第45話 追憶2~破局の危機とライバル

本格的な授業が始まる前に、今度は参加必須のオリエンテーションが始まる。


学部が一緒の俺と美佑は、隣同士に座って参加していたが、美佑が席を外している時に、吹奏楽部員から勧誘を受けた。どちらにせよ、行こうと思っていた俺は、

「友達がいるので、一緒に説明聞きに行きます」と返事をし、戻ってきた美佑にその旨を話した。


この日のオリエンテーションが終わり、2人で説明を聞きに向かう。

説明を受けたが、高校時代と決定的に違うのが、『マーチング』があるという事だ。歩きながら演奏し、様々な隊列を作る。

俺も美佑も小学校からの鼓笛隊上がりなので、マーチングに抵抗はなかった。

しかし、女子は楽器を吹かず、全員『カラーガード』という、大きな旗を持って踊る役目だと言われる。

抵抗するかな?と思って美佑を見ていると、カラーガードの写真を見せられていて、目を輝かせていた。

その後も、演奏会は年に2度行うとか、お金をもらって依頼演奏をする、などなど説明があり、最後に希望楽器を聞かれた。

俺は、

「トランペットです。こいつも――」と言った瞬間に美佑にさえぎられた。

「私はホルン志望です」と。

初耳だ。

 これは、帰ってからきちんと説明してもらわないとな、と思い、最後に住所氏名を書いた紙を提出した。

 「明日から練習があるから、参加してね」と先輩部員から声をかけられ、その場は終わった。

 後から美佑から聞いた話だが、

 『イケメンをダメ元で勧誘してみたら、色よい返事をもらえて、まず驚いて、友達が女の子だったことに更に驚いて、書かれた住所が同じで、もうどこから突っ込めばいいのかわからなかった』と先輩方々は思ったそうだ。

これが、美佑が先輩から告白されるイベントがなかった理由だとわかった。やはり、同棲は効果抜群である。


家に帰って、俺は真っ先に美佑に問いただした。

2人でまた一緒に吹けると思っていたのに。

「なんでホルンにするんだよ」

美佑は、頑固な顔で、

「クラシック音楽を聴くうちに、ホルンが吹いてみたくなったんだ。あと、トランペットを吹くのが辛くなってた、というのもあって……。結局高音域が出せる様にならなかったから」

と、説明してくれた。

だったら、先に言ってくれればいいのにと思いつつも、高校時代、高音域が吹けなくて悩んでいる姿も知っていたが、ここまで美佑を追い詰めていたと、気づいてやることが出来なかった自分に腹がたった。

なので俺は、素直に美佑の決意を受け止める。

「わかった、美佑。トランペットも3年で見違える程上手くなったんだから、ホルンでも大丈夫だと思う。

だけど、高校時代とは違って、楽器が違うから練習見てやる事は出来ないからな」

「ありがとう、数人。

私は不器用で、ひたすら練習する事しかできないけど、うまくなるように頑張るよ」

そういうと、美佑は力強い目線はそのままで、ふんわりと笑った。



先輩に言われた通り、翌日から練習に参加している。

やはり、上下関係は厳しく、1年家畜、2年奴隷、3年人間、4年神様、と教わった。

家畜だけあって、1年生の仕事は、強豪中学・高校出身の俺でもキツい。


俺と美佑は、練習が始まると、家に帰っても、最低限の事だけして、ばったり寝てしまう事が多くなった。

同棲していなかったら、この忙しさで破局していたかもしれない。



ゴールデンウイークに『新入生研修合宿』が2泊3日で行われる。



俺たち1年はメンバーも固まり、合宿に向けて、準備に練習に追われていた。

高校時代と違って、少人数となった仲間は、みな気さくないい人ばかりで、気負いすることがなかった。

高校時代は、基本的に男女同士あまり関わらない(美佑と健太郎と俺は別だが)とか、関田(百合)が派閥をつくるとかあって、大変だったからな。

申し訳ないが、ゴールデンウイークに後輩たちの練習を見に行くことはできなかった。



入部の際に説明された事の中に

『練習は基本週3日です。

しかし、イベントがある場合、その一か月前からは毎日練習となります』と、おいしそうなものがあった。

しかし、ふたを開ければイベントだらけで、毎日練習がないのは、5月下旬から6月いっぱい、後、コンクールの結果によっては9月下旬、あと完全オフは2月だけという、だまし文句だった。


だが、6月は練習が少なくなるので、美佑と共に高校の定期演奏会を聴きに行くことにした。

俺たちが卒業してからも、厳しく練習したのだろう。

着実に上達していると感じた事を伝える。

しかし、美南や若菜からは、ゴールデンウイークに来なかったのを軽く責められた。

俺と美佑は大学でも吹奏楽を続けている旨をつたえ、コンクールも見に行けない事を詫びる。

「大学行っても続けるなんて、先輩達らしいですね。会いに来ていただけないのは寂しいですが、コンクール全国大会出場を目指して練習に励みます」

2人は決意も新たに、という表情で、俺たちを見送った。


もちろん健太郎にも会った。

「同棲生活はどう?」

高校時代と同じ、眩い笑顔で確認してくる。

俺は、同棲しているのに破局しそうな事を言えなかった。

でも、顔に出ていたのだろう。

健太郎は目ざとく、俺に向かって話を続ける。

「どうしたの?なんかあった?」と。

こうなると、現状を説明しない訳にはいかない。

俺の言い訳を聞いた健太郎は、

「そんな事聞きたくなかった。

ゴールデンウイークに来なかったから、忙しいのはわかってたけど、手を打たないのなんてどうかしてる。

数人ならどうにだってできるだろ?

だめなら、僕が美佑の事、奪うからいいよね?」と。

俺は健太郎に懇願した。

「どうにかする。だから俺から美佑を奪わないでくれ」

「わかった。でもこの状態が続いたら、遠慮はしないからね」

健太郎は真摯に。でも『にや』とした顔でこう言い放った。

続けて、

「僕たちはライバルなんだから、油断しない方がいいよ」

と付け加えてきた。

俺は高校時代に戻った様に思えてくる。

「そうだな。油断はしないぞ」

と、言葉を返した。

今考えると、どんなに忙しくったって、美佑の話を聞くくらいできたはずだ。

そして、料理が得意な俺は、手際が良い。

疲れた美佑においしい料理をつくる事を考えていなかった。

なかなないが、休みの日には抱く事も出来る。

そう言うと、健太郎は、『抱く』という言葉に、顔を真っ赤にして、

「や、同棲しているからなんというか。いや、でも」

と口ごもってしまった。

油断するな、と言われてしまっては、これぐらい言ってもいいだろう。

「数人は、相変わらず涼しい顔なんだね。こんな事を涼しい顔で言われてびっくりしたよ」

気を取り直したらしい。眩しい笑顔に戻る。

俺は涼しい顔を崩さずにいられて安心した。

こうして、なんとか美佑を諦めてもらう事に成功する。

「じゃ、また今度」

健太郎がまぶしい笑顔で、そう言った。

「おう、また会おう」

俺も健太郎に別れを言う。

健太郎は良い奴だ。でも同時にライバルだ・・・。


部活とはちょっと違う思い出だが、あんなに数学が苦手だった美佑が、大学の授業が肌にあったのか、試験で俺よりいい点を取っていた。

本心では経済学部なんて、半分理系でやって行けるのか心配だったのだが、杞憂で終わる。

「数人、私初めて、微分積分がわかる様になったよ」

と、得意げに話す美佑がかわいくて仕方がなかった。



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