剣と魔法と学歴社会 ~前世はガリ勉だった俺が、今世は風任せで自由に生きたい~/西浦真魚

  <かぶ>



 ユグリア王国王立学園一般寮、通称『犬小屋』。

 この伝統ある超名門校に通う学園生の多くは、通常入学と同時に設備の充実した貴族寮に入居するのだが、とある勘違いがきっかけで、この常に閑散としているはずの古めかしい寮は現在満室となっている。

 王都も春めいてきたとある休日の昼下がり。


「ん~……大貧民も飽きてきたな……」


 談話室として解放されている一般寮の一階にある食堂でそう言って伸びをしたのは、この物語の主人公であるアレン・ロヴェーヌ君。前世は地球でがり勉をしていた転生者だ。

 もちろんトランプそのものはこの異世界には無かったが、記号と数字を組み合わせた似たようなプレイングカードはあったので、前世の『大貧民』というトランプのゲームをアレンが適当にカスタマイズして再現している。

 前世では修学旅行中ですら、ひたすらガリ勉をしていたアレンにとって、相部屋の同級生達が夜な夜なトランプに興じて浮かべていた楽しそうな横顔は、決して忘れる事のできない青春の悔恨だ。


「ふむ? なかなか奥深いゲームで気に入っているのだがな。この『大貧民』をしていると、嫌でも貴族としての己の在り方を見つめさせられる」


 クソまじめな顔でそう呟いたのは、アレンと同じく1-Aクラスクラスに所属するライオだ。

 ライオはこの国の筆頭公爵家であるザイツィンガー家の嫡男であり、容姿端麗にして才気煥発、国中のエリートが集められるこの学園にあって、文武で圧倒的な成績を収める神童だ。

 アレンはうんざりと溜め息を吐いた。


「はぁ……何が貴族としての在り方だ、まったく。珍しくゲームに入ってきたかと思ったら、いちいち小難しい事を言いやがって。もっとシンプルにゲームを楽しめないのか?」


 日本でおなじみのトランプのゲームである大貧民(大富豪)は、配布された手札をすべて使い切る上がり・・・の早さを競うゲームだ。

 その一番の特徴は、前のゲームで上がった順位が、世襲の如く『富豪』や『貧民』といった身分として次のゲームに持ち越される事だろう。

 次回のゲームでは新たに配布されたカードの内、有力な手札を富豪が貧民から徴税の如く巻き上げ、逆に不要なカードを富豪が貧民に労働の如く押し付けることで、一度身分が落ちたものが這い上がるのを難しくさせている。

 さらに『革命』なる物騒なルールも存在しており、考えなしに最弱カードを貧民に押し付けていると、貧民が既存秩序をぶち壊して大富豪は一夜にして大貧民に叩き落されたりもする。

 貴族制度が維持されているこの国で提案するにはいささか勇気のいる……というか、言語道断のルールと言える。

 ローカルルールも多く、結構戦略性の高いゲームなのだが、国中の俊才が集められたこの寮の住人に掛かれば、セオリーを理解して体現するのに時間を要するほどには複雑ではない。

 そのレベルに至ってしまえば、残るのはセオリーに沿って淡々と作業をこなすだけとなる。


「ふむ。ゲームを楽しむ、か。これでも楽しんでいる。ルール自体は単純だが、俺のような恵まれた境遇の人間が見落としがちなこの世の不条理を――」


 ライオがさらに小難しい事を言い始めたので、アレンはうんざりとカードを投げ出した。


「お前なぁ……いちいちご託を並べなければゲームもできない―― ん? ベルドの奴、どっかいくのか? ……でかいバッグを持ってるな。何やら楽しそうな展開の予感がするぞ?」


 アレンはさりげなく席を立ち、クラスメイトであるベルドが通過した寮の前庭が見える窓へと駆け寄った。


「…………おいアレン! お前今大貧民だろうが!」

「せめて平民に上がってから抜けろ! 今抜けたら明日の玄関掃除はお前だからな!」


 たちまちゲームに興じていた友人達から苦情が飛ぶ。

 どうやら皆で持ち回りをしている掃除当番を掛けていたようだ。この寮にはライオのように資金力が桁違いな大貴族の子息から庶民までが平等に暮らしているので、金を掛けたのでは勝負にならないのだろう。

