痛いのは嫌なので防御力に極振りしたいと思います。/夕蜜柑

  <防御特化と特別な毎日。>



 メイプルとサリーは二人、今日の予定も決めないまま『NewWorld Online』にログインして、ギルドホームでくつろいでいた。

 このゲームで遊び続けてもう随分長い時間が過ぎ、二人にとってこの世界はもう一つの日常となっていた。

 示し合わせずともゲーム内でまた会える。そんなことも始めた頃と比べて当たり前なものになった。


「ねーサリー、今日はどこか行く?」

「んー……まあレベル上げかなあ? 隠しダンジョン探しとかでもいいけどね」


 特別攻略しなければならないダンジョンやクエストがなければ、やることはこれ。サリーにとってもメイプルにとってもいつも通りの提案。

 しかし、どうやら今日のメイプルはそんな気分ではないようだった。


「何か特別なこととかないかなあ」

「特別なこと……か。んー、今日が記念日とかなら頑張って用意しておいたんだけど」


 未攻略の面白そうなダンジョン等があれば、すぐ攻略に移ってしまうのがメイプルたちだ。故にその日のために用意しておかなければ、ストックはなくてもおかしくはなかった。


「あー、記念日!」

「……?」

「じゃあ、今日を記念日にして何か探しに行こう!」


 特別な日でないなら特別な日にしてしまえばいい。特別なことがないなら今日をより楽しむために探しに行けばいい。メイプルの突拍子もない提案にサリーは一度目を丸くして、その後優しく笑った。


「なるほど? ふふ、何の記念日にする?」

「えーと……そ、それは後で決めるとします」

「あはは、分かった。じゃあ、何かの記念日にできるような特別なもの探しに行こっか」

「うん!」


 行く先はこれから探す。まだ見ぬ何かへの期待だけを持って、二人はギルドホームを飛び出した。



 とはいえ、本当に当てもなく歩き回るのでは、記念日にできるような特別感のあるものなどそうそう見つからない。

 まずは、何か目ぼしいものがないか情報収集するところからだ。

 二人は町の情報掲示板を確認しにやってきた。プレイヤーからの書き込みや一部NPCからのクエスト、フィールドで発生しているイベントがあるならそういったものまで、そこには二人だけでは見つけきれないだろう多くの情報が並んでいる。


「さて、何か新しく面白そうなものがあるといいんだけど」


 他プレイヤーの攻略に追いついていくため、サリーも定期的に情報掲示板は確認している。新たな発見があり、さらにそのプレイヤーが共有してくれていなければ得られるものはないが、それでもまずはここの確認からだ。


「手分けして見ていこう」

「そうだね」


 目を引く情報がないものか、二人がじっくり情報を見ていくととある書き込みに目が止まった。そこに書かれていたのは連続したクエストの情報。

 といってもまだ一部が未解明らしく、途中で手に入るクエストアイテムの使い道が分からないまま詰まってしまったため、書き込んだプレイヤーは状況を打破すべく広く情報を集めようとしているようだった。

 そのクエストに心当たりがある訳ではなく、二人の目に留まったのはそこで手に入るクエストアイテムとやらだった。


「ねね、サリー。面白そうじゃない?」

「うん。クエストの完了が目的じゃなければ謎の解明は必要ないし、いいんじゃないかな」


 とあるクエストアイテム。それは特別な日を演出するために十分相応しいもので、二人は目標を定めると、アイテムを手に入れるために必要な情報を確認して早速町を出た。


「シロップよろしく!」


 メイプルはシロップを【巨大化】させるとサリーと二人背に乗って空を飛んでいく。

 他のプレイヤーにとっても、もちろん二人にとっても大きな亀が空を飛ぶのはもう日常の出来事だ。


「まずはクエストを受けるところからだね」

「道中はモンスターも襲ってこないし、のんびり行こう」

「うんっ!」


 そうして二人が空を飛んでやってきたのは、フィールドの端にある森の中でひっそりと暮らしているのだろうNPC達の集落だった。住居の数は十に満たない集落の真ん中にある小さな掲示板。ここに二人のお目当てのクエストが貼られている。


