番外編2 増田健太郎の夢~健太郎目線

一学期が終わった後の職員室から窓を覗くと、目に眩しい緑と、夏の日差しが照りつけるグラウンドが見えた。


 僕、増田健太郎は、自分の夢を叶えてここに居る。


 そう、先生になる夢を。


 僕は4人兄弟の長男に生まれた。

 『お兄ちゃんなんだから』と言う、両親の言葉で身に着いたのは、


 人の面倒を見る事


 というものだった。


 それは、性格の一部になり、周りも僕を頼るので、小学校の時は、ずっと学級委員長、児童会長を務めていた。


 中学になっても変わらないんだろうな、と思っていたが、やはり学級委員長になった。

 でも、小学校の頃から、『親友』という人間はいなかった。

みなは僕を頼るが、友達として話をしようとしても、どこか一歩引かれてしまう。

 仕方ない、と思いつつ、でも、さみしいと言う思いももって日々を過ごしていた。


 今日も、学級委員長として、プリントを持って、担任の先生を訪れた。

渡して終わり、だと思っていたが、先生が僕に話しかける。

「増田。お前はしっかりしているけど、学校生活は楽しいか?俺は増田が責任感に押しつぶされているように感じるんだが。親しい友人もいないだろう?」

 まだ、入学して間もないのに、先生は僕の事を的確に見抜いていた。

 ちょっと動揺しつつも、その通りだったので、

「実は、小学校の頃から、そうなんです。どこか学校生活に馴染めないと思ってしまっています」

 と、素直な言葉で先生に返した。

この先生に最初会った時に、面倒見がよさそうだと思っていたが、今日話しかけられた事で、不思議と人を安心させる力があるんだなと、確信したからだ。

 先生は、僕の言葉を受け、

 「そっか。部活に入ってみないか?クラスの人間とはまた違った人間関係が築けると思うぞ」と提案してくれた。

 僕は、家で弟や妹の面倒を見なくてはならないので、帰宅部と決めていた。

 なので、その旨を先生に言うと、

 「お前、部活入れ。両親が反対するなら、俺が説得してやる。

 希望する部活はあるか?なければ、俺が顧問の吹奏楽なんてどうだ?」

 と、半ば強引に話を進めてくる。

 僕は、本当の事を言うと、小学校の時、鼓笛隊に入りたいと思っていた。

なので、

 「吹奏楽部を見学します」

 と、答える。先生は『よし来た』と言わんばかりの笑顔を見せてくれた。


 先生に連れられて、音楽室に向かった。

 色々な楽器を吹かせてもらい、その中でトランペットが一番好きになれそうだと、告げると、僕はトランペットパートに入ることになった。


トランペットパートに入っていた1年と、先輩方とお互いに挨拶を交わす。

「2年生の須藤亜由です。これからよろしくね」

と、先輩が挨拶してくれた。お嬢様のような雰囲気をもつ、落ち着いた感じの先輩で、いい先輩に巡り合ったと思えてくる。


練習は早速始まり、全くの初心者の面倒を、須藤先輩が見てくれる事になった。

でも、まず第一歩の音が全くでない。上手くできない自分が悔しくて、うつむいてしまった。

そんな僕を見ながら、須藤先輩は、

「私も中学から始めたけど、なんとかなっているわ。練習を重ねれば、すぐにできる様になるから大丈夫よ。わからない事だらけだと思うけど、いつでも私に聞いてね」

と、激励の言葉をかけてくれた。


練習が終わり、先生から声をかけられる。

「どうだった、部活は」

「色々圧倒されました。部員になって、みんなに追いつける様、練習したいと思います。

これから、両親を説得しますが、厳しかった場合、相談にのってもらえないでしょうか」

僕の言葉に、先生は満面の笑みを見せると、

「気に入ってくれて嬉しいよ。一緒に頑張って行こう。お前の両親の事はいつでも相談にのるぞ」

と、ありがたい言葉を頂戴した。


帰り道は、同じ方面の部員と一緒だった。