 アレンはこれらの苦情を華麗に無視して、ひらりと窓から逃亡した。


   ◆


「ようベルド、いい天気だな。どっか行くのか?」


 窓から外に出た俺は、ベルドに声をかけた。

 同じく1-Aクラスに所属するこいつは、『気が優しくて力持ち』という言葉がよく似合ういい奴だ。

 体格も良く、いかにも騎士コース生という見た目の印象だが、我の強い奴の多い王立学園生の中では珍しく、常に全体最適を考えて行動できるような控えめなタイプだ。

 どこの世界でもこの手のタイプは損をしがちだが、こいつにはそれを解った上で損な役回りを入れる度量がある。

 だがまぁ見る人は見ている。王立学園でAクラスに所属するだけあって、実力の方は折り紙付きだし、いつか何かのきっかけで飛躍するだろう。


「あ、アレン君。うんちょっと息抜きにね。……何かコニー君達が怒ってるみたいだけど、いいの?」

「構わないさ。ったくライオめ、何であんな異常に引きが強いんだ……。この一時間、ず~と大富豪か富豪だぞ? あんなチート野郎とトランプなんてやってられるか」


 俺がこのように口を尖らせると、ベルドはクスクスと笑った。


「ライオ君は遊びでも何でも、絶対手加減しないよね。あの姿勢が運を呼び込むのかも。あの容赦のなさは見習わないと」


 いかなる時も全力野郎ライオの生真面目な顔を脳裏に思い浮かべ、思わず顔を顰める。

 俺は気を取り直してベルドが手に下げているトートバッグを見た。

 そこにはA4ほどの大きさのスケッチブックが入っている。


「……もしかしてベルド、絵を描くのか?」


 意外に思った俺がこのように聞くと、ベルドは照れたように頬を掻いた。


「まぁ……趣味程度だけどね。亡くなった祖母から習ったんだ。祖母は一応、リンショウ流の師範代の資格を持っていたんだよ」

「へぇ~絵画にも流派とかあるんだな。……興味があるから同行してもいいか?」


 珍しく誇らしげにそう言ったベルドを見て、俺が同行したいと申し出ると、ベルドは快く頷いてくれた。


   ◆


「去年の春に、受験の為に王都に初めて来た時……たまたまこのドラゴンツバキを見つけたんだ。王都ではあまり見ないけど、さっき話した祖母が好きだった木でさ。よく絵の題材にしてた」


 王都には大聖堂をはじめ大小さまざまな寺院があるが、ベルドが案内してくれたのは町中にあるごく普通の寺院だった。

 大きなけやきの木陰に隠れるように立つドラゴンツバキは、根本の樹幹が一メートルほどで、視線ぐらいの高さで幹が分かれ、そのままあざなわれた縄のように絡み合いながら真っ直ぐ上に伸びている。ベルド曰く、多分樹齢は百年ほどだろうとの事だ。

