カドカワBOOKS9周年記念・ショートストーリー集

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デスマーチからはじまる異世界狂想曲/愛七ひろ

  <デスマ10周年ありがとう!>



「10周年なのです!」

「どんどん、ぱふぱふ~」


 ポチとタマがよそ行きの服を着て「めでたい」と書かれた団扇を両手に持って踊っている。


「賑やかだね。何が10周年なんだい?」

「そんなの決まってるじゃない! デスマ10周年よ!」


 それはちょっとメタいんじゃないか?


「そんな事無いの。10周年はめでたいから大丈夫なの、本当よ? 10周年なんてめったにない事なの、だから、サトゥーも一緒にお祝いしましょう」

「もしかして、誰かミーアにお酒を飲ませたのか?」


 ミーアが真っ赤な顔でくるくる踊っている。

 久々の長文だと思ったら、酔っ払ってしまっているようだ。


「イエス・マスター。祝い酒が振る舞われたと報告します」


 誰が振る舞ったかは知らないが、子供に飲ませて出版コードは大丈夫なんだろうか?


「大丈夫ですよ、ご主人様。だって、ミーアちゃんは一三一歳なんですから」


 そう言うルルも頬が赤い。

 誰が呑ませたか知らないけど、ほろ酔いのルルも可愛いね。


 まあ、ルルも成人しているし問題ないだろう。


「ご主人様、ご安心ください。アリサ、ポチ、タマにはジュースを渡してあります」


 キリッとしたリザが話しているのは、大きな酒樽だ。

 どうやら、グラス一杯で酔っ払ってしまったらしい。


「せっかくの10周年なんだし、たまには違う事をやりましょうよ!」


 アリサが赤い顔で訴える。

 本当に酒を飲んでいないのだろうか?


