番外編5 裕子の玉の輿

『あのね、美佑、聞いて。私、後輩の男の子から告白されたの』

 

 私と美佑は高校で知り合い、卒業して社会人になっても、時々会って話をしている。

 今日は、そんな私の告白で話が始まった。


 時を学生時代へ巻き戻す。


 私は中学時代、陰キャラだった。黒い長い髪を簡単に縛り、黒いフレームの眼鏡をかけていて、本ばかり読んでた。読書仲間はいたけれど、親友と言うほどではない。私は、突飛な事を言うので、ついていけないと、真顔でいわれたりしていた。

 私は、大学で文学を学んでみたいという、夢がある。

 近くに進学校があったのだけど、高校デビューを本気で考えているために、知り合いが進学しない九十九高校を選んだ。


 無事進学でき、高校デビューを実行する。

髪の長さはそのままだけど、リボンやおしゃれな髪飾りをつけて、鞄も靴もおしゃれなものを選び、眼鏡からコンタクトに変えた。スカートも短くして、校則が厳しくない学校だったからと好き放題やってみた感じだ。


 意気込んで迎えた入学式。

 式が終わった後の教室で、みなそわそわしているなか、席が隣だった子から声をかけられた。

 明るい雰囲気で、持ち物おしゃれだし、制服も校則ギリギリのラインで素敵に仕立てている。

 中学時代では、近寄ることもできない様な子だ。

 「私は石原美佑。あなたは?」

 「私は花田裕子。裕子って呼んで」

 「ありがとう。私の事も美佑って呼んで」

 こんな風に、ありきたりの情景の中で陽キャラの友達ができる。

 高校デビューが成功して一安心した。

 

 美佑とは、一緒にお昼を食べたり、色々な話をして過ごしている。

 ただ残念なことに、美佑は練習の厳しい吹奏楽部に入ったため、放課後遊べないのが寂しかった。放課後もおしゃれなお店を見て歩いて、おしゃれな美佑に色々と選んでほしかったのだけど、こればかりはどうしようもない。なので、他にもできた友達と帰っている。

 あと、高校デビューしてからと言うもの、男子から告白されることが多くなった。中学時代では考えられなかった事だ。

 でも、今は自分を変えようとしているのが精一杯なので、申し訳ないがすべて断っている。


 美佑が『裕子に彼氏はいるのか』と聞かれる事が多い事を知ったのは、1年の時の文化祭で出し物をしている化学室だった。私が、『化学部』に入ると美佑に言ったとき、彼女は目を丸くしながらも、『文化祭の出し物楽しみにしているね』と言ってくれた。

私のクラスは、文化祭で何もやらない事を決めていた。本当に残念なクラスだ。

 そんなクラスメイトとは別に、私は化学部、美佑は吹奏楽部員として、準備を重ねていた。

 文化祭当日は、美佑を化学室に誘って、恋バナの様な話をしている。

 その中の会話で、自分がモテている事を知ったけど、全部断っていると美佑に話した。

 しかし、美佑も同じだ。私もよく聞かれる。

 あと、美佑は、イケメンで女子の人気を二分している、増田君と黒木君と一緒にトランペットを吹いていて、仲が良いことも知っている。

 そんな美佑に『誰か好きな人がいるのか』と聞いたのだが、やはり美佑も吹奏楽部の練習に必死でそんなこと考えられない、と言われてしまった。

 とりとめのないおしゃべりをしていると、美佑の吹奏楽仲間が続々とやってきた。黒木君は、友達が同じ化学部なので来た、と言っているが、明るい印象の部員と、寡黙な黒木君は対照的なのに友達なんだ……と思ってしまう。

