黄金の経験値/原純

  <第九>



「九番目なんだよね。目指すべきは」

「……何がでしょうか」


 ブランが突拍子もないことを言い出すのはいつものことだ。他に誰もツッコミを入れようとしないので、仕方なくアザレアが代表して聞いた。


「一番から八番がすでに埋まっちゃってるから、目指すんだったらもう九番目しかないよねって話だよ」

「申し訳ありません。ですから、何のお話でしょうか。以前におっしゃっていた野球とかいう競技のことでしょうか」


 あれは確か一チーム九人制のスポーツだったはずだ。以前にブランが邪王ライラと野球の板がどうとか話していたのを聞いたことがある。おそらく球と板を使う競技なのだろう。


「違うよもう! だからさ、元々第一災厄から第六災厄までいたところに、レアちゃんとライラさんが第七、第八災厄になっちゃったじゃない? したらさ、わたしとしてはもう第九災厄を目指すしかないよね?」

「ああ。なるほど……」


 主が言いたいことはわかった。

 ここに人を集めた理由も。

 第九災厄、この世界で九番目の災厄として名を上げるために、皆で知恵を絞ろうということだろう。


「……あの、それはわかりましたが、なんで儂らまで?」


 不死の王、ディアス卿が困惑げに片手を挙げた。その隣で甲虫の女王も体ごと頷いている。

 それはそうだ。彼らはブランの配下ではなく、魔王レアの配下である。


「……え? 協力してくれないんですか?」


 しょぼん、とした表情でブランは言う。

 この表情をしたブランのお願いはあの邪王ライラでさえ邪険にすることはない。ライラよりも優しいレアの配下であるディアスなら、答えはもう決まっていた。わざとではないのだろうが、ずるい主だな、とアザレアは思った。


「いえ、陛下からはブラン様に協力するよう命じられておりますから……。なんなりと」


 しょうがないな、といった様子で頷くディアス。しょうがない主ですみません、と内心で謝るアザレア。


「ありがとう! そう言ってくれると思ってました!

 んじゃあ早速だけど、九番目とか、第九とか、九に関係したいいアイデアとかないかな皆の衆」

「なぜ九にまつわるアイデアを? そこは効率のいい経験値の稼ぎ方とか、劇的に成長できるアイテムとか何かを探すとかではないんですか?」

「そういうのは今さらここで知恵を絞ってもしょうがなくない? そんなアイテムあるなら多分もう使ってるだろうし、今以上に効率のいい経験値稼ぎもないと思うし。そこはこれまで通り地道にやってくしかないよ」

「ええ、まあ、それはそうですが……」


 急に正論を言われても困る。


「手段、道筋、やるべきこと。そういうものがすでに決まっちゃってるんなら、後はマーケティングしかないじゃない?」

「マーケティング」

「そう! 未来の第九災厄として、相応しい姿とは何か、ってことさ!」


 少なくとも、他所の眷属まで駆り出して「九」にまつわるアイデアを求める姿ではないだろうな、とアザレアは思ったが黙っていた。


「少なモガッ」


 カーマインは黙っていられなかったようだが、マゼンタに口を押さえられ黙らされていた。考えていることは三人とも同じらしい。


「もー何遊んでんの? しょうがないんだからきみたちはまったく……。

 ディアスさん、何かないっすかね? うちの子たちはご覧の通りなんかポンコツで……」

「ポンもがっ」


 ポンコツなのはご主人さまでは、とか言いそうだったマゼンタの口を、察しの良いアザレアは咄嗟に押さえた。


「……申し訳ありませぬ。儂にも思いつきませぬ。しかしブラン様のお世話をするのは我らが陛下の望みです。ここはひとつ、陛下のお知恵をいただいて参りましょう」


 ディアス卿は気の毒そうな視線をアザレアたちに向け、姿を消した。魔王レアのもとへ行ったのだろう。甲虫の女王は我関せずと刷毛状の舌で紅茶を舐めていた。言葉を話せないためはじめから観客のつもりでいたようだ。


       ◆◆◆


「え? 第九番目っぽいイメージ? なにそれ」


 今ひとつ何をやっているのか理解しきれていないディアスであったが、同じぷれいやーである主君ならば意味がわかるだろうかとそのまま質問してみたところ、主君にも意味がわからないらしかった。


「なんかいっつも妙なことしてんねブランちゃんね」


 主君レアのそばには邪王ライラもいた。


「まあでも、せっかくわたしを頼ってくれたんだし、何かいいアイデアを出してあげたいところだな……」


 常になく真剣な様子で考え込むレア。そんな妹の姿をニヤニヤしながら見つめるライラ。そしてそれを不安げに眺めるディアス。邪王ライラがニヤニヤしていて、ろくなことになった試しがない気がする。いやそういう時のニヤニヤとは少し違うだろうか。今回のはもうちょっと、何かネットリしている気がする。


