最強の鑑定士って誰のこと? ~満腹ごはんで異世界生活~/港瀬つかさ

  <今日のおやつは秋の味覚を楽しむスイーツです>



 ≪真紅の山猫スカーレット・リンクス≫にはおやつの時間というものが存在する。

 とはいえここは、初心者冒険者をトレジャーハンターに育成するクランである。毎日毎日、おやつの時間に全員が参加出来るわけではない。ただ、主に家事担当としてアジトにいる悠利ゆうりは、自分の仕事である家事をしていると夕飯の時間までに小腹が空いてしまうので、軽食を食べるおやつの時間を設けている。それに便乗して、アジトにいる面々は同じようにおやつを楽しむのだ。また、身体が資本の冒険者達なので、夕飯前に小腹が空いていることも決して少なくはない。なので、夕飯前に小腹を満たすのにおやつの時間は丁度良く、また、空腹の度合いに関係なくおやつは好評なので、おやつの時間に不在のメンバーも後で食べられるように用意されている。

 さて、そんなおやつであるが、基本的には悠利が準備する。サンドイッチを作ったときに残るパンの耳でラスクを作ったり、ジャガイモを用いたガレットを作ったり。日によっては、残ったご飯で小さなおにぎりを作ったりすることもある。他には、美味しい果物を食べやすい大きさに切るなどだ。

 勿論、お店で買ってきた品々が並ぶこともある。そして本日は、お外の品物だが購入したわけではないものがおやつとして並んでいた。

 早い話が、悠利と仲良しの大食堂≪食の楽園≫のパティシエであるルシアの新作スイーツである。≪真紅の山猫スカーレット・リンクス≫は人数が多く、好みも千差万別。年齢性別もそれなりにばらけているので、こんな風に新作の試食を頼まれることが多いのだ。

 ちなみに今回の試食のテーマは「秋の味覚」である。栗やサツマイモ、カボチャといった食材をメインに使ったスイーツがずらりと並んでいる。ルシアの力作であるそれらを、仲間達は思い思いに食べている。自分が興味を持ったスイーツを個数制限などはなく、とりあえず喧嘩にならない程度に好きに食べてもらうというスタイルだ。

 なお、食べ終えた後にはルシアに感想を伝えるという約束があるので、各々自分が何を食べたのかとその感想をそれぞれ紙に書いて提出することになっている。まあ、小難しい感想は特に求められていないので、何を食べてどう美味しかったかを答えればいいだけなのだ。一消費者としての意見を求められているだけなので。

 そんなわけで、仲間達としては珍しくて美味しいものが食べられるという程度の認識だった。わいわいがやがやと大変にぎやかで、とても楽しそうである。


「んー、サツマイモ美味しいー」


 満面の笑みを浮かべて悠利が食べているのは、サツマイモのパイだった。サクサクパリパリとしたパイ生地の食感を楽しんでいる。そのパイ生地の中には、しっとりとしたサツマイモのペーストが詰まっていた。カスタードクリームのように柔らかく仕上げられている。

 イメージとしてはスイートポテトの柔らかいものという感じだろうか。サツマイモのもつ自然な甘さを引き出すようにしてあるので、甘ったるくはない。優しい甘さという感じだ。


「栗とかサツマイモとかって、こんな風にスイーツになるんだな」

「スイーツに使うのは、何も果物に限らないからねぇ」


 感心したようなクーレッシュの言葉に、悠利はにこにこ笑顔で答えた。まさにその通りだった。

 スイーツに使う食材というと、果物を思い浮かべる面々が多いだろう。確かに、四季折々の果物を使ったスイーツは魅力的だし、大変美味しい。しかし、何もそれだけに限らない。野菜を使って美味しく仕上げるスイーツも多々あるのだ。

 そして、今回ルシアがスイーツに使用している栗、サツマイモ、カボチャの三種類に関しては、悠利にとっても馴染みのある材料だった。栗は甘露煮のように甘く煮詰めたりペーストにして使われているイメージがあるし、元々甘味のあるサツマイモとカボチャはその旨味を引き出すだけでも良い感じの仕上がりになる。


「このプリンも、カボチャの味がするのにちゃんとスイーツなんだよなぁ」


 不思議だと言いながら、クーレッシュはスプーンでカボチャプリンを小さな陶器の器から掬って食べた。滑らかに仕上げられたカボチャプリンは、鮮やかなオレンジ色をしている。普段見ている黄色いプリンとは異なり、どこからどう見てもカボチャの色だ。カボチャプリンだと示すように、飾りとして焼いたカボチャの種が二粒ほど載っている。

