捨てられ聖女の異世界ごはん旅 隠れスキルでキャンピングカーを召喚しました/米織
※本SSは『捨てられ聖女の異世界ごはん旅』と『見捨てられた生贄令嬢は専用スキル「お取り寄せ」で邪竜を餌付けする』のコラボSSです。
<料理番殿、謎の部屋にご用心~美味なるパエリアを夢に求めて~>
「まったく……このような場所に我を閉じ込めて、いったい何をしたいというのだ……!」
「落ち着いてくださいませ、アルク様。そんなに怒っても、状況が好転するわけではありませんわ」
『そうだぜぇ、
私たちの前で気炎を上げる〝どこからどう見ても人外でござい〟って感じの黒髪有角の兄さんと、江戸っ子口調の真っ赤なトカゲちゃんを抱えるすらりとした華奢な身体つきの銀髪美少女。
全く知らない顔ぶれだけど、何か危険なものがあったり敵が出たらアラートで知らせてくれる
ってことは、あちらさんがいきなり攻撃を仕掛けてくることはなさそう、と考えていいんだろう。
「部屋が気になるのはわかるが、あまり前に出るな、リン」
「そうそう。室内とはいえ、何があるかわかんないんだからさ」
「万が一、トラップでもあったら大変ですからね」
部屋の中が見たくて身体を動かす私を、パーティメンバー総出で止めにかかる。危険はなさそうという旨は伝えてはあるんだけど……完全に警戒を解く気にはなれないんだろうね。
私を囲む【
でもまぁ、それも無理はないか。
目が覚めたら見知らぬ場所にいた上、見覚えのない面々と睨み合うハメになってるって……なかなかない事態だと思わない?
向こうの事情は分からないけど、ウチの場合は皆と一緒にご飯を食べて、そのままリビングで雑魚寝してたはずだもんね。
それが、起きたら
クソッッ……いったいどこの愉悦部員の仕業なんだ!?
正気度判定とか必要そうですか?
それでも、スキル・
私に関しては興奮しきった脳みそが少しずつ落ち着きを取り戻してきてるのが、幸いと言えば幸いかな。
「しっかし……本当に何なんでしょうね、ココ……」
『さーあ? でも、どこにいたって、
「俺にもいっこうに見当がつかん。このまま殺し合え、とかいう話にならないことを祈るがな」
思わず口から漏れた私の呟きを、ごまみそとヴィルさんが拾ってくれる。
ついでに言うなら、こんな状況でものんきなごまみそが癒しだよ、うん。
抱っこをねだるごまみそを抱えあげつつ、それぞれの顔を盗み見てみると……ここにいる全員が全員、何が起きてんのかよくわかってない顔をしてるなぁ。
「あ、あのぅ……とりあえず、私たちとしては積極的に争いたいわけではないので、少し話し合いをしたいんですけども……」
〝攻撃の意志はない〟と示すがごとく諸手を上げつつ、恐る恐る人外兄さんチームに声をかけてみた。
ヴィルさんが〝危ないぞ!〟っていう目でこちらを見るけど、こうしてお互いに睨み合ったまんまじゃどうしようもないじゃないですかー!
日常に戻るために、一刻も早くこの
それに、この部屋。ぱっと見は机も椅子もなければ窓とかもないんだけど、人外兄さんチームがいる奥に何かあるように見えるんだよね。
だから、一度部屋の中を大々的に調べてみたい気持ちはあるんだけど……。
一触即発みたいな雰囲気が残ってるせいで「そこどいて調べさせてー」と気軽に言えないなー、って。
だからこそ、この緊張感を刺激しないように、非戦闘員である私が声をかけてみたんだよー。
武装してるメンバーが話しかけるよりは警戒されなくて済むかなーと思ってさ。
「良かろう。我らとしても
どうやらその予想は当たってたみたいだ。さっき口を開いてから女の子を背に庇ったまま黙りっぱなしだった人外兄さんが、尊大に腕組みをしたまま頷いてくれる。
……いやぁ……それにしてもこの
こりゃあヴィルさんと相性悪そうだわ。
実際、あの人外兄さんが喋るたび、ピリピリと張り詰めた空気がヴィルさんの方から漂ってくるし。
あわや一触即発か、と思われた、その時。
「もう! そんな風な言い様をしてはいけませんわよ、アルク様。もう少し柔らかな言い方をなさってくださいまし!」
『お嬢の言うとおりだぜぇ! ってか、ご隠居にも言葉遣いに気をつけろって、しょっちゅう言われてただろぉ?』
「………………えぇい! どいつもこいつもノームのような言いようをしおって……!」
柔らかな声とともに、人外兄さんの後ろから赤トカゲを抱えた女の子がひょっこりと顔を覗かせた。
途端に苦虫を噛みつぶしたような顔になった人外兄さんを、女の子と赤トカゲがアレコレと
この二人がどんな関係なのかはわかんないけど、けっこう仲が良さそうだ。
女の子の方は人外兄さんに敬語こそ使ってるけど親しげな感じだし、人外兄さんもまんざらではなさそうだし……。
というか、人外兄さんの方が若干尻に敷かれてる感じがするのは気のせいなんだろうか?
それにしても、女の子の方はアレだね!
柔らかく波打つ銀髪と、すらりとした華奢な身体つき。ついでに言うなら仕草の一つ一つが気品に溢れてて……。
なんかもう〝お嬢様~~!〟って感じ!
育ちの良さがひしひしと伝わってくるよぅ!
「それに、先ほど部屋の隅で見つけたこの二枚の紙……何か書いてあるのですけど、
困ったように笑う美少女がその手元でひらつかせるのは、古色蒼然とした一枚の紙きれ……。
人外兄さんの庇護から抜け出した美少女ちゃんが、カツカツと私たちに近づいてくる。
……といっても、何かあったらすぐに人外兄さんの背中に逃げ込める距離だ。
なかなかに上手いものだと思う。
「どうぞ、ご覧になって?」
「ん……遠慮なく……」
美少女ちゃんが促してくれたのを皮切りに、アリアさんが一歩も動くことなくその紙をこちらに引き寄せてくれた。
粘着性の糸を使ったんだってさ!