クラスのみなとは違い、積極的に声をかけてくれる。

今度飯を食べに行こうと約束したが、『練習が忙しすぎて、いつ行けるかわからないけどな』とぼやいていた。

やはり、厳しいのだろうな。そうつぶやくと、同じクラスの友人の厳しい練習の話が次から次へと止まらない。

僕は、今までこんな風に接してもらった事がないので、心の底から嬉しさがこみあげてきた。

先生に言われるがまま、部活に入ったが、早速良いことがやってきた。

分かれ道に到達すると、友達から

「じゃ、また明日もよろしく」挨拶される。

「あぁ、僕もよろしく」

満面の笑みをしていたのだろうか。

友達が、「その笑顔、いいと思うよ。クラスではいつも張り詰めた顔をしていたから」

と、言ってくれた。吹奏楽の友達が同じクラスという事にも気付かない僕は、本当にてんぱっていたのだろう。

と思うのと同時に、クラスメイトは僕の事をよく見ているみたいで、友人ができなかったのは、実は自分から壁を作っていたのも原因の一つんだな、と気づくことが出来た。


友達と別れると、一人、春風が吹き抜けるまま自転車をこぐ。

両親をどの様に説得しようと考えながら。


意を決して帰宅した。がやはり、母さん、父さんに反対された。

これは、先生に協力してもらうしかないな。

明日お願いしよう。


授業が終わった後の職員室で、僕は先生にお願いした。

「やはり、両親に反対されました。一緒に説得してもらえませんか」

先生は、やっぱりという顔をしているものの、2つ返事で了承してくれた。


練習が終わった後、先生と一緒に帰宅する。

僕は、先生の車に乗せてもらい、僕が聴いたことがないクラシック音楽が流れる中、色々曲について教えてくれ、楽しい時間が過ぎる。


家に到着すると、先生は厳しい顔の母さんを説得し始めた。

説得された母さんを見て、僕は、ものすごい解放感を覚えた。

「先生、母を説得してくれてありがとうございました」

先生は、よかった、と顔に書きながら、

「僕にできる事をしただけです。なにかありましたら、ご両親の方からも僕に連絡いただければと思います」と言って帰っていた。

先生を見送った母さんは、ふんわり僕の頭をなで、

「いい先生に恵まれたわね」

とだけ言って、僕の夕食の準備を始めた。


翌日、また先生のもとにプリントを届けた僕は、

「僕は、先生になりたいという夢が出来ました」

と、先生に伝えた。

先生は照れくさそうな顔をしながら、

「増田は先生向いてると思うぞ。そのためには大学進学だな。進学校に行くとなれば、勉強も大変だぞ」と、話し、

僕は、決意した顔で、

「覚悟はしています」

と、答えた。


僕は、この後、笑顔が増えたのだろう。男友達ができたのは嬉しいが、なぜか女子から付きまとわれる事になった。

正直、迷惑なんだが、相談した友達は、

「だって健太郎の笑顔って眩しいもん。男の俺が言うくらいだから、女子もその笑顔にくらくらするんじゃない?

でも、前みたいに笑うのやめる、なんてことはしないでくれよ」

と、冷静に話をしてくれる。僕にとっては、大切な友達だとしみじみ感じた。


色々な事がありつつも、僕はこの後引退するまで、友人に囲まれながら、厳しい練習を重ねた。

結果は3年とも関東大会止まりで、全国大会常連の九十九東中に勝つことはできなかったけれども。


僕は、夢を叶えるため、教育学部のある国立大学が狙える進学校として、県立九十九高校に入学した。


大学に行けるよう、この3年間は勉強漬けだな、と思っていた時、中学時代に親切に指導してくれた、須藤先輩から声をかけられる。

「増田君。合格おめでとう。早速で悪いんだけど、吹奏楽部に入らない?」

「先輩、声をかけていただいてありがとうございます。でも僕は入りたい大学があって、勉強に専念したいと思っています」

「そっか。でも、うちの部、結構いい大学に行く人多いよ?

