稀代の悪女、三度目の人生で【無才無能】を楽しむ/嵐華子

  <クニクノサク大作戦!?>



「レジルス全学年主任、何をして……」


 学園の昼休み。俺、ミハイル=ロブールはレジルスが木陰に佇んでいるのを見つけて歩み寄る。

 レジルスはいつもの無表情ポーカーフェイスだ。何をしていたのか表情からは、全くわからない。


「それでは週末二連休に、決行しましょう! 略して、クニクノサク大作戦!」


 ふと向こう側の、日の当たる四阿ガゼボの方から明るい声がした。

 声の主を聞き間違えるはずがない。俺の妹、ラビアンジェ=ロブール公女だ。

 苦肉の策とは!?

 妹の発言に嫌な予感がひた走り、思わず眉を顰める。

 ガゼボに目をこらせば、妹が訓練でチームを組む男子二人と女子一人の姿もある。

 チーム腹ペコと呼ばれている四人は一体、何をやらかすつもりだ!?

 いや、違う。楽しそうな妹とは対象的に、他の三人は顔を引きつらせている。

 これはきっと、自由を満喫する破天荒な妹の思いつきに、あの三人が巻きこまれたに違いない。


「休みの日に、雄と戯れるつもりか!?」


 そういえばレジルスがいたな。俺の隣で見当違いな事をボソリと呟いて、黒いオーラを発するの止めろ。

 レジルスは妹への初恋を拗らせた、初恋馬鹿だ。

 ここにいたのも大方、妹を学園内ストーキングしていたからじゃないのか。

 レジルスは過去、妹へ婚約を直接打診した。だが妹にキッパリと断られたからか、更に拗らせている。

 今やレジルスの嫉妬は老若男女問わず、妹に絡む者全てへと向きつつある。


「……学生達の休日の在り方が心配だ。全学年主任として、隠れてついて行く。ミハイルはどうする?」


 待て待て! もっともらしい理由を付けたつもりだろうが、ストーキング宣言でしかないからな! 休日に個人的な付き合いをする学生を、教師が管理する必要ないだろう!


「ああ、俺も行く」


 だが俺は妹の兄だ。妹の迷惑行為(予定)を察知した以上、ロブール公爵家次期当主として対応しないわけにもいかない。


    ※※※※


 早朝。俺はレジルスと共に妹達の後をつけ、とある森の奥地へと入った。


「公女、本当にここに……いたな」


 チームリーダーのラルフが、静かに言葉を発する。

 妹達に気づかれないよう、俺とレジルスは魔法で気配を消している。もちろん妹が迷惑行為に及べば、いつでもフォローに入るつもりだ。

 そんな妹達の視線の先には危険度の高い魔獣、アモイカツムリがイカのような吸盤の付いた足を動かし、のっそりと動いていた。


「ええ、いつ見てもアンモナイトな外見。いえ、美味しそうなアモイカツムリね!」


 妹が楽しそうだな。他の三人も顔をアモイカツムリを見て、喉をゴクリと上下させた!?

 相変わらず、このチームは魔獣を食料としか見ていないのか!? 普通は逃げるべきだ! そんなだからチーム腹ペコなどという、ふざけた二つ名を付けられるんだ!

 だが妹の食料調達知識は奥深く、チームの連携能力も高い。それを良く知る俺とレジルスは、ひとまず静観する。


「まずはサラマンダー火蜥蜴をおびき寄せて、気絶させるんですよね!」


 妹が差し出したミトンを、共に利き手に装着するサブリーダーのローレン。勝手知ったる口調だ。

 ん? 火蜥蜴をおびき寄せる?


「ええ! この特製ミトンをはめて、グーパンチよ!」


 待て待て、妹よ。ミトンでグーパンチって何だ? 魔獣だぞ?

 レジルスは……いつも通り無表情だ。

 だがほの暗い嫉妬の炎を宿した瞳は、妹と仲良く一対のミトンを分け合うローレンへと向けられている。

 初恋馬鹿が発動か?


「それじゃ、カルティカちゃんはタイミングを見計らって、火蜥蜴に死角を作ってちょうだい!」

「はい!」


 妹は同性のカルティカに声をかけ、元気な返事に微笑む。ローレンと共にラルフとカルティカから離れ、アモイカツムリとは反対方向の、ひらけた場所へと向かった。

 妹が腰のポーチから、小瓶を取り出す。


「おびき寄せ粉よ〜」


 なんて言いながら、自分とローレンに小瓶の中身を振りかけた。

 数秒後。

 妹達の元へ火蜥蜴が集まってきた!? 危険度が低くとも、一度に十匹も集まれば流石に危ない!