切ってよし、絡め取ってよし、くっ付けてよし……。
いまさらながら、アリアさんの糸ってめちゃくちゃに便利ですねぇ……。
そんなことを頭の片隅で思いつつ、円陣を書くようにみんなで頭を寄せ合ってその紙に目を落とす。
「えーと……んん、ん……?」
こちらの世界の文字なら、〝何が書いてあるのかわかんないのに何故か内容が理解できる〟っていう謎現象が発現するんだけど……今回は全く分からないまま。
かといって、あっちの美少女ちゃんも読めなかったってことは、向こうさまの方で使われてる文字ってわけでもないんだろう。
「だいぶ古い文字が使われていますね。一枚目は『九つの
「んあ~~~!
いろいろな考えが頭を
セノンさんが古いと言うだけあって、言葉の意味も言い回しもかなり独特だ。
完全に理解できたわけじゃないけど、アイテムに何らかの手を加えたものでお祝いするとミッションクリア扱いになる、っていうのは何となくわかる。
まぁね。これもTRPGでよくあるギミックですよね!
「〝
「さて……どこかで聞いたことがあるような気はするのですが……」
「理をはかるというのもわからんな……なにをどうしろというんだ?」
「ごまちゃん、野性の勘で、なにかわかること……ある?」
『
「うん。おみそはちょっと黙っておこうか」
メンバーみんなであーでもないこーでもないと頭を突き合わせてる最中、アリアさんがごまみその頭をもすもすと掻きながら小首を傾げる。
それに対するごまみその返答は、全く持ってアレでナニだ。
猫の手も借りたいとはよく聞くけど、今みたいな議題の時はごまみその手は借りなくてもいいかな、うん。
今後、〝自己肯定感高い系従魔コンテスト〟とかが開催された時に頑張ってもらうことにしよう。
……といっても、そんなのあるかわかんないし、むしろ〝あってたまるか!〟って気持ちの方が強いけど……。
「
「あ、りがとう、ございます……それが真実だとすると、取れる行動はかなり限定されてきますね」
うむ。冷静になった今なら、渋くていいお声をしてるなー、って思えるわ。
相も変わらず腕組みをしたままの不遜な感じだけど、もしやかなりの物知りキャラだったりする?
人外兄さんの言ってることが正解だとしたら、セノンさんの言う通りやれる行為は限られてくる。
食べ物を前にやることなんて、それを食べるか、もしくは……。
「
指折り言葉を上げていくうちに、頭に文字が閃いた。
【
それは、すなわち……。
「りょうり……食材を使って、何か作れってこと!?」
だいぶヒントを与えられたけど、〝
ついでに言うなら、『九つの
それに、〝
……まぁ、問題があるとすれば……。
「料理しろ、と言われても……材料なんてあるか?」
「おなべとかも、ない……」
「どっかで探して来い、ってこと? でも、この部屋に出入口なんてないじゃん!」
苦虫を噛みつぶしたような顔のヴィルさんや困惑した様子のアリアさんが呟いた通り、この部屋には料理に使えそうなものがな~~~~んにもないってこと。
こんな状況で、いったいどうやってミッションを遂行しろっていうんだ!? エドさんが頭を抱える気分もわかるよー!
え、なに? 壁を物理でぶち破ってでも材料を探して来いとでも言うわけ!?
「うぅん……
「……妙な場所ではあるが、室内ではあるからな……」
「あー、もう! 材料と調理器具があれば、料理なんていくらでもするのにー!」
私が持つもう一つのスキル、超万能キャンピングカーを召喚する〝
さっきからここに呼び出そうとはしてるんだけど、スキルが反応してくれる感じがない。
まぁ、もともと屋外限定で使えるスキルだから、しょうがないって言ったらしょうがないんだけどもさ……。
せめてこの部屋がダンジョン扱いだったらなぁ! それなら、スキルが反応してくれた可能性もあったのに……。
「あの……そういうことでしたら、
「……え?」
困難の壁に再度ぶち当たって呻く我々に与えられた
人外兄さんだけでなく、美少女ちゃんもこの問題を解決するためのキーマンだったか!
「ああ。ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私、フランチェスカと申します。気軽に〝フラン〟とお呼びくださいませ」
「あ、どうも……リンと申しますです……」
にこやかに名乗ってくれた美少女ちゃん……フラン嬢に対する私の返事は、なんともぎこちないもので……。
でも、それも仕方なくない?
ふんわり広がる膝丈スカートの裾を摘まんで優雅にお辞儀する美少女相手に、気後れするなっていう方が無理じゃない?
世が世なら〝様〟付けで呼ばれてるであろう高貴そうな女の子に、どう対応すればいいのかなんてわかんないよぅ!
「ふ、ふふ! そう緊張なさらないでください。今ではただの〝フラン〟なんですもの」
「あ、はい……ありがとうございます……」
平静を
……ってか、〝今ではただのフラン〟って……絶対に昔は偉かった子じゃんかー!
それでも、本人が〝いい〟と言ってくれてるんだから、ここで変に気張ってまた気を遣わすようなことをしちゃあかんよな……。
……びーくーる……びーくーる!