 その後、増田君も合流してきて、私はピンときた。

 『この2人は美佑の事が好きなんだ』

 とは、言うものの、本人たちは気づいていなさそうだけど。

 もちろん、美佑も気付いていないだろう。


 文化祭も終わり、普通の日々を過ごしていたが、美佑が楽器を吹けなくなる、という事件が起こった。

 美佑は治るまで楽器が吹けず、部活に行けない日々となってしまった。私は美佑を元気づけるため、放課後に、念願のおしゃれな雑貨屋さん、喫茶店に誘って、私のおしゃれに関するアドバイスをもらった。でも基本は『裕子はスタイルもいいし、なんでも似合うよ』だったけど。少しでも気がまぎれたらいいなと思って、連れまわした。

 しっかり療養できたのが良かったのだろう。じきに楽器が吹ける様になり、部活に行ける様になった。復活した美佑が、

 「ありがとう、裕子。裕子がいなかったら耐えられなかったよ」

 と言ってくれた。私も、

 「美佑が大変そうなのは見てて辛かったけど、放課後色々遊べて楽しかったよ。でもこんな理由で遊ぶのは二度とごめんだわ」と返した。


 好きな人がいない私は、クリスマスにイベントは発生しない。美佑も休みが取れないという事なので、家族でケーキを食べて過ごした。

 3が日は、美佑も流石に練習が休みになると聞いたので、一緒に初詣をしないかと声をかけた。美佑はぱぁっと明るい顔になり、

 「絶対行く!」

 と、乗り気になってくれた。

 その後、美佑は増田君たちからもお誘いを受けたそうで、一緒に行っても構わないかと確認してきた。もちろん返事は『喜んで』だ。


 5人で静かにお祈りをする。私は、勉強の事と、これからも美佑と友達でいられますように、とお祈りした。


 この初詣は、みな社会人になっても続いている。元旦も空いているお店も多くなったので、そこで今どのようにすごしているか、話に花を咲かせている。相変わらず、トランペットの3人組は仲良く過ごしている様だ。


 2年生になり、美佑と同じクラスになった。神様ありがとう。


 部活では先輩となり、新入生の部活案内では、私が実験をやって見せる、という事になった。

 先に美佑たちが演奏し、私の番が回ってくる。

 高校デビューはしたものの、根は陰キャラである。そうそう性格は変わらないもので、みなの前で何かをする、と言うのはハードルが高かった。

 案の定と言うべきか、失敗してしまい、美佑に泣きつく。

 美佑は、優しく励ましてくれた。

 

 その後、ドジっ子と認定された私の元に男子が集まってきた。でも、みな入部希望ではないので、単に鬱陶しいだけだったけれども。


 九十九高校は、2年生が生徒会長を務める。

 増田君が立候補し、選挙に勝った。

 あまり話した事はないけど、彼にぴったりな役職だと思う。

 一方、副会長の方は、選挙演説では美辞麗句を並べて選挙に勝ったが、ふたを開けたら、ただ、増田君と一緒に居たいだけの女子だったらしい。

『副会長だからって、増田君にべっとりなのが見苦しいよね』と、周りの女子が嫌な顔をして噂をしている。もしそうなら、増田君は部活に行っていないんだろうと思った。

 美佑にその話をすると悲しい顔をして、『実はそうなの』と言った。けれども私はどうすることもできない。

 その後、増田君は副会長を罷免するという話が出てきた。

 美佑は、流石に悪いと思ったらしく、増田君に謝りに行く。

 私としては、3人の関係がもとに戻ったのを、美佑と同様に嬉しくなった。


 今年の文化祭も、美佑、黒木君と一緒に過ごす。増田君は生徒会長なので、生徒会室に箱詰めだ。私たちの事を羨ましそうに見ていたが、一緒にいられないのは生徒会に立候補した時点でわかっているんじゃないのか?とツッコミを入れたくなった。

