前略、山暮らしを始めました。/浅葱

  <ニワトリたちと過ごす重陽>



 重陽の節句というのがある。

 これは菊の節句とも呼ばれるらしい。


「昇ちゃん、重陽はうちに来ない?」


 夏の終わり頃、湯本のおばさんに聞かれて首を傾げた。

 湯本のおっちゃんちである。庭でタマとユマが草や木をつついている。虫もまだまだいるらしい。ポチは今日は付いてこないというので山で留守番だ。

 まぁ、留守番っつってもまたどこまでも駆けていってるんだろうけど。ホント、うちのニワトリの行動範囲ってどこまで広いんだろうな。

 というのはともかく重陽である。


「重陽ってなんですか?」

「菊の節句よ。知らない?」

「菊……聞いたことないです、すみません。具体的に何をするんですか?」


 おばさんは苦笑した。


「本当は旧暦九月九日に行う節句なんだけど、宴会みたいなことをして長寿や無病息災を願うのよ。その時に菊酒を飲んだり、栗ご飯を食べたりするの」

「栗ご飯!」


 思わず栗ご飯に反応してしまった。

 食べたい。

 おばさんは目を丸くした。


「昇ちゃん、そんなに栗ご飯が好きだったの?」

「あ、いえ……」


 バツが悪くて頭を掻いた。ふと視線を感じてそちらを見たら、縁側の向こうでタマがじっとこちらを見ていた。その目が、ごまかすなと言っているように見えた。タマさんにはかないません。


「栗ご飯、大好きです……」

「それなら栗ご飯だけでも食べにきてちょうだい。宴会だから泊まりの準備もしてきてね。それから、もしよかったら相川君も誘ってみて」

「はい、わかりました」

「……相川君の彼女さんも一緒に楽しめればいいんだけどねぇ」

「ははは……」


 それはとても無理だと思う。だって相川さんの彼女ってことになってるのはリンさんだし。上半身はともかく、下半身はとても見せられないよな。だって、見た目ラミアだし。

 正確にはラミアではなく、上半身の部分は擬態らしい。だから表情は動かないし、腕はともかく手はあまりうまく動かせないようなことを相川さんが言っていた。でも腕は使えるから、引っ掛けて運んだりということはできるらしい。


「伝えておきますね」


 そう言って、タマとユマを促して辞した。

 今日は雑貨屋で買物をするついでに、湯本のおっちゃんとおばさんの顔を見に来たのだ。おっちゃんは退職して今は専業農家だ。見た目はまだまだ若いが、職場での付き合いなどがなくなった分少し寂しいらしい。おっちゃんは自分からそういうことは言わないが、おばさんに、「何もなくても顔を出してもらえると嬉しいわ」と言われているので様子を見に来るようにしている。

