは会場を分けて行った方が効率的ってわけだ。わかったか?」

「なるほど、確かにそうですね」


 社員さんの慰労をしつつ、この場で交わされている話が他社の人間に聞かれないよう隔離しているってわけか。


 情報管理は重要だもんな。

 そこまでは理解した。俺も納得しよう。

 でも、それだとおかしなことが一つ。


「それなら、なんで俺はここにいるんです?」


 つまるところ、ここって変態技術者たちの集会場だろ?

 なら常識人にして、一介の機士でしかない俺は場違いなのでは?

 俺は訝しんだ。


「何言ってんだ、非常識の塊が」

「はぁ?」


 今世紀一番の罵倒を受けたんだが? 


「普通の機士は一人であんな戦果は出せないんだよ」

「あれは機体性能のお陰ですよ」


 確かに単機での結果としては異常かもしれないが、それはつまり俺が非常識なのではなくて機体性能が非常識だったってことだ。

 ……元々、上半身が人型で下半身が獣型っていう非常識の塊だったしな。


 非常識なのは機体。

 だから俺は悪くねぇ。


「もちろん俺たちの造った機体があってのことだってのは理解している。でもな、アレをあそこまで動かせたのはお前さんだけだってことも忘れちゃいけねぇ事実だろ?」

「ぐっ」

「結局のところ機体ってのは道具なんだよ。十全に使える機士がいて初めて意味を持つ。逆もまた然り、だがな」


 なんかいい感じに纏めようとしているが、俺は騙されんぞ。


「……それで、俺がこの場に居る理由は?」

「当然、新しい武装に関する意見を聞くためだ!」

「いや、それについてはもう話したでしょう?」


 まずは現状維持、改良はその後って言ったやん。

 まだ諦めてなかったのか。


「それはそれ、だ。大体、考えてもみろ。いざ新しい武装を造るってなったときに『アイディアが欠片もありません。閃くのを待ってください』じゃ話にならねぇだろ?」

「まぁ、それはそうですけど」


 草案があるなら事前に纏めていた方がいい、というか、そうするべきだってのは確かだわな。


「あとな、一番火力不足を痛感したのは俺らじゃねぇ。実際アレと戦ったお前さんだ。だったら改善案の一つや二つ思い浮かんでいるんじゃねぇのか?」

「……」


 中々痛いところを突いてきたな。

 確かに、同じ目に遭わないよう火力の強化もして欲しいとは思っている。

 そのためのアイディアがないとは言わない。

 問題は、彼らにそれを実現させることが可能かどうかわからないってことと、実現させることができたとしても、そのためにどれだけのリソースを割くことになるのかわからないってとこなんだよな。

 もし『火力不足を改善させるための武装を開発していたら、防衛戦に間に合いませんでした』では本末転倒もいいところだし。

 なので、俺としてはまずは機体の復元に専念して欲しいところなのだが。


「しゃらくせぇこと言ってんじゃねぇ! 大体、そんなことを考えるのは上の仕事であって、お前さんの仕事じゃねぇだろうが!」

「それはまぁ、確かにそうなんですけどねぇ」


 方針やらなにやらに関してはまさしくその通り。

 一山いくらのパイロットが考えることではないのは確かだわな。


「だから、ほれ! なんか意見があったら言ってみろ! っていうか、あるんだろ? 言え!」


 いつになく強い口調。

 さてはこのおっさん、酔ってるな?

