第40話 美佑をめぐった約束の殴りあいー健太郎と数人

クラスに戻ると、まだ赤さが残っているだろう顔を見て、裕子がにこにこと声をかけてきた。

「昼休み、なにがあったの?私には教えてくれるよね」

「放課後にね。裕子には伝えたい」と答えた。

裕子以外にも伝えなくてはいけない人がいる。

雅美、そして数人の事が好きな百合に―――

(29)


数人と付き合うと、私の話を聞いた裕子は開口一番、

「おめでとう!どちらかと付き合う、とは思っていたよ。

 美佑の気持ちはまったくわからなかったけれど、2人が美佑の事が好きなのは気づいていたからね」

と、私が目を丸くするような内容をまぶしながら、祝福をしてくれる。

雅美にも話をしたが、裕子と全く同じことを言って、祝福をしてくれた。


裕子、雅美から祝福を受けたが、健太郎と数人とは仲間である意識が強かったせいか、向けられる恋という思いに対し、如何に鈍かったのかと愕然とする。

2人には、今まで恋の相談をしなかったことを謝った。

『誰かに相談すると、もうそれだけで健太郎と数人と仲間でいられない様な気がしていた』と。


質問攻めしてくる2人と一緒に帰ろうとしたときに、百合を見かけた。

「ごめん、百合と話をしてくるから、ちょっと待っててくれる?」

「わかったわ」と、雅美が答える。事情を知らない裕子に説明をしてくれる様だ。


「百合、今ちょっといい?」

息を切らしながら、百合に声をかける。

「美佑が私に話しかけてくるなんて、珍しいね。なにかあった?」

呼び止めたものの、どうしよう。でも、伝えないわけにはいかない。

「ごめん、私、数人と付き合う事になった。本当にごめん」

百合は、しばらくうつむいたが、気を取り直したように、

「なに謝ってるのよ。私は大学でいい人を見つけようと思っているんだから」

そう言った。そんな百合の目にはうっすら涙が光っている。

「じゃ、私帰るから」

そう百合は言いながら、私の背中を、ばん、と叩き、

「幸せにね」と言って、去って行った。 


百合だが、大学に入ったら、なんと田中君と付き合い、結婚することになる。

ずっと百合の事が好きだった田中君が、猛烈アタックをした、と、なぜか数人が教えてくれたのだ。



雅美と裕子と自転車置き場に行くと、人だかりができていた。

何事かと思って、隙間から見てみると、健太郎・数人・石橋君が殴り合いをしている。

イケメン3人組が本気で殴りあっているのを見て、男子は興味津々、女子は悲鳴をあげていた。


健太郎は『わかっていたけど、辛い。だから約束通り殴る』

石橋君は『僕は石原先輩の事しか好きでいられなかったのに』

と言いながら、数人を殴っている。

数人は、一切反撃せず、2人に一方的に殴られていた。


私はとっさに、

「止めなきゃ」

と言ったとたん、雅美に腕を掴まれる。

「美佑、止めてはだめよ。私、ずっと前に、増田君と黒木君が話す内容を聞いてしまっていたの。

 2人は自分たちがライバルだと認識したときに、美佑に選ばれなかった方が、選ばれた方を殴る、という約束をしていたのよ。石橋君は、増田君が誘ったのでしょうけど」

雅美の話を聞いて、私は地面に足を縫い付けられたかのように、立ちすくんでしまう。

裕子は、茶化すことなく、真っ直ぐ3人を見つめていた。

「ごめん、雅美、裕子。私は最後まで3人を見届けて帰るから、先に帰って」

2人から、異論はなかった。


殴り合いは終わり、人だかりは解散した。

最後に残った私を、健太郎・数人・石橋君が見つめる。

私は、残ったのはいいものの、感情が追いつかず、なんと声をかけていいかもわからない。情けないことに、うつむく事しかできないでいた。

すると、健太郎が、晴れ晴れとした笑顔で、

「数人、美佑。これで、僕の気持ちも晴れた。これからも仲間でいてくれる?」

「もちろん」

「もちろん」

数人と私は、健太郎に頷いて見せる。

石橋君は、

「先輩方が羨ましいですよ。仲間と言う絆があって」とだけ言って、健太郎と一緒に帰って行った。

残った数人と私は、反対方向に帰る。これからも一緒に帰ることができないのは寂しい、という思いを封印して、

「じゃ、気を付けて」

お互い、気恥ずかしさを感じで、帰路についた。

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