水魔法ぐらいしか取り柄がないけど現代知識があれば充分だよね?/mono-zo

  <ミリーと算数だフリムちゃん!>



「9の次が10なんだよね?」

「はい、桁が一つ上がりますね」

「桁? 9まで続いて……10?」

「そうですね。9まで続いた数が10になります。その次が11、2、13と……えぇと10に1、2、3と数が増えていくことになります」

「んー……??」


 アーダルム先生の授業のあと、クラスメイトたちと勉強会を開くことになった。


 私が伯爵であることを知ってか知らずか年上のお姉さんことミリーは結構ぐいぐい親しくしてくれて助かる。

 たまにグイグイ来すぎてそれを見ている周囲から悲鳴が上がりそうになってるのを見たことがあるが私はむしろ周囲に安全な生き物であると分かってもらえそうだしとても助かる。魔法で怖がらせてしまった部分もあるっぽいし……わたしはわるいきぞくじゃないよー?


「数字ってむずかしいね」

「そうですね。まずはこれはこういうものだってわからないと難しいですよね」

「うんー……あ! 14の次に21かな!?」

「ちがいます。間違える人多いですよねー」


 ミリーはこのクラスではお姉さんのほうだが算数が苦手らしい。そもそも計算ということを行ったことがないそうだ。


 平民だが勉学が出来るから入学したわけではなく、どこかの貴族様の命令で入学が決まったそうで勉強はできない。これまで勉強に触れたこともなかったようだ。


 それにあれ、貨幣が悪い。他の生徒も同じところでつまづくのだが、貨幣の交換レートが一定ではない。銀貨1枚と交換できる銅貨の枚数が10枚ではなく「おおよそ14枚」となる。……日本のように「10円玉を10枚集めて100円1枚分!」となるわけではない。


 基本的には銅貨14枚で銀貨1枚になるが ……銅貨も欠けてたりすると15枚になったり、別の国のものなら12枚など、流通している貨幣も種類が多くあるからなおのこと問題を複雑にする。

 領地によっても交換レートが違う場合もあって数字に初めて触れる学生は繰り上がりが違っていて混乱する人が多い。


 宝石などで換算される場合もある。問題でも「その宝石がいくらからいくらで取引されるのが通常である。急ぎの用があったため安く買い叩かれた場合はいくらほどになるか?」なんて大体でしか答えられないような問題まである。


 ――――算数は難易度が高いのだ。


「難しいよぉ、あ、また折れちゃった」

「どうぞ、新作です」

「ありがとーフリムぅぅうう」


 天真爛漫なおねーさん、ミリーはよくペンを折ってしまう。体育の授業でもとんでもなく速く走っていたし身体能力がすごいのかもしれない。……木製の柄の部分が指の形にくっきり凹んでいたのは本当に驚いた。


「どっちの手で書くのも難しかったよぉ」

「慣れればどっちの手でも良いんですけどね」

「今まで『物を書く』なんてしてこなかったから、みんな簡単に書けてるの凄いよ」

「いや、ミリーの力が凄いだけな気が……いえ、なんでもないです」


 ミリーにはうちで開発中のペンを渡して使ってもらっている。

 高位貴族として周囲の人間に物を配ったり、食事を奢ったり、寄付をする。これぐらいはこの国では常識だそうだ。

 私としてはミリーは友人だし、手の届く範囲でサポートしてあげようと考えている。

 ミリーはペンをポキポキ折ってしまうが本当に申し訳なさそうにする。悪気がないのなら問題はない。


 それはそれとしてミリーはどちらの手で書くとペンを折りにくいのかを試しているようだった。


「計算って難しいよぉ!!」

「まぁまぁ」

「…………フリムが書いてるのって何? そこに計算の秘密があったりする?」

「アラビア数字って言って……あー、私独自の数字ですね。この方が個人的に計算しやすいので」

「教えて!」

「良いですよー、でもこちらの計算をしてからにしてみましょうか?」

「うんっ!」


 先生の計算の授業のやり方が「口頭で問題を出す」という性質上、 数字に触れたばかりの初心者には難しいのかもしれない。


 文字を早く書く訓練になると思うが記憶力との戦いになるし、計算自体もしなくてはならない。「問題を聞き取る能力」に「聞き取った内容を書き出す能力」そして「計算する能力」が必要である。


 ミリーにとっては文字を書くのも初めてなので結果として計算結果はボロボロである。これで素行まで悪かったら別の教室で勉強することになるらしい。


「これ良いね! ありがとう!」


 算数の問題をこちらでササッと数枚作って渡していく。

 簡単な計算式での問題を多めに、ちょっとだけ難易度を上げた文章問題、複雑な文章問題。計算が算数として簡単な問題ばかりではなく身近にあるもので例えて問題を作っていく。


「ほぉ、良い問題だ。こういう形式の計算を俺はしないが、こういうやり方を好む講師もいるからな……」


 アーダルム先生がやってきて、私の作った問題をのぞき込んでいる。


「なら使ってみますか? ここをこうして……」


 作った問題用紙に氏名と点数を記入できる欄を書き足す。

 アーダルム先生には前世では当たり前だった様式を見せてみた。


「なぜ名前を書くんだ? 点数?」

「生徒にたくさん作った問題を配ると『誰がこの回答を書いたか、この段階の問題に対して生徒がどれほどの理解をしているか』を 講師側は管理しやすくなります」

「ほぉ! わかりやすいな! 紙を使うのは高く付くし、口頭出題は覚える能力も鍛えられるのだが……。それにわざわざ問題に番号を付ける意味は? ここの何も書いてない部分は?」

「番号は問題を講師が解説するときに『この番号の問題では~』といえばわかりやすくなります。似たような問題があると講師と生徒側でどの問題について話をしているかわからなくなることを 防ぐ事もできます。空いている部分は生徒がどう計算したのか書いても良い空白です。生徒によっては思いもしない計算の仕方をする子もいるのでどう考えて問題を解いていたのかを見ることが出来ます。講師が採点するときに『ここの回答はこうでここの考え方で間違っていたね』とか『よく頑張った』とか一言書き記すことも出来ます」


 片手を顎に当て、もう片手に問題用紙を持ち熱心に問題を見つめるアーダルム先生。


「なるほど……貴族の個別教育では課題を出すのにこのような方法もあるのか? 聞いたこともないが――――――…………少し借りても良いかね?」

「どうぞ」

「試しに生徒にやらせてみよう」

「いいですね!」


 アーダルム先生は講師というよりも研究者であり、人に教えることを専門とはしていない。

 簡単なプリントだが、何かしらの利点を見出したのかもしれない。


「えっと、私はこれをやってもいいの……かな?」


 ミリーの勉強を見ていたはずなのに、ミリーを放置して話をしてしまった 。


「ミリアくん、フリムくんは計算についてはとてもいい講師でもある。よく教わると良い。…………おっと、フリムくんが良ければの話だが」


 問題を見ながらブツブツと「こういうものさえ作っておけば講義は半分自分の研究に……」などとつぶやいているアーダルム先生。なにか良くないことを教えてしまった気がしないでもない。


「フリムが良ければ、お願いしても良い……かな?」


 少し遠慮気味に聞いてくるミリー。彼女も色々気にかけてくれているし何も気にすることはないというのに……。


「もちろんですっ!!」

「ありがとう! フリム大好き!」

「私も大好きですよ!」


 身分や年齢に差はあっても……やはり友達とは良いものだな。――――――ちょっとハグする力は強いが。

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