「第九番目、か。そのイメージで最初に連想されるのは『ベートーヴェン』の『第九』なんだけど……」

「あー。いいね。上品で。ブランちゃんに似合うかどうかは別として、荘厳さで言えば災厄に相応しいかもしれない」


 ディアスは聞いたことがないが、レアの言い方からして「九」にまつわるものとしては有名らしい。またライラの言葉から、それは上品かつ荘厳なもののようだ。


「答弁……大工……と」


 真面目なディアスは聞こえた言葉をそのままメモした。


「……これお姉ちゃん面白いことになりそうな匂いを嗅ぎ取ったかもしんない。

 んじゃあ、お姉ちゃんはタロットカードかなぁ。九番目の大アルカナは確か隠者──『ハーミット』だね」

「なんで急に格好つけた発音で言ったの?」

「……忍者……、ええと、ヘルメット……と」


 ライラはニヤニヤしている。しかしディアスは気付いていない。


「あとは……すぐには思いつかないな。ごめんねディアス。ブランにも謝っておいて。第九の譜面は探せば出てくるだろうから、ブランでも見つけられると思うから」

「そうだねぇ。私もさすがにこれ以上はすぐには思いつかないな」

「何が『さすがに』なんだよ。大したこと言ってないでしょライラも」

「いやいや、レアちゃんは天然だったけど、お姉ちゃんは養殖だからね。ちょっと捻りがいるんだよ」

「ちょっと何言ってるかわかんない」


 ディアスにも邪王が何を言っているのかはわからなかったが、主君と共に知恵を絞ってくれたのは確かだ。

 礼を言い、その場を辞した。

 頭を下げたまま消えていくディアスを、ライラはネットリしていないニヤニヤ笑いを浮かべ見送った。


       ◆◆◆


「え? 答弁? 大工?」

「はい。陛下は確かにそうおっしゃられておりました。『九番目』で最初に連想するイメージだと」

「……それ本当にレアちゃん? ライラさんじゃなくて?」

「間違いなくレア陛下です。ライラ様も、答弁と大工は上品で荘厳なものだと」


 ディアスの報告を聞いて、ブランはポンコツなのは自分のところの配下だけじゃないのかもな、と思った。


「ちなみにですが、ライラ様は続けて忍者とヘルメットと申しておりました。こちらはええと、たろ、とろ? 何とかの……ダイアログがどうのこうので……」

「……やべーもっとわからん。ダイアログって何かあれでしょ? ポップアップするメッセージウィンドウみたいなやつでしょ? 大昔のコンピュータでよく出てたやつ。なんでそれと忍者が関係あるんだ……。あとヘルメット……」


 ブランは悩んだ。


「ライラ様はともかく、レア様が意味不明なことをおっしゃるとは思えません。ご主人さまでもありませんし」

「だよねぇ。ん? 今なんか──」

「ですので、おそらくこれはレア様からの何らかのメッセージではないでしょうか。直接的に答えを言ってしまってはご主人さまのためにはならないと、敢えて考察の余地を残した言い方をされたのでは」

「なるほど……。レアちゃんならやりそう──なイメージもあんまないけど、絶対にやらないかって言われたらやるかもってくらいではあるな……。じゃあこの『答弁』と『大工』から連想できる何かが答えだってことかな」

「おそらくは。またライラ様がすぐに続いたということですから、そちらもヒントになっているのかもしれません。性格はともかく、頭脳は素晴らしい方ですから」

「性格はともかくってところが不安材料なんだよなぁ……。素直にヒントなんて出すかな。んで、ライラさんの方は『忍者』に『ヘルメット』、あと『ダイアログ』か……」


 ブランとディアス、アザレアら三人娘が揃って悩む。甲虫の女王は紅茶を飲んでいる。


「忍者……忍者といえば……忍び寄る……。ライラさんのヒント……。ライラさんといえば気まぐれ……」

「なんか今余計なの混ざりませんでしたか?」

「……気まぐれ……忍び寄る……うーん、猫、かな? あと、大工のヘルメット……」

「合体してませんか?」

「……大工のヘルメットと言えば安全ヘルメット……つまり現場……。ダイアログは……昔のパソコン……ということは……過去の……インターネット……?」


 ブランはひらめいた。


「──つまり、現場の安全ヘルメットを被った、猫のネットミームってことだ!」

「よくわかんないですけど多分ダメなやつですねそれ。あと『答弁』はどこいったんですか」

「安全ヘルメットを被った猫の答弁と言えば決まってるんだよ! ヨシ!」

「すみません、何が良いんですか?」

「それこそが答弁なのさ! これはレアちゃんたちからの、ヨシ、というメッセージだったんだ! わたしたちはこのまま突き進めばいいよ、っていうね!」


 アザレアたちはそうかな、という表情を浮かべた。ディアスも浮かべた。甲虫の女王はいなくなっていた。プレイヤーの迎撃に出かけたらしい。

 結局のところ何の解決にもならなかったが、この日もいつも通り平和な一日だった。


 なお後日、エルンタール領主館の一室に、妙なポーズでヘルメットを被った猫の石像が用意され、それを見たライラが「それはさすがに予想外だった」と腹を抱えて笑い転げたと言う。

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