「え、えーと……それはともかくとして……〝力になれる〟っていうのは?」
「詳しい事情はお伝え出来ませんけど、私、食材や調理器具をご用意できますの。その代わり、調理の方はさっぱりで……」
「なんと! それは脱出に向けての大きな一歩だー!」
平常心を意識しつつ不思議に思ったことを尋ねると、若干濁しながらも大事なことを教えてくれた。
食材や調理器具を用意できるけど料理はできないフラン嬢と、料理はできるけど今回に限っては食材と調理器具が用意できない私。
〝脱出〟という目標を達成するための相性はかなり良さそうだな。
……正直に言うと、〝詳しい事情〟とやらも気になるけど……そこを突くのはアカンことだと私にだってわかる。
人間だれしも、秘密にしておきたいことの一つや二つあるもんよ。
「それじゃあ、お言葉に甘えて食材とか出してもらおうかな!」
「ええ、お任せください!」
なにはともあれ、まずはこの部屋を出なくちゃいけないし。
ちょっと厚かましいような気もするけど、ここはドーンと頼ってしまいましょう!
その分、美味しいご飯が作れるように努力しますので、そこは許して頂きたいと……。
「ちなみに……何を作るか決まっておりますの?」
「うーん。〝寿げ〟って言われてるから、お祝いっぽくしようと思って。アクア・パッツァ風パエリアにしようかなー、と」
これだと色味も華やかだし、食材数も稼げるし!
そして何より尾頭付きの魚を使えば、お祝い感も演出できるでしょ!
「アクア・パッツァ! このまえつくってくれた、美味しいヤツ!」
挙げた料理名にまっさきに反応したのはアリアさんだった。
拠点が港町にあるからアクア・パッツァはよく作るんだけど、ソレがお気に召してるらしい。
氷色の瞳をキラキラさせて喜んでる。
他のメンバーも……みんな嬉しそうにしてるようだし、異論はなさそうかな。
「あの、ぱえりあ、というのは……?」
「えーっと……洋風スープで炊き上げる具沢山お米料理? 魚とかお肉とか野菜とか、色んな具材のヤツがあるみたいだよ」
「なる、ほど……そんな料理もあるんですのね。
フランちゃんも、最初こそ不思議そうな顔をしてたけど、どうやら納得してくれたみたい。
そのついでにポロリと零れ落ちた謎の人名らしきものには、突っ込まないでおこう……。
人外兄さんも反対してこないし……それじゃあさっそく調理に取り掛かろうかな!
「えーっと、それじゃ……必要な食材数は九個……お米と、尾頭付きの魚、アサリ、イカ、エビ、トマト、玉ねぎ、パプリカ、ニンニク……ってところかな?」
「おかしらつき、というのは……? ……ああ、なるほど。丸のままのお魚のことなのね! この、〝
「予算が許すようなら、是非! 鯛ならお祝い感がいっそう出るし!」
私に背を向けて、何やらごそごそしているフラン嬢。
これがきっと〝詳しいことは言えない〟の部分なんだろう。一人のはずなのに、誰かと会話してるような感じがするのも、きっとそこに含まれるはず……!
というか、含まれてて!
フランちゃんにしか見えない誰がこの場にいるとか……怪談の季節はもう終わっていましてよ!
「いろいろと任せてしまってすまないな、リン」
「いえいえ。話してみたら、あっちのフランちゃんもいい子ですしね。それに、料理が出来たらこの状況も変わるかも、と思えば苦じゃないですよ!」
材料到着待ちの私に、申し訳なさそうな顔のヴィルさんが頭を下げてきた。
そんなに気にしなくてもいいのに……相も変わらず気遣いの人だなぁ。
「そうか。俺たちは二枚目の紙に書かれていることの解読を進めようと思ってるんだ。このまま任せてしまって大丈夫か?」
「勿論です! 私は解析とかで力になれそうにないので、その分料理を頑張ろうと思います!」
話を聞く限り、ヴィルさんたちはヴィルさん達で大変そうだし……。そこはあれですよ! 適材適所ってやつです!
なので、どうか気にしないでほしい旨を伝えると、多少気が緩んだんだろう。ヴィルさんの雰囲気が緩む。
「それじゃあ、美味い食事にありつけるよう、こちらも頑張ることにするか」
「脱出目指して頑張りましょうね!」
拳と拳をゴツンとぶつけあい、私たちはそれぞれの作業に戻ることになった。
あちらはあちらで、
私も、私の仕事をするとしましょうかね!
「リンさん、リンさん。材料と器具のお取り寄せ、できましたわ」
向き直った私の目に飛び込んできたのは、丸々と太った立派な鯛一匹と、瑞々しく艶めかしいトマトちゃん。
その他の材料も、ぱっと見でわかるほどお高そうな物ばっかりだ。
調理器具の方も、包丁にまな板、フライパンetc……。これだけあれば調理が始められそうなものが揃ってる。
フランちゃん曰く、「初心者セット、というものを取り寄せましたの!」とのこと。
「うわー! これは絶対美味しいヤツ! 調理器具も……これだけあればなんとかなるかな?」
「仰っていたものはご用意できたようですけど……他に必要なものはございまして?」
「えーっと……調味料……ハーブ塩的なものと、コショウ、オリーブオイル……白ワインも調味料扱いってことで許してもらおうかな? あ! あと、水とコンソメ……携帯用のガスコンロも!」
他に必要そうなものをフラン嬢に伝えつつ、これからの調理工程をもう一度頭の中で組み立てておく。
盛り付け用のお皿も用意してもらおうかとも考えたけど、神様への捧げものだしね。
見栄え重視で、フライパンのままドーンと出しちゃうか!
『火を扱うんなら、オレに任せてくんなぁ! いい仕事してみせるぜ!』
「え、あ……おねがい、します……?」
『あんなー、
「ごまみそは……そう、だね…………うん。出来そうなこと考えておくわ……」
威勢のいい赤トカゲくんと、なんとも頼りない猫の手の使いどころが悩むところではあるけれど……。
まずは未知なる料理に興味津々な美少女ちゃんとレッツクッキングと参りましょうかね!