 思わず飛び出しそうになる。だがレジルスが無言で俺の肩を押さえた。

 その時だ。

 カルティカが魔法で土壁を出し、妹とローレンに飛びかかりそうな二匹を除く火蜥蜴に、死角を作る。

 妹は自分に向かってきた火蜥蜴が火を吹く直前、牙の生えたその口めがけてミトンをはめた手でグーパンチ。

 何だ、あのミトン!? 火を防ぐ魔法具か!?

 恐らくミトンで口を塞がれ、火が逆流したんだろう。火蜥蜴が気絶した。ミトンには焦げ跡一つない。

 ローレンも妹と同じようにして、火蜥蜴を気絶させた。

 すると今度は、ラルフの出番らしい。

 魔法で身体強化したラルフは、気絶した火蜥蜴へと素早く駆ける。気絶した二匹を小脇に抱え、クルリと方向転換。猛ダッシュでアモイカツムリへと向かった。

 ラルフはアモイカツムリの死角方向から近づき、火蜥蜴を二匹共……貝殻の中へ放りこんだ!? 何をしている!?

 ラルフがそうしている間にも、他の三人は息の合ったコンビネーションで火蜥蜴を気絶させていく。

 そして再び妹達の元へ戻ったラルフは、気絶した火蜥蜴を小脇に抱え、アモイカツムリへと駆けて貝殻の中に放りこむ。

 やがて全ての火蜥蜴が放りこまれた。チーム腹ペコの連携プレイは、見事と言わざるを得ない。

 妹が魔法で出した水で、自分とローレンに振りかけた粉を洗い流す。すると今度は、ローレンが火魔法で自分と妹から滴る水を乾燥させた。


 ――ギリギリギリ。


「イチャイチャしやがって」

「レジルス、歯を食いしばり過ぎだ。嫉妬も大概にしろ」


 初恋馬鹿め。


「中身が出てくる! 気をつけろ!」


 ラルフの警戒した声に、アモイカツムリを見やる。

 火蜥蜴が目を覚まし、貝の中で火を吹いたのか? アモイカツムリの中身が真っ赤に色づき、貝殻を残してポンッと飛び出した!?


「「!!」」


 俺とレジルスはクルクルと回転しながら、こちらに飛び出た中身に息を飲む。

 幸い、中身は俺達から少しずれて横の大木にぶつかった。レジルスと共に、その場を離れる。

 そうしている間にも、丸くなって木にぶつかった中身は、体を伸ばしながら地面に崩れ落ちる。巨体が地面で伸びた。


「イカ焼きゲットよ! それじゃあラルフ君とローレン君は、魔法で貝殻を熱しておいて!」

「「了解!」」


 男子二人に指示をだした妹は、カルティカと連れ立って森の奥へと進み始めた。俺とレジルスもついて行く。


「事前入手していた飛魚、大ナマズ、兎熊、コカトリス、ムカデ、茸、小麦に加えて、アモイカツムリまでは揃いましたね!」

「ええ。次はコンニャク芋を掘りましょう!」

「コンニャ、ク?」

「うふふ、違ったわ。魔メロディー芋よ!」

「はい! でも本当にクニクになるんでしょうか?」

「もちろん!」


 魔メロディー芋?

 確か地中の芋から一本の細長い茎を生やし、紫色の禍々しい感じの花をつける植物だ。花の形は、カラーという観賞用の花に似ていなくもないが、花からは小川のせせらぎが聞こえる。俗名、リラックス花。

 植物自体は魔力を帯びている。分類上は魔植物だ。人を襲う事はなく、音色を聴くだけなら無害。寧ろ有益。

 ただ、芋には猛毒が含まれて……ハッ! まさか苦肉の策とは、毒を使って何者かを暗殺するのか!?

 だが、それなら何故アモイカツムリを? それにカルティカが先程列挙した、小麦と茸を除く生物。妹と過ごしてきた経験上、普通の動物や魚じゃない。そこそこ強く、討伐するにも手のかかる魔獣ばかりのはず。


「カルティカちゃん、そんな不安そうなお顔をしなくても大丈夫! クニクノサクですもの!」

「……そう、ですよね。公女の言う通り、立派な供物になってくれますよね!」


 供物、だと!? 苦肉の策で狙う何者かは、生贄にされるのか!?

 妹は何故、この兄を頼らない!? 言ってくれれば、他に解決方法を見出だせるかもしれないのに!

 そう考えたものの、致し方ないと思い直す。

 俺は少し前まで、妹につらく当たる不甲斐ない兄だった。妹に信用されていないのも当然……。


「あったわ!」


 嬉しそうな妹の声に、思考が中断される。

 妹の視線を追えば、茂みの向こうにニョキッと生えた紫色の花。魔メロディー芋だ。

 花から心地良いせせらぎの音色が微かに聞こえ、胸のつかえが幾分和らいだ気がする。

 妹と顔を見合わせたカルティカが一つ頷いて、魔法で地中の芋を掘り返す。芋の毒は傷つけなければ問題ない。

 妹は魔法で花部を切り離すと、それを手にして……んん!? こっちに来た!?