 俺も二人の姿が見れると安心するし。

 山に戻ると、タマは軽トラの荷台からぴょんと飛び降りた。

 ユマは助手席に乗っている。助手席の扉を開けたけど、今日は自分で降りる気分ではないらしい。かわいいなと思いながらだっこして下ろした。幸せな重さだ。


「アソブー」

「いいぞ。暗くなる前にポチを連れ帰ってきてくれなー」

「ワカッター」


 タマは返事をし、ツッタカターと遊びに出かけた。

 遊ぶ、とは言っていたけど、山のパトロールをしてくれているのだ。いつもありがたいと思っている。


「さーて、片付けするか」

「スルカー」


 ユマが反応してくれるのが嬉しい。そうして片付けをしたり、家の周りの手入れをすることにした。

 夕方になる前に相川さんにLINEを入れた。

 九月九日の件である。


「重陽ですか、いいですね。僕も伺います」


 という返事があった。重陽って聞いてわかるものなんだなと思った。

 俺が物を知らないだけか。

 日本の節句とか、覚えておかないといけないよなと思った。


 宴会の話をニワトリたちにしたら全羽行くという。一泊するから俺としても一緒に来てくれるとありがたい。


「シシ肉とか内臓とかはないからな」


 前日の夜に釘を刺すように言ったら、ポチがショックを受けたような顔をしていた。つか、お前らが狩らなかったら誰が狩るんだよ。今は猟期じゃないんだぞ。

 てか、猟期じゃないのにイノシシとかシカ狩っちゃだめだろ。でもニワトリが狩る分にはいいのか? いや、普通ニワトリはイノシシ狩らないし。

 いや、もう考えたら負けだ(意味不明)。

 そうして九月九日の朝を迎えた。


「ぐわぁっ!?」


 ……起こすなと言っておかなかった俺が悪かったです。タマが当たり前のように俺の胸に乗った。

 タマは俺が起きたことを確認すると満足そうに、俺からぴょんと降りた。


「タ~マ~! 胸に乗って起こすなっつってんだろーがー!」


 タマはトトトッと走って居間の方へと逃げていった。相変わらず逃げ足は速い。


「全く……」


 宴会は夕方からだからこんなに早く起きる必要はないというのに。

 今日は桂木さんも来るらしい。ってことはドラゴンさんも一緒か。

 昼間はポチとタマがツッタカターと出かけていき、少し早い時間に戻ってきた。


「おかえりー、じゃあ出かけるぞー」


 軽くニワトリたちのごみを落とし、足を洗っておっちゃんちへ。手土産は相川さんが買ってきてくれるという。さすがに泊まりなのでリンさんは連れて来ないようだ。……一晩軽トラの助手席で過ごす美女とかシュールだよな。そんなことおばさんが許すはずがないし。

 おっちゃんちに着くと、すでに軽トラが何台か停まっていた。

 とりあえずニワトリたちを降ろして軽トラの周りにいるように言う。家の陰でドラゴンさんが悠然と寝そべっているのが見えた。もう桂木さんは来ているらしい。


「こんにちはー」


 ガラス戸を開けて中に声をかける。


「あら、昇ちゃんいらっしゃい。もう少し待ってね」


 おばさんが俺の姿に気付いた。その向こうに桂木さんと、山中のおばさんの姿が。桂木さんが気づいて手を振ってくれた。


「ニワトリたち、どこにいさせればいいですかー?」

「庭でも畑でもいいわよ。居間で待ってて~」

「はーい」


 ニワトリたちにはおばさんが言ったことをそのまま伝えた。ポチとタマはすぐにツッタカターと畑へ走っていく。ユマは俺にすりっとしてから走って行った。ちくしょう、かわいいな。