◆◇◆
フライパンにオリーブオイルと粒のまま潰したニンニクを入れ、ハーブ塩で下味をつけた鯛の両面に焼き目をつける。
火が入ると身が崩れやすいから、ひっくり返すときと取り出すときは身が崩れないよう慎重に……。
構って貰えないごまみそが
……ちなみに、コンロを使うと知った赤トカゲくんがちょっぴり残念そうな顔をしてるけど……。
いざコンロに火をつけて見せたら興味深そうに燃える様子を眺めてる。フランちゃん曰く、赤トカゲくん〝
え? 密室内で火を使って調理するなんて正気の沙汰じゃないって?
うん。私もそう思う。
そう思うけど……息苦しくもなければ煙が目に染みる……とかいうこともない。
いや、マジでこの空間どうなってんの?
もうね、室内でキャンプ風調理するのたーのしー、って感じで思考を破棄することにしましたよ!
だって、考えても考えてもわかんないんだもん!!!!
「いやぁ……フランちゃんが下処理済みのモノを選んでくれたから、
「そんな……! 褒めて頂けて光栄ですわ」
じゅうじゅうといい音で焼けていく鯛を横目に、玉ねぎはみじん切り、パプリカは縦の細切りに。
あとはニンニクをみじん切りにしちゃえば、包丁を使うのはこれでおしまい!
いやぁ。選んでくれた魚介類が、鱗とか内臓の処理がされてるやつだったおかげで、一気に手間が省けたわー!
エビの背ワタ取りとか、イカの各種処理とか……自由に水道が使えない今の状況では、地味に手が汚れる作業がなくなって実にありがたい心遣いでしたよ!
……というか、フランちゃん、料理ができないって言ってたけど、この気遣いは料理ができる子ならではのものなのでは?
「さて。焼けた鯛は、一回取り出しておこっか。調理の最終工程で合流させて、身が崩れないようにするんだー」
「なるほど……! そんな意味があったんですのね」
「せっかく尾頭付きで用意してもらったからね。形よく仕上げたいじゃない?」
呑み込みも悪くなさそうだし、料理を続けていけば上手くなるタイプの子だと思う!
まぁ、いいとこのお嬢様だったっぽいし、料理する機会なんてなかったんだろうね。
興味津々、といった視線を感じつつ、焼けた尾頭付きの鯛と狐色のニンニクをバットに移動させる。
あとは、お米を炊き上げる時に戻し入れて、じっくり火を入れてく予定。
ニンニクは……後で秘密の加工をしようかな。
「で、フライパンに残ったオイルで……ニンニクと玉ねぎを炒めます! あ! ハーブ塩で軽く味付けするのも忘れずにね!」
「わ、わ! もの凄くいい匂いですわ!」
「ニンニクが焼けてく匂い、たまんないよねぇ!」
ぶわりと周囲に広がる香ばしい匂いに、フランちゃんがキャッキャとはしゃいだ声を上げる。
わかる。わかるよぉ! 胃袋を刺激してやまない匂いだよね!
「……フランちゃん、ちょっとやってみる?」
「い、いいんですか?」
「もちろん! そんなに難しくはないと思うし!」
「わ、あ……! それじゃあ、お言葉に甘えて……」
さっきからウズウズしながら作業を見ていたフランちゃんにヘラを差し向けてみる。
だって、顔に〝やってみたい〟って書いてあるんだもん。
おずおずとヘラを取ったフランちゃんの手つきは、ちょっとハラハラするくらいに危なっかしい。
危なっかしいけど……やってる本人がものすごーく楽しそうに、嬉しそうにやってくれてるから、見てるこっちまで心が弾んじゃう。
『良かったなぁ、お嬢! また一つ料理の経験が積めたんじゃねぇか?』
「ええ、そうね! 私、またお料理の腕が上がったわ!」
『いやァ……それはどうだろうなァ? まだまだ危なっかしくてハラハラすらァ!』
火の番をしてるトカゲくんにも、フランちゃんが楽しそうな様子なのが伝わってるみたいだ。
この軽口も親愛の証なんだろう。
フライパンの振りやらヘラさばきがちょっと甘いせいだろうか?
炒めてる最中のタマネギに所々コゲができてるけど……これもご愛敬!
黒こげというよりはタヌキ色って感じだし、美味しい範囲だよ!
いいメイラード反応できてるよ!
甘い匂いも出始めてるし……そろそろイカとエビ、そして摺り下ろしたトマトと白ワインの入れ時かな?
水気が多い具材が加わったせいで、フライパンの中身がじゅわあっと勢いよく弾けて沸き立つ。
フライパンの中は、一気にシャバシャバだ。
ここでちょっと煮込んで、魚介のエキスを出させるのと共に野菜の旨味も煮出しておきたいのですよ。
「あ、わ……! これ、大丈夫なんですの!? 爆発しません?」
「大丈夫大丈夫! イカとエビはサッと煮込んだら、鯛と一緒に避けておくね。んで、アサリは殻が開くまで入れておくよ」
「あ、あ……でも、でも! トマトが入るとまた別の香りになって……こちらもとても美味しそうな匂いですわ!」
海産物が焼ける匂いと香味野菜の香りとが混ざり合って、なんとも食欲を刺激する匂いになってきた!
その一方で、フライパンとヘラを操るフランちゃんがオロオロと慌ててる。
音の大きさにびっくりしちゃったかな?
それでも、フランちゃんが頑張ってフライパンと格闘してくれている間に、せっせとイカとエビを避難させておいて、と……。
「わー! いいにおーい!」
「ねー。お腹が空く匂いですよねぇ!」
各種食材が混然一体となった香りがフライパンから立ち上ってくるにつれ、私たちのボルテージも増していく。
だって! 左では可愛い系の美少女が、右では可愛い系美女がはしゃいでくれるんだよ?
そりゃテンションも上がろうっても、ん…………んんん???