「あった! 『材料集めをお願いします!』」


 小さめの可愛い丸文字で書かれた依頼書。そこにずらっと並んでいたのは必要な『材料』なのだろう多様なアイテム名。

 二人はそのリストをじっと確認すると、インベントリを開いて既に持っているアイテムはないか照らし合わせていく。


「【エメラルドフルーツ】と【黄金小麦】はあるよ! あとはねー……」

「私は一種類しかないかも」


 そんなサリーとは違い、メイプルはあれもこれもと次々にリストとの照合を済ませていく。結果的に、リスト内のまだ集まっていないアイテムは数個だけになった。


「メイプル、元々このクエストやってた?」

「やってないよー。美味しそうなものだったからたくさん取っておいたの!」

「ああー、確かにそういうもの時々探しに行ってたりするもんね」


 クエストで提示されたアイテムはフルーツを中心にお菓子作りをするため、より正確に言うならケーキ作りをするための材料だった。

 このクエストはケーキを作ってクリアしたところで、次のクエストの示唆だけがなされて続くクエストが発生しない状態だが、二人の目的はケーキそのものだ。

 ここに来る理由となった情報を見るに作ったケーキはどうやら貰えるようなのである。まず記念日に相応しいものを。クエストが続かなくとも二人にとって問題はない。

 何はともあれ、メイプルの日頃の行動によって長い長いおつかいになるはずだったクエストの大部分はスキップできる。


「じゃあまずは依頼主の所へ行こっか」

「うんっ、そうだね」


 集落の規模は小さい。迷うこともなくメイプルとサリーは一つの家の扉を叩いた。


「はーい!」


 中から聞こえてきた元気な声、ばたばたとした音の後でガチャリと扉が開いて出てきたのは、メイプルと同じくらいの背丈で真っ白なエプロンを付け、三つ編みの長いおさげが印象的な少女だった。開いた扉の向こうにはよく手入れされているのだろう調理器具がちらっと覗いている。


「依頼を見てきてくれたんですか!」

「そうです!」

「わぁ〜〜っ! ありがとうございます! よろしくお願いします!」


 少女はぶんっと音がしそうな程勢いよく頭を下げると集めるべきアイテムの場所が載っているマップを渡してくれる。


「素材は最低二つずつお願いしますっ! 多ければ多いほど報酬はたっくさんお渡しします!」


 メイプルとて全てのアイテムを大量に持っていた訳ではないため、今回目指すのは各アイテム二つの納品だ。無事にクエストを受注すると、二人はぶんぶんと手を振って見送ってくれた。


「メイプルに負けないくらい元気な子だったね」

「うんうん、ちゃんと集めて持ってきてあげないと、って思っちゃう」

「そのために来た訳だし、持ってない分ちゃちゃっと集めちゃいますか」

「うん! 頑張ろー!」


 善は急げ。メイプルとサリーは依頼主の少女の元を後にして、シロップに乗って移動を再開するのだった。


 ケーキの材料を集めて飛び回ること数箇所。少女がくれたマップのお陰で、場所が分からず迷う心配もなく探索は順調に進む。

 元々必要なアイテムのほとんどを手中に収めていたこともあって、二人はすぐに最後の材料まで行き着いた。


「最後は苺か。ケーキと言えばだね」

「【幸せの大苺】だって。おっきいのかな?」

「大苺っていうくらいだし、期待していこう」


 ケーキと言われて多くの人がおそらく最初に想像する果物。材料集めそのものは短い旅路になったとはいえそれは最後に相応しいものだ。


「サリーは苺は最初に食べちゃう派? 最後まで残す派?」

「うーん……残す方かなあ。メイプルは最初に食べることが多いよね」

「うん! あんなに真っ赤に主張して、最初に食べてくれって言ってるようなものだよ」

「そういう捉え方もなくはないか」


 雑談をしつつ、目的地に辿り着いたメイプルはシロップの高度を下げて着陸する。やってきたのは鬱蒼とした森の前。目的の大苺はこの森の奥にあるらしい。この先は植物系のモンスターばかり、可能なら炎での攻撃が有効だ。


「【身捧ぐ慈愛】!」


 まずは防御面の準備から。メイプルはスキルによってサリーを守ると意気揚々と森へ足を踏み入れた。


「うわっ!?」


 入って早々二人を出迎えたのは触手のように蠢く棘だらけの蔓。この森そのものがモンスターであるかのように次から次に伸びてくる触手は、あっという間にメイプルを絡め取り巻きついて拘束してしまった。