それとは別に、うちの顧問、声楽の先生で、面倒見てくれないんだ。

だから、うちのような強豪中学出身の部員が練習を引っ張っているのよ。

なので増田君も協力してほしいんだ。

悪いことは言わないから、一度見学にこない?嫌ならやめてもいいからね」

ちょっと興味がわいた僕は、須藤先輩に連れられて音楽室に向かう。


須藤先輩に連れられて、トランペットパートのメンバーが集まっている所へ向かう。

お互い自己紹介が始まった。


僕は、須藤先輩に促されて、挨拶をする。

次に、挨拶したのは、女の子で

「山野中出身の、石原美佑です。よろしくお願いします」

ちょっと緊張している様だ。

僕は緊張を取り除こうと思い、お互い、苗字ではなく、名前で呼ぼう、と石原さんに話しかけた。それを受けた彼女は、

「わかった。健太郎。私の事は美佑と呼んで」

と、言ってくれ、緊張がほぐれてきたのが、かわいらしい笑顔を見せてくれる。

直感で、美佑は僕にまとわりついて、黄色い声をだすようなことはしない子だなと判断した。

良い子と仲間になれそうなのが、嬉しい。


2人で話していると、強豪、九十九東中出身の男子生徒が、先輩に付き添われてやってきた。

「九十九東中出身の黒木数人(かずひと)です。よろしくお願いします」

自己紹介をするが、緊張もしてない上に、笑いもしない。

こちらも、僕同様、まとわりつかれるのが嫌なタイプだな、と直感で判断した。

でも、多分3年間一緒に同じ楽器を吹く仲間になるはずなので、僕の方から名前呼びを提案する。

すると、彼は『何でもいいけど『すうと』と呼ばれることが多かった』と、言い、僕は彼が返事をしてくれたのが嬉しくて、美佑と一緒に、

「じゃあ、『すうと』って呼ぶね」

と、半ば無理やりに呼び名を決めた。


僕は、合奏練習に向かったが、弱小中学出身の美佑の事が気になった。

僕たちの厳しい指導についてこれるのだろうかと。

僕が、面倒を見てあげないと。

色々あったが、人の面倒を見る事自体は好きだから。


「須藤先輩、僕、吹奏楽部に入ります」

「ありがとう。また一緒に吹けるのが楽しみだわ」

可憐な笑みで、僕にお礼を言ってくれた。


本格的な練習が始まる。僕は、美佑に、合間を見て、練習方法や、曲の練習に付き合ったりと、面倒を見る事にした。

そのたびに、かわいい笑顔でお礼を言ってくるのが嬉しく、指導に熱が入る。

一方の数人だが、腕前は僕より一段上なのに、どこ吹く風で、美佑の面倒なんか見もしない。

僕は、数人に追いつきたくて、練習を重ねた。


最初は、微妙な感じの仲間だったけど、日を重ねていくうちに2人といると、楽しさや嬉しさが訪れる。

色目を使わない美佑。

素っ気ないけど、時々見せる、楽しそうな顔を見せる数人。

この事が、僕をどのくらい喜ばしているか、2人は気づいていないだろうけど。


僕は、自分の夢を美佑と数人に話した事がある。

美佑は、

「健太郎は、私の面倒をよく見てくれるし、いい先生になれると思うよ」

とニコニコしながら応援の言葉をかけてくれた。

