百花宮のお掃除係 転生した新米宮女、後宮のお悩み解決します。/黒辺あゆみ
<幻の階段>
ある日その不思議な話をもってきたのは、雨妹の友人で、太子宮の宮女である鈴鈴だった。
「謎の階段?」
「そうなんです! その九段の階段を上ると、仙人様の世界を覗き見られるのですって!」
雨妹が掃除を終えて帰ってくると、待っていたらしい鈴鈴が挨拶もそこそこにこんな話をし始める。
「しかもその階段は、普段は見えないのだけれど、時折現れるという幻の階段だとか!」
「ほうほう!」
鈴鈴の話を聞いて、雨妹は前のめりになる。
――なにそのオカルトかつファンタジーな階段は!?
この国での仙界云々とは、前世でいうところのおとぎ話だ。つまり「おとぎの国を覗けるってよ!」という事であり、なんとも夢のある話ではないか。
だがそれにしても、「九段の階段」というのがおとぎの国への入口というのは、なんだかありふれた感じでつまらない。何故なら、この後宮の階段は九段であるものがほとんどだからだ。
この国の人は「九」という数字が好きだ。「九」は「久」と同じ音なので、「永遠」に繋がる数字ということで、ありがたがられるのだ。だから、人々はなにかにつけて「九」で揃えようとする。役職の数を九人で揃えたり、なにかを行う日取りを「九」やその倍数としたり、他にも建物の間取りや料理の品数を「九」で揃えたりと、なにかにつけて「九」が出てくる。そもそも、崔国の州とて「九州」である。
なので、階段も九段や、長くなればその倍の十八段が多いので、九段の階段自体は珍しいものではない。
――いや、ありふれているからこそ見落としてしまうという、「幸せな青い鳥」的な教訓かな?
などと色々想像の余地があるものの、つまり雨妹としては非常に興味がある。
「その話、初めて聞いたなぁ」
そう呟く雨妹だが、掃除で色々な場所に行った気になっていたが、まだまだこの後宮は広いということだろう。それにしても、どの辺りかという見当すらつかないでいる雨妹に、鈴鈴が言うには。
「宮の姉さんがいうには、かつてなんとかっていうお妃様の宮があった跡地なんですって。そこは放棄された区画だから、人が立ち入らないのだとか」
「なるほど、知らないわけだ」
雨妹とてさすがに、放棄区画の掃除にまでは行かないのだ。
「で、実はそれっぽい場所を聞いてもいるんですけれど……雨妹さん、一緒に探してみませんか?」
期待満面といった様子の鈴鈴に、雨妹は苦笑する。
「鈴鈴、一人じゃあ怖いんだね」
「実はそうです」
鈴鈴は正直に認めて照れ笑いをした。
放棄区画のかつて宮があった場所のおとぎ話とは、ちょっと見方を変えると肝試しにぴったりということでもある。
――もしや、太子宮での肝試し鉄板ネタかな?
だが雨妹も、鈴鈴がいい反応を見せてくれそうだという、宮の姉さんとやらの期待もわからなくもないのだった。
その日の夜、酷く暴風雨が吹き荒れた。月明かりがなく真っ暗で、雨風の音がわんわんと響く夜はやはり恐ろしい。雨妹をはじめとした多くの者が、布団を被って恐ろしい夜をやり過ごすのだった。
そして、翌朝。
「お~い、鈴鈴!」
「雨妹さぁん!」
雨妹は鈴鈴と時間を合わせて太子宮の入口で落ち合った。もちろん、例の謎の階段を確かめに行くのである。善は急げというわけだ。
その階段のある放棄地区とやらは、太子宮からが近い。だからこそ、太子宮で話のネタにされるのだろう。そして鈴鈴の宮の姉さん曰く、夜明け間もない早朝が攻め時なのだそうだ。
というわけで、空がうっすら明るくなっていく中を、雨妹と鈴鈴はそれぞれ灯りを持って歩いていく。その足元には道などなく、雑草を踏み越えていくばかりだ。
「私、こっちの方は来ないかなぁ」
「私もです、特に用事もありませんものね」
雨妹が周囲をキョロキョロしながら言うのに、鈴鈴も同意する。
このあたりは放棄区画と言われるだけあり、本当に手入れがされておらず、藪だらけだし背の高い雑草も伸び放題である。しかし昨夜の暴風雨でその雑草が全てなぎ倒されており、見通しが良くなっていた。足元の水溜りには注意だが、若干歩きやすくはある。
こうして二人で適当にザクザクと歩いていくと、やがて支柱の跡や建物の基礎らしき石が、雑草に紛れて覗いているのを発見した。
「そこそこ広めの宮があったのかな?」
「ですね、立派そうな柱ですし」
そんな推測をしながら、雨妹たちがさらに進むと。
「あれ、雨妹さん階段じゃないですか!?」
ふいに、鈴鈴が前方を指さして叫ぶ。
確かに、藪の向こうに石段が組んであるものが見えた。
「見えにくいなぁ、アレっていつもなら雑草に隠れて見えないんじゃない?」
雨妹が目を凝らして見ていると、鈴鈴も同じようにして「そうかもしれないです」と頷く。今日は昨日の暴風雨に雑草が倒されたおかげで、石段が見えているというわけである。
「あれ、『普段は見えないのだけれど、時折現れる』って、もしかしてこういうことなの?」
「う~ん、どうでしょう?」
雨妹の疑問に、鈴鈴も首をひねるばかりだ。
――それだと、ちょっとつまらなくない?