 だがまぁ、火力に関しては言いたいことがないわけでもないのもまた事実なわけで。

 素人の意見だってことは向こうもわかっているから、どんな荒唐無稽なことを言っても怒られはしないだろうし。

 ……腹、括るか。


「火力に関して、なんですけど」

「おう」

「ひとまずは外付けでもいいと思いませんか?」

「外付け?」


 よく分かっていなさそうな顔をする最上さん。

 俺が気付いて彼が気付いていないのは、彼らにとって機体と武装がセットってのが念頭にあるからなんだろう。

 けどな、瞬間的な火力を出すだけなら、機体の最大の長所である成長性はいらんのよ。


「例えばなんですけど、列車砲って知ってますか?」


 それは、威力、射程共に戦車の主砲とは一線を画す戦術兵器。

 事実、第一次大戦中に造られたパリ砲と呼ばれた列車砲は、二一〇mmの砲弾を一三〇キロ飛ばすことができたという浪漫兵器。


「あー。確か一〇〇年くらい前の大戦で使われていたやつ、だったか。大口径故の威力はあるものの、砲の大きさと重さ故に砲弾の作製や装填が大変だったのと、列車という本体が必要であるが故にレールがある場所でしか使えないっていう取り回しが不便すぎて廃れた……ってそうか!」


 どうやら俺の言いたいことに気付いたようだが、一応補足しておくか。


「装填が不便? 対特大型でしか使わないなら単発でも問題ないでしょう?」


 重要なのは火力。一撃で終わる火力があればそれでいい。


「移動が不便? 据え置きなら問題ありませんね。もしくは機体を使って運ぶのもありでしょう」


 重機として使えるのも機体の特徴だし。

 なにより外付けユニットいいところは、ちゃんと造れば俺以外にも使えるってことよな。

 もちろん、この兵器自体が大型や特大型を討ち取るためのモノなので、使用者には『それなりの魔力を通せる機士に限る』って感じの条件が付くことになるだろうが、俺以外に対抗する術がないのと比べれば全然違う、はず。

 あ、これも忘れちゃいけないだ。


「重要なのは機体との連結機構でしょうか。とりあえずは追加のユニットみたいな感じで、都度機体と接続できるようにしてもらえればいいと思います」


 接続するたびに【システムに深刻な障害が生じました】なんて言われても困るんだわ。

 造るなら最初から接続することを前提として造ってほしい。


「なるほどな。それなら確かに火力は賄えるかもしれねぇ。問題は運用方法か……」


 そこもあるか。

 確かに絵面はやばい。


 だってなぁ。反動を考慮したうえでの運用方法を考えると、まず『地面に寝かせてある列車に合わせる感じで本体も寝転んで腕部分と列車を接続し、射撃体勢に入る』っていう狙撃手スタイルか、はたまた『列車を肩に担いでぼーん!』って感じしか思い浮かばねぇもの。


 どっちも色物だな。


 反動に関しては、本体とは別に特殊な脚部を造って固定することでなんとかなると思うが、次はそれをどう運搬するかって問題が生じるし。

 加えて砲の素材やら弾頭の種類やら全体の重量やらといった、技術的な問題もあるけど、そういうのは専門家に任せる。

 出された意見を吟味して無理かどうかを判断するのは、俺じゃなくて最上さんたち技術者の仕事だろ。知らんけど。


「ふむ。ふむ。弾頭はこうして、重さはこうすれば……あとは素材の調達か、そっちに関してはベトナムでの戦果があるし、脅すなりなんなりすれば……」


 なんか怪しい方向に向かい始めている気がしないでもないが、俺は意見を求められたから言っただけだぞ。何も知らんし、何も聞いていない。


「よし! イケる! イケるぞぉ!」


 どこにだよ。


「パーティーなんかやってる場合じゃねぇっ! 全員集まれ! 緊急会議だ!」


 それは、主催者としてどうなんだ? 


「「「なんすか? なんすか?」」」

「そこの変態からいいアイディアをもらったぞ! これで火力の問題は解決だ!」

「まじっすか!」

「そりゃすげぇ!」

「「「うぉーー!」」」


 ……なんかパーティーそっちのけで変態どもが騒ぎ始めたけど、これ、俺は悪くないよねぇ?


 ――後日、最上さんから無理難題を告げられたのか、ボスが頭を抱えていたような気がするが、俺は全力で何も見なかったことにしたのであった。

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