「アリアさん!? いつの間にコッチに!?」
「ん……あっちね、かみさまの像に通じる扉がどうこう……って言ってるけど……むつかしくて、わかんなくなっちゃった」
さっきまでエドさんと一緒に解析チームにいたはずのアリアさんが、いつの間にか料理チームにこっそり交ざっていた。
フランちゃんとの調理実習が楽しくて、こっちに来てたことに気付かなかったや……。
アリアさん曰く、さっき人外兄さんチームの後ろにあったドアみたいなものが、神様の像を祭る祭壇に通じているらしいってとこまでわかったんだって。
ただ、残された部分がどうにも難解で、解析チームはそこで膠着してるっぽい。
「ちょっと、身体動かしたくて……だから、ごまちゃんの面倒、リンの代わりにみておこうかなって」
「あ! それは助かります! お願いします!」
……アリアさんって外見はおしとやかに見えるけど、けっこうお転婆(マイルドな表現)だもんなぁ。
きっと、頭脳労働に飽きちゃったんだろう。
向き不向きってもんもあるし、こればっかりはどうしようもない……のかな?
でも、ごまみそを構ってもらえるのは実際ありがたいかも!
さっきから私の身体に体当たりをしたり爪を立てたりしてくるんだけど、火を使ってることもあって火傷させるんじゃないかとヒヤヒヤしてたんだ。
渡りに船とばかりにお願いすると、アリアさんはごまみそを抱えて部屋の空きスペースに連れてってくれた。
アリアさんなら、糸やら何やらで上手いこと遊んでくれるだろう。
「よし! それじゃあこの間に、残りの作業進めていきましょうか」
「他にどういう工程がありますの?」
「アサリが殻開けたら取り出してー、中の煮汁を煮詰めたらお米炒めてー、炊き上げてー……って感じなんだけど……トマトが跳ねるとお洋服汚しちゃうし、ここでちょっと交代してもいい?」
「ふふ。お気遣いありがとうございます。私も、ちょっと気を張りすぎてしまって……声をかけて頂けて助かりましたわ」
トマトはね……思った以上に汚れるからね。見るからに上等そうな服を汚すのは気が引けるんだよぅ!
その反面、あんなに楽しそうだった気分に水を差すんじゃないかと思うと申し訳なくも思ったんだけど、フランちゃんはあっさりとフライパンを返してくれた。
話を聞いてみると、焦がすんじゃないかとか零すんじゃないかとか……いろいろと気を使ってたんだそうな。
ついでに、コンロの火が爆発するんじゃないかってドキドキしっぱなしだったんだって。
うん。そりゃあ疲れもしちゃうよね。
「リンさんは、ずっとお料理をしてて疲れませんの?」
「うーん……慣れちゃってるからなぁ。それに、今回のメニュー、下拵えはともかく、調理工程はそんな難しくないし」
話している間にパッカンパッカン口を開け始めたアサリをバットに移して、まだ水気の残るフライパンの中身をグツグツ煮詰めていく。
目安は、混ぜた時にヘラの跡が残るくらいかな。
ここまでくれば、あとはもう簡単簡単! お米を加えてまんべんなく炒め混ぜたら、水と……コンソメもちょっぴり入れておこっかな。
魚介の出汁は出てると思うんだけど、おまじない程度に、ね。
あれやこれやと手を動かす私を、フランちゃんが興味深そうに眺めている。
「……うぅん……私からすれば、色んなことをやっているように見えるのですけど……」
「やってることと言えば、炒めて煮るだけなんだよー。今回の場合は丸のままの魚使ったけど、切り身を使えばもっと簡単にできるし……お肉とかなら身が崩れる心配がないからもっと楽かも?」
私からしたら、そんなに難しいことをしているつもりはないんだけど、お料理しない人から見たら難しそうなことしてるように見えるのかな?
「さて。ここまできたら、あとはさっき焼いた鯛を中央に載せて、
「すごい……! こうしてお料理が出来上がるんですのね……! なんだか魔法を見ている気分ですわ!」
「そこまで言われると、なんだか照れちゃうなぁ。フランちゃんも、慣れればできるようになるよ」
「できるようになる、かしら……? だったら、もっと練習しなくっちゃ!」
『お! やる気だな、お嬢! いいことだと思うぜ』
面と向かってそんなことを言われると、ちょっと……いや、かなり照れちゃうんだけど!
でも、フランちゃんもお料理に対して決意を新たにできたようだし、赤トカゲくんも嬉しそうだし……これはいい方向に動いてるんじゃないですかな?
……さて……調理実習組は山場を越えたけど……解読組は……。
そう思って顔を上げると、こちらを見つめるセノンさんとバッチリ目が合った。
「そちらの状況はいかがですか、リン?」
「あとは炊き上げるだけ、って感じですね! 解析組はどうです?」
「こちらも、どうにかなった……とは思う。お互いに持っている知識の総動員という感じだったな……」
セノンさんが手を振って立ち上がったのを皮きりに、ヴィルさんと人外兄さんも続けて立ち上がる。
アリアさんが話してた
……ちなみに、エドさんはいつの間にかごまみそ構い組に移行していたようだ。
アリアさんといちゃつきつつ、ごまみそと一緒に遊んで……ゲフゲフ……面倒を見てくれている。
「先程から腹を刺激する匂いに気が取られるばかりだ。娘よ、いつ頃食えるのだ?」
「あともう少しです。お焦げも作って、底カリカリにしますよー」
うん。人外兄さんの物の言いよう、まさに男性版ミールさまだ。
色んな意味で、ヴィルさんがピリつく感じがするよぅ!