 まったりと過ごしていると、美佑の後輩、石橋君がやってきた。彼もすごいイケメンだ。きっと纏わりつく女子を追い払ってここに来たのだろうと思う。

 聞くと、彼も美佑の事が大好きなようだ。その事が部内でも広まっているに違いない。

なぜなら、黒木君があからさまに嫌な顔をしたからだ。

私は、美佑の中学時代の話が聞きたくて、石橋君に話題を振った。

そうすると彼は、いかに自分が美佑の事が好きなのを熱く語りながら、中学時代の話をしてくれた。

 やっぱり、陽キャラだったんだ、という話をみなで聞き、美佑をつるし上げた。

 最初不機嫌だった黒木君も、一緒に笑っている。いつも涼しい顔の黒木君が色々表情を変えるところを見る事ができるのは、多分私が美佑の友達だからだと思う。

 「後で、健太郎に教えてやろっと」

 黒い顔でつぶやいた黒木君は実行に移した様だ。

 翌日、私と美佑が一緒に居るところに増田君が来て、

『自分も話を聞きたかった』と残念そうに話しかけてきた。

 本当に2人とも美佑が好きなのね、と思ったのと同時に美佑は誰が好きなのかはわからない事に気付いた。

 今は、まだ恋愛する気もなさそうだし、増田君と黒木君と仲間でいるのが楽しそうだし。

 ま、なにかあったら、私に教えてもらえるかな?と思っている。


 修学旅行では、私の念願だった京都行きが決まった。

 日頃、美佑に何度も、『京都御所に努めて、美佑を女中として雇ってあげる』と言っている。

 中学の時にはドン引きされたが、美佑はクスクス笑い、『ぜひお願いね』と言ってくれる。私はその事が何よりも嬉しかった。


 その後も、美佑と一緒に居る学校生活を送っている。

 3年生でも同じクラスに、と神様にお祈りをしてばかりだと、神様も大変だと思い、2人で文系選抜のクラスに入ろうと約束した。

 美佑は、数学以外は偏差値が高いので、選抜されるのは確定だろうが、私の方は心許ないので必死に勉強に励む。

 そのかいがあり、2人で一緒のクラスになれた。


 3年生にもなると、周りは受験一色だ。そんな中、美佑は夏休みも部活を続ける覚悟をしていた。そんな美佑を、私は見守る事しかできなかった。


 美佑はコンクールが終わり引退した。一方私も部活は2年までなので、引退していた。

 そうすると、念願だった文化祭のクラスの出し物にでる事ができる。

 2人で、テンション爆上がりで、楽しい思い出ができた。


 文化祭も終わり、トランペットパートの3人の関係に変化が訪れる。

美佑が『裕子には話したい』と恥ずかしそうに言ったのは、

 「数人と付き合う事になったの」だった。

 この瞬間まで、美佑の好きな人が分からなかった。

 美佑は、

「誰かに相談してしまうと、3人でいられないと思ってしまい、苦しくても相談しなかったの。ごめんね」と胸の内を語ってくれた。

 知らなかったのは、部活が一緒のお友達の雅美ちゃんも同じだったらしい。美佑は気が強いから、我慢していたのだろう。

 一緒に帰って、色々聞こうと思っていたのだが、叶わなかった。

 増田君と黒木君と石橋君が殴り合いをしていたのだ。止めようとした美佑に、雅美ちゃんが、

「美佑、止めてはだめよ。私、ずっと前に、増田君と黒木君が話す内容を聞いてしまっていたの。2人は自分たちがライバルだと認識したときに、美佑に選ばれなかった方が、選ばれた方を殴る、という約束をしていたのよ。石橋君は、増田君が誘ったのでしょうけど」と引き留めた。