 庭から居間に向かうと、おっちゃんと山中のおじさんが縁側でお茶を飲んでいた。


「こんにちは」

「おう、昇平来たか。相川君は?」

「別行動です。そろそろ来ると思いますよ」


 そろそろ日が暮れそうだ。日中はまだまだ暑いが、日が落ちてくるともう秋だなと思う。


「今日は菊の節句でしたっけ」

「おう、酒も買ってあるぞ」


 おっちゃんがニカッと笑った。そうしているうちに相川さんの軽トラが着いた。


「遅れてすみません。お世話になります」

「まだ始まってねえから気にするな」


 相川さんはビールを買ってきた。確かにこれなら腐らない。


「佐野さんと僕からです」

「気ぃ使わせてわりぃな」

「いえいえ」

「そろそろ始められそうー?」


 おばさんが顔を出した。


「おう、相川君も来たぞ」

「それじゃあ始めましょうか。昇ちゃん、ニワトリちゃんたちのごはんも取りにきて」

「はい」

「ビニールシート、敷いておきますね」


 相川さんにそう言われて、「ありがとうございます」と返した。すぐに敷いておけばよかったな。

 野菜くずと、野菜を切ったもの、湯がいた豚肉などが入ったボウルを受け取った。栗も入っている。


「ありがとうございます」

「ニワトリちゃんたちにも元気でいてほしいからね」


 おばさんの気持ちがとても嬉しかった。

 相川さんが敷いてくれたビニールシートにそれらを並べ、畑の入口へ。三羽は何故か畑の端で山を見上げているようだった。絶対に登らないでほしい。


「おーい、ポチ、タマ、ユマー、ごはんだぞー!」


 ニワトリたちはくるっと振り向くと、俺めがけてドドドドドと駆けてきた。かなりでかいから三羽が走ってくる姿はけっこう怖い。普通のニワトリよりでかいんだもんなー。

 俺もハッとして踵を返し、庭まで逃げた。

 ニワトリたちが滑り込んでくる。そしてビニールシートの前に陣取った。

 居間の方を見れば桂木さんがいたので、「桂木さん、タツキさんのごはんは?」と聞いてみた。


「あ、一緒に食べてもらえると助かります」


 ドラゴンさんは、と見るとのっそりとビニールシートに近づいてきていた。ニワトリたちは黙って待っている。


「タツキさんが来たら食べていいよ」


 そう声をかければ、ポチがココッと鳴いた。

 ほっとして居間に上がる。すでにおっちゃんと山中のおじさんは酒を飲んでいた。

 菊酒は、日本酒に食用菊の花を丸ごと漬けて作ったらしい。買ってくるんじゃないんだと思った。

 少しいただいた。ふわりと、菊の香りがする。


「えー……けっこうさっぱりしてますね」


 なんというか、フルーティーな日本酒というかんじの味だった。なかなかうまい。


「これ、おいしいですー」


 桂木さんもにこにこしている。

 料理もとてもおいしそうだった。

 菊の花ときのこのあえもの、菊の花の甘酢漬け、鶏肉の唐揚げ、ナスの煮びたし、ナスのはさみ揚げ、野菜の天ぷらが出てきた。


「あんまりお肉がなくてごめんなさいね~」

「いえいえ、十分ですよ」


 だって鶏肉の唐揚げは大皿にごっちゃりだし。それだけで満足するボリュームだ。見ただけで、というかんじである。

 重陽にはナス料理も出すものらしい。


「秋ナスは嫁に食わすな、なんて言うけどいろんな意味があってよくわからないわねえ」


 山中のおばさんが呟いた。


「そうね。ナスは身体を冷やすから、秋の寒くなってきた時期にお嫁さんの身体を冷やすのはよくないっていうのもわかるわ。でもナスって夏が旬みたいな顔をしているけど一番おいしいいのはこれからなのよね~」

「そうなんですか?」


 おばさんの言に俺は目を見開いた。


「だから秋ナスはおいしいから嫁に食わすなって意地悪な意味もありそうよね?」

「うーん……」


 意地悪な意味だったらやだなぁと思う。


「その嫁は夜目、ネズミって意味だという説もありますよね」


 相川さんがにこにこしながら教えてくれた。


「ネズミにゃあナスどころかなんだって食わせたくねえよなぁ」

「そうだそうだ!」


 おっちゃんと山中のおじさんはすでにできあがっていて、ガハハと笑った。

 栗ご飯が出てくる前にポチにクワァーー! と呼ばれたので、おばさんから餌の追加をいただいた。豚肉を用意してもらってありがたい限りである。


「おおい、これで終わりだからなー」


 ココッとニワトリたちが返事をする。ドラゴンさんもゆっくりと頷いた。

 ホント、こっちの言ってることがわかるって助かる。

 居間に再び戻ると蚊取り線香が三つぐらい用意されていた。涼しくなってくると蚊が出てくるもんな。そろそろうちも用意しないと。

 そして栗ご飯と、ナスとワカメのみそ汁、漬物が出された。

 おかずを食べすぎてしまったけど、せっかくの栗ご飯だ。おかわりして食べておなかぽんぽこりんになった。

 重陽は、長寿と無病息災を願う節句だ。でもこんなに食べすぎたらかえって健康に悪いんじゃないかと思った。何事もほどほどが一番である。


 翌日、帰りに菊の花をいただいた。


「食用菊だから、ニワトリちゃんたちにも少し食べさせてあげてね。お風呂に入れてもいいわよ」

「ありがとうございます」


 元気でいてほしいからと言われて笑顔になる。

 そうだな。ニワトリたちには元気で長生きしてほしい。

 夕飯の餌に菊の花を混ぜてあげたら、ニワトリたちはしょりしょりとおいしそうに食べた。

 ポチは特に感想はないみたいだったが、


「オイシー」

「オイシー」


 タマとユマには好評だった。

 お風呂に菊の花を浮かべてユマと入ったら、ユマが喜んでつついて食べてしまい、苦笑した。


「オイシー!」

「うん、よかったなー」


 菊の花の風呂に入るってことより、食べられる方がいいよな。まさしく花より団子なユマがかわいいと思う。

 そういえばおばさんには花屋とかで売っている花はあげちゃだめだと言われた。今後ももしニワトリたちに花を食べさせるとしたら、食用のを買ってこようと思う。それなりに値段はするけど、たまにはいいよな?

 俺も元気でいないとなと、おいしそうに菊の花をつついているユマを見ながら思ったのだった。


 おしまい。

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