「おい……ウチの飯番に上から物を言うのはやめてもらおうか?」
「ほう。我にそのような口を利くとは……
「はい、喧嘩しない! 喧嘩した人はパエリア抜きですからね! なんなら、アサリの殻だけしゃぶってもらってもいいんですよ!?」
ヴィルさんと人外兄さんの間で膨らむ殺気の塊を散らすように、お玉片手に割って入る。
胃の
悔しそうに歯噛みをしたのち、放っていた殺気を治めてくれた。
人外兄さん、こんな所も男性版ミール様なのか……。
我ながら〝それもどうなの?〟って感じは否めないけど、効果があったようで何よりです。
「そうですわよ、アルク様! 私、リンさんに料理を教えて頂いきましたの! いわば、私の先生! あまりひどい態度をとるようでしたら……私にも考えがありますわよ!」
「……フラン、お前もか……。というか、料理を教えてもらったと言ってはいるが、火の前で手を動かしていただけではないのか?」
「んまぁ! 料理経験のない私にとって、いい経験になりましたのに! そんなことを仰ると、アルク様の分のお取り寄せ品を私が食べてしまいますわよ!」
「あーあー……わかったわかった。貴重な体験ができたようで何よりだ、フラン」
間髪容れずに飛び込んできたフランちゃんが、人外兄さん相手に一歩も引けを取らずに舌戦を繰り広げている。
……うぅん……この様子を鑑みるに、人外兄さんの胃袋はフランちゃんに掴まれてるっぽいな?
「アリアさんから聞いたんですけど、結局神様への扉ってどうすれば開くんですか?」
「ああ。そこまで聞いていたなら話は早いです。要約すれば〝時が至ればおのずと扉は開く〟ということのようで……」
「……つまり、お前が作っている料理の出来上がりと同時に扉が開くんだろう、というのが、俺たちが出した推論だ」
「えぇぇ!? なんですか、ソレ!? めちゃくちゃ責任重大じゃないですか……!」
何という新事実!
それって、料理が失敗したら扉が開かないかもってこと!?
そう思ったら、いまさらながら底が焦げついてないか心配になって、フライパンの蓋を開けてみた。
ふむふむ。見た感じ、水分はすっかりなくなってるみたいだけど……嫌な匂いもしないし、焦げてはなさそうかな。
それどころか縁の方が微かにフライパンからはがれてきてるし、これは具の戻し時でしょう!
「よっし! アサリとイカ散らして、パプリカとエビ並べて…………アサリもうちょっとコッチにも散らすか。その代わり、イカをコッチにやって……」
蓋を開けると、見事にふっくら炊けたトマト色のご飯の中央に、尾頭付きの鯛がデデンと鎮座している。
それを取り囲むよう、色味を見ながら魚介とパプリカを並べて、と。
あとは蓋を戻して、一気に強火に!
しばしの静寂の後、底の方からピチピチ何かが
「っしゃ! アクア・パッツァ風パエリアの出来上がりー!」
私の叫びに、部屋にいる全員の目がこちらを向いた。
わらわらと集まってくる人垣の中心で再度蓋を開けると、トマトと魚介の香りを纏った甘い湯気がぶわりと吹き上がる。
余熱を浴びたパプリカは、いっそう色鮮やかに。
湯気を吸った魚介もふっくらツヤツヤしていて……これは成功と言ってもいいのでは?
「あとは、扉が開くのを待って祭壇に備えればいいんですよね?」
「ああ。おそらくは」
「……うわ……オレ、なんか緊張してきちゃったかも」
「あなたが緊張してどうするんです、エド……」
突き刺さるような視線を感じつつ、部屋の奥……人外兄さんたちが建っていた壁の方に足を向けた。
他の壁はつるりとしているのに、ここの壁にだけ四角に切れ目が入っているのがわかる。
ドアノブもなければ手をかけるような凹凸も無くて、ここが祭壇に通じる場所だと知らなければ〝なんだこれ?〟で済ませてしまいそうなくらいだ。
実際、ヴィルさん達解析チームが押したり引いたり叩いたりしても、うんともすんともいわなかったらしい。
そんな壁の前に立ち、パエリアが入ったフライパンを差し出すと……亀裂が不意にまばゆい光を放った。
それと同時に、壁に走る亀裂がすうっと左右に広がっていく。
開いた壁の向こうに見えるものは、冠羽を揺らして羽根を広げる、大きな……鳥……?
揺れる長い尾羽が、シャラシャラと澄んだ音をたてる。
気が付けば手の中の重みがなくなって、フライパンごと消えたんだって……ぼんやり霞んでいく頭が理解する。
【神を
男の声とも、女の声とも……子どもの声のようにも、老人のようにも聞こえる不思議な声が頭の中に直接響いて……覚えていられたのは、そこまでだった。
◆◇◆
「…………ん……リン…………起きろ……!」
「んん……もう、あさですかぁ……?」
遠慮なしに身体を揺すられる感覚と、聞きなれた声に名前を呼ばれて意識がすうっと浮上した。まだしょぼしょぼと霞む視界に、ヴィルさんの顔と…………すっかり見慣れた拠点の天井が目に飛び込んでくる。
……ん?
…………んん???
私たち、ついさっきまで変な部屋で料理作ったり謎解きさせられたりしてなかったっけ? いつの間に戻ってきたの?
……ってか、あんな変な出来事に巻き込まれたってのに、ヴィルさんの様子も、拠点の雰囲気も……ちょっと平静すぎない?
普通あんな騒ぎに巻き込まれたら、もっと、こう……慌ててたりしそうなものなんだけど……?
え……待って? もしかして……ぜんぶ夢だった、ってこと?