 生クリームなどと混ぜることで滑らかな食感を出しているらしいが、味はほぼカボチャだ。素朴な甘さに、プリンらしさを感じさせる風味が混ざって何とも言えない。食べる前は不思議に思っていたが、いざ食べてみると美味しかったのでクーレッシュのスプーンもよく進む。

 その彼の隣では、大皿に全種類のスイーツを並べたレレイがもぐもぐと一心不乱に食べていた。彼女は別にスイーツに特にこだわりがあるわけではないが、美味しいものが大好きでお腹いっぱい食べたいタイプのお嬢さんなので、こんなことになっている。大丈夫です。ちゃんと全員分行き渡っているので喧嘩にはなりません。

 豪快に食べるレレイを見ているとお腹がいっぱいになるので、悠利はくるりと身体の向きを変えて他の仲間達の様子を窺った。あちらこちらで、美味しいという声が上がっている。

 見習い組の四人はどれが美味しい、どっちが美味しいなどと言い合いながらスイーツを堪能していた。ウルグスは大きく口を開けてばくばくとサツマイモのパイを食べているし、ヤックはカボチャプリンの上のカボチャの種を楽しそうに食べている。カミールはシンプルなスイートポテトを満足そうに頬張っており、マグは栗の甘露煮が載った栗のムースをちまちまと食べていた。


「パイの中身より、スイートポテトの方がどっしりした感じがするなー。こっちのがサツマイモが多いとか?」

「あぁ、それはあるかもな。こっちはクリームっぽいもんな」

「まぁ、どっちも美味いんだけど」

「確かに」


 カミールの言葉に、ウルグスは大真面目な顔で頷いた。しっとり滑らかなサツマイモペーストのパイも、滑らかでありながらも腹持ちが良いスイートポテトも、どちらも大変美味しい。サツマイモってスイーツにしても美味いんだなぁ、と二人はしみじみと思っていた。

 カリカリとカボチャの種を噛んで楽しんでいたヤックは、妙にちまちま食べているマグに不思議そうに問いかけた。


「マグ、何でそんなにちょっとずつ食べてるの?」

「……美味」

「え、うん、美味しいのは解るんだけど……」


 美味しいのなら、普通に食べれば良いのでは? と思ったヤック。しかしマグはいつも通りの淡々とした表情と口調で、「美味」と答えるだけだった。スプーンの先端にちょっとずつ栗のムースを載せては口へと運んでいる。堪能しているのは解るが、奇妙な姿である。


「どうせ、お代わり用の栗のムース確保出来なかったから、ちまちま食ってんだろ」

「あ、そういう理由なんだ。なるほど」

「割と解りやすいしなぁ、こいつ」

「……煩い」

「何で今ので俺を殴るんだよ!」


 ウルグスはそうだと認めていないが、通訳担当としての仕事を果たすようにマグの状況を説明したのだが、一言余計だったのか隣に座るマグに背中を思いっきり殴られていた。小柄なマグだが容赦のない一撃だったので結構痛かったらしく、すぐさまウルグスが怒鳴る。

 しかし怒鳴るウルグスをマグは無視した。ツッコミを入れたらそれで満足したのか、栗のムースを堪能する方に戻っている。「お前なぁ……」と顔を引きつらせるウルグスにも我関せず、という態度である。そんな見習い組の年長組を、いつも通りだなぁと言いたげな顔で眺めるカミールとヤックだった。


「何であのメンツは静かに食べられないんだろうね」

「あはは……。仲が良いってことですよ」

「仲が良いのと騒々しいのは別だと思うけど」


 騒いでいる見習い組について一刀両断するアロールに、ロイリスは困ったように笑ってフォローを入れる。しかし、クールな十歳児はそんなロイリスのフォローにも容赦がなかった。まぁ、彼女が厳しい判定を下すのはいつものことだ。これもある意味いつも通りのやりとりである。

 小食組のアロールとロイリスは美味しそうなスイーツといえども複数を食べることなど出来ないので、各々一番食べたいと思ったものを選んでいる。アロールが選んだのは栗のペーストと刻んだ栗の甘露煮が載ったミニタルトで、ロイリスが選んだのはスポンジケーキにカボチャのペーストを挟んだものだ。

 栗のミニタルトは、仄かな甘みが魅力的な栗のペーストをたっぷりと載せただけでなく、ペーストに刻んだ栗の甘露煮が混ぜ込まれている。飾りのように上に散らされている分も含めて、それなりの数だ。どこを食べても、ほっくりとした栗の食感を楽しむことが出来る。フォークでさくりと切ることが出来るタルト生地もまた、バターと小麦の優しい風味で口の中を満たしてくれる。