「たとえば?」

「そーねー、そうだわ! 男女逆転とかどうかしら?」


 ――まさか。


「そうよ! ご主人様の女装が見たいの!」

「待て、オレの女装なんて見られたものじゃないぞ」


 小学校や中学校でやらされた事があるが、いつまでもいじられた上に、事あるごとにオレを女装させようとするお調子者がいた覚えがある。


「そんな事無いわ! 作者のネタ帳に『女装しやすいように低身長で童顔にする』って書いてあったもの!」


 おい、それはメタすぎるだろう。


「――というかオレが背が低かったのは高校時代までだ。大学ではちゃんと背が伸びたし、髭も生えて童顔もマシになった」

「だから若返らせたんじゃない? アラサーの女装なんて見たくないし」

「それはジェンダー的にどうなんだ?」

「これはわたしの嗜好だし、いいんじゃない?」


 アリサがそう言ってパンッと手を打ち、ニマニマした笑みを浮かべてオレに詰め寄る。


「とりま、ムダ毛処理よ! 手伝ってあげる!」


 わきわきさせる手つきが卑猥な感じだ。


「アリサ、ステイ。手伝いは必要ない」

「えー、そんなに恥ずかしがらなくてもいいじゃない。お姉さんが優しく手伝って、あ・げ・る」

「まずは涎を拭け」

「あら、失礼」


 アリサが袖で涎を拭く。

 ハンカチを差し出そうと思ったんだが、オレは溜息交じりにそれをポケットに戻した。


 真面目な顔を取り繕ったアリサが、ほこんと咳払いをする。


「それじゃ、改めて――」

「だから手伝いは必要ない。ムダ毛なんかないからな」

「え、マジ? 確かに脇もつるつるだし、すね毛も生えてないけど――まさか、そこも!」


 股間を凝視したアリサをポカリと叱りつける。


 いつの間にか、オレが女装する流れになっているけど――。


「そもそも女装をする気はない」

「ふふん、そうはいかないわよ! ご主人様の女装を見るまで、わたしは諦めない!」


 アリサが台の上に乗って雄々しいポーズを取る。


「そんな主張をしても――」

「速攻カード発動! 『アリサちゃん、人気ランキング2位おめでとう!』を場に!」


 どこかのデュエリストのようなポーズでお祝いのカードをテーブルに叩き付けた。


「副賞は『ご主人様に我が儘を言える券』よ!」

「――ぐっ」


 そういえばそんな券をプレゼントした記憶がある。


「まだまだ続くわよ! ルル!」

「は、はい。『ルルちゃん、人気ランキング3位おめでとう!』カードです」

「副賞はわたしと同じ! 『ご主人様に我が儘を言える券』よ! ダブルで来た券に、ご主人様は抗えるのかしら!」


「ポチも人気らんらん5位の券を出すのです!」

「タマも7位の券を出す~?」


 ちなみに、4位がセーラ、6位がゼナさん、8位がオレ、9位がアーゼさん、10位がカリナ嬢になっている。

 ミーアとナナはそれぞれ12位と13位だ。

 11位はエチゴヤ商会のティファリーザで、出番が少ないのに高順位に付けていた。


 それはともかく、閑話休題。


 酔っぱらい達に酔い覚ましの魔法薬を飲ませて冷静な状態に戻す。

 リザは酒に酔ったのが恥ずかしかったのか、素振りをしてくると言って部屋を出ていった。


「さすがに、4枚も券を出されては望みを叶えなくてはいけないね」


 オレも男だ。腹を括ろう。

 その決断した先が、女装というのは納得がいかないが……。


「それでどんな女装をさせる気だ?」

「大丈夫、大丈夫。変なのは言わないって。ご主人様にはハイレグのレオタードとかバニースーツとかを着てもらうだけだから」

「却下だ」


 そのラインナップは十分アウトだ。


 アリサがぶーぶーとブーイングするが、それくらいでオレの意志を変えることはできない。


「しかたないわね。ナース服や各種制服や水着あたりで我慢するわ」

「水着は却下だ」


 ミニスカも遠慮したいが、水着やレオタードよりはマシだろう。


「先に言っておくけど、女性用の下着も身につけないから」

「えー、そんなの画竜点睛を欠くじゃない!」

「そんなもの幾らでも欠けさせておけ」


 危ない危ない。先に言っておかなかったら、女性用の下着を着させられていたところだ。


「最初はなんの女装をしてもらおーかなー?」


 アリサが鼻歌を奏でながら、衣装ケースを漁っている。


「やっぱ、定番のミニスカセーラ服?」

「待って、アリサ。そんなのダメ」


 ルルがアリサの過激な案に異を唱えてくれている。


 さすがはルル。アリサの外付け良心回路――待って、今、小声で何か言わなかったか?


 どじょう豆腐、ってなんで料理の話?

 あと、真綿がどうとかアリサが不穏な言葉を返しているんだけど?


「ご主人様、最初は振り袖です。これなら恥ずかしくないですよね?」


 ルルが笑顔で言う。


 なのに、どうしてだろう?

 その瞳が獲物を狙う猟師のように見えるのは。


「ちょっと派手じゃない?」

「よくお似合いですよ。髪を結いたいので、このカツラを」


 ルルが笑顔で着付けをしてくれる。


 アリサはセクハラをしてくるので、ナナに捕縛されて「むーむー」と抗議している。

 たまにルルがアイコンタクトで何かを確認しているので、オレの着付けにはアリサの意見も反映されているのだろう。


「お化粧はこっちでしますね」

「え? 化粧もするの?」

「はい、もちろんです。みんなはそっちで待っていてくださいね。お楽しみは後で」


 ついて来ようとしたナナ達を、ルルが閉め出す。


「ご主人様は肌が綺麗だからお化粧のノリがいいですね」

「お手柔らかにね」

「喋っちゃダメです。お化粧はすぐに終わりますから」


 大学生になってからはメンズ用の洗顔剤や化粧水を使うようになったけど、こういう本格的な化粧品は初めてだ。

 いや、中学や高校の学祭で女装させられた時にも女子のオモチャにされて、100均コスメで色々と化粧されてたっけ。


 ルルに化粧をされていると、あの頃を思い出す。


「はい、完成です」


 ルルがそう言って、オレを姿見の所に連れていく。


 オレの女装姿を見た皆が固まる。

 どうかバケモノのような酷いご面相になっていない事を祈る。


 ――あれ? 普通だ。


 オレが鏡を見てホッとしたのと同時に、固まっていた仲間達が再起動した。


「びゅりほ~」

「とってもとっても可愛いーのです!」


 タマとポチが飛び上がって喜ぶ。


「サトゥー? 本当にサトゥー? とってもびっくりなの! 驚いたのよ? とってもなの、本当よ? 女の子にしか見えないのに、見える精霊光オーラはサトゥーのままなの。とっても不思議」