「大丈夫か、リン? ずいぶんとぼうっとしているようだが……」
「え、あ……んん……なんか、変な夢を見てたようで……変な部屋に閉じ込められたり、料理作ったり……知らない女の子とお兄さんがいたり……」
「お、おお……ずいぶん賑やかだったんだな……もし疲れが取れていないようなら、もう少し休んでいてもいいんだぞ?」
「え? リンちゃん、変な夢見たの? 昨日も夜遅くまで料理を作ってくれてたし、疲れが出たのかも……」
「そうですね……もう少し眠れるように睡眠魔法でもかけましょうか?」
「ん……いっしょに、ねる?」
ヴィルさんと話してる私の様子をおかしいと思ったのか、私より先に起きていたらしいメンバーがわらわらと集まって来た。
先に起きていたと言ってもほぼ大差はなかったようで、みんなどこか眠たげだ。
これなら夢の記憶が残っているかも……と思って夢の話を出してみても、みんなが反応する様子はまるでない。
それどころか、睡眠不足やら疲れてるんじゃないかとか心配されるばっかりなんだけど!
うおおぉぉ…………みんなの様子を鑑みるに、あの夢を見たのはどうやら私だけみたいだ。
うっそでしょぉ……あんなに美味しそうにできたのに……一口も食べないまま目が覚めちゃった……!
え? 捧げものなんだからこちらの口に入らないのがふつうだろう、って?
何を言ってるんですか! おさがりってモンがあるでしょ!
「いえ、大丈夫です! 疲れてはいないんです。それより、私、今日は作りたいメニューがあって……今から作るんですけど、皆さんお腹に余裕あります?」
そりゃあもう心配そうにこちらを見つめる視線を振り切って、私は拳を握って立ち上がる。
幸いにして、パエリア作りの材料も、手順も、すべて鮮明に覚えている。
夢の中では使えなかった
尾頭付き……とまではいかないけど、魚の切り身が冷蔵庫にあったはずだし、エビもイカも冷凍庫にあったはず!
なんならお肉とか異世界野菜とか……夢では使えなかった材料もたっぷり貯蔵してある。
うん。これなら、あの夢のパエリアを再現できそうだ!
「何があったかは知らないが、ずいぶんと燃えてるな、リン」
「リンが、気合を入れてる……てことは……おいしいごはんの、予感!」
「あなたが作った食事なら、いつだって大歓迎ですよ、リン!」
「めちゃくちゃ期待してるよ、リンちゃん!」
一気に眠気を吹き飛ばした仲間たちが、こちらも気炎を上げつつやる気を出してくれた。
うん。これならちょっと作りすぎても大丈夫かな。
「だから、ほら。おみそもそろそろ起きて! ご飯作るよー!」
『んぅ~~朕まだねむぅい……ねてるぅぅぅ』
「そんなこと言わないでよ~~。夢の中のご馳走再現するんだから!」
『それ、朕にかんけいあるぅ……?』
私にしがみついて惰眠を貪っていた
この調子だと、ごまみそもあの夢は見てないんだろうなぁ……。
あの赤トカゲくんとか、おみそといい友達になれそうだったのにね。
頭に残る余韻を噛み締めながら、拠点にいる時は中庭に召喚してある
その後を、ヴィルさんを筆頭にメンバー全員がぞろぞろとついてきた。
見知らぬ美少女との調理実習も楽しかったけど、これから行う仲間に囲まれてのリベンジ調理実習もきっと楽しいに違いない。
「っし! 夢で食べられなかった分まで、現実で楽しむぞぉぉ!!!!!!」
改めて決意を固めつつ、私は
いつも使ってるスキルなんだけど、夢に出てこなかったせいか妙に嬉しさを感じるわぁ。
冷蔵庫と冷凍庫をチェックすると、夢で見た材料以外にも使えそうな食材が山ほど眠っている。
OKOK。これならいける!
「えーと……夢では確か……玉ねぎみじん切りにしてー、パプリカ切ってー……」
「何か手伝うことはあるか、リン?」
「あー……それなら、お皿とかスプーンとか……いつものセット出してもらっててもいいですか?」
楽しみ、という気持ちを隠しきれていないヴィルさんに食器出しをお願いして、私は早速調理に取り掛かった。
いい機会だから、材料数縛りのせいで夢では使えなかったセロリっぽい香味野菜もみじん切りにして使っちゃおう!
思いつくままに野菜を刻む手が、思っていた以上にスイスイと動く。
パエリアを作ったのは夢の中だったけど、身体が覚えてる……とか?
睡眠学習っていう単語は聞いたことあるけど……まさか、夢学習なんていうのもあったりする?
そんなことを考えている間にも面白いように作業がすいすい進んで、どんどん集中力が増してく感じがする……。
もしかして、漫画とかでよく見る〝ゾーンに入る〟って、こういう感覚のことを言うんだろうか?
切って、刻んで、炒めて、煮詰めて、炊いて。半ば夢うつつのまま手を動かしていたら……。
「集中していただけあって、凄い仕上がりだな、リン! 見ただけで美味いことがわかる……!」
「すごい……ごちそう!」
「こんな凄いのが朝から食べられるなんて! いい一日すぎない?」
「こんな素敵な食事で一日を始められるなんて夢のようです。本当にありがとうございます、リン」
〝はわわ……〟と擬音が聞こえてきそうな浮かれた雰囲気の面々が囲むのは、無我夢中で腕を
魚介類だけじゃなく、冷蔵庫に残ってた鶏肉とか、アスパラに似た異世界野菜とかを追加したヤツだ。
赤に黄色に緑にと、夢のパエリアよりも色鮮やかさまでもがぐっと増している。
でも、まだまだ! ここで終わらせる気は毛頭ない。夢の中では用意しなかった、味変アイテムもご用意いたしましたわよー!
冷静に考えると、神様に捧げたモノよりかなり豪華になってるけど……そこはしょうがなくない?