 解りやすい砂糖の甘さというものはないが、ほんのりと感じる甘みは何となく落ち着く気持ちにさせられる。後味もあっさりとしており、小食のアロールでも問題なく食べられるのが良いところだ。

 ロイリスはふわふわとしたスポンジケーキとカボチャペーストの調和を堪能していた。このペーストはどちらかというとクリームのように柔らかく仕上げられている。アクセントとして刻んだカボチャの種が入っているので、まるで砕いたナッツを混ぜたクリームのような食感も楽しめる。

 カボチャの甘味に生クリームのコクと旨味が混ざったペーストは、スポンジ生地のふわふわとした食感によく合っていた。生地もカボチャのペーストもどちらも甘いのだが、種類の違う二つの甘さが口の中で混ざって美味しさのハーモニーを奏でている。


「いつもの果物を使ってるスイーツも美味しいけど、こういうのも良いね」

「甘さが少し控えめな感じも、食べていてあまりお腹が膨れないので良いですね」

「そうだね。……カボチャってお腹膨れそうだけど、大丈夫?」

「はい。こちらはペーストが挟まっている感じだったので。……ミリーが食べているタルトやパイの方がお腹は膨れると思います」

「あー……」


 アロールの問いかけに、ロイリスは笑って答えた。その返答に、アロールはちらりと視線を向かいに座る少女に向けて、ちょっと遠い目をした。

 ミリーことミルレインは、サツマイモやカボチャを使ったスイーツを幾つか食べていた。全体的にボリュームの少ない栗を使ったものをあえて避けた上に、サツマイモとカボチャを使ったものの中でもボリュームのありそうなものを選んでいる。腹ごしらえをしていると思しき姿であった。


「……いくらおやつの時間だからって、そんなに幾つも食べて平気なわけ?」

「これは補給だから問題ない」

「補給って……」


 ミルレインはきっぱりはっきりと言い切った。問いかけたアロールが呆れたような顔になるが、ミルレインの隣に座るロイリスは納得したようにうんうんと頷いていた。職人コンビと呼ばれる関係のロイリスには、ミルレインの言いたいことがよく解ったのだ。常日頃から交流があるので。


「アロール、ミリーは夕飯までの間に鋼を打ちに工房に行くんですよ」

「……あ、今日は工房に行く日だったんだ」

「いや。時間が出来たから、自習で鋼を打とうかと思って」

「そっちか。……まぁ、それならいっぱい食べてるのも納得、かな」

「鍛冶士は身体が資本だからな」


 大真面目な顔で言い切るミルレイン。確かに、鋼を打つ鍛冶士は体力勝負である。夕飯までもつようにしっかりと食べるというのは、間違っていないのだろう。そのため彼女は、腹持ちの良さそうなサツマイモやカボチャのスイーツを選んでいたのだ。

 おやつなんだから好きに食べれば良いのにと思ったアロールだが、どちらかというと肉体派に属するミルレインには彼女なりの理由があるのだろうと理解して、何も言わなかった。≪真紅の山猫スカーレット・リンクス≫には色々な仲間達がいるので、最善もそれぞれで違うのだ。

 そんな中、それまで一心不乱にスイーツを食べていたレレイが、バッと顔を上げた。そして、叫ぶ。


「解った! ラジでも大丈夫なやつは、この栗のミニタルト!」

「お前はいきなり叫ぶんじゃない。……ラジー、ご指名だぞー」

「……何の話だ?」


 レレイにツッコミを入れたクーレッシュは、飲み物を取りに来たらしいラジに声をかける。今日のおやつはルシアのスイーツの試食だと聞いていたラジは、食堂からさっさと離れようとしていた。彼は甘いものが苦手で、クリームや砂糖を使った系統の甘ったるい匂いだけでも胸焼けを覚えてしまうのだ。

 とはいえ、呼ばれたならば無視をするわけにもいかず、悠利達の座るテーブルへとやって来る。ラジの顔を見たレレイは、満面の笑みを浮かべて大皿で持ってきていた栗のミニタルトを示した。


「あのね、これは甘露煮がちょっと甘いかもだけど、殆ど栗の味だから、多分ラジでも食べられると思うよ」

「……は?」

「サツマイモやカボチャは結構甘い仕上がりなんだよねー。全部食べてみたけど、これが一番甘くなかった! だから、一口食べて大丈夫そうならそのまま食べて。無理ならあたしが食べるから」