数人は、

「熱血先生になりそうだな。ま、こういう先生に教わるのも悪くない」と、

いつもの涼しい顔で、応援の言葉をかけてくれた。

僕の夢を応援してくれる2人は、かけがえのない仲間だ。


こんな風に、3人仲良く過ごしていると、聞くに堪えない噂が流れてきた。


「元部長の岩沢先輩と美佑が付き合っている」


この噂を聞いた時、『確かに岩沢先輩と一緒に帰っている』から、不思議ではないと考えていた自分がいる。


そして気付いた。僕は、単に面倒をみてあげなきゃいけない子、と言う思いよりさらに上の恋って感情を。


こんな噂で、仲間の絆が崩れる事はないだろうけど、僕はいてもたってもいられず、噂の真偽を確かめた。


「なぁ、数人。美佑、岩沢先輩と付き合っていないんだって」

青かった顔を緩めた数人が

「本当か?」

と、問うてきた。

僕は数人の返事を返さず、今芽生えた自分の恋の話をする。

「なんだか僕、ほっとしているんだけど。美佑の事が好きだ、って自覚したよ」

数人は、心外だという顔をして、

「なんでそれを俺に言うんだ。確かにほっとはしている。でも好きと言うわけではないぞ」なんて言ってきた。

数人らしいな、と思いつつも、正直に話したほうがよいと判断する。

「数人さ、お前、美佑の前でしか笑わないって自覚してる?」

数人は、顔を俯け、でもしっかりした言葉で、

「そっか……俺も美佑が好きなんだな」

と、返す言葉で美佑に対する気持ちがなんなのか、気づいた様だ。

僕はちょっと後悔しながらも、

「なんで、自分の事なのに自覚がないんだよ……言わなきゃよかった。でも、僕たちライバルだね」と宣言した。

ずっと見守っているかわいい美佑を譲る訳にはいかない。

数人も全く譲る気はなさそうで、

「そうだな」

と、挑発に乗ってきた。

でも、これだけは言える。

「美佑は仲間であることをすごく大切にしているから、僕らの気持ちは引退まで伝えないようにしない?」と。

僕は2人が大好きだ。

美佑だけではなく、数人も、3人仲間でいられることを強く望んでいるから。

同じ気持ちなんだろう。数人は

「ああ」と即答する。

美佑に対する気持ちは僕も数人も同じだ。だから、

「あと、美佑が僕らのどちらかを選んだ場合、選ばれなかった方は、選ばれた方をぶん殴るという約束もしよう。後腐れがないようにさ。

で、もし美佑が僕ら以外と付き合うことになったら、一緒にそいつをぶん殴りに行こう」と宣言した。

数人と付き合うならば一発殴れば諦めもつくが、他の男は許せない。

数人も同じ思いなのだろう。

「わかった。約束する」

と、ちょっと意地悪な笑みを見せながらも約束に応じる。

不思議なもので、お互いライバル宣言をしたことで、数人との仲が深まったように感じた。

お互いライバルになったけれども、今は3人仲間でいるのが楽しくもあり、嬉しくもあり、今までと変わらない日々を送っていた。


しかし、僕が生徒会長、数人が副部長となってから、3人の仲に亀裂が入ってきた。

僕も数人も、練習に参加できなくなったからだ。


