第44話 追憶1~愛する人との幸せな日々の始まり

俺は思い出を追いかける事にした。


美佑が俺を選んでくれた。一緒の大学に行くことにもなった。

でも、色々とモテる美佑とどうしたらもっと一緒に居られるのか、一計を練ってみた。


それは、同棲。大学は、実家から通えない。従って下宿となる訳だが、親には、学費に下宿代、と負担をかけてしまう。

それを逆手にとって、家賃が折半となる同棲を提案した。

俺の両親は、あっさりと同意してくれたので、美佑と顔合わせをする。

問題は、美佑の父親であった。

そりゃそうだ。美佑は一人っ子の、大事な娘だ。

俺は、土下座しに石原家に向かい、俺の両親も、一緒に説得にあたってくれる。

熱意が伝わったのか、年金暮らしと言う家計の状況からあきらめたのか、はわからないが、なんとか同意を得る事が出来た。

俺に娘はいないが、いたとしたらと考えると、よく許可してくれたものだと、深く感謝している。


2人で予算に合うアパートを探し、引っ越しが済んだ。

荷ほどきはまだ途中だが、明日に回して、コンビニ弁当で夕食、そして風呂を済ませる。

両家で折半して購入したダブルベットに、なんとはなしに2人で腰を下ろした。

お風呂上がりで、いい匂いがする美佑を、ちょんちょんと突いて、仰向けにする。

「これから、大人の階段を一気に登るけどいいか?」

瞳を覗き込むと、美佑は緊張していた。

俺だってそうだ。

美佑は触れば壊してしまいそうで、そっと抱き寄せる。

俺は、いつもの涼しい顔をするのは不可能だった。


幸せな時間が過ぎ、眠たがりの美佑は、ほっとしたのか、眠りについてしまった。

寝顔を愛しいと思う。

そんな美佑のおでこにキスを落として、俺も寝る事にした。

誰かの体温を感じながら寝るのは、子供の時以来だ。

それが、こんなにも嬉しくも幸せな事だなんて、予想もしなかったな、と、ぼんやり思いながら、眠りについた。


その後も、涼しい顔が出来ないままだ。

更に言うと、あふれる想いで、美佑を抱き崩してしまう事が多くなってしまう。

そんな俺を、美佑はいつも抱きとめてくれた。



入学前のオリエンテーションの案内が来た。出欠は自由という事で、かったるい俺は参加せず、参加する美佑から内容を聞けばいいやと、簡単な気持ちで見送った。

しかし、帰ってきた美佑が、突然こんなことを言い出す。

「あのね、数人。テニスサークルに入ってきたよ。数人もテニスやりたいって言ってたからちょうどいいかと思って」

俺は、内心ひどく焦りながらも、

「もう勧誘が始まっているのか。どんなサークルだ?」

と、冷静を装って美佑に質問する。

すると、

「なんか、本当にサークルって感じ。上下関係もないし、練習も詰め込むことはないって。気楽な大学生活もいいかな、と思って」

なんか、きっとそうだろうな、という答えが返ってきた。

俺は、『一緒のサークルに入ると思ってたよ』と拗ねた様に言ってみる。

俺の態度に、戸惑いを見せた美佑が、

「今度、数人もサークルの説明に行く?説明を聞いて、数人が嫌と感じたサークルなら、簡単にやめられそうだし、数人に合わせるよ」と、弁明した。

おろおろとした様子は、高校時代から全く変わらず、珍獣そのものである。

笑いたいのをこらえて、

「とにもかくにも、入学式が済んでからだな」

と、ちょっと厳しめに言う。甘やかすのは良くないからな。

「そうだね」

気落ちした美佑をみて、この話題を打ち切った。



桜を愛でるより、これからの生活に浮かれている俺に入学式の日がやってきた。


こちらも参加自由なのだが、美佑が行くというので、この間の反省もあり、一緒に入学式に出席する事にした。

『始まるぎりぎりでいいよね』と2人で話して、その時間に着くよう会場である武道館に向かう。

着いて周りを見渡すと空席が目立ち、欠席する人も多いよな、と思っていたら、いきなり音楽が始まった。

どうやら、俺たちは開始時間を間違えて30分前に着いてしまったようだ。

吹奏楽部が、俺が中学・高校時代でも演奏をしたことが無いような、『吹奏楽』という単語より『ブラスバンド』という表現があっているような、ど派手な曲を演奏している。

派手な曲が終わると、今度はクラシック音楽の『ローマの松』という曲が始まった。

この曲は、高校1年の定期演奏会で演奏した『ローマの祭り』と同じ作曲家が書いた、松・噴水・祭りの『ローマ三部作』の一つで、お遊びの吹奏楽部では演奏できない曲だ。しかもそれなりに上手い。

けれど、指揮者の音楽作りのセンスは俺とは違うな、とか、田中の音楽づくりのセンスに同調したのは、中学時代同じ先生に指導を受けたからなんだろうな、なんて思いながら、隣の美佑を見てみると、案の定、目が輝いている。

そして、予想通り、

「やっぱり吹奏楽やりたくなっちゃった。一緒に入部しようよ。私、テニスサークルはやめるからさ」と言い出した。

「今度、説明を聞きに行こう」と、返事をし、俺はテニスを諦めた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る