 にぱっと満面の笑みを浮かべるレレイ。ラジは思わず呆気に取られた顔で彼女を見ていた。悠利とクーレッシュは、全種類を制覇していたのにはそんな理由があったのか、と驚いている。単純に自分が食べたいからだけで食べていたわけではないらしい。

 レレイの主張はこうだった。ラジは甘いものが苦手だが、全てのスイーツが食べられないわけではない。甘さ控えめのものならばちゃんと美味しく感じることが出来る。ならば、今日の試作品のスイーツの中にもラジが食べられるものが一つはあるに違いないと思ったのだ。

 美味しいものは皆で一緒に食べたいよね! というのがレレイの考えらしい。その心遣いを無駄にするわけにもいかず、皿に載せられた栗のミニタルトを受け取ると席に着き、ラジは恐る恐るフォークで切った。……一口分が随分と小さいが、そこは仕方あるまい。一気に食べて、甘さで悶絶するのは避けたいのだ。

 意を決して、栗のミニタルトを一口食べるラジ。タルト生地のさっくりとした食感と、栗のペーストの滑らかな食感が口の中で交わる。刻んで混ぜられた栗の甘露煮の食感はアクセントになっているが、ペーストの方が多いので味はそちらに引っ張られている。つまりは、そこまで甘くはない。

 ラジは砂糖やクリームの甘さが苦手なのであって、果物の甘さなどは平気なタイプだ。なので、栗の仄かな甘味を主体に調整されたこの栗のミニタルトは、彼でも問題なく食べることが出来た。ごくりと飲み込んでから、口を開く。


「……うん、これなら確かに、僕でも食べられるな」

「でしょ? じゃあ、それは全部ラジが食べてね。あ、途中でダメだと思ったら言ってね!」


 そう告げて、レレイは再びスイーツへと手を伸ばす。どれもこれも美味しいと言いながら食べている彼女は、実に幸せそうだった。


「ラジ、それが食べられるのは解ったけど、ここで食べてて平気?」

「気遣いありがとう。あっちの方には近づきたくないけど、このテーブルなら平気だ」

「そっか。それじゃ、ラジも感想よろしくね」

「了解だ」


 匂いで胸焼けするラジを心配した悠利の言葉に、ラジは笑って答えた。その返答を聞いて、一安心だと思った悠利だった。

 ちなみに、ラジが「あっちの方」と示したのは、ヘルミーネとブルックの二人が陣取るテーブルだった。テーブルの上に置かれたスイーツの数が尋常ではない。全種類置かれているのは当然として、その個数が割と色々と有り得なかった。

 しかし、そこにいるのは甘味同盟とも呼ぶべき、≪真紅の山猫スカーレット・リンクス≫でも群を抜く甘味大好きなコンビである。普通の食事は小食ながらスイーツは別腹で倍以上の許容量を誇るヘルミーネと、そもそも胃袋の大きさが規格外なブルックの二人だ。ルシアのスイーツの大ファンでもある彼らは、試作品の試食という大任に張り切っていた。

 張り切っている二人なので、表情は真剣だった。自分達の感想で、店頭に並ぶ商品が変わるかもしれないからだ。全てのスイーツをこよなく愛する彼らにとっては、責任重大な役目なのである。

 ……あまりにも真剣すぎて、見ているだけでお腹がいっぱいになりそうな食べっぷりに、仲間達はあのテーブルには近づかないでおこうと言わんばかりの態度であった。触らぬ神に祟りなしに近いのかもしれない。

 そんな甘味同盟のテーブルを眺めながら、悠利は一言呟いた。


「あの二人、仕事のときより真剣な顔してるんじゃ……?」

「ユーリ、黙ってろ」

「ユーリ、それは言うな」

「あ、うん。解った」


 すかさずクーレッシュとラジからツッコミが飛んだ。言わぬが花、ということなのかもしれないと考えて、悠利は大人しく口をつぐんだ。

 とりあえず自分も美味しいスイーツを堪能しようと、スプーンを動かす。口の中に広がる幸せの味に、思わず相好を崩してしまう。やはり美味しいものは気持ちを晴れやかにしてくれるなぁ、と思いながら。




 ルシアの試作品の秋スイーツは≪真紅の山猫スカーレット・リンクス≫の仲間達に好評で、彼らの提出した感想はルシアに大変喜ばれた。そして、その中の幾つかは正式に商品として販売されることになりました。発売されたら買いに行こうと思う悠利なのでした。

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