美佑は、相当我慢していたのだろう。とうとう感情が爆発して、

「見損なった」

と、詰られてしまった。涙をぼろぼろ落としながら。


とっさの事で、どうしてよいのかわからずに、動けなくなってしまった。

数人も動けないようだ。


怒らせてしまった。泣かせてしまった。

許してもらえるだろうか。


先輩に言われるがまま、数人と一緒に音楽室を飛び出して、顔を洗っている美佑に謝罪する。

美佑は、目を真っ赤にしながらも、謝罪をうけいれてくれた。ただし練習に出られるようにして、と釘は刺されたが。


僕は、後悔が顔に出ているだろう。

「僕たちさ、美佑にかっこいいところ見せたくて、生徒会長とか副部長頑張ったんだけど、逆効果だったね……」と、つぶやいた。

数人も後悔が混ざった顔をしていて、同感の様だ。

「まったくだ。あんなに泣かせるつもりはなかった」

僕は状況の改善について意を決した。

数人も同様に決心した様だ。


僕は翌日、生徒会室で作業をしていると、早速副会長がやってきて、まとわりつく。

選挙の時は、美辞麗句を並び立てていたが、ふたをあけたら、僕に黄色い声を出す子だった。

美佑の事もあり、僕は副会長に、

「それは、僕が手伝わなくてもできる事だよね。僕にも時間があって、いつまでも付き合っていられない」

と、初めて強い言葉を投げつける。

彼女は、僕の強い言葉に驚いていたが、気を取り直して僕の言葉に返してきた。

「石原さんなら、増田君の時間を割いても構わないの?

下の名前で呼び合う仲の様だし。

立場は違うけれども、彼女だって私と一緒のはずよ。

それに石原さんは黒木君にも、いい顔をしていて、2人をもてあそんでいるんでしょ。

私だったらそんな事できませんよ」

 僕は、彼女の言葉に、目の前が真っ赤に感じる程、怒りを覚えた。

「美佑は君と違って、1人、部活の練習に必死に励んでいるんだ。

僕や数人は、物事に必死に取り込む彼女を、仲間としてサポートしてあげたいと思っている。

僕に関わりたいだけの君とは訳が違う。

それに僕がどの様に人の名前を呼んだっていいだろ?僕の事はともかく、仲間だと思っている、美佑と数人を悪く言う君に耐えられない」

 思わず、きつい言葉で返してしまったが、彼女は悪びれもせず、

 「じゃ、私も部活入るから仲間に入れてよ。そうしたら一緒にいてくれるんでしょ?」

 と、とうとう僕の逆鱗に触れる事を言ってきた。

 「そんな事を言う人をたとえ同じ部活だろうとも仲間だなんて思えない。

なにもわかっていない様だから。これを機に言わせてもらう。

 僕は君に対しての罷免権を行使する」

 流石の彼女も、僕を怒らせた事に気づいたらしく、

 「ごめんなさい。態度を改めるから、辞めさせないで」

 と、懇願してきた。

 僕は、もう疲れてしまい、

 「今後の態度次第だね」

 と、話を打ち切った。

 今日の僕の仕事は終わっているので、これから部活に向かう。

 音楽や仲間は僕の疲れを吸い取ってくれる、と心から癒される自分がいた。

 