 木の上部には濃緑こみどりの葉が茂り、目の覚めるような紅、一重咲きの大輪がいくつか花をつけている。

 軒下に腰を下ろしてスケッチをしている間、ベルドは珍しくぽつりぽつりと自分の話を語った。

 ベルドの生家であるユニヴァンス領では、このドラゴンツバキは天に昇る竜に見立てられ、立身出世の象徴として大切に扱われている事。

 祖母はその絡み合って立ち昇る幹の形状が、お互いを支え、どこまでも高めあう『莫逆の友』を想起させる点を特に気に入っていた事。

 花の時期よりも、雪を積もらせながら翌春に再び花開く力を蓄えている冬のドラゴンツバキを描くのを好んだ事。

 常に人を支え、また多くの人から支えたいと願われるのが本当の英雄だとよく語っていた事。

 そして、祖母は誰よりもベルドの王立学園入学を喜んでくれ、そしてその吉報を届けて間もなく、かねてからの病によって旅立ってしまった事などだ。


「お待たせ。退屈じゃなかった?」


 集中した顔でスケッチブックと向き合っていたベルドは描き終えてふっと息を吐いた。


「……退屈なんかじゃないさ。ベルドは凄いな」


 俺は素直に感嘆の言葉を漏らした。

 はっきり言って、絵心の欠片もない俺にはスケッチの良し悪しなど皆目分からない。

 だが、ベルドの描いた伸びやかなドラゴンツバキは若々しく、未来に満ちているように思えた。


  ◆


「あ、帰ってきたわ。アレン、ゲームで負けそうになったらいきなり途中で逃げたって、ダンやコニーが怒って……何をもってるのかしら、ベルド?」


 クラスメイトで、深紫色の髪を一本に束ねた委員長タイプの眼鏡女子、ケイトはベルドが手に持っている土産に気が付いて言葉を止めた。

 ベルドの手にはドラゴンツバキのかぶが植えられた鉢がある。

 あの後、寺院の神父さんがどこからともなく現れて、よければ、と言ってベルドに渡したものだ。

 春にドラゴンツバキの傍から芽が出た株を、鉢に植え育てていたものだそうだ。

 神父さんは、たまに寺院へふらりときては、祈りもせずドラゴンツバキを静かにスケッチして帰るベルドの事を覚えていたらしい。

 軒下で絵をかきながら、ぽつりぽつりと語るベルドの話を聞いて、ちょうどその祖母が亡くなった時期に芽を出した株があることを思い出したらしい。

 上手く育つかは分からないが、この後寮の裏庭に植え替えるつもりだ。


「ふーん、アレンの周りには相変わらず面白い話が多いね? で、何でアレンはそんなに悪い顔をしているのかな?」


 ケイトに経緯を説明していると、同じくクラスメイトである危ない魔道具士であるフェイが近寄ってきて、そんな風に質問してきたので、俺は道々考えていたアイディアを開陳した。


「悪い顔とはなんだ、心外な。絵を描くベルドを見ているうちに、新しいカードゲームを思いついてな。数字と記号だけの味気ないトランプなんてもう古い! この国の動植物を絵柄に取り入れた、世界一美しいカードゲームを創る!」


 俺がこのように高らかに宣言すると、話を聞いていた皆は、さっぱり意味が分からないとでも言いたげに顔を見合わせた。


   ◆


 このようにして、ユニコーン世代が中心となって製作し、王立学園一般寮に脈々と継承されることとなる伝説のプレイングカード、『花札』は誕生した。

 ロヴェーヌ子爵領の『クラウビアに浮かぶ月』、エングレーバー子爵領の『厳冬期のアンジュの長老』、サルドス伯爵領の『シャロマ湖のブルーフラミンゴ』、リアンクイール男爵領の『セブンズスピアのツツザクラ』など、ユニコーン世代にちなむ20種80枚で、この国の季節の移ろいを見事に表現した花札。

 この文化的にも歴史的にも価値の高いカードでプレイされる代表的なゲーム『かぶ』は、これより後、寮則の改正などで意見が割れた時の、平和的な意思決定手段として利用されることとなる。

 そのリンショウ流の流れを組む絵は、スケッチを趣味としていたベルド・ユニヴァンスが作画し、超長期の使用にも耐えるよう魔道具士、フェイルーン・フォン・ドラグーンが強固な素材に保存処理を施したと考えられている。

 だがこの花札をめぐっては、長い時を経る中で失伝してしまった事も多い。

 例えば、なぜゲームの名が『かぶ』で、中途半端にも下一桁『9』が最強のルールとなっているのか。

 81枚目のジョーカー『ドラゴンツバキ』は、どこの領にちなむのか。一説には、一般寮の裏庭に植えられているドラゴンツバキがそのモデルと言われているが、樹齢から考えてその線は考えづらい。


   ◆


「かぁ~ドボンかよ」

「よし、11、2、5で『8』だ!」

「くっくっく。悪いなお前ら……イノシカチョウだ」

「げぇ! 特殊役かよアレン! ちくしょう、周年堂のプリンが……。ん? ライオはどうなんだ」


 そうダンに問われたライオは、糞まじめな顔で伏せられたカードを開いた。


「は――」


 開かれたカードは、『クラウビアに浮かぶ月・新月』、『子を抱くサラフォーン・雪』、そして『ドラゴンツバキ』―― 

 なぜこの控え目な組み合わせが最強役なのか?

 今となっては、それは誰にも分からない。

「『カブ』だと!? い、いいいい、いい加減にしろよ、このチート野郎~!!!」


   ◆


 九周年おめでとうございます!

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