それとも、こういうオチも含めての肝試しなのだろうか?
なにはともあれ、とりあえずあそこを上ってみようということになり、鈴鈴と並んで階段を上がっていくと、次第にあたりが霧に覆われてしまう。つい今まで霧なんて出ていなかったのに、風の流れが変わったのだろうか? と雨妹が不思議に思っている間にも、九段の階段を上り終えた。
「え……?」
その階段の上に見えた光景に、雨妹は呆けてしまう。
霧が薄くなってきたその場所は、草むらが広がっていた。けれどその薄ら霧を突き抜けるようにして、すごく高い高い塔が建っている。その塔のまたはるか向こうには、頂がどこなのかさっぱり見えない山があるではないか。
「なにこれ……?」
少なくとも今言えることは、この後宮からあんなに高い塔やら山は見えないということだ。ポカンと間抜け面で立ち尽くす雨妹の視界を、大きな虹色をした派手な鳥が横切っていく。
キュエェ~!
「うるさっ!?」
そしてその鳥が発した鼓膜を震わせる強烈な鳴き声に、雨妹は思わず後退る。
ドンッ!
なにかにぶつかったので、雨妹がハッとしてそちらを振り返ると、そこにいたのは鈴鈴だった。
「雨妹さん、どうしました?」
ぶつかられた鈴鈴が、きょとんとした顔で雨妹を見つめてくる。
「鈴鈴も見た!? 今の……」
勢いこんで尋ねようとした雨妹だったが、ふと気付いてしまう。
――あれ、霧がない?
そう、周囲は霧の名残すらなく、空の向こうに朝日が差し始めているのがはっきりとわかるくらいに晴天である。足元もただ雑草に覆われた場所が広がるばかりで、その向こうには後宮をぐるりと囲む壁が見えるばかりだ。高い塔も、頂きの見えない山も、どこにもない。
「見たって、なんですか?」
「いや、なんだろう……」
不思議そうにする鈴鈴に、雨妹も呆然と首を捻るしかできなかった。
――あの一瞬の景色は、緊張が見せた幻だ。
雨妹はそう結論付けることにした。さらにはいつまでもここにいても仕方がないということで、ひとまずは太子宮まで戻ることになる。
「なにもなかったですね。やっぱり、噂は噂でしかなかったっていうことなんですかねぇ」
「そうだね、ははは」
不満そうな鈴鈴に、雨妹はとりあえず笑っておく。
そして太子宮まで戻れば、門前で偶然立彬と居合わせた。あちらは早朝からお遣いに出かけた帰りらしい。
「こんな時間からなにをしている?」
余所の宮女がうろつくような時間ではないので、立彬が訝しんで問うてきた。
「いやぁ、肝試し的なことをしてきまして」
雨妹がかくかくしかじかと説明すると、立彬は「ああ、アレか」と頷く。
「昔、道術に傾倒した妃の宮があった場所のことだな。今は更地で、階段もなにもかもが撤去されて、ただ小高い丘になっているだけの場所だというのに。わざわざ確かめに行くとは、お前たちも物好きだな」
やれやれ、とため息を吐く立彬だったが。
「「はい?」」
雨妹と鈴鈴は驚きで固まった。
今、立彬から聞き逃せない話が出た気がする。
「階段が」
「ないんですか?」
「……? そうだぞ、なにもかもをきれいさっぱり解体して、まるっきりの更地だ」
ぎこちなく尋ねる雨妹と鈴鈴に、立彬が奇妙そうに眉をひそめるものの、きっぱりと断言してくる。
霧の中で見た景色は幻だとしても、九段の階段は雨妹と鈴鈴の二人でしっかりと上ったではないか。しかも、階段の周囲には建物の残骸らしきものもあったというのに。それでは、雨妹たちが行った場所は一体どこだったのか?
雨妹は鈴鈴と顔を見合わせると、あちらも青い顔をしている。そして二人同時に息を吸うと。
「「嘘だぁ~!」」
朝日の下、雨妹と鈴鈴が二人抱き合って叫ぶ声が響き渡るのだった。
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