 僕が罷免権を行使しようとしているという、噂が流れた。

 誰が流したのかは問い詰める事はしない。

 彼女はおとなしくなったが、こちらに目線を送ってくるので、正直鬱陶しい状態が続いていた。


 それでも、罷免権を行使しなかったのは、単に再選挙とか仕事が増えて部活に行けなくなるのを恐れたからだ。

美佑は、親友の裕子さんから噂を聞いたらしく、

「健太郎に悪いこと言っちゃったね。ごめんなさい」

と、後悔交じりの顔で、謝ってきてくれた。

美佑が謝る事ではないのに……

「美佑と数人の仲間でいられるのが、僕の最優先事項で、それを守る事をしたまでだよ。だから謝らないで」

「ありがとう、健太郎。副会長には悪いことしちゃったけど、やっぱり健太郎と練習できるのは嬉しいよ」

と、いつものかわいい笑顔で、かわいいことを言ってくれた。


数人の方は、副部長の関田さんが自主的に態度を改めてくれて、波風が立たなかった。

ちょっと不公平に思えるのは自分だけだろうか。自虐気味にため息をついた。


こんな風に、なんとか、環境を整えて、部活に顔を出せる様になった。

この1件以外に特に事件はなく、美佑を敵対視していた女子も、僕らの態度をみて、なにか言おうと思わなくなったとみえる。


3人で最後のコンクール、関東大会出場まで一緒に楽器を吹き、部活を引退した。

いつもの様に仲間といられないのは寂しいが、この縁は切れる事はないだろうと思っている。


そして、僕は引退したら、美佑に告白する、と決めていた。

美佑が数人の事が好きなのはわかっていた。

ま、この事が分かるのは僕だけだと思うけど。

それでも告白した結果、やはり振られてしまった。

分かっていたけど、辛い。


美佑を慕う後輩、石橋に声をかけ、約束通り数人をぶん殴ぐる。


数人は一切反撃してこなかった。覚悟をしていた様だ。

それだけ美佑への思いが強いのがわかって、美佑が数人を好きでよかったと思えてきた。

でも、悔しいし、悲しいから、手加減せずぶん殴った。

自分で言い出したものの、殴ったぐらいじゃ気は収まらないもんだな、と思ったが、数人とも仲間でいたいから、切り上げる。

「僕たち仲間でいられるよね」

と、数人と、殴り合いを見届けた美佑は、

「もちろんだよ」

と同意してくれた。


その後、部活で遅れた分の勉強を必死に頑張り、なんとか国立大学の教育学部に合格した。


それを知った、美佑と数人は、全力でお祝いの言葉と、『絶対先生になってね。健太郎が先生になったら、生徒も嬉しいと思うよ』と背中を押してくれる。

2人が僕の事を大切に思ってくれていたことに、嬉し涙が出そうになった。

僕は僕で2人にかける言葉がある。

「数人と美佑、同じ大学なんだって?おめでとう。大学生活楽しみだね」

僕は、数人が美佑を大事にそして幸せにすると確信した。

美佑と付き合うのが数人でよかったと、自分の失恋は横において、そう思える。

「ま、卒業しても仲間は仲間だもんね」

美佑がそういうと、僕も数人も大きくうなずいた。


大学時代は、授業と、家族の負担を少しでも減らそうとバイトに励んだ。


教員採用試験も合格し、ちょうど中学の数学の先生の枠が空いていたので、待たずに先生になる事が出来た。


毎日が、騒がしく、そして楽しく過ぎていく。

まぁ、問題児や父兄からのクレームに対応しつつだけど。


更に、生徒指導の先生になったが、風紀の乱れを注意するものの、なぜか恋の相談役になっていた。色々な生徒が生徒指導室にやってきて、

「先生、僕は好きな人がいるんですが、どの様に気持ちを伝えればいいのかわかりません」とか、「好きな人に、彼氏がいるんですが、諦めきれません」

と、行き所のない思いをぶつけてくる。

どうやら、僕に相談すると、悩みが解消されると噂されているらしい。

中学の顧問の先生の様に、生徒の悩みを聞いてあげるのも、先生の役目だと思っているから。


僕に『先生になる』と夢を与えてくれた先生は、僕が無事先生になれた事を、自分の事の様に嬉しい顔をして、『これからは先生同士だな。飲みに行こう』と言ってくれた。

ちょいちょい誘ってきては、先生の心得を懇々と語ってくれている。


先生として、日々過ごしていく中、養護学級に新しい女性の先生がやってきた。

小柄だけど、元気いっぱい、難しい生徒の指導に当たっている。


先生になっても、女性の先生達から思いを寄せられるが、学生時代と同じで、やはり鬱陶しく感じてしまう。

でも態度にでたら、職場に波風を立ててしまうので、スルーすることを覚えた。


そんな先生が多い中、新しくやってきた先生は、色恋とは関係なく、『生徒とどのようにしたらいいのか、数学を覚えてもらうのはどのようにしたらよいか』と聞いてくるような熱心な先生だった。


僕は、やはり真っ直ぐ熱心に物事を進めるような女性に弱いらしい。


彼女にプロポーズ込みで告白し、彼女は頷いてくれた。


好きな人と結婚し、2人の子供にも恵まれた。

数人と美佑の様に、幸せな家族に囲まれている。


そんな事を考えているうちに、夏休みも終わって授業が始まる。

僕は、自分の天職と思える、先生と言う職業に就けた、幸せな男だ。

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