今作ってるパエリアを食べるのは愛すべき私の仲間なんだと思ったら、ついつい力が入っちゃったんだもん。神様には大変申し訳ないけどね。
「レモンやらアイオリソースやらも用意したので、お好きに味変して食べてください!」
「あいおりそーす……それが何かは知らないが、絶対に美味そうなものだということだけはわかるな」
「皆さん大好きなマヨネーズに、おろしにんにくとかハーブとかを混ぜた簡単バージョンですけどね」
「マヨネーズ!!!!」
私の声と共に机に並んだ緑鮮やかな異世界レモンと簡単アイオリソースが入った器を、ヴィルさんがキラキラした目で見つめてる。
うむ。コカトリス南蛮を作って以来マヨネーズに大ハマりしてるだけあって、察する力が強い。
アイオリソース……アイヨリソースとかアリオリソースとかいろいろ呼び方はあるんだけど、要するに〝ニンニク入りの濃厚マヨソース〟だと思ってもらっていいと思う。
本式は卵黄とかから作るんだろうけど、さすがにそこまでの調理スキルはなかったのでマヨネーズをベースに作らせていただきました!
あとは、本来ならパエリアには使わないかもだけど粉チーズとかホットソース風の辛味調味料とか……そういうものも用意してみた。
堅苦しいご飯じゃなくて、みんなで楽しく食べるご飯だもん。好きに食べればいいんだよ!
「一番大きなフライパンで作ったんですけど……なんとなく残らなさそうな予感がします」
「だってー! こんな美味しそうなご飯だよ!? お腹いっぱい食べちゃうに決まってるじゃん!」
「ん! いっぱい、たべる!!!」
盛り付け用のサーバを動かすたびに、スパイスの香りと炭水化物が炊けた甘く重たい匂い、エビや肉が焼ける本能を刺激する香ばしい匂いが混ざり合って大気中に広がっていく。
夢の中でも匂いを感じたような記憶があるけど……こうして現実になってみると、暴力的なまでに胃袋を刺激してくるんですけど!
……でもそれは、私だけじゃないみたい。
みんながみんな、もう我慢できない、って顔で……それでも、お行儀よく待っててくれる。
「さて。温かいうちに食べてくださいねー。いただきます!」
「……っ、本日も糧を得られたことに感謝します」
「慈しみに感謝いたします」
「うまかて!」
「かて!」
全員に行き渡ったことを確認した私がパァンと掌を打ち合わせたのを合図にし、みんな口々に食前の祈りを口にしてカトラリーを手に取った。
……若干二名ほどだいぶ省略しているような気がしたけど……まぁ気にしてもしょうがないか。
「リン、リン……! これ……これ、めっちゃおいしい!!!!」
「なに、これぇ~~……具材の出汁が全体に染みてて……リンちゃん、もしかして〝
蕩けた顔でふにゃふにゃ微笑むアリアさんの隣で、口元を押さえたエドさんが手を止めることなくスプーンを動かしている。
うーん。確かに会心の出来だったけど、まさか〝口福の具現化〟とまで言ってもらえるとは!
気合を入れた甲斐があるってもんよ!
「普通のコメの所も素晴らしいのですが、オコゲ部分はいっそう味が凝縮されていて……コントラストがたまらないですね!」
「……アイオリソースやレモンを使うと、またがらりと味の雰囲気が変わっていくらでも食えるな。あればあるだけ食べられそうな感じがする」
「魚介だけでなく肉も入っているというのもいいですね! 噛むたびに溢れる肉汁が、もう……!」
セノンさんとヴィルさんも、いつもよりも速いペースでパエリアを口に運んでいた。うんうん。喜んでもらえたようで何より!
ヴィルさんは、やっぱりアイオリソースが気に入ったみたいだ。
アイオリソースはブイヤベースとかにも合うらしいから、今度はそっちにも挑戦してみようかなー。
私が次に挑戦したいメニューを考えている間も、みんなの食べるペースが一向に衰えを見せない。
豪華版パエリアが相当お気に召したみたいだね。
おかわりは各自で……と事前に申し伝えておいたせいか、とりわけ用のサーバはさっきから稼働しっぱなし。なんとも賑やかな食卓である。
「……うん。うん……。魚もご飯もふっくらしてるし、エビもイカもプリプリだし……我ながら
取り合いされるほど美味しかったようで何よりですよ!
込み上げる充足感に浸りつつ、私は自分の分のパエリアに口を付けた。
魚の切り身はじっくりと皮目を焼いておいたおかげか、香ばしさが増して臭みは微塵も感じられない。
米が炊ける蒸気を吸ったおかげなのか、身の部分が絹のようにしっとりと口の中で解れていく。
エビのプリップリの身を噛み破ると、旨味エキスが勢いよく口の中に滴った。
アスパラ似の野菜はシャクシャクした食感で、なんとも歯切れがいい。
微かな青っぽさを伴った甘いエキスは、魚介と肉に溺れた舌をさっぱりさせてくれる。
そんな具材の旨味を吸い込んだお米がね……もうね……!
確かにこれは〝
ここにレモンをギュッと搾ると、酸味が加わってサッパリ感が一気に増した。
おかげで、ますます食が進んじゃいそうだ。
「そんなに気に入ったなら、定番メニューとしてちょくちょく作りましょうか?」
「いいのか、リン! そうしてくれると嬉しい」
「やった!!! これからも、たべられる!」
「ちょっとしたご馳走、って感じだし……何かいいことがあった時に作ってほしいなぁ」
「……というか、コレが食べたいがために任務を頑張る未来が見えそうですね」
軽い気持ちで言った提案が、こんなに歓迎されるとは……!
夢の中の調理実習も楽しかったけど、神様の反応を直接見れたわけじゃなかったし、受け取ってはもらえたけど喜んでるかどうかわからんかったもんなぁ。
だからこそ、自分が作った料理を、目の前で美味しい美味しいって食べてもらえるとめちゃくちゃ嬉しいわけで……。
じんわりと胸に広がる温かさを感じつつ、私もまたおかわり争奪戦争に身を投じることにした。
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