 ミーアが興奮した顔で、久々の長文を喋る。


「イエス・ミーア。マスターがミス・マスターになったと驚きます」


 ナナが捕縛していたアリサを落とし、びっくり顔でよく分からない評価をした。


「我が慧眼に狂いなし! ご主人様は化粧で化けると思ったのよ! さすがはショタ! ショタに女装は付きものだもんね!」


 アリサがドヤ顔する。


「何を騒いでいるのですか? アリサ、向こうの部屋に舞台を用意しましたけど、何に使う――こちらの方はどなたですか?」


 部屋に入ってきたリザが不思議そうな顔でオレを見る。


「もしかして――」


 その顔が驚きに変わる。


「ご主人様の親族の方でしょうか?」


 ――セーフ。


 いや、まあ、誤魔化してもしかたないんだけど。


「うふふ、綺麗でしょ?」

「ええ、ルル」


 リザが真面目な顔で頷く。


 なんだか、茶化されるより恥ずかしい。


「良かったわね、ご主人様。リザさんも褒めてくれたわよ」

「――え?」


 リザがまじまじと俺の顔を凝視する。


 そんな目でオレを見ないでくれ……。


「ご主人、様?」


 リザが信じられないと言いたげな顔で呟いた。


「よーし! 可愛らしいご主人様の赤面いただきましたー! ルルお姉様、撮影は?」

「完璧よ」


 ――え?


 声の方を振り向くと、どこから借りてきたのか写真機を構えたルルがいた。


「えへへー、リットン伯爵夫人から借りてきたの!」


 間違っても、撮影した写真をリットン伯爵夫人に見せないように厳命しておかねば。

 彼女は他人に言いふらすような人じゃないけど、こっそりいじられるのは目に見えているからね。


 普段はオレの魔法で撮影しているけど、今回はオレが承諾するわけがないから、予めカメラを用意していたんだろう。

 つまり、オレを女装させることは衝動的に思いついたんじゃなく、予め用意していたって事か。


 ――アリサ、恐ろしい子。


 脳内で思わず、アリサが前にパロディーしていた漫画のネタが浮かんでしまった。

 もの凄い名作らしいし、どんな漫画なのか、ちょっと読んでみたいね。


「ご主人様、一緒に撮りましょう」


 アリサがそう言って、皆で記念撮影をする。


「さあ、どんどん行くわよ!」


 それから、色々な女装をさせられた。

 女子学生の服がやたらとバリエーション豊かだったけど、それ以外にもテニスやバスケのユニフォームや上下セパレートになった陸上のユニフォームなんかも着た。


 どさくさに紛れて水着やブルマやレオタードを着せようとしてきたが、それは断固として拒否した。

 ミニスカだけで我慢してほしい。


 なお、ミニスカのローアングル撮影をアリサが主張していたが、ルルとリザが猛反対してくれたお陰で阻止できた。

 なお、反対していなかったミーア達はローアングルの意味がよく分かっていなかったようだ。


「それじゃ、ラストぉおおお! シンデレラっぽいドレスよ!」


 胸元はたっぷりとパッドを入れた上に、特撮バリに特殊メイクで胸の谷間を作らされた。

 お陰で、足下がちょっと見にくい。


「ファースト・ダンスのお相手は――」


 アリサの台詞と同時に、ナナとポチによるドラムロールが鳴り響く。

 タマはルルと一緒に照明係で、スポットライトを動かしている。


 ダダンッと音と同時に、スポットライトが舞台奥のカーテンを照らし、アリサがグイッと紐を引いてカーテンを開いた。


「人気投票一位! リザ・キシュレシガルザぁああああ!」


 カーテンの向こうから、貴族服を身に纏ったリザが出てくる。

 なるほど、そう来たか。


 男装したリザが、女装したオレに手を差し出す。


「ご主――」

「――リザさん!」


 オレを「ご主人様」と呼ぼうとしたリザをアリサが制する。

 何やら激しいジェスチャーのやりとりの末、リザが緊張した顔で言い直した。


「サトゥー様、踊っていただけますか?」

「はい、喜んで」


 白手袋に包まれたリザの手を取る。


 それと同時に、ミーアの演奏でダンスミュージックが流れる。クラッシクな奴だ。


 女性のステップは踊った事がないけど、あれだけ何度も一緒に踊っていれば見よう見まねで踊るくらいはできる。

 たぶん、高すぎるステータスか社交スキルのお陰だろう。


「リザ、緊張しなくてもいいよ。リードするから、それっぽくついてきて」

「は、はい、ご主人様」


 最初はぎこちなかったリザも、何曲が踊るうちにちゃんとしたステップが踏めるようになった。


 曲が終わり、小休止――。


「お疲れ、リザさん。次はわたしの番よ!」


 リザと入れ替わりで、男装したアリサが待ち構えていた。


 その後ろには男装したルルや他の子達が待っている。

 演奏用疑似精霊ミューズに演奏を任せたのか、ミーアまで貴族服姿だ。


 どうやら、今日は男女逆転を極める気らしい。


「それじゃ、順番に踊ろうか」


 まあ、たまにはこんな日もいいだろう。


 ――10周年おめでとう。


 そんな気持ちで、オレはドレスを身に纏い、軽快なステップを踏んだ。

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