美佑には見届ける義務がある。『先に帰って』と言われ、素直に従う。色々な話は後日聞いて、一緒の大学に行けるように頑張る事になったと、早速惚気られた。


 受験も終わり、美佑と黒木君は同じ大学に進学が決まる。お互い本当に好きだったんだな、と、思い、友人として、これからも仲良くしてほしいと願った。

 私は、国立の文学部に落ちてしまった。他の大学には行きたくなかったので、浪人することに決めた。


 勉強に励む日々のなか、気分転換にふと、哲学の本を読んだ。内容が私のツボにはまって、文学よりも哲学が学びたくなってしまった。

 哲学科があるのは東大と、美佑たちが通う大学だけだ。

 東大は流石に無理なので、志望校を変更した。

 哲学科がある大学は2校しかないので、私立大学でも偏差値が群を抜いて高い。最初に志望していた国立大よりもハードルが高くなってしまったが、無事合格した。



 哲学にどっぷりはまった私は、大手企業の事務に就職が決まった。

 現在は、仕事に忙しい毎日を送っている。



 「裕子?びっくり発言をしたままボーっとしないでよ」

 私は、美佑に声をかけられるまで、思い出に浸っていた。


 「ごめん。美佑。でね、会社の後輩に告白されたの」

 「それは聞いたよ。でどうしたの?」

 学生時代、美佑には恋愛に興味はないとずっと言っていた。それが事実だからだ。

 しかし、彼が入社したとき、指導担当に私が選ばれ、その彼の仕事に対する真摯さを快く思っている自分がいた。


 「告白を受けたよ。事後の報告になるけど、結婚する予定なんだ」

 美佑は、大声で、

 「ええええええ」

 と叫んだが、周りが驚いているのに気づき、そっと理由を聞いてきた。

 「真摯な態度にほだされたと言った感じかな?段々好きになって行ったの」

 美佑は、自分の事の様に顔を真っ赤にして、

 「おめでとう、裕子。もちろん式には呼んでくれるよね?」

 と、言ってくれたので、

 「もちろん。そのうち招待状が届くからよろしくね」と、言うと

 「わかった。ご祝儀用意しなきゃだね」

 美佑にからかわれた。美佑は続けて、

 「で、どの様に告白されたの?」

 もう聞きたい事が沢山ある様だ。

 「普通に食事に誘われて、ついていったら告白された」

 美佑は目がまん丸になったまま、またも質問してくる。

 「プロポーズは?」

 「それが聞いてよ。クリスマスに彼のプランでデートしてほしいとお願いされて、ついていったら、ものすごい高級フレンチのお店でランチ、夜は有名ホテルのディナー。極めつけが、そのホテルのスイートルームでお泊りだったんだけど、お部屋に赤いバラの大きな花束と婚約指輪が用意されていて、『僕と結婚してもらえませんか』と言われたの。もちろんプロポーズを受けたのだけど、このデートでかなりお金使っちゃってない?無理してない?と聞いたら、彼は、『僕は今務めている会社の社長息子で、修行中だったんだ。裕子さんがすごく上手に仕事を教えてくれて、やりがいを感じる様になったから好きになっちゃって。この事も含め、両親に『好きな人ができた。プロポーズする』と言ったら、それはお金を惜しむところではないので、誠意を見せなさいと言われたから心配する事じゃないよ』って言われちゃってさ。もう何が何だかわからない状態なのよ」

 美佑は頭から蒸気を出しながら、

 「そんなこと、現実にあるんだね。素敵な経験できて良かったじゃない」

 「それはそうなんだけどね」

私は、ちょっと愚痴る。

「2人のお家を建ててあげるから、裕子さんは専業主婦になってもらいたいって言われて……」

美佑はちょっと落ち着いた様で、

「いいことづくめじゃない。正直に羨ましく思うよ」

「でも私は美佑みたいにバリバリ働きたかったんだけどね」

美佑はシステムエンジニアになり、男性職場で奮戦している。『辛いけど、充実感はあるね』と言っていた。私も、そんな風に仕事ができる様になりたかった。

美佑は微妙な顔をして、

「ばりばり、っていいことでもないよ。私にとっては専業主婦の方がハードル高いよ」

と、言った。顔は笑顔に戻り、

「本当に素敵なお話が聞けて良かった。とにもかくにも幸せにね」

と祝福の言葉をかけてくれた。


美佑とは、定期的にランチを楽しみ、お互い惚気話をしている。

こんな私と長く親友でいてくれる美佑には感謝の気持ちしかない。

私は、これからも美佑と幸せを分け合える様になりたいな、と毎年神様にお願いして、叶えてもらっている幸せ者なんだと思う。

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