「お兄様達、今から皆で野営しますの。よろしければ一緒にご飯を食べません?」

「い、いつから気づいて……」

「お邸から。悲しそうな空気を醸し出してらしたのは、お腹が空いたからでは?」


 腹は減っていないが、妹は相変わらず勘が鋭いな。


「いただこう」


 レジルスよ、キリッとした顔で堂々とした態度だな。最初から尾行がバレていたのが恥ずかしいのは、俺だけか?


「ふふふ。お花をどうぞ」

「あ、ああ。ありがとう?」


 微笑む妹は、仕方のない孫を見る祖母のように、慈悲深い顔だった。

 もしかして、俺が自責の念に囚われていたのを察したのか? いや、それはないか。

 そうして俺とレジルスは、チーム腹ペコと共に野宿した。

 食事はいつも通り、料理上手な妹が担当する。

 妹特製のスパイスを振りかけて炙ったアモイカツムリも、飛魚の塩焼きも、ナマズの蒲焼き丼も、コカトリスの唐揚げも、兎熊のトロトロ煮も絶品だ。

 バターと天然塩でソテーした茸も、肉厚でジューシー。

 妹達が陸の蟹と呼ぶ、元は背丈が人の三倍はあるムカデ型魔獣の肉。食べやすくカットして天ぷらになっていた。味はまさに蟹。天つゆとの相性も抜群だ。


「ところでラビアンジェ……」

「どうかなさいまして、お兄様」

「苦肉の策は、何の為に?」


 暗殺や誰かを供物に捧げる儀式など、阻止してくれる。俺は意を決して、妹に尋ねた。

 チーム腹ペコメンバーは互いに顔を見合わせると、妹ではなくカルティカが口を開いた。


「実は……」


 ――翌日。


 俺とレジルスもクニクノサクを手伝う事に。


「レジルス全学年主任はラルフ君と蒸した魔メロディー芋を潰しつつ、このお水を加えてしっかり練って下さい。粘りが出たら四角い板状に成形して、お湯で湯がいて毒抜きして下さいな」

「昨日のアモイカツムリの貝殻を熱したのは、この水を作る為だったのだな」


 そう妹に告げるレジルスは、昨日見たチーム腹ペコの一連の動きに合点がいったらしい。


「左様ですわ。コンニャク芋、んんっ。魔メロディー芋に含まれる毒は、貝灰を浸したお水で練ってから煮れば、無毒化できますの。ローレン君とカルティカちゃん」

「「はい!」」

「小麦粉にお水と塩を加えて、練って丸めてくれる?」


 妹はレジルスに頷くと、今度はチームメイト二人に素の話し方で指示を出す。


「「はい!」」


 妹が元気な声に微笑みつつ、先に見本として練って丸めておいた塊を半分千切って俺に手渡す。


「お兄様は私と一緒に、この塊をボールの水に入れて……ほら、こうするとグルテンという粘りのある固形物が残りますの」

「こ、こうか?」


 妹の手本を真似て、水の中で塊を揉む。すると水が白濁し、やがて伸びの良い塊が残った。


「お上手でしてよ」

「そ、そうか。しかしこれは本当にクニク、いや、肉になるのか?」


 昨日、説明は受けたものの、芋や小麦粉が肉の一つになるとは到底思えない。


「勿論ですわ。魔メロディー芋を使ったコンニャクステーキ、グルテンを使ったグルテンミート。これに昨日食べた七種を足せば、カルティカちゃんが先祖供養の儀式で使う、九種のお肉が完成しますの」


 コンニャクステーキにグルテンミート。妹はそんな知識をどこから仕入れたのか。


「公女に相談して良かったです! 九十九年に一度、海川野山の九種の肉を柵で囲って、供物として先祖に奉納するんです。なのに前回から九十九年の間に起こった流行病はやりやまいや紛争のせいで、当時のお肉を知る人がいなくなってしまって。一族皆で嘆いてたんです」

「力になれて良かったわ」


 カルティカの言葉に、妹が嬉しそうに微笑む。

 その笑みは、妹が普段浮かべる貴族らしい冷めた微笑みとは違い、年相応に見えた。

 俺の妹、可愛いな。

 そう思った時、後頭部に強い視線を感じ、思わずそちらを見やる。レジルスだった。

 芋を棒で練り潰しながら、俺とカルティカにほの暗い顔で嫉妬をぶつけるな。ヤバい奴にしか見えない。

 レジルスはもちろん、それ以外の外敵からも妹を守らねば。

 俺は妹と和気あいあいと作業しつつ、密かに心の中で誓うのだった。

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