「ああー……んー、ダメージはないけどこれだと進むのが大変だな」


 サリーは自分に向かってくる蔓をダガーで斬り飛ばして、メイプルに巻きついた分も同様に斬って拘束を解除しようとする。

 ただ、斬っても斬っても次々に蔓が迫ってくるため、このままでは埒が開かないとサリーは方針を切り替えた。


「一旦本体を探してみる。ちょっと待ってて」

「お願いしまーす!」


 サリーは伸びてくる蔓の本体を目指して、木々の間をすり抜けていく。

 ただ、その先にあったのは分かりやすい本体ではなく、地面から直接生えた動く蔓の根元だった。


「【スラッシュ】【ファイアボール】!」


 太い蔓を一刀両断し地面に向かって火球を放つ。切り落とした蔓は光になって消えたが、地面ごと焼き焦がした根元は消滅せず、少しして元通りの太い蔓を再生させる。


「根絶は無理か」


 なら仕方ないと、サリーは来た道を戻っていく。するとやがて感じるのは違和感。前方から木漏れ日とも【身捧ぐ慈愛】とも違う光源、パチパチと爆ぜるような音。

 メイプルが無事であることは【身捧ぐ慈愛】が続いていることから間違いないが、サリーはメイプルの元へ急ぐ。


「ええ……?」


 そこで見たのは発火するメイプルだった。ミィにも負けない程の豪炎に包まれて、絡みつこうと迫ってきた蔓は勝手に燃えて灰になって消えていく。

 炎魔法を考慮して木々に延焼しないように設定されているのは幸いだった。そうでなければ森ごと苺も焼き払ってしまっていただろう。


「あ、サリー! どう? 解決策を考えてみたんだ!」

「いいね。根絶は難しそうだったし、それで行こう」

「うん、油の継ぎ足しは忘れないようにしないと!」


 メイプルがインベントリから取り出した油を撒くと、身に纏った炎は勢いを増す。何もかも本来そんな使い方ではないのだが、メイプルだからこそできることの一つがこれだ。

 サリーに引火することも【身捧ぐ慈愛】で防いで、炎の塊と化したメイプルは森の奥へずんずん進んでいくのだった。



 モンスターというモンスターを燃やし尽くして発火メイプルは森を突き進む。

 炎属性が弱点の敵にとって触れればダメージを受ける上、触れてもダメージを与えられないメイプルはどうこうできる存在ではなかった。

 そうして森の最奥までやってきた二人の目に留まったのは、木漏れ日を受けて輝きを放つ大きな苺だった。


「おおー、おっきい!」

「大粒……いや、粒ってサイズじゃないねもう」


 両の手のひらで受け皿を作っても乗りきらないそのサイズは、苺というよりメロンやスイカに近いくらいである。

 これがいくつもゴロゴロと転がっているのだからなかなか迫力があった。


「よし。収穫していこうか」

「うん! いっぱいあるし後で自分達で食べる分も貰っていこう」

「いいね。そうしよう」


 収穫のため一旦メイプルを鎮火し、大きな苺をインベントリに詰められるだけ詰め込んで二人は森を後にする。

 必要なものは手に入った。あとは依頼主に報告するだけだ。収穫を終え再点火したメイプルにモンスターを焼き払ってもらいながら、二人は安全に森を抜け、シロップに乗って集落へと戻っていった。


「わぁー! ありがとうございますっ!」


 ずらっと並んだ食材を前に目を輝かせる依頼主の少女は、二人に何度も頭を下げるとお礼を言って報酬を渡してくれる。


「少ししたら来てください。お礼のケーキもお渡ししますから!」


 そう言うと少女は最後にもう一度頭を下げ、扉を閉めて調理に取り掛かる。

 クエスト欄に待ち時間のタイマーが表示され、良い香りが漂い出す中で、二人は期待しながら完成を待った。

 そうしてしばらく。ばんっと扉が開いてニコニコ笑顔の少女が出てくると、二人を見つけるや否や駆け寄ってくる。


「できました!」


 手を引かれて中に入ると、とても二人に向けて作ったとは思えない大きすぎる三段になったケーキが一つ。集めてきたフルーツが散りばめられ沢山のクリームが甘い匂いで鼻をくすぐる。

 普通なら持ち運べないようなそれもインベントリがあるゲーム内なら簡単に持ち帰ることができる。

 アイテム名は『試作・特別な日の贈り物』。メイプルはインベントリにしっかりとケーキをしまい込む。これで今日の目的は達成だ。


「本当に助かりました! えっと、また……困った時によければ依頼をしてもいいですか?」

「もっちろん!」

「いつでもどうぞ」


 二人は少女と約束をして家を出る。手に入れたケーキにほくほくのメイプルはシロップの背に乗って帰路を急ぐ。


「記念日を祝えるアイテムは手に入ったけど、結局何の記念日にする?」

「むむむ、どうしようかな……」

「ま、何もなくなっていいんだけどね。今日の探索も楽しかったから」

「そうだね。帰ったらケーキ食べよう!」

「うん。そうしよう」

「楽しみ〜! てっぺんにあのおっきい苺乗ってたよ」


 特別なことなど何もなくとも毎日は楽しいものだ。今日も楽しかったとメイプルはにこやかだ。

 一方、メイプルが特別だと感じていないこの毎日が何より特別なのがサリーだった。

 共に肩を並べて冒険を続ける今日が全て記念日のようなもの。

 サリーにとって幸せなこの日々は、手に入れたケーキより、ずっとずっと甘いものなのは間違いなかった。

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