第38話 ドキッとした文化祭

文化祭当日がやってきた。どこまでも澄んだ空が、秋の訪れを教えてくれる。


 今年は、裕子も私も部活を引退したので、クラスの出し物に参加している。

 裕子とは3年間同じクラスだった。

ただ、3年目は、お互い文系選抜クラスに入ったからだ。真面目に勉強(数学以外)した甲斐があったと安心している。

 私のクラスの出し物は、『和風喫茶』だ。

 女子が、浴衣にエプロンをして、接客をする。

 浴衣は、1年の家庭科で作成必須だったので、みな持っている。後は、エプロンを発注したり、軽食のメニューを決めたりと、初めて文化祭らしきことが出来て、裕子と一緒にテンション爆上がりだ。


 代替わりをした、吹奏楽部の演奏が体育館に響いた。

 人数が減るので、音が薄くなるのは仕方がないが、私たちが引退した後も、厳しい練習をしたのであろう。素晴らしい演奏ができている。来年は安泰だな、と九十九サウンドが受け継がれていく事に、感無量となった。

 


 開会式も終わり、クラスの出し物が始まる。


 混む前の時間帯に、健太郎と数人が、美南と若菜を誘って、お茶しに来てくれた。

 注文を取りながら、まずは、美南と若菜に

「素晴らしい演奏だったよ。厳しい練習の成果がでていると感じた。今後を楽しみにしているね」と、感無量となった心の内を伝える。

2年生2人は、頬にうっすら赤みをつけ、『ありがとうございます。これからも聞きに来てくださいね』と言ってくれた。

私もつられて、顔が色づくことを感じながら、

「もちろんだよ。いい演奏が聴けるのを楽しみにしているね」と答える。

2年生2人との会話を聞いていた、数人が、

「相変わらず美佑は馬子にもなんとか、ってやつだな」と、涼しい顔をして私に言ってきた。

健太郎は反対に、

「美佑、浴衣、似合っているよ。もちろん裕子さんも。特に浴衣とエプロンの組み合わせがいいね」と、まばゆい笑顔を見せてくれた。

私はさらに色が着いた顔で、裕子は、珍しく赤くなりながら、健太郎にお礼を言う。

数人には、報復をしなくてはならない。

「数人にはお水しか出さないけど、大丈夫?」

と、意地悪で返した。すると、数人は、

「すまなかった。ちゃんとお茶をくれ」と、みなには分からないであろう、ちょっと狼狽えた顔をしたので、私は溜飲をさげた。


「そろそろ出るね。おいしかった」


4人がお会計をすました後、健太郎がそっと私に耳打ちした。


「後夜祭終わったら、自転車置き場の奥に来てくれない?」と。


私は、ちょっとドキッとしたが、健太郎に頷く。


4人と入れ替わるように、石橋君がやってきた。

「石原先輩、やっぱり似合ってますね。素敵です」

今日も相変わらず、私に熱い言葉をかけてくれる。

そんな石橋君に、確認することがあった。

「私たちの引退と同時に、退部したんだって?」

石橋君は当然、といった顔で、

「石原先輩のいない部活にいる意味がありません。なので辞めました」と。

私は、多分そうだろうとは思っていたが、ここまで言い切られるとは思わなかった。

「気持ちにこたえられなくて、本当にごめんなさい。でも、慕ってくれたのはとても嬉しかったよ。今までありがとう」

謝罪と感謝は伝わったのだろうか、と石橋君の顔を見たら、彼は、切ない顔で笑って、

「先輩にそう言っていただけて嬉しいです。これを機に、僕も色々な人に目を向けようと思いますので、心配しないでください」と、気を使ってくれた。

石橋君は、イケメンで、理数科で医学部を目指せる程、頭が良くて、1人の人をずっと思い続ける誠実な人間だ。惹かれなかった私がおかしいのではないかと、何度も何度も考えた。

最後は、2人で挨拶を交わす。

「わかった。校内で会うくらいになっちゃうね。元気にしていてね」

「そうですね、寂しいです。先輩は受験勉強頑張ってくださいね」


その後、石橋君は、国立大の医学部に現役で合格し、今は私たちの家の近くで開業医をやっている。

具合が悪くなると、石橋君の病院に行くので、

「石原先輩に会えるのは嬉しいんですが、なるべくここには来なくていいように、体に気を付けてくださいね」と言われてしまっている。



後夜祭が始まった。


去年までは、参加する事が出来なかった。

九十九高校の後夜祭は、ガチでダンスを踊る。

そのためには振付を覚える必要があるのだが、レッスンは放課後に行われるため、昨年までは諦めていた。

体育館で行われるので、中はものすごい熱気だ。

熱が熱を呼び、みな顔を上気させ、汗が跳ねる。裕子と夢中でダンスを踊った。

雅美も誘ってみたのだが、『ダンスはちょっと……』と断られてしまい、数人には確認すらとっていない。

数人は当然不参加だろうと思っていたが、なんと、参加していた。 

それもびっくりすることに、健太郎と一緒に踊っている。

2人で軽やかに踊る姿をみて、女子が黄色い悲鳴を上げているなか、健太郎が私の所に寄ってきて、

「僕らと一緒に踊ろうよ」なんて言い出した。

私を殺すつもりなのか、と思いはしたが、裕子が送り出してくれたのもあり、2人と踊る。

でも、3人でなにかやるのは、部活引退後初だ。

こうして仲間でいてくれるのが、